Ⅷ
『どしたの、イオちゃん。おひさしぶりだねぇ』
「ひ、久しぶり」
くるくるちゃんの既読はすぐについて、向こうから電話が掛かってきた。以前は頻繁に会っていた分、少し間が開いただけでどう接していたか分からなくなる。対してくるくるちゃんは何も気にした様子はなく、『なんか悩みごと? オヂと何かあった?』などといつもの調子でいる。
「その、義人さんとのことで相談したいことが」
『え〜、義人さんとまだ続いてたの! イオちゃん凄いねぇ。てかなんか緊張してない⁉』
してる。とはさすがに言えないし、「いやなんか久々じゃん」と適当にお茶を濁す。
『てかさぁ、相談の前に近況とか聞かせてよ! 最近何してた?』
くるくるちゃんの華のある声が耳に心地良い。くるくるちゃんのことを思い出す機会は頻繁にあったのに、どうして彼女に連絡しなかったのだろう。
「最近か。えーっとね」
最近。最近は、義人さんと渋谷に行ったり、義人さんとディナーをしたり……。
──義人さんと会うことしかしてないな。
私は少し考えて、
「ずっとパパ活してた」
と答えた。
「くるくるちゃんはどう? 最近何してたの?」
『あたし? あたしはねぇ、パパから学費として百万くらい引いたくらいかなぁ』
相変わらずというか何というか、しれっととんでもないことを言う。
「くるくるちゃんって大学生じゃないよね?」
『あたりまえじゃん。あたしが大学行ってるところ見たことないでしょ』
薄々そんな気はしていたが。
せめて学費以外の口実でお金を取ればいいのに、などと倫理観があるんだかないんだか分からないことを考える。脱毛費用とか、家賃とか、そういうのでお金を取った話もくるくるちゃんは以前していた気がするし。
そんな私の考えを見透かしたように、
『誤解しないでよね! そのパパからは学費って名目が一番引きやすかったってだけだから!』
とくるくるちゃんは弁明するように言ったが、別に何も誤解ではないし弁明にもなっていない気がする。
『まぁ、あたしの話はいいよ。今度会ったときにでもしよ。そんなことよりイオちゃんの相談ってなに? イオちゃんが人を頼るなんて珍しいよねぇ』
「うん、まあ……こういうのは分かる人に聞くのが一番かなと思って」
本題に入る前に、深呼吸を一つする。大丈夫、これはただお金儲けの相談をしているだけであって、男女の恋愛の生々しい話をするってわけじゃない。「大人の関係」は「大人の関係」であって、「セックス」とは違う。違うんだ。
だって、私たちはお金で繋がれた関係でしょ?
「あのね、この間、義人さんに『大人の関係』を持ち掛けられたんだけど……」
言い終わるか早いか、くるくるちゃんは『マジかー!』と叫んでいた。鼓膜がキーンと鳴る。
『そりゃサイアクだね! もう切っちゃえば? まあここから数回はお食事で引っ張れると思うからそれでもいいけど、あんまりやると恨まれるかもだしなぁ。今スパっと切っちゃった方が、相手も『大人の打診したから切られたんだな』って分かって後腐れないといえばないよ! ある人もいるけど!』
くるくるちゃんのその物言いに、カチンと来た。
くるくるちゃんがやめた方がいいよと言ったらそうするつもりだった。でも違う。こんなのは違う。例えそれがパパ活だったとしても、私と義人さんの間には過ごしてきた時間があり、重ねてきた会話があり、それなりの関係がある。それをあたかも、義人さんがお金儲けの道具でしかないような物言いをされて――腹を立てないでいろと言う方が無理だ。
私はムッとした口調を隠し切れないまま、
「いやでもさぁ、するかどうか迷ってんだよね。『大人』」
と投げ返した。
『えっ、なんか……ごめん?』
「何が?」
『いや、なんか怒ってるかなって』
くるくるちゃんの謝罪という珍しいシチュエーションに、少し冷静になる。そうだ、この子は私よりもずっと多くの場数を踏んでいて、この子なりの常識で私に答えてくれただけだ。それを私が勝手に一人で怒っているのだから、くるくるちゃんが困惑するのも無理はない。
「いや、私もごめん。怒ってないよ」
『そ? それなら良かったぁ。……てか、『大人』迷ってるってホント? どういう心境の変化?』
「いやぁ、なんか…………なんて言えばいいんだろ。義人さんと何回も会ってさ、いろいろ話をしたんだよね。義人さんはいつも私に新鮮な意見をくれるし、義人さんも私の考えを面白いって言ってくれる」
『あ~、確かにイオちゃんと義人さん、初対面のときからそんなかんじで盛り上がってたよね』
「義人さんのいろんな面も見た。可愛いところもあるし、少年……下手したら小学生みたいに子供っぽいところもあったし、凄い人なんだって改めて実感させられるような怖いところも少しだけ見た」
『うんうん』
「いろんなところに行って、いろんな時間を一緒に過ごした。大変なこともあったし振り回されてると思ったこともあったけど、楽しいことばっかりだったよ。日給一万円前提だけど。でもそれが前提だとしても、楽しかったのは本当だから」
『うん』
「だから、この人ならいいかも……って、思ったんだよね」
『うん』
くるくるちゃんは、ぽつりと言った。
『イオちゃん。……それはさ、恋だよ』
「違うよ」
私は即座に否定した。
「確かに憎からずと思ってる節はあるけど、例えばもしお金を通さないで会おうって言われたら絶対に会わない自信があるよ」
『自信とか言ってる時点でアウトじゃんってあたしは思うけどね。……ごめん、下品な質問するけどさ、イオちゃんって確かシたことないよね?』
「それは……うん。ない」
『そうだよね』
ふふ、と笑うような吐息を漏らして、そのままため息に変わる音が、スピーカー越しに届いた。
そして、深く息を吸い込む音が――
『初めてをあげてもいいなんて、恋以外の何だっていうの‼』
反射的にスマホを耳から離す。
鈴を転がすような綺麗なくるくるちゃんの声が、汚く音割れしてスマホのスピーカーから飛び出した。ほとんど悲鳴のようだった。その声は私の鼓膜を貫いて、そのまま心臓にまで刺さった気がした。
恋? 私が、義人さんに?
いや、そんなことより。
――どうしてくるくるちゃんがこんな声を出さなきゃいけないんだ?
「どうしたの、くるくるちゃん」
『どうしたもこうしたもあるわけないでしょ。ねぇなんでなの、イオちゃん。どうしてそっちなの。パパ活なんかしてさ、金銭感覚も常識も倫理もどんどん周りとずれて困ってたはずでしょ? 家族にも大学にもでっかい隠し事して』
まるで話が見えなかった。ただまくし立てるように話すくるくるちゃんの口調に一切の余裕はなく、普段の飄々とした態度からは想像もできなかった。
この子はこんな話し方もするのか。長い付き合いなのに、全然知らなかった。
『聞いてるの、イオちゃん』
「き、聞いてるよ。ただちょっと、驚いて」
『聞いてるならいい。……ねぇイオちゃん、なんでそいつなの。あたし納得いかない。あたしがイオちゃんより狂ってるからイオちゃんも安心して狂えたでしょ。倫理を捨てられたでしょ。あたしがイオちゃんを自由にしたでしょ』
「それは、そうだけど」
『もうあたししかいないはずでしょ‼』
またも音割れするほどに声を荒げて、それきりくるくるちゃんは黙った。
私が義人さんを好きであることに、くるくるちゃんは怒っているのだ。たっぷり何十秒もかけて、私は理解した。
でも、それを理解するだけでやっとだった。どうして? くるくるちゃんが怒らなきゃいけない理由なんてどこにもない。
「…………それ、もしかして、告白?」
『は? ぜんぜん違う』
違うのか? どういうことなんだ。
くるくるちゃんが何を考えているのかさっぱり分からない。……いや、もしかしたら
一度たりとも分かっていたことなんてなかったのかもしれない。突拍子もない彼女の言動を面白がるばかりで、彼女がそれをする理由については、彼女が言っていた以上のことは考えたことがなかった。それだけじゃない、彼女は大学生ではないけれど、じゃあパパ活以外に働いているのか? 一人暮らしをしているけどご両親はどうしているのか? 兄弟はいるのか?
私は彼女のことを、何も知らない。
『分かりやすく言うよ。あたしはイオちゃんに意地悪をしてたの。孤立させようとした。周りには言えないことをすると、その秘密を共有できる相手との交流ばかりするようになるよね。隠し事しながら喋るのもしんどいし。そうやってコミュニティが絞られていって、そこに依存しちゃう。これはカルト教団とかでもよく使われる手口。あたしはイオちゃんに対してそれをやった。分かる?』
「怖いし、全然分からないよ。やったことは分かったけど、目的が全然分からない。私を孤立させてどうする気だったの」
怖い。
今まで彼女がどんなに突拍子もないことをしようと、どこか対岸の火事だった。他人事のような気持ちでいたのだ。そんな彼女と友達付き合いをしていた意味を今、銃口として突きつけられている気さえした。
私、くるくるちゃんの――『くるくるくるな』の中の人の、友達として横にいたんだ。手も握れるし包丁も刺せるその間合いに、ずっといたんだ。
ネット上で知り合った人と直接会ってはいけません、なんて間の抜けた標語が脳裏をチラついて、そして消えた。
『分かんないか。……じゃあ、あたしが何考えてたか話すから、聞いて』
そう言ってくるくるちゃんは、語り始めた。
◆
人生は一度きり。あなたの人生はあなただけのもの。
人生、楽しんだもん勝ち。
揃いも揃ってSNSのひとことメッセージ欄にそう書く癖に、あいつらはこの言葉の本当の意味を知らない。分かってないんだ、何も。あいつらには自分の人生を、本当の意味で自分だけのものにすることができない。
そういう連中を見るとイライラする。他人の目を盾に取って現状に甘んじるなら、エラソーな人生論なんか最初から語るんじゃねぇよ。
あたしはそういう奴らとは違う。あたしは本当の意味で、自分の人生を自分だけのものにできる。他人からの評価も感情も要らない。通勤電車に押し込められる日々なんて御免だし、会社勤めなんてしたくない。パッと生きてパッと死にたい、それが綺麗ってものでしょう? だからあたしはこの道を選んだ。
人は想像が好きだ。イオちゃんは「人はみんな話したがりだ」と言ったけれど、あれは少しだけ違う。人はみんな想像が好きで、自分が好きだ。結局人が見ている景色なんて、自分が作った想像の域を出ることはできない。分厚い想像のフィルターを通して見えるボヤけた世界を、現実だと信じて止まない。人が話を好むのは、自分の口から出る自分の世界が心地良いからだ。
「おじさんが好きだからこんなことしてるの?」
「何か事情があってパパ活をしてるんだよね」
この手の質問をしてくるおっさんはその最たる例。「そんなことないよ」って言っても信じた試しがない。本当にそんなことないのに。そもそもパパ活するのに理由が要る? 事情がある人、特にない人、色んな人がいる。それだけのことも分からないなんて、ホントに愚か。
SNSは、そんなお前らの想像を破壊するための手っ取り早いツールだ。
あたしの言ったことしか情報がないから、想像の余地が少ない。あたしはこのSNS上でなら、こんなに好き放題生きているあたしをそのまま見て貰えた。好かれようなんて思ってないし、そもそも人と繋がろうと思って始めたわけじゃない。他人の想像が邪魔だったから、それを取っ払える場所として都合がよかっただけだ。
現実世界の奴らはどいつもこいつも、人のこと異常者みたいに言いやがって。楽に稼げて羨ましいならあなたもこの仕事をすればいいのに。でもできないでしょう、あなたの人生はあなた以外のものに支配されてて、あなた以外ものの感情が変わるのが怖いから。
好きに生きて何が悪いの。それがいいことみたいに言う癖に、矛盾してるんだ。
お前らの人生は、お前らのものにはなれない。あぁ、なんて可哀想! あたしが貰ってあげようか? 誰よりも好き放題に生きてみせるよ!
ところがどっこい、自分の人生を生きられないお前らに疎まれたはずのこの生き方は、存外SNSでウケた。なるほど、自分に害のないところにそういう人間がいるぶんには、人はそれを面白がるらしい。
「見世物じゃねぇんだぞ」
あるとき、フォロワーにそう噛み付いた。何となく機嫌が悪かった。
「そんなつもりじゃないよ。私たちは観客で、あなたは舞台の上でくるくる踊ってる綺麗な踊り子。あなたの生き方は眩しいからみんな見ちゃうの」
あたしはこの返信が気に入った。適当な名前でやっていたSNSのアカウント名を、「くるくるくるな」というのに改名した。「くるくる」と「来るな」の組み合わせだ。舞台でくるくると踊る孤高の踊り子っぽくない? たまにダサいって言われるけどあたしは結構気に入ってる。
で、その返信をくれたのがイオちゃんだったってわけ。
ほんの気まぐれだけど、あたしにこの名前をくれたこの子と仲良くしてみようという気になった。予想通り、彼女は典型的な「自分の人生を自分のものにできない」人間だった。あたしが大っ嫌いなタイプ。イライラした。他人の人生を生きてるなんて、死んでるのと変わんないじゃん。反吐が出る。ただ彼女がたまに言う「狂ってるよ、くるくるちゃん」という呆れたような口調のそれが、あたしはあいつらとは違うってことを実感させてくれた。それが心地よかったから、どんなに腹立たしくても仕方なく一緒にいてやった。
しかし彼女は、あろうことかあたしを心配した。危ないからそういうことはやめなさいと諭してきた。他にもっと生き方があるよと語ってきた。
「ふざっけんなよ」
当然、あたしはブチ切れた。だってそうじゃない? なんでよりによってこの子からそんなこと言われなきゃいけないの。なんであんたに人生解かれてんの。あたしが教えてやる側なのに。あんたは不自由だって、舞台の上から教えてやってるのに!
「イオちゃんはあたしの生き方が面白いと思ってあたしと繋がったんじゃないの」
「あの頃は他人だったじゃない。でも今は違う。友達だから、くるくるちゃんが心配なんだよ」
「バカじゃん?」
あたしは鼻で笑った。
「踊り子の心配をする観客なんかいらないんだけど」
しはらくの間、気まずい沈黙が流れた。さすがに言いすぎたかも。でもあたしからは口を開いてやらない。だってあたしは悪くない。間違ってない。
先に折れたのはイオちゃんだった。
「……今のくるくるちゃんの生き方は綺麗だよ。でもそれって刹那的なものだ。今のくるくるちゃんが要らないと思ってるものが、この先のくるくるちゃんにも要らないとは限らないから」
あたしにはイオちゃんの言う意味がよく分からなかった。ただ、その心配の中に、もうあたしを否定しようとするものがないことだけが分かった。
心配なんて哀れみの同義語だって思ってた。見下してんじゃねぇと思ってた。でもイオちゃんからのそれは、不思議と不快ではない。変な気分だ。
あたしが答えに窮していると、
「まぁでも、余計なお世話だったね」
とイオちゃんは言った。そのままその日はお開きになった。
それからもイオちゃんとの交流は続いた。時には直接会って話したりした。イオちゃんはあれからもあたしの心配をしたけれど、あたしのやることを本気で止めようとしてくることはもうなかった。
自分の人生を自分だけのものにすると、人との縁はどんどん切れる。「この人にこう思われたくない」に縛られないためには、そうなるのは必然だった。あたしは一人でも平気だけど、別に一人が好きってわけじゃない。イオちゃんはいつしか、あたしの唯一の友達になっていた。
今まで誰に嫌われてもよかった。それがあたしの強さだった。でも、イオちゃんに嫌われるのは嫌だ。
弱くなりつつある自分にも、本当は気づいていた。
「くるくるちゃん。悪いんだけど、店変えない?」
ある時、入ったばかりの喫茶店で、イオちゃんが言った。
「いいけど。なんで? 禁煙のとこがよかった?」
「いや、それは別にいいんだけど。あそこの席に座ってるの、うちの親かもしれない」
「ほんと? イオちゃんのご両親かぁ。挨拶しちゃおっかな〜」
ほんの冗談のつもりだった。まさか本気でイオちゃんの親に挨拶しようなんて思わない。会ってどうするんだって話だ。
でもイオちゃんにとっては、冗談では済まなかったらしい。
「ダメ!」
聞いたことのない語気。
あたしは思わずたじろいでしまった。
「じょ、冗談じゃんか……そんな怒んないで、イオちゃん」
「ごめん」
イオちゃんは、小さく呟いた。喫茶店の緩慢なざわめきにすら溶けて聞こえないような声だ。俯いてしまったイオちゃんの手を引く。店の外に出て、別の喫茶店に着くまで、イオちゃんは一言も喋らなかったけれど、あたしの手を離すこともなかった。
次の店でコーヒーが運ばれてきて、イオちゃんはやっと顔を上げた。無言の時間が所在なくて、あたしはストローの紙でイモムシを作って遊んでいた。
「……ここ、紅茶が美味しいんだよねぇ。前にパパに連れてきてもらった」
「そういうことは注文する前に教えてよ」
呆れたようにイオちゃんが笑った。もう大丈夫そうだ。あたしが「さっきのはどういうことだったの?」と促すと、イオちゃんは案外すんなり話をしてくれた。
「うちの親、ちょっと厳しいから」
「あたしといるとマズい?」
「……くるくるちゃん、美人だし目立つから。私なんかと一緒にいるのを見たら、少なくともうちの親は絶対何かを疑う。一回疑ったらくるくるちゃんのことを興信所に調べさせるくらい、平気でやるような人たちだよ。だから」
「何それ。GPSアプリ入れてくるタイプの束縛彼氏じゃん!」
あたしが大袈裟な比喩のつもりで怒ると、
「高校の頃まではアプリ入れられてたよ」
と、あまりにも事も無げに返されて、あたしは今度こそ言葉を失ってしまった。
いろんな言葉が浮かんだ。そんなの過干渉だよ、家出ちゃいなよ、グレちゃいなよ。そのどれもが無責任なように思えた。彼女だってもう成人するのだ。そうしたければするだろう。彼女がそうしないのには、彼女なりの理由があると考えるのが普通だ。
「家族のこと、嫌いにならないの?」
そんな質問をするのが精一杯だった。
「別にならないよ。ちょっと束縛が厳しいだけで、あとは普通に優しい家族だし。一人っ子だから、私が出て行ったら誰があの人たちの介護をするんだろう、って想像したら、そんな捨てて行くようなことできるほど嫌いになれないよね」
なるほど、嫌なら捨てちゃえばいいなんて簡単な話ではなさそうだ。あたしには分からないことだけど、それがイオちゃんの感情なら尊重したい。イオちゃんにとっては両親との縁は捨てられないものだから、両親からどう思われるかもそれなりに重要なことなのだ。あたしみたいな、どうも思われたくなくて人との縁をバサバサと切り捨てていった人間とは違う。
そんでもって、イオちゃんの両親は普通の人たちと同じで、たくさんの人との縁があり、たくさんの人からの目がある。つまるところ常識からは外れられなくて、それは間接的にイオちゃんを常識で縛っている。
気に入らないな、とあたしは思った。
どいつもこいつも、自分の人生を自分のものにできない。イオちゃんは両親に、両親はあたしの知らないたくさんの人たちに、そうやって人生を握り、握られ、縛り合ってバカみたい。でもそれはあたしだって同じだ。イオちゃんからの感情を切り捨てられない。イオちゃんに嫌われるようなことはもうできない。あたしの人生の一部は、イオちゃんに握られている。
イオちゃんの声が好きだ。パパから何十万騙し取った話をしても、それが世間話みたいに「すごいね」と動じず言ってくれるところが好きだ。顔立ちもあたしほどじゃないけど可愛い。多少無茶な誘い方をしても遊んでくれるところも好きだ。あたしの生き方に憧れるくせに自分は常識の中で縮こまっているところも、今となっては可愛らしくて好きだ。
──そっか。あたし、イオちゃんを離したくないんだ。
もしあたしが常識的な人間でないとイオちゃんと一緒にいられないのなら、あたしはそうなりたいと思う。でも……でも、今更どうすればいいんだろう。イオちゃんの言葉の意味がやっと分かりかけていた。「普通」、「常識」、「一般的」、全部いらないと思って捨てたのに、全部イオちゃんといるために必要なものだった。それに、今から常識的な人間になったとしても、あたしのやったことは消えない。いくらあたしとイオちゃんがそれを悪い事だと思わなくても、イオちゃんの両親はよく思わない。そうしたら、あたしはイオちゃんと一緒にいられない。
そう。問題はイオちゃんの両親なのだ。
イオちゃんの感情を尊重したいなら──イオちゃんの感情を変えちゃえばいい。
イオちゃんもこっち側に来ればいいんだ。そしたらもうご両親と一緒にいられないし、イオちゃんにはあたしだけになる。あたしだけになれば、イオちゃんだってあたしから離れられない。
なーんだ。簡単じゃん?
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