第263話 鉄の塊が空を飛ぶなんておかしくないか?

 翌日、俺と陽菜はさちえさんの運転する車で空港へと向かうことになった。陽菜の家から空港まではおよそ1時間。


 残念ながら最寄りの空港から北海道行きの飛行機は1日1便しか出ていなので選択肢はない。

 ちょうどお昼ごろに離陸して2時間ほどのフライトの予定だ。ひよりの試合は帯広にあるアリーナで行われるということで新千歳空港からの帯広だとどうしても今日は移動するだけでも夕方遅くの到着になってしまう。


 うちの一番近くの駅までみおに来てもらってそこでみおと合流。

 その後、小烏こがらす道場でひよりと荷物をのせてから空港へ。

「今日はよろしくお願いします、さちえさん」

「うちの娘をよろしくお願いします。多々良くん、藤岡さん、頼んだよ」

 ひよりの親父さんにもお願いされてしまう。


 流石に思春期の娘だからひよりも親父さんに俺相手に破瓜しましたとか伝えてないよね?

 貞操逆転しているから女の子の処女には価値なんてないって分かってるつもりなんだけど悪いことをしてるみたいにドキドキしてしまう。元の世界の感覚が残っているので親御さんにちゃんと挨拶できるくらいしっかりとした気持ちでいないとひよりに申し訳が立たないと感じる。

 この世界の一般的な女子の感覚で言うと、元の世界の童貞がエッチできてラッキーくらいの感覚なのだが俺としてはそこは譲れない。俺とみんなはお互いに好き合っているからこそ処女を貰ったわけだし。


「恭介、みおちゃん、今日は本当にありがとう。

 2人がついて来てくれると思うと本当に心強い。剣道部のみんなも期待してくれているから少しでもいい成績を残したいし」

「ひよりならやれるって。俺たちは見守るだけだから」


「ひよりっちなら大丈夫。竜王旗での28人抜きで今回の大会の台風の目ってネットでも紹介されていたし。あ、後はあーしの方から剣道協会のお偉いさんに話を通してネットで刀剣女士のインスタで生配信する許可を貰ってるからひよりっちの試合はだから覚悟してね。みっともないところは見せられないよ」

「みおちゃん凄いね。私がついていってもそういうことは出来なかったから応援を代わって貰って良かったかも」

「なにを言ってるんだ、陽菜ちゃん。陽菜ちゃんの応援は今のところ応援された人間の勝率100%で最高の応援だから。できることなら陽菜ちゃんにも来て欲しかったよ」

 後部座席の3人がわいわい楽しそうに話をしている。


「本当にみんな仲いいのねぇ……恭介くんって本当に凄いわね」

 車を運転しながらさちえさんが俺に話してくる。それを言うんなら本当に凄いのはあなたの娘陽菜ですけどね。

「全部陽菜のおかげです。陽菜が俺とみんなを本当の意味で繋いでくれたから。

 それにさちえさん、本当にさちえさんがいなかったら俺と陽菜はどうなっていたか分からないから感謝しています。この世界に来た陽菜のことを優しく包んでくれてありがとうございます。

 あと、この世界では引っ込み思案で埋もれちゃいそうな陽菜の恋をずっと応援してくれたことも……さちえさんのおかげで陽菜と付き合えたと思っていますし」

「あらあら、感謝されると照れちゃうわ。母親として当然のことをしてきただけだもの」

 こうしてみんなで一緒にいられるだけでも本当に奇跡が起こったんだなって思えてしまう。


 俺とさちえさんがそんな会話をしている間に後ろはずいぶんと会話が弾んでしまったようだ。

「だから、ひよりっちは試合があるから試合が残ってる間はエッチできないでしょ? 恭っちの性欲を受け止めて、次の日に疲れて剣道で負けましたじゃシャレにならないでしょ」

「そ、それはそうだがみおちゃんだけエッチするのはずるいぞ。私だって勝った回数だけエッチして貰うとかご褒美が欲しい」


「もう、2人とも日本一の高校生を決めるインターハイなんだよ。北海道まで遊びに行くんじゃないんだから」

「毎日好きなだけ恭っちとエッチしまくってる淫獣陽菜っちは黙ってて」

「そうだぞ! 私だってまだ一夜しかエッチできてなくて毎日ムラムラしてるのに。陽菜ちゃんはずるい」

「ひんっ」

 陽菜が責められてるので助け舟を出す。


 ビシッ!


 とりあえず真後ろの席にいるみおにはデコピンを一発。多分俺に怒られたくて陽菜をからかってるんだろうけど陽菜を虐めるの禁止。

「みお、陽菜に酷いことを言ったらお仕置きな。このまま飛行機に乗らずに帰る放置プレイだから」

「ひ~ん、それは勘弁して……めっちゃ楽しみにしてきた北海道旅行で恭っちがお預け遠距離放置プレイとか辛すぎる」


「ひよりは待たせてごめんな、バタバタしちゃってまだ上手くみんなが幸せなようにすることが出来なくて」

「いや、私のインターハイのタイミングも間が悪かったから。恭介のせいってわけじゃないから」

「恭っちの差別が酷い。ひよりっちに優しすぎであーしの扱い酷すぎない!?」


「みおちゃんは自業自得だと思うよ。でも、恭介くんとみおちゃんが2人きりでエッチしても怒らないから……きょ、恭介くん、2人とエッチした回数覚えておいてその回数より沢山エッチしてくれないとダメだよ」

 陽菜が後部座席から手を伸ばして俺がみおをデコピンした右手の裾を掴む。俺はそのまま椅子から乗り出すようにして手を伸ばして陽菜の頭をなでなでする。

「陽菜が一番だから。そこは絶対に裏切らないから心配しないで」

「うん。恭介くん信じてる。恭ちゃん大好き」


 …………

 …………

 …………


「この空間で二人っきりの空気が作れる恭介と陽菜ちゃんは本当に凄いな」

「ごちそうさま。旅行中は旦那さんの恭っちをお借りします」

「みおちゃんったら、まだ結婚してないから気が早いよ」

 陽菜が真っ赤になって手をパタパタ振っている。すごく嬉しそう。あと何日で結婚できるようになるんだっけ? あと300日くらい? 早く18歳になりたい。


「結婚するのはいいけど、将来のことだけはちゃんと考えてね。恭介くんも陽菜ちゃんも成績がいいんだからエッチばっかりして成績が落ちたとかなったら自分たちで納得できないでしょ? お母さんはエッチと勉強のどっちも両立できるって信じてるから」

 さちえさん!? エッチと勉強の両立って保護者のいうこととして大丈夫なのそれ? でもさちえさんの言葉を受け止めてちゃんと心にとどめて真面目に考えようと思う。


「ひよりちゃんもエッチするのはいいと思うけど、本当に試合が終わるまではほどほどにしてね。お家の人も学校の友達も先生もインターハイに出場するひよりちゃんに凄く期待してると思うから。みおちゃんはハメを外しすぎないようにね。みおちゃんが本気出しちゃったら恭介くんはまともに立てなくなっちゃいそうだし」

 さちえさんに諭されてみんなが顔を見合わせる。


「「「「はい」」」」


 返事が揃った。さちえさんって本当にみんなのお義母さんになりそう。なんだろう、エッチなことをすることまで受け入れた上でみんなの将来まで考えてくれるさちえさんって改めてすごいと思う。俺たちが勢いだけで決めたことをしっかり大人の目線で考えてくれてるんだな。


 空港について保安検査場を通過して無事にチェックインすると出発ロビーで剣道部顧問の近藤先生が待っていた。

 定年間近の女性教師で凛とした立ち姿がひよりに似ていてなんとなく隙が無い気がする。

「多々良くん、藤岡さん。今回は小烏こがらすさんの応援に来てくれてありがとう。本当にいい友達を持っていて素敵だと思うわ」

「近藤先生、お待たせしてすまない。防具などはきちんと輸送手続きできたので安心して大丈夫です」


 2人の会話を聞いていると顧問の近藤先生は昔から高校で剣道を教えていて、ひよりのお母さんが優勝したインターハイにも付き添ったことがあるらしい。縁って繋がるんだな。

 陽菜は100円の入場料を払って屋上の送迎デッキに上って俺たちの出発を見送ってくれているはず。


 搭乗が始まったので機内に進んでいく。ひよりとみおと俺の3人で並んで座れる席をとれたのひよりを真ん中にして座る。みおがビジネスクラスでもいいよって言っていたが、ひよりの席は部費から出てるのでエコノミーだから俺たちも合わせてエコノミーにして貰った。

 夏休みのこの時期だから結構座席は埋まっている。


 飛行機に乗り込むあたりからちょっと口数が少なくなったひよりがよく見ると小声でブツブツいっているので口元に耳を近づける。

「鉄の塊が空を飛ぶなんておかしくないか? 鉄の塊が空気より軽いはずがないのに浮かぶわけがない……私はタヌキに騙されてるんじゃないだろうか? に行くつもりが山の中でずっと座っているだけなのでは……滑走路、走るだけで浮かなかったらどうするんだ? 昨日は飛んだけど今日も飛ぶという保証がどこにある? 地面から足が離れるんだぞ。いくら強くても高度1万から落ちたら剣道で身に着けた武なんて何の役にも立たない。私は何て無力なんだ、地球の重力に魂を引かれた人間でしかない私にいったい何が出来るというのだ、重力に魂を縛られている私が人を愛することなど……ブツブツブツブツ……ああ、宇宙そらが見える」


 ヤバい、ひよりさん今まで見た中で一番テンパってらっしゃる。頭の中がライト兄弟が初めて飛行機を飛ばしたより前の江戸時代の武士みたいな部分があるからなぁ……ひよりがやっているのが国際大会が少ない剣道でよかったかもしれない。いや、フライト回数をこなせば経験して慣れるか?


 みおと顔を見合わせて飛び立つ前にひよりをどうにかすることを決める。みおが手を引くようにしてひよりをトイレに連れて行く。俺もこっそりと席を立ってちょっと遅れてトイレへ。


 トイレの前のスペースでひよりに壁ドンしてトイレに連れ込む。そういえば昔電車の中でひよりに壁ドンされた記憶。

「ひより、飛行機の安全性について語っても仕方ないからもう何も言わない。俺を信じろとも言わない。ただ……ひよりが死ぬ時は俺とみおも一緒に死んでやる。握った手は絶対離さないから安心してくれ」

 そういうとひよりの唇を奪う。思い切り口の中まで味わうような深くて熱いキス。


「ん、んむっ……んっ、きょ、恭介……ちゅっ、ちゅぷっ、はぁはぁ」


 ひよりの目がとろんとして顔が真っ赤になって何にも考えられなくなるような長くて深いキス。俺も酸欠になりそう。

 その状態で素早くトイレから出てみおが抱きかかえるようにして席に連れ帰り、俺も席に戻ってみおと二人で左右からひよりの手を恋人繋ぎで握りしめる。


 ひよりはまだ目の焦点が合わない赤い顔をしているからCAさんに心配させないように目隠しをさせる。

「ひより、愛してるよ。何があっても一緒だから」

「ひよりっち、あーしと恭っちがついてるから」

 飛行機のエンジンの轟音が聞こえないよう左右から耳元に小声のステレオでささやく。ひよりの思考力はもはやゼロだろう。

 そのまま陽菜に見送られて飛行機は大空に飛び立ち、北の大地に降り立った。


 マジでひよりの応援に来てよかったよ。飛行機でメンタルやられて1回戦負けもありえるところだった。こんなに安全な乗り物なのに。

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 無敵なはずなのにポンコツエピソードが積み上がりまくる刀剣女士。

 恭介かみおがおかしくなってたらひよりに当身を食らって意識不明で北海道に運ばれていたのかも。


 毎日18時に最新話公開中

 次回更新は8月31日です。

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