第98話 みんな好きになっちゃうに決まってる(陽菜視点)

 タッ タッ タッ タッ タッ


 恭介くんの足音が一定のリズムを刻んでいく。

 ランニングに後ろからついて私は自転車を漕ぐ。

 体を鍛え始めたのはあの溺れかけた日がきっかけだって言っていたのに、すごく綺麗なフォームで走っている。走り方がスムーズなのは運動に詳しくない私でも分かる。ずっと入院してて退院したのはほんの2週間前なのに凄いなって思う。


「ここは川沿いのサイクリングコースだから自転車も走れるし平坦だからそんなにつらくないでしょ?」

 走りながら私に話しかけてくる。私なんて自転車を漕いでるのにもう息が上がちゃって返事も返しにくいのに。


 今朝は恭介くんにずっとついて自転車を走らせているが、昨日の時点で朝私と走ることを決めてからルートを考えていたらしい。

 自転車って人と並走したいって思っても人は右側通行で自転車は左側通行とかを守ろうとすると結構大変だ。そういうことまで考えてルートを決めたって言っていた。


 河原に公園があって、そこで休憩するために自転車を止めた。

「ふぅ~……ペース的にはもうちょっと上げた方が負荷はかかるんだけどね。今はまだこのくらいが限界かな」

 言いながら私が渡したスポーツドリンクを飲んでいる恭介くん。喉ぼとけがゴクゴクと動くのが男の子なんだなぁって感じる。


 私も自分の分の水筒からスポーツドリンクを飲む。この公園はもうちょっとしたら沢山の花見客が来る桜の名所だ。

 桜の木につぼみがついている。ドリンクを飲み終わった恭介くんがストレッチを始める。


「陽菜、良かったら後ろから背中をぐーって押して体重をかけてくれる?」

 股を開いた状態で背中を押して欲しいらしい。

 私はぐって力をかける。体重を少しずつのせていく。広い背中。私の体と違ってゴツゴツしてる。これは私だからお願いして貰えてるのかな? それとも隣にいる人なら誰にでもお願いしちゃうの? ドキドキと不安といろんな気持ちがごちゃ混ぜになる。

 この世界の他の女の子にこんな無防備な姿を見せて欲しくない。この世界で生まれたわけじゃない私だって好きになっちゃうんだもん。みんな好きになっちゃうに決まってる。


 元の体勢に戻りながら恭介くんがまだつぼみの状態の桜を見上げる。

「もうすぐ桜まつりだっけ? さちえさんが手紙に書いていたけど桜祭りの時に花見にみんなで来てたの?」

 あの手紙に花見のことなんて書いてあったんだ。私が手術成功してから毎年花見の季節はお父さんも帰ってきて一家でお花見をしている。

 今年は恭介くんの家も一緒にお花見できると出来るといいなって思う。


「それじゃあ今から復路を走って着替えてから10時に陽菜の家に迎えに行くから。っとその前にその桜の木の前にちょっと立ってみてよ」

 自転車の前かごから取ってきたカメラを構えながら恭介くんが言う。

 笑ってと言われるが、多分私の笑顔は引きつっていたんじゃないかと思う。

 ごく普通のスナップショットの練習だったのを見て、エッチな写真を撮られるかと思った私が一番エッチだと思った。

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