第253話 本当に裏なんてあるはずがないんだった
「ただいま~」
陽菜の家の玄関を開けて中に入る。いつもは玄関でお出迎えしてくれる陽菜が出てきてない。あれ? 調子でも悪いのかな?
ん、小さな運動靴が玄関にあるな。
「恭介くん、おかえりなさい。陽菜ちゃんなら二階にいるわよ」
さちえさんが布巾で手を拭きながらキッチンから出てくる。
「まるが来てるんですか? 珍しいですね」
あの運動靴はまるのだろう、どうでもいいことだけど。
ここは陽菜の家なんだから陽菜の友達が遊びに来るのに何かを言う気はない。そんなことをしたら陽菜が嫌な思いをするから。
「恭介くんが帰ったら二階に上がってきて欲しいって言っていたわよ」
さちえさんに言われて陽菜に会うために二階への階段を上る。つい最近までこの階段を上ることなんて数えるほどしかなかったのにここのところ毎日上っている。
コンコン
「は~い、入っていいよ恭介くん」
陽菜の返事を待ってから入室。ちなみに陽菜の返事がないときは勝手に入っていいという二人のルールがある。つまり入っちゃダメと言われない限り入って大丈夫なのだ。
これは陽菜が寝てたりすると俺が入れなくて困るかもという陽菜の気遣いだったりする。
部屋に入ると陽菜とまるがいた。まると会うのは何日ぶりだろう。どうでもいいことだけど。桜祭りの時に着ていたような男の子っぽい格好で、半ズボンに薄手のポロシャツという夏らしくまるっぽい格好だった。
「きょーちんっ……会いたかったんだよ。まる寂しかったんだよ」
まるが立ち上がるとすごい勢いで俺の胸に飛び込んでくる。ドフッと音を立てるようにして受け止める。俺の胴体に手を回してしがみつくようにしてにぱーと満面の笑みを浮かべている。すごく嬉しそう。
どうでもいいはずなのに、なんでこの子は別の世界から来た俺に対して全く変わらない今まで通りの笑みを見せてくれるのだろう。どうでもいいはずなのに気になってしまう。
陽菜の方を見るとニコニコしている。いつだったかまると肩車したりおんぶするのが胸がチクチクすると言っていたはずなのに心の底からの微笑み。
陽菜の表情なら演技かどうかまで全部分かるといっても過言じゃない。伊達に幼馴染はしていないし、陽菜ソムリエを名乗ってないから。
陽菜が頷く。まるを抱きしめて受け止めてあげろって意味だろう。
どうでもいいことだから抱きしめようとするがなぜだろう。思わず力がこもってしまう。
まるが「きょーちん、ちょっと力を入れすぎだよ」と言いながら頭をグリグリと俺の胸に押し当てている。
久しぶりのまるはいい匂いがする。おひさまみたいな匂い。なんだろう。まるからは安心感しか感じない。
自分とは別の世界の人間のはずなのに……
「まる寂しかったんだよ……きょーちんのことが好きだから。
みんなが言うんだよ、きょーちんは違う世界から入れ替わったからちょっと違うんだって、でもそれは間違ってるんだよ、きょーちんはきょーちんできょーちん以外の何者でもないんだよ。きょーちんが都会の人でも田舎の人でも日本人でもアメリカの人でも関係ないんだよ。まるが好きなきょーちんはきょーちんだけだから」
ああ、そうか……俺が何に怯えていたのか少しわかった気がする。俺が元の世界から入れ替わったのを知られた今、俺が何をやっても違う世界で育った人間だからそう思っているんだろうそうするんだろうって受け止められたり考えられたりするのがイヤだったんだ。
こっちの世界で目を覚ましてからずっと元の世界から来た自分がみんなに混ざることにバレないかどうか…嫌われないかどうかばかりを気にして生活していた。
陽菜は俺のことを元から知っているし同じ世界の幼馴染だから何をしても俺が俺だからそういうことをするんだって理解してくれる。
だけど、他のみんなには理解して貰えないとばかり思っていた。
でも、それは逆に俺の思い込みで間違いだったかもしれない。この世界に来てからすぐに友達になった丸川のどか……この子に関しては本当に裏なんてあるはずがないんだった。
裏表どころか表だけで生きているような女の子。たまにイタズラすることもあるしエッチなことにも興味津々、だけどそばにいて本当に明るくしてくれる女の子。なんでこの子まで疑って遠ざけようとしてたんだろう。
のどかのポニーテールになった後ろ髪をなでながら陽菜を見る。陽菜が嬉しそうにうなずく。
「まる、ごめんな。ずっとメールの返事も適当にしか返さなくって避けるようなことをして。でも嫌いになったとかじゃないんだ。なんだかみんなに嘘をついてたみたいな気がして、これから先の付き合い方が分からなくなって怖くなって……」
俺の言葉を聞いてのどかがボロボロと大泣きする。
「きょーちんに嫌わたんじゃなくて良かったんだよ、きょーちんとずーっとずーっと一緒にいたいんだよ、うわぁぁぁぁぁぁぁん……」
子供みたいな泣き方に抱きしめたまま頭を撫で続けるしかできない。ずっと一緒にいたいって言われても、俺には陽菜がいるし、陽菜のイヤがることは出来ない。
いつの間にか陽菜が目の前に立っていてのどかを包み込むようにして俺のことを抱きしめる。
「恭介くん、私を気にしないでいいんだよ……ううん、違う。私を言い訳にしちゃだめだよ。そうしちゃったら恭介くんはこの世界と自分自身で向き合えなくなっちゃう。
だから……話したよね、私に相談してって。恭介くんの中にまるちゃんに応えたいって気持ちはないの? 私はね、まるちゃんとずっと一緒にいたいよ」
「いいのかな……本当に俺がそんなわがまま言っても。この世界の人間じゃないのに」
「それってみんなの気持ちや恭介くんの気持ちに関係があることなの? まるちゃんがさっき言ってなかった? 恭介くんだからいいんであって恭介くんだけが欲しいんだって」
「……みんなと一緒に、まると一緒にいたいよ」
「ちょっとだけ自分に正直になれたね、恭介くん。そのままちょっと下を向いて貰ってもいい」
陽菜に言われる。俺のすぐ下には泣いているのどかがいるけど……陽菜に言われたとおりに下を向く。その瞬間俺の頭がまるの手で抱きしめられるように引き寄せられる。
ちゅっ ちゅぱっ
まるからのキス……俺の
「まるのファーストキスなんだよ、きょーちん大好き」
泣いたのどかがもう笑った。その涙を流したままの笑顔から目を離すことが出来なかった。
泣き疲れたのかのどかは今俺の太ももを枕にして寝ている。
陽菜がエアコンを入れてくれているので部屋の中はちょうどよく涼しいくらい。のどかは俺の膝を枕にして丸まっているので本当にネコみたい。そののどかの頭をなでながら俺がつぶやく。
「近所にいたノラ猫のボスにゃんがたまにこうやってひざの上で寝ることがあったよな。やさぐれた感じのするネコなのに妙に人懐こいところがあって……そう言えば陽菜と再会したばっかりの時に「ボスにゃん」っぽいスタンプを送ったよね」
「うん、覚えてるよ。あの時、もしもボスにゃんから恭介くんが恭ちゃんだって気付いていたら今日みたいな関係はなかったんだよね」
目の前で幸せそうに寝ているのどかのことを見つめる。俺が頭をなでると目を細めて本当に陽だまりのネコみたいだ。くーくー寝息を立てている。
「あの時に陽菜が俺の幼馴染の陽菜だって気付いて二人で結ばれていたら本当にこの世界の人のことを誰も信用できなくて二人きりの世界を作っちゃっていたかもな」
「そうだよ、私だってそんなに友達が多いわけじゃなかったから……恭介くんが来てくれてからなんだよ。こんなに友達が増えたのも、楽しい毎日を送れているのも。
だから……恭介くん、みんなの気持ちを受け入れて」
陽菜が俺の目を見て真剣な表情をしている。凄くまっすぐに見つめる目。俺はやっぱりこの子に勝てないらしい。
「でも本当にいいの? 陽菜はそれで平気なの?」
「絶対に平気なんて言えないよ、彼氏が出来るのも初めてなのに彼氏と他の女の子がキスしたりもっと先のことまでしちゃうかもなんて想像したこともなかったもん。
でもね、恭介くんがこの世界と繋がりを作って本当の意味で幸せになって欲しい。これは本当の私の思い。
そのためなら何でもするから……私がワガママを言ってもいいなら私のことを一番に愛してね」
俺に寄り添って肩にもたれかかってくる陽菜の思いを受け止めて、のどかの重みを太ももで支えながらこの世界でどう生きるかを真剣に考えようと思う。
もうこの世界にどうでもいいことなんて何一つないから。
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恭介がこの世界ともう一度向き合うきっかけは純粋なお姫様からのキスでした。
トンネル抜けた感じ……
次回更新は明日8月22日18時です
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