第8話 イルカ


「お母さん、結愛を借りるね♪」


 帰ってきて早々、姉は母へ断ると事務室オフィスの方へ私を連れ込んだ。

 相変わらず、強引である。


 この様子なら彼氏の一人や二人、出来そうな気もするのだけれど、上手くは行かないらしい。


 『出会いがないのよ、出会いが』などと言っているが、共学の学校で出会いがないのであれば、お手上げのような気もする。


 姉の友人は、ややクセのある長い髪をした女性で、姉と比べると若干太めだ。

 愛嬌あいきょうはあるが、運動は苦手そうな印象を受けた。


 同じ部活ではないらしい。

 どうにも、気になる男子がいるのだが、勇気が持てないそうだ。


 つまりは『あと一押しが欲しい』という『占い』に頼る典型的なタイプなのだろう。


 男子がよく女子に対して「占いが好きだよな」と言うが、要はけが欲しいのだ。


 すでに『どう行動するか』は決めているので、そのための『動機付けモチベーションが欲しい人間も多い』ということだ。


 また、姉とは対照的に大人しい性格らしい。肝心かんじんの姉は彼女の後ろから「なにか、いいこと言え」みたいな顔芸――いや、表情をする。


 この姉は妹をいいように使い過ぎな気がするのだが――


(他の家でも妹のあつかいは、こうなのかな?)


 まあ『トパーズ』が一緒なので、いつも通り、夢の話を聞いてから考えよう。

 姉が友人に対して、私のことをどう伝えているのかは分からない。


 だが、期待を込めた眼差まなざしで見られているのは分かる。

 どうにも姉はべんが立つようなので、私よりも余程、占い師に向いているようだ。


 私は接客のつもりで丁寧ていねいな口調を使い「最近、見た夢で印象的なモノはありますか?」と質問をする。


 そもそも、夢など忘れているのが普通なので、この質問に意味はない。

 あたかも――その夢に意味があるように錯覚させる――そのための質問である。


 『トパーズ』の見せる夢は『未来』や『人間関係』を暗示する。


(悪い結果には、ならないと思うけど……)


 姉の友人は「それだったら――」と夢の内容を語り始めた。

 船に乗って、姉と一緒にイルカを見る夢のようだ。


「アタシたち、仲良しだからね☆」


 と姉。うるさいので、少し黙っていて欲しい。


(確か、船に乗る夢は……)


 『人生における変化』や『変化が起こることを望む気持ち』を示唆しさする。

 まあ、旅を連想するだろうから、この辺は本人もなんとなく理解しているのだろう。


 卵の夢のように割れなければ――この場合は船が沈まなければ――問題はない。


「重要なのは船の大きさですね」


 と私は告げる。姉と二人で乗っていた――という話なので、心配はなさそうだ。

 案の定、一般的なサイズの旅客船らしい。


 また、海の状況についても、聞いてみた。

 海は『活力』や『生命力』そして『心身の状態』を意味している。


「深層心理を表している場合もあります」


 と私は事前に断っておく。

 恐らくは、穏やかで綺麗な海だったのだろう。


 特に海に関しては、情報を得られなかった。


「次に重要なのは、イルカを見たことですね」


 正直『イルカが好きなんだろうなぁ』くらいにしか思わないのだけれど、私は真面目まじめに答える。


「お姉さんを助けてくれる人との出会いを暗示しています……」


 もしかしたら、すでに知り合っているのかもしれません――と告げた。

 これだと知人はほぼ全員、当てまる気がするのだけれど、そこは恋する女性。


 自分の都合のいいように解釈したようだ。

 つまり『想い人である男子』を思い浮かべたのだろう。


 この辺は料理も一緒だ。

 例えるなら『月見そば』の卵も自分で食べる状況タイミングを選べるから楽しい。


 彼女は自分の中にある『助けてくれる人』を勝手に作り上げるハズだ。

 私の思惑通り、彼女の顔が――パァ✿――と明るくなる。


「その人とは、キッカケがあれば急接近できるでしょう」


 と、私は答えるのと同時に、


(これで良かったの?)


 友人の後ろにひかえている姉に視線を送った。


(うん、バッチリよ!)


 そんな意味だろうか? 姉は私にウインクをする。

 やれやれだ。いや、最後にもう一仕事しておこう。


「それと、夢で友達と船に乗っていたのなら……」


 今後も長く付き合う関係性になることを示唆しさしています――と告げる。

 その言葉に、喜ぶ姉とその友人。


 ――アナタの人生の良き理解者になってくれるでしょう。


 そんな決まり文句は、この二人には必要なさそうだ。私はそう考えるのと同時に――自分の恋に対して夢に頼るなど、おかしな話だ――と考えていた。


(もう少し、現実を見ようよ……)


 そう口に出してしまいそうになった反面、喜ぶ姉とその友人の姿を見て『少しうらやましい』とも思ってしまう。


 恋に臆病おくびょうになり、こんな占いの言葉に一喜いっき一憂いちゆうする。

 私にもいつか、そんな恋をする日が来るのだろうか?


 〈了〉

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