第216話 小烏道場に着くと小烏の親父さんが待っていた

 それからの一か月間は剣道漬けの日々だった。

 日常生活では足さばきと重心移動を常に意識して動くことを心掛けたり、放課後は学校の柔剣道場の片隅を借りて出場する5人と陽菜としずくで集まって練習したりトレーニングした。


 大会に出場するには当然エントリーするだけではだめで、現地までの移動手段もいるし、剣道の竹刀や防具などの道具を運ばなくてはならない。

 6月15日の天皇誕生日には小烏こがらすの親父さんも市内のイベントで忙しいので車を出してもらうことも道場の車を使うことも出来ない。

 なのでホテルや車の手配したり、車に乗りきらないメンバーは新幹線で移動することになるのでチケットの準備も必要だ。

 資金的には今までの小烏が刀剣女士として活動した広告収入があるのでそれを使うとして、試合のことを考えると授業が終わった後に移動して現地入り、ホテルで一泊して翌日の試合、帰宅というなかなかのハードスケジュールになるだろう。


 運転手の手配だがストレートにちさと先生にお願いすることにした。

 全員うちのクラスのメンバーだし、報告しないで勝手に大会に出て万が一優勝したら拗ねて凹みそうだから。

 GW最終日にプロポーズされたけどあれは大人の冗談だよな?

 なんか人の好意を弄んで好きなように使ってるみたいになったら嫌だなぁ。そんなことを思いながらちさと先生にお願いすると二つ返事だった。


「そういうことだったらわたしに任せなさい。自分の教え子が頑張ってるのを応援するのは担任としては嬉しいことよ。だから私も協力させて貰うわ。

 課外活動の申請許可は私の方から出しておくから任せておいて」

 やっぱりちさと先生はいい先生だし頼りになる。レンタルする車はハイエースだが今回は防具などの荷物も多い、荷物の輸送を優先するので車に乗るメンバーは俺と小烏だけで後のメンバーには先に新幹線でホテルに前乗りして貰うようにする。


 そんなこんなであっという間に大会前日の6月14日になった。

 この日は普通に授業があったのでちさと先生が事前に借りて学校の駐車場に置いていたハイエースに小烏と一緒に乗り込んで小烏道場を目指す。

 陽菜たちは一度家に帰って制服から着替えた後で新幹線に乗ってホテルに向かうことになる。こういう時引率役のしずくがいると安心できていい。グループの頼れるお母さんみたい。


 俺たちの乗っているハイエースが小烏道場に着くと小烏の親父さんが待っていた。荷物の積み込みを手伝ってくれるらしい。

「この度は娘のわがままに先生まで手伝っていただいてありがとうございます。

 まさか娘が今回の竜王旗剣道大会に参加するなどと思っていなかったので、本来はうちの道場ですべて手配や荷物の移動もするべきことなのでしょうが先生にはお手数をおかけしてます」

「いえ、わたしは今回は本当にただ運転手として手伝っているだけで、生徒たちが頑張っているのを後ろで一歩引いて応援しているだけなんですよ」

 ちさと先生が俺のことを前に押し出す。


「特にこの多々良はクラスのみんなを引っ張って小烏さんと一緒に今回の大会に出ることを決めて、全部手配したんです。

 ここまでみんなでやっている子たちのことを応援していただけると教師としては本当に嬉しいですね」

 ちさと先生の言葉に小烏の親父さんは重々しく頷く。


「うむ、君が多々良恭介くんか。君の名前は娘のひよりから何度も聞かされているよ。君の話をするようになってから娘は本当に明るくなった。

 友達も増えて女の子の部屋でお泊り会をしたり、年頃の娘としての楽しみも味わえているようだ。本当に感謝していている。

 妻を早くに亡くして男で一つで育てたからしっかり育てられたとも言えない。

 私に伝えられることは剣術だけだったからそれだけでもと思って頑張ってきたつもりだが娘には道場の行く末を心配させてばかりだ。

 君にいろいろ助けられていることも聞いている。今回の大会でも娘のことを助けてやってほしい。頼む」

 大人の男性にこんな風に頭を下げられたこのない俺は慌てふためくのだった。

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 30万字突破しました。ずいぶん長い物語になりましたね。


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