海坊主宅配便

和田ひろぴー

第1話海坊主宅配便

 白いコンバーチブルのデカい車に乗った男が、いつものように白いスーツを決め込んで、運送会社にやって来た。スラッと背の高いスキンヘッドのその男は、ドアを開けるといきなりカウンターにバッグを置いた。

「おう、今日までの分、頼むぜ。」

そういって、バッグのジッパーを開けると、中にキャッシュを詰め込むように、目の前の女性にいった。すると女性は奥から台車に乗った段ボール箱を運んできた。

「あの、それだと入らないと思うんですが・・。」

「そうか。じゃあ、入る分だけ詰めてくれ。後は車で運ぶから。」

男がそういうと、女性は一箱分を何とかバッグに詰め込んだ。女性は男の顔を見上げて、

「何か、寂しくなりますね。」

と、ポツリといった。

「ま、此処も結構大きくなったし、オレ一人がいなくなったところで、じき慣れるさ。他の連中と賑やかにやってくれ。じゃあな。」

そういうと、男は女性の方をポンと叩いて、片手でバッグを担いで出ていった。そして、赤のレザーシートに無造作にバッグを放り込むと、車に乗り込んでエンジンを掛けた。と、そのとき、

「おい、ちょっと待ってくれよ!。」

と、前方から髭面のむさ苦しい男性が小走りでやって来た。

「本当にいっちまうのかよ?。アンタのお陰で会社はこんなに大きくなったし、二人で組みゃあ、まだまだやれるぜ?。」

彼はこの会社の社長だった。思いとどまらせようとする彼に男は、

「はは。アンタには世話になったな。ま、此処まで大きくしたから、恩は返したぜ。じゃあな。」

そういうと、大きな葉巻を加えて火を着けた。そして、香ばしい煙を噴かせながら、車を発進させた。後ろ手に手を振りながら。

「気が向いたら、寄ってくれよー!。」

社長は走り去る車に向かって叫んだ。船の立ち並ぶ船着き場を、男は颯爽と走り抜けていった。

 話は数年前に遡る。まだこの運送会社が小さかった頃の話だ。当時も冴えない髭面の社長が、

「あー、こう荷物が無くっちゃ、お手上げだなあ・・。」

と、閑散とした事務所にあるソファーに如何にも怠そうに腰掛けながら、吐き捨てるようにいった。事務所の傍らで暇そうにPCの前に座っていた女性は、

「だからパイロットも辞めちゃうんですよ。船もボロいのが一隻だけだし。」

「ハッキリいうねえ。あーあ、仕方無え。明日からはまたオレが操縦するか・・。」

と、二人してぼやいていたそのとき、

「御免よー。パイロットの口はあるかい?。」

と、ドアを開けるなり、自身を売り込む男の姿があった。少し歳のいったその男は、白いスーツにピンクのシャツ、口には葉巻をくわえていた。頭は丸めてサッパリとしていた。眼差しは優しかったが、時折鋭く見返した。

「ああ。丁度良かった。昨日一人辞めたんで、今から募集をかけようと思ってたところだ。ささ、こっち来て座ってくれ。」

社長は立ち上がると、男をソファーの向かいに案内した。たっぱはあったが、男はスッとソファーに座った。

「で、アンタ、何なら操縦できる?。」

社長がたずねると、男はいった。

「何がって、表に止めてあるあの船一隻じゃ無えのか?。」

「はは。お恥ずかしい。お察しの通り、あのボロ船だけだ。」

「ああ。あれでいい。上等だ。早速見せてくれるか?。」

それを聞いて、社長は快く男を船の所まで案内した。

すると、男は船の後方に回って、エンジンの辺りを入念に確かめた。

「焼け付いちゃいねえな。」

そして、今度は前に回った。

「ブリッジも見ていいかい?。」

「ああ。好きなように見てくれ。」

社長はそういうと、ハッチを開いて男を中に案内した。

「見ての通り、ちゃんと動くんだが、ナビがなあ・・。この辺りの宇宙(そら)しかいかねえから、航路図の範囲が狭くてな・・。」

男性はナビのスイッチを入れて、バージョンと範囲を確かめた。

「はは。確かに狭えな。だが、心配はいらねえ。」

「どしてだ?。」

社長がたずねると、男は人差し指を自分の頭に向けて、

「此処に全部入ってる。」

そういって、ニヤッと笑った。

「全部って、商業航路全部をか?。」

社長の問いに、男は首を静かに横に振った。

「全てだ。商業航路、軍事航路、闇航路。何でも御座れだ。」

それを聞いて、社長は目を見開いた。

「ホントか!。そいつあ、凄えーや!。アンタ一体、何者・・って、まあ、此処いらじゃ詮索しねえのが流儀だ。よっしゃ。よろしく頼むわ!。社長のヒゲだ。」

そういうと、社長は右手を差し出した。

「海坊主だ。よろしく。」

男は葉巻を吹かしながら握手した。

「ところで、荷物はあるのか?。」

「はは、お恥ずかしいが、この船と数じゃ、依頼がなあ・・。」

閑古鳥の会社の雰囲気を察して男がたずねたが、社長は案の定な返事をした。

「しょうが無えなあ。電話あるか?。」

「ああ。舵の横にあるのを使ってくれ。」

社長がそういうと、男は何処かに電話をかけ出した。

「オレだ。久しぶりだなあ。今近くの港にいる。運んで欲しいもんはあるか?。え?。イリーガルでもいいかって?。何でもいい。兎に角、あったら持って来い。」

そういうと、男は電話を切った。

「営業はかけといた。後数分で荷物が届く。早速仕事始めといこう。」

男はそういうと、社長の肩に手を回して、ニヤッと笑った。


「彼は一体、何者なんだ・・。」

社長の疑問は深まる一方だったが、男は意に介さず、葉巻をプカプカやりながら、ハッチを出て荷物が到着するのを待っていた。そこへ、

「よう、いいのか?。悪いな。」

といいながら、おんぼろのトラックの後部に幌を掛けた状態で、見るからに如何わし男性がやって来た。

「ああ。で、ものは何だ?。」

「これよ!。」

男が尋ねると、男性は幌を少し開けて見せた。

「マンゴーっていう、旧世界の植物だ。今は絶滅したらしいが、王立の植物園には撓わに実ってたらしい。そいつを、どこのどいつかは知らねえが、ごっそり捥いだって話だ。で、どういう訳か、それが今、此処にある。」

男は不思議そうに見つめると、その実を一つ、手に取ろうとした。

「おい、やめとけ!。手がかぶれるぜ!。」

「そうなのか?。」

二人はこの実のことを、よくは知らなかった。そこへ社長も下りてきて、

「お、マンゴーじゃ無えか!。こいつは果物の王様っていってな。切ると恐ろしく臭いんだ。何でも、チーズの腐ったような臭いだとよ。」

「そうなのか・・。」

男は実を見つめて唸った。結局、三人とも、この実のことはよくは知らなかった。

「で、こいつを何処に届けりゃいいんだ?。」

「第三惑星の衛星ルガ。そこのロブシティーって街にある果物屋が、こいつを欲しがってる。其処へ届けて欲しいんだが、出所が出所なのと、何より植物検疫がなあ・・。」

男性は困った様子になったが、

「よし。支払いは此処にいるヒゲの社長にしとけ。オレは今からこいつを運んで来る。さて、荷積みだ。」

男はそういうと、両脇の二人の方をポンと叩いて、トラックいっぱいのマンゴーの詰まった箱を、せっせと船内に積み込んだ。そして、それが終わると、男は発進の準備にかかった。すると、

「よう、一人で大丈夫か?。せめて機関士ぐらいはいるだろう?。」

社長は逸る男を心配したが、

「最近まで飛んでたんだろ?、この船。なら大丈夫だ。」

そういうと、男は右手を挙げ船に乗り込むと、てハッチを閉めた。

「おうおうおう、もう飛ぶのかよ!。」

と、社長は男性の肩を掴んで、安全な場所まで退避した。男はエンジンを始動すると、瞬く間に船体を地面から浮かせた。

「おい、運航許可もまだだぜ。」

社長がそういうが早いか、

「ボウッ!。」

というバースト音と共に、船は瞬く間に上空に消えていった。

「あの男、大丈夫かなあ・・。」

心配そうにする社長に、

「ヤツなら大丈夫さ。海坊主が運びゃあ、何だって最速で届く。しかも、絶対に違えねえ。ただし、帰って来たら、とびきりのバーボンは用意しといてやれよ。それが無えと、途端にへそ曲げるからな。さて、支払いの件だが・・、」

といって宥めながら、男性運賃の交渉に入った。取引はスムースに成立したが、男性が一息つくと、

「あっ!。あの野郎、果物屋の名前、聞かずにいきやがった。」

と慌てて携帯を取り出し、男の乗った船に連絡をしようと社長に番号を尋ねたが、

「よせ。今かけちゃあ、運んでるのがバレるぜ。何処で誰が受信してるか解らねえ。マズいんだろ?、知られちゃ。」

「そりゃそうだが・・。ま、何とかなるか。」

二人は結局、男に連絡は取らずに支払い交渉を続けた。そんなこととは露知らず、船内では男が一人、不慣れなブリッジで舵と格闘していた。

「ちっ、最近の舵は、全然遊びが無えなあ・・。オマケに燃焼連動メーターも何処にあるのか・・。仕方が無え。このまま第三惑星まで、軍事航路を横切ってくか。そうすりゃ、一日半でいって帰って来れるな。」

男はそういいながら、ナビのスイッチを入れた。大宇宙の航海図は全て頭には入っている・・はずだったが、それは随分と昔の海図だった。

「何だ、このナビ。字が小さくて、読めやしねえ!。」

男は拡大機能を知らなかった。仕方なく、胸ポケットから小さな老眼鏡を取り出して掛けてはみたが、状況は同じだった。

「しゃあねえ。このまま突っ切るか。」

そういうと、男は勘で軍の追っ手がかからなそうな手薄な航路を見つけて、適当にブーストをかけた。そして、慣性が働くと、エンジンを停止して一気に航路を突っ切った。男はエネルギーゲージを見ながら、帰りの分を温存しつつ、最短でルガに向かった。

「ああ、宇宙(そら)は静かでいいねえ。」

男は操縦を自動に切りかえ、椅子の背もたれに寄り掛かって寛ごうとしたそのとき、

「ブー、ブー、ブー。」

と、けたたましいビープ音がブリッジ内に響き、非常灯が船内を赤く照らした。

「ちっ、追っ手かあ。」

軍の偵察艇が男の輸送船をキャッチした。

「停船命令。直ちにエンジンを止め、臨検に備えよ!。」

偵察艇の無線が否応なしに入ってきた。

「折角のマンゴーをふいにしてたまるかよ!。」

男は操縦を手動に切り替えると、エンジンを始動して船を小惑星帯に向けて全速で突き抜けた。そして、船体の幅ギリギリの小惑星が並んでいる場所を見つけると、その間に船を滑らせ、偵察艇を煙に巻いた。

「何て真似しやがる・・。」

軍の関係者らしき音声が入ったが、男性はしてやったりと、葉巻を吹かして航行を続けた。


「それにしても、通常エンジンじゃダメだな!。」

男は軍の偵察艇を振り切るのに、このスピードでいくら逃げても無駄だと気付くと、無線機の数字を弄って、通常では更新できない周波数でマイクに向かって呼びかけた。

「よう。オレだ。コード0942193Rだな?。」

「誰だ、お前は?。」

「オレだよ。オーレ。」

暫く沈黙した後、

「海坊主か?。」

「やっと気付いたか。」

「待て。今はマズい。後で連絡する。」

そういうと、相手は一方的に交信を断った。すると、男性は急に空腹なのに気付いた。

「しまったなー。食いもん、何にも持って来て無かった。近くにコンビニ衛星は・・。」

そういいながら、男性はナビで再び当たりを探索した。しかし、

「ちっ。本星まで何も無しかよ。」

しょうが無いといった感じで、男はシートにドカッと腰を下ろした。すると、

「ん?、今積んでるのって、食い物じゃ無えーか!。」

そういいながら、男は積み荷の箱を一つ開けて、真っ赤に熟れたマンゴーを一つ取り出すと、いきなり齧り付いた。

「美味っ!。」

この時代の人間は、もう何百年も食べることのなかった禁断の実は、男を魅了して止まなかった。

「これだけあるんだ。も一つ頂くか。」

空腹に耐えかねた男は、結局三つ平らげた。

「ふー。食った食った。後は自動操縦にして、と。」

男性はそういうと、そのまま眠りこけてしまった。そして、どれ程断っただろうか。

「プープー。間もなく、衛星ルガ。進入ゲートより着陸して下さい。」

ナビからの自動音声で、男は目覚めた。

「さーて、着いたか。じゃあ、通関作業はおさらばでっと・・。」

そういうと、男はエンジンを始動し、正規とは全く異なるルートで衛星に向かった。そして、一番手頃なポートを見つけると、一直線に降下を始めた。そこへ、通信が入った。

「よう。待たせたな。今何処だ?。」

さっき男が通信した相手だった。

「お前の頭の上だよ。」

「頭って、侵入ゲートは?。」

「あったよ。さっき。だから通らなかった。直(じか)の方が早いしな!。」

「何考えてんだ、お前は!。あ、今捕捉した。そのまま追っ手が付かないよーに静かに着陸しろ。じゃあ、後でな。」

交信を切ると、男は着陸態勢に入った。目つきが一変し、操縦桿を握る手はしなやかに動いた。

ポート付近には幾つもの輸送船が並んでいた。その一角に、木々に覆われて、とてもじゃ無いが、着陸など不可能と思われるスペースが、丁度船一隻分あった。すると、

「ストンっ!。」

と、男の船はそのど真ん中に、真綿でも落ちてきたように着陸した。周辺には車が一台止まっていた。船のハッチが開くと、中から首や顔をボリボリと掻きながら、男が下りてきた。車の中にいた男性は、彼の姿を見るなり、

「久しぶり・・って、お前、何だ?、その顔?。」

と、驚いて口をあんぐりと開いた。

「顔が、どーした?。」

船内には鏡は無く、男も当然持ち歩いてはいなかった。仕方なく、車に付いていた小さなサイドミラーに自身の顔を写して、男は声を上げた。

「何じゃ、こりゃ!。」

さっき鱈腹食べたマンゴーに負けて、男の顔は真っ赤に被れ上がっていた。すると、

「ははは!。海坊主がタコ坊主になってら!。ははは!。」

男性は大笑いして涙を流して喜んだ。そんなことを他所に、男はボリボリと掻きむしって苦悶の表情を浮かべた。

「はは。すまんすまん。いや、驚いたのなんのって。で、今日は何を運んできたんだ?。」

「あれだ。」

男は痒そうにしながら、ハッチの奥を指差した。男性はタラップを駆け上がって、箱の中を覗いた。

「おー、木の実だな。何とも美味そうな。ひょっとして、食ったのか?。」

男もタラップを上がってきて、男性の問いに、男は痒そうに頷いた。

「それよかよ、こいつをロブシティーの果物屋に届けなきゃならないんだ。」

「果物屋って、何処の?。」

「えーっと、何だっけ・・。」

「まさか、聞くの、忘れたんじゃ無えーだろうな?。」

男性の指摘に、男は顔を真っ赤にして・・といっても、既に真っ赤だったが、

「んなもん、適当に探しゃー、見つかるだろうよ!。」

と、痒さの苛立ちもあって、気短に述べた。

「適当・・ね。」

男性は車からPCにアクセスし、市内の果物屋を検索した。

「ザッと九百あるが、どっから当たってく?。」

辛抱たまらず、男性は車のドアを開いて、PCを操作し始めた。

「何やってるんだい?。」

「メール送信よ。よし!。これでOK!。」

そういうと、男は約九百件の果物屋に、マンゴー持って来ました・・と、現在地を添えて全送信した。

「おい、ところでよ、この実、出所は何処だ?。」

男性の問いに男は淡々と答えた。

「確か、王立植物園とかいってたな・・。」

「王立・・って、バカヤロー!。思いっきり盗品じゃ無えーかっ!。」

そういうと、男は慌てて車に乗り込んで、この場を立ち去ろうとした。


 男は窓から上半身を車の中に入れて、発進しようとする男性の腕を掴んだ。

「待てよ。今お前がいっちまったら、受信者にこの場所が解らなくなっちまうだろいうが!。」

「受信者より先にサツや税関が来たらお仕舞いじゃねえか!。」

そんな具合に、二人が車中で押し問答している所へ、前方から猛スピードで走って来る車が一台あった。

「サツか?、税関か?。」

すると、車は二人の目の前でドリフトターンをして急停止した。そして、血相を変えた金髪の男性が一人、ドアを開けるなり飛び出してきた。

「誰だ、バカヤロウ!。マンゴーの名前出してメール送ってくるヤツは!。」

それを聞いて、男は掴んでいた腕を放して、金髪の男性に向かって、

「まいどありー!。お届け物です。」

そういって、にこやかにお辞儀をした。

「で、ブツは?。」

「船内で御座います。」

そういって、男は金髪の男性を船内に案内した。そして、箱を開けるなり、

「ご覧の通り、上等なマンゴーで御座います。」

と、手に取って男性に見せた。

「おお、上等じゃねーか!。よし。早速、積み込んでくれ。」

「はいはいー。」

二人は船内からせっせとマンゴーの箱を運び出して、タイヤ跡の先にある車に積み込んだ。そして、

「おい、お前も手伝え!。」

「何でオレが?。」

「いいから、手伝え。後で礼はするからよ。」

そういって、男は車中の男性にも荷積みを手伝わせた。そして、何往復かした後、荷積み作業を終えると、

「では、お代を。」

と、男はニコッとして金髪の男性に伝えた。

「ああ、代金なら送り主に送金しとくよ。じゃあな。」

そういって、男性が車を発進させようとしたとき、

「困りますなあ、お客さん、うちはキャッシュのみとなっております。」

そういって、長い手を車に突っ込んで、キーを抜き取った。

「おい、キーを返せよ!。」

男はキーを指で摘まむと、高く掲げた。男性は必死にキーを奪い返そうとしたが、そのとき、

「おい、あれ見ろよ!。」

もう一人の男性が前方を指差した。サツの車両が数台、こちらに向かってきていた。

「さあ、どーする?。オレは船でおさらばだか、お前はお縄になっちまうぜ。」

「わ、解った。今は持ち合わせが無え。だから、代わりに別の客を案内するから、それで勘弁してくれ。な。」

そういうと、男性は何処かに携帯で連絡し始めた。

「おい、オレだ。この前、運びたいものがあるっていってたな?。あれ、すぐ持って来い。場所は後で連絡する。」

そういうと、男性は男からキーを受け取って、

「今夜十二時、九番埠頭。いいな。じゃっ。」

男は車を急発進して、サツの車両が来るのとは反対の方向へ、猛スピードで走り去った。

「じゃ、オレもいくわ。」

「ま、待てよ!。礼は?、それより、サツが来たらオレは?。」

「適当に上手くやっとけよ。お前、税関職員だろ。後で連絡する。じゃーな。はは。」

そういうと、男は船に駆け上がって、急発進していった。

残された男性は、駆けつけたサツの車両に取り囲まれた。そして、

「動くな!。両手を挙げて頭の後ろで組め!。」

スピーカーからの音声と同時に、銃口が一斉に男性に向けられた。

「トホホ。あの野郎、覚えてろよ!。」

男性は身分を証明するものを提示したが、取り調べのために連行された。無論、両手に輪っぱを嵌められて。その様子を上空からモニタリングしていた男は、

「あーあ、とっ捕まってら。ま、ブツも持って無えーし、処分保留湯で釈放だろうな。」

そういいながら、相変わらず首や頭をボリボリと掻いていた。

 やがて夜になり、上空で待機していた男の船は、辺りに誰も居ないのを確かめつつ、第九埠頭に静かに着陸した。そして、昼間の男性に再び無線で連絡した。

「よう。オレだ。コード0942193R殿。達者かい?。」

少し間を置いて、男性が応答した。

「達者じゃ無えーよ、この野郎!。今さっき釈放されたところだ!。」

「おろ?、えらい長かったな。」

「お前が勝手にオレの車からメール送信したから、マンゴーのワードが山ほど出たんだよ!。」

「そっか。そいつは悪かったな。で、そろそろ次の取引がありそうなんだが、来るか?。」

男がそういうと、

「オレはいい。それはそうと、さっき気になって調べたんだが、昼間の金髪な、ちとヤベーみたいだ。用心した方がいいぞ。」

「そうか。じゃ、礼はこの次な。」

男は無線を切って、ハッチを開けると船外に出た。程なくして、数台の車がライトも付けずに近づいて来た。そして、如何にも人相の悪そうな男達がぞろぞろと下りてきて、中心に背の高いスキンヘッドの男を置いて取り囲んだ。

「よう、昼間はうちのもんが、大層世話になったそうだな。」

「はい。まいどありー!。海坊主の宅配便で御座いますー。」

男はにこやかに答えたが、誰も笑わなかった。


 すると、年嵩のいった一人が、

「ん?、お前、確か、どっかで見たよーな気がするなあ・・?。」

そういって、男の顔をジロジロと見た。男は愛想笑いしながら、彼を見た。しかし、

「いや、人違いか。こんなタコ坊主みたいな不細工な顔じゃ無かったなあ。」

そういうと、周りは一斉に笑い出した。と、そのとき、

「不細工なタコ坊主で悪かったなっ!。」

そういうと、男は相手の顎目掛けて、右フックを繰り出した。

「はうっ。」

奇妙な声を上げて一人が倒れると、

「野郎っ!。」

そういって、みんな一斉に飛び掛かった。しかし、男は両足は地面に付けたまま、左右に体をグラインドさせて、全ての攻撃を躱した。そして、

「バシッ!、ドカッ!、ボコッ!。」

あっという間に全員を伸(の)してしまった。そして、白いジャケットの胸ポケットから葉巻を取り出し、ライターで火を着けるとプカプカとやり出した。

「オレに勝とうなんて、百万年早えーんだよ。」

そういうと、一番最初に伸した年嵩のいった男性に近づき、髪の毛を掴んで起こした。

「此処に来たのは、敵討ちか?、それとも運んで欲しいものがあるからか?。」

男がたずねると、

「に、荷物があるからです。はい。」

そういって、乗って来た車を指差した。男は掴んでいた髪の毛を離すと、車の方に近付いていった。そして、トランクを開けた。中には大きなバッグが二つ入っていた。伸されていた男性も起き上がって、トランクの前にやって来た。

「中身は何だ?。ヤバイものか?。イリーガルな依頼は受けねーぜ。」

「滅相も無い。ちゃんとしたものです。はい。」

「よし、解った。料金は、えーと、あれだ。今、いくら持ってる?。」

男がそういうと、男性は財布を取り出して札を数えだした。すると、男は財布を取り上げて、中から札を全部抜き取った。

「イー、アル、サン、スー、ウー、リュー。」

そういって殆どを抜き取って、僅かだけ返した。そして、

「こいつを、何処へ届けりゃいいんだ?。」

男がたずねると、

「そのまま持って帰って、例の、マンゴーの依頼主に渡して下さい。」

男性はそういって、作り笑顔を見せた。

「そうか。解った。じゃ、まいどありー!。」

と、男は愛想よくいうと、札をポケットに仕舞い、カバンを二つもって、船の方へ歩いていった。

「あ、そっと持っていって下さいよ。そっと。ね。」

男性が何度もそういうので、男は不思議そうに、バッグを振ってみた。

「あー!、ダメダメ!。そっと。ね。」

「解ったよ。」

と、男はバッグを持った右手ごと振って、別れの合図をした。

「だからあ、振っちゃダメだって・・。」

男性の声は次第に遠くなり、男は船に荷物を運び込むと、ハッチを閉めて発進した。

「ボウッ!。」

その様子を下から眺めていた男性が、

「それにしても、あの面、どっかで見たよーな・・。」

すると、そこに車が一台現れて、男性の横に止まった。そして窓を開けると、

「海坊主は、いったか?。」

と、男性にたずねた。その車に書かれているロゴを見て、

「ああ、今さっきな。ところでアンタ、税関職員か?。」

今度は男性が車の男にたずねた。

「そうだが、何か?。」

「ありゃ、アンタの仲間か?。」

「かつては・・な。昔の話だ。」

そういうと、海坊主が無事だったのを聞いて、安心したかのように男は立ち去った。

「税関職員の仲間・・・。あっ!。」

男性は夜空を見上げながら、急に何かを思い出した。

「間違い無え。アイツ、鬼疾(おにばや)だ!。」

そういいながら、男性はさっきやられた顎を撫でながら、悔しいような、でも、何か懐かしいような表情を浮かべながら、仰向けになって倒れていた仲間を介抱し始めた。

 一方、その頃、船上の男は燃料をセーブするべく、また軍事航路に侵入しようと、ルートを検索していた。

「来た道は警戒されてるだろーから、やっぱ、こっちかな・・。」

そういいながら、コースをセットして、発進準備にかかった。

「それにしても、この荷物、中身は何だ?。」

男は気になり、バッグのロックを解除して、少し開いて見た。すると、

「シュワーッ。」

煙のようなものが隙間から零れ出した。

「うわっ。」

男は一瞬怯んだが、どうやらアイススモークらしかった。

「脅かすなよ。」

そういいながら、男は恐る恐るバッグを開けた。すると、中には小さな動物がコールドスリープされていた。

「ん?、何だこりゃ?。ネコ・・か?。」

マズいものを開けてしまったと思い、男は慌ててバッグを閉じようとした。しかし、一旦解除されたコールドスリープは元には戻らなかった。すると、

「ニャー、ニャー。」

バッグからは目覚めた子猫が腹を空かせて這い出てきた。

「わ、わ、わっ。ヤベッ!。」

男は慌てて子猫をバッグに戻そうとしたが、入れても入れても、子猫は繰り返し出て来て、たちまち男は子猫に纏わり付かれた。

「ニャー、ニャー。」

「はあー。」

男は溜息を吐きながら、膝に乗った子猫を床に下ろし、操縦席に座って発進の準備を続けた。しかし、子猫たちは男の膝や頭によじ登って、大喜びだった。

「ニャー、ニャー。」

「もう知らねーっ。」


 子猫に操縦を邪魔されながら、それでも男は、

「起きちまったら、腹は減るよなあ・・。」

そういいながら、子猫が入れられてあったバッグを見た。すると、

「お!。ちゃんと餌の缶詰が入れてあるじゃねーか!。」

男は見つけた缶詰を取り出して、封を開けると子猫に与えた。

「ムシャムシャ。」

「ムシャムシャ。」

途端に船内は静まり返り、子猫は餌に集中した。

「もう片方のバッグも、このままじゃ可哀想だな。」

そういうと、男はもう一つのバッグを開いた。すると、やはりアイススモークが零れ出した。しかし、暫くするとカバンからは、

「ワン、ワン!。」

子犬の鳴き声がし出した。

「こっちは犬じゃねーかっ。」

数匹の子犬がゾロゾロとバッグから出て来たかと思うと、たちまち船内は凄まじい追っかけ合いが始まった。

「ニャーっ!。」

「ワンワン!。」

男は大慌てで子犬を追いかけたが、ふと見ると、もう一方のバッグにも缶詰が入れられてあった。男は急いで封を開けると、

「おい、ワンちゃん、おいで。」

と呼びかけた。すると不思議なことに、あれあけ子猫を追っかけ回していた子犬達は、男の声に素直に従って、缶の周りで食事を始めた。それに釣られて、子猫たちも再び缶の所に戻って来て食事を続けた。

「ムシャムシャ。」

「ムシャムシャ。」

「ムシャムシャ。」

男は操縦席に項垂れるように腰を下ろし、

「ふーっ、参ったぜ。チキショー。」

そう嘆きながら、空腹を耐え忍んだ。暫くすると、お腹いっぱいになったリトルモンスター達は、そこら中でスヤスヤと眠りだした。

「こういう顔を見ちまうと・・なあ。」

男は穏やかな顔になった。そして、子猫と子犬達を優しく見つめた。

「さて、帰りの航路を検索するか・・。」

機会のビープ音を立てないように、男は静かに検索をした。そして、一番手薄な軍事航路を見つけると、コースをセットして一直線にそこをブーストで突っ切った。

「頼むから追っ手がかかるなよ。」

小隕石も、偵察艇も、男は平気だった。ただ、警報が船内に響き渡る事態だけは何としても避けようと思った。幸い、追っ手に見つかること無く、男の船は地球圏内にやって来た。このころには痒みも引いてはいたが、男は空腹で死にそうだった。しかし、起きてきた子猫と子犬達は、

「ニャーニャー。」

「ワンワン。」

「ニャーニャー。」

「ワンワン。」

と、男の身体中にじゃれついて、操縦どころでは無くなった。

「解った解った。」

男はそれぞれのバックに入っていた缶を開けて、また子猫と子犬達に与えた。そして、大人しく食べている間に、船内に散らかったフンの掃除をして、男は操縦席にへたり込んだ。

「ふーっ。頼むぜ。もう。」

其処へ、地球から通信が入った。

「よう。ご苦労さん。荷物は無事送れたかい?。」

「ああ、何とかな。」

ヒゲ社長からだった。

「ところで、例の送り主、まだ来てねーか?。」

「もうすぐ来るってよ。今度のブツは何だい?。」

「ま、ヤベー代物よ。」

「マジか?。」

「ああ。かなりな。じゃ、後でな。」

そういうと、男は無線を切って、着陸に備えた。食事を終えた子猫や子犬達が男の足元でスヤスヤと眠っているのを起こさないように、男は細心の注意を払って、ポートに着陸した。

「ストンっ!。」

男はハッチを開けると、一目散に自販機に向かっていった。そして、缶コーヒーを二つ買うと、両方開けて両手で口に流し入れた。砂糖入りのとびきり甘いヤツだった。

「ゴクッゴクッ。」

男は喉を鳴らして飲んだ。そこへ、

「よう。ご苦労さん。で、荷物は?。」

そういうと、男はコーヒーを飲みながら、顎で船の方を指した。

「気をつけろよ。ガブっと来られるぞ。」

男はわざと脅かした。

「よせやい。何か猛獣か?。」

「ああ。猛獣だ。」

それを聞いて、社長は恐る恐る船内に上がっていった。

「おわーっ!。」

社長の悲鳴を他所に、男は飲み終えた缶をゴミ箱に捨てると、依頼主が現れるのを待った。そこへ、

「よう。お待たせ。荷物は無事に運んでくれたかい?。」

と、ニコニコしながら、依頼主の如何わしい男性がやって来た。男は葉巻をくわえて一服すると、突然、

「ドカッ!。」

と、男性の頭上から拳骨を降らせた。

「痛っ。何すんだよっ!。」

「テメー、何てブツ頼みやがる!。お陰でこっちは大変だったんだぞ!。」

男は大層な剣幕で如何わしい男性に詰め寄った。すると、彼は殴られた頭を撫でながら、

「大変・・って、アンタ、まさかバッグを開けたんじゃ・・。」

と、そのとき、

「助けてくれーっ!。」

と、ヒゲ社長が船から駆け下りてきたかと思うと、次いで、子猫と子犬の軍団が社長目掛けて一目散で駆けて来た。

「ワンワン!。」

「ニャーニャー!。」

男性はしゃがんで子猫と子犬達を受け止めようとしたが、

「ドカッ。」

「ボカボカボカッ。」

と、社長もリトルモンスター達も、男性を踏み倒して走り去っていった。それを見た男は、

「罰が当たったんだよ。寒いとこに閉じ込めるから。」

そういいながら、葉巻をプカプカとやっていた。


 見かねた男は、指笛を、

「ピューッ。」

と鳴らして、子猫と子犬達を呼び寄せた。特に何の訓練もしていなかったが、餌をくれた人物の顔は忘れなかったようで、みんな一目散に男の側に駆け寄ってきた。

「ニャーニャーニャー。」

「ワンワンワン。」

その辺に置いてあった箱を持ってくると、男は足元に群がった子猫と子犬を大きな手で掬っては、箱の中にそっと入れた。

「ほれ。今のはサービスだ。ちゃんと持って帰って世話しろよ!。」

男はそういうと、ずっしりと重い箱を倒れている男性の胸に置いた。

「うっ、苦しい・・。」

「それが命の重みってヤツだ。」

葉巻を吹かしながら、男はリトルモンスターに追い回されて息も絶え絶えの社長に歩み寄って、

「すまねえが、何でもいいから食わせてくれ!。腹ぺこで死にそうだぜ。」

社長は苦しそうに会社を指差して、

「い、今、飯食ってたから、そいつでよかったら食いな。」

それを聞いて、男は会社に駆け込むと、事務所の机にあった食べさしのカツ丼を見つけた。

「や、やっと飯だ・・。」

男は丼に飛び付くと、すぐにかき込んだ。

「んぐんぐ・・。」

喉を鳴らして男はカツ丼を平らげた。そこへ、

「あのー、すみません。これを届けて欲しいんですが・・。」

一人の老婆が、小さな小包を持ってやって来た。それに気付いた男が、

「おい、社長、いねーのかあ?。」

事務所には自分以外誰もいないのが解ると、男は仕方なしに対処した。

「あー、はいはい。いらっしゃーい。荷物は、コレ・・ね。」

男は胸ポケットから老眼鏡を取り出し、包みの上に書いてある住所を確認した。

「えらく近いなあ・・。」

「あたしゃ、足が弱ってるもんで、いつも社長さんが届けてくれるんよ。」

「よっしゃ。オレが届けといてやるから、料金は社長に払っといてくれ。」

そういうと、男は小包を抱えて、会社の裏に止めてある小さな自転車にまたがって配達に出かけた。大柄の男には大層窮屈な自転車に見えたが、男は小腹もそこそこに満たして、上機嫌なサイクリングだった。

「それにしても、随分と小口も引き受けるもんだな・・。」

男は前籠に入れた荷物を眺めながら、せっせとペダルを漕いだ。暫く走ると、男は堤防沿いの道に出た。名前も分からない雑草が、あちこちで小さな花を咲かせていた。

「平和だなあ・・。」

道ゆく子供達が、スキンヘッドの変なおじさんが小さな自転車を左右に揺らしながら漕いでいるのを不思議そうに見ていたが、男は気に留めず、サイクリングを楽しんだ。程なくして、

「お、此処だ此処だ。」

男は目的地の小さなビルを見つけると、そこに自転車を置いて階段を駆け上がった。そして、三階の一室を見つけると、ベルを押した。

「ピンポーン。」

「はーい。」

「お届け物でーす。」

男の声に、ドアを開けた女性がギョッとした顔でたずねた。

「アナタ、誰?。いつもの社長さんは?。」

「今日はオレ・・じゃ無かった、ワタシが代わりにお届けに来ました。」

そういうと、男は小包を差し出し、サインを貰った。

「まいどありー!。」

男は階段を駆け下りると、颯爽と小さな自転車にまたがり、会社とは反対方向に走り出した。それからどれ程走っただろうか、男は小さな板金工場の前で自転車を止めた。

「ギーッ。ガンガンガン。」

金属をハンドメイドで加工する音が建物内に鳴り響いていた。

「よう。いるか?。」

男が大きな声を出すと、一人の男性が作業の手を止めて振り返った。

「おう。どした?。」

角刈りに無精ヒゲのその男性は、床に工具を置いて歩んできた。男とは旧知の仲だった。男はその辺に置いてある折りたたみ式の椅子を手繰り寄せると、ドッカと腰を下ろした。そして、葉巻をくわえながら、話し始めた。

「また、船乗り出したんだがよ、どーも遅くていけねえや。」

「ふーん。船に・・か。ま、民間の輸送船なんて、どこも同じようなもんさ。また、違法航路、ショートカットしてんのか?。」

「その方が、速えーからな。」

「そのうち、とっ捕まるぜ。」

「また手が空いたら、ブーストのアップ頼むぜ。そりゃそうと、何か運んで欲しいものはあるかい?。」

「そうだなー。今直してるコイツが仕上がったら、運ぶ手配をしようと思ってたんだが、丁度いいや。そっちで頼むわ。」

「OK。じゃ、またな。」

男はそういいながら立ち上がると、後ろ手に手を振って工場を後にした。男は再び小さな自転車にまたがり、会社に戻ろうとした。途中、さっき届け物をした建物を通りかかったとき、

「ん?、何だ?。」

非常灯を付けたパトロールの車と、それを囲むかのように人だかりが出来ていた。そして、階段からは捜査員に挟まれるように、さっき会った女性が連れ出されて来た。女性は男を見つけると、途端に目を伏せた。その視線の不自然さに気付いた捜査員が、男の姿を見つけた。そして、

「おい、キミ!。」

呼び止められるが早いか、男は何かヤバそうな雰囲気を察して、全速力でペダルを漕いで、その場を立ち去った。


 捜査員の車両が追走して来てたが、男の脚力は半端なかった。加えて、空気抵抗がほぼゼロな頭部が自転車の疾走に拍車を掛けた。

「ざまあ見ろ!。オレを捕捉しよーなんて、百万年早えーんだよ!。」

そういうと、男は通路から急に曲がって、ビルの谷間を器用に駆け抜けていった。流石に車では追走が無理と解った捜査員達も、仕方なく引き返していった。

「サーイクリング、サーイクリング♪。」

男は鼻歌交じりで軽快に来た道を戻っていったが、会社に到着するや否や、

「おい、社長!、さっき婆さんに頼まれて小包届けてきたけど、受取人がとっ捕まってたぞ。」

と、自身の身がヤバかったことを怪訝そうに訴えた。

「お、そうか。だろうな・・。」

「だろうな・・って、中身は知ってたのか?。」

「ああ。一応な。」

「で、何だ?。」

「薬(ヤク)。」

それを聞いて、男は社長の胸ぐらを掴んだ。そして、えらい剣幕で怒鳴りつけた。

「バカヤローッ!。何でそれを早くいわねーんだ!。しかも、違法じゃ無えかっ!。」

「いうも何も、アンタが勝手に持ってったんだろうがよっ。それに、アンタが持ってったマンゴーも、持って帰ってきた動物も、未承認の御禁制じゃ無えーか。」

それを聞いて、

「ま、それもそうだな。」

と、男はスッと手を離した。

「それにしても、何であんな婆さんが、そんなヤバイ橋渡ってるんだ?。」

男は事務所の椅子に腰掛けながら話した。

「此処いらはよ、かつては荷物の運搬が盛んで活況だったが、今じゃ寂れちまってるだろ。婆さんも年金だけじゃ苦しいのさ。だから、原料をこっちが運んできて、婆さんの所で精製したのを、売り子に届けてるって訳さ。」

社長はしわくちゃになったシャツの喉元を治しながら答えた。それを聞いて、男は葉巻を吹かしながら、

「うーん、そうかあ・・。だがよ、薬はやめとけ。足が着くし、何より、市場が不健全になっちゃー、景気回復どころじゃなくなるぜ。」

と、余り強くは諫めなかった。

「じゃあよ、他に何かいい儲け口とか、無えのかよ?。」

社長が何気にたずねた。男は葉巻を加えたまま腕組みをして、しばし考えてみた。そして、

「よし!。オレに任せとけ。兎に角、今は、荷物の依頼をじゃんじゃん受けろ。次の手を打つにしても、先立つ物が無きゃ、どーしようも無えからよ。」

そういって、男は笑みを浮かべた。その姿を見て、

「こいつはいける!。」

と、社長は男の背中に何か期待ある未来を思い描いた。しかし、実は、男の脳裏には何も詰まってはいなかった。行き当たりばったりが、男の取り得だった。

 その後は、こんな風に例え小口でも荷物の依頼をドンドン受けて、仕事の量は増えていった。旧式の船ではあったが、男の無茶な操縦にも耐えてはくれた。そんなある日、

「よう、海坊主はいるかい?。」

と、一人の男性が会社を訪ねてきた。先日の、町工場の男だった。

「いらっしゃーい。パイロットのことですかね?。彼なら今、裏で船の整備中ですが。」

社長が応対すると、

「じゃあ、この前の荷物を持ってきたから頼むって、伝えてくれるかい?。」

そういうと、カウンターに置いてある書類に届け先を書きだした。

「お知り合いの方ですか?。だったら、このまま裏回ってもらったらいいです。」

社長は男性を会社の裏へ案内した。

「よう。」

「おう。丁度いい所に来た。今、エンジンの出力を上げようと思ってたんだが、この船じゃー、どーしてもブースト圧に限界があってな。」

男は開いたエンジンボックスを男性に見せた。すると、

「こりゃー、ノーマルの径だからな。圧を上げるか、径を広げるか、どっちかだな。」

そういうと、男性は男から工具を借りて作業にかかった。そして、部品の取り換え、配線のし直し、溶接と、一人で全ての作業を小一時間ほどで終えた。そして、ボックスのハッチを閉めると、

「よし。ま、これなら今までの二倍ちょいの速度は出るだろう。ただし、金属の組成が不明だから、長時間は危ねえな。」

男性は男に工具一式を返した。気がつけば男の隣に社長も立って、作業の様子を眺めていた。

「へー、凄えーな。こんな腕利きな機関士が、この街にもいたなんてな。」

「ははは。こいつは潜りだよ。今は、しがない町工場の修理屋だが、腕は銀河一だぜ。オマケに、これの達人だ。」

そういうと、男はへなちょこな空手の型のふりをして見せた。

「昔の話だ。そりゃそうと、表に品物を持って来てあるから、早いとこ頼むぜ。」

男性は話を遮るかのように、依頼の話に切り替えた。そして、二人に輸送の件を頼むと、荷物を置いて早々に引き上げていった。男と社長は表にいって、早速荷積みの準備を始めた。二人は台車に荷物を載せ、それを船内に運んだ。その途中、

「ところで、さっきの依頼人、眼が・・。」

社長は男性の右目が白かったことに触れた。

「ああ。あれが無きゃ、どっちの世界でも頭張ってただろうけどな。でも、腕に間違いは無え。一流だ。」

男は事情を知っているようだったが、多くは語らなかった。


 積み込み作業を終えて、男は船のハッチを閉めると、

「ボウッ!。」

と船を急発進させた。船は瞬く間に頭上高く舞い上がり、すぐに見えなくなった。

「さーて、どれ程パワーアップしたか、早速試してみるか。」

宇宙に繰り出すと、男はナビで検索を始めた。わざと軍事航路の、しかも比較的偵察艇がいそうなエリアを見つけて、船を侵入させた。すると早速、

「おい、そこの船!。此処は軍事航路だ。直ちに停船しろ!。」

と、通信が入った。追っ手は四隻ほど追尾していた。

「よしよし。釣れた釣れた。さーて、届け先はっと・・、」

男は出来るだけ追っ手を引きつけつつ、最短のルートを目視で確認した。そして、エネルギーゲージの残量を確かめると、

「よっしゃ。一丁いったるか!。」

男は葉巻を加えて、ブーストを点火した。

「ブオーッ!。」

船は瞬く間に追っ手を引き離した。しかし、追跡艇も軍の面子を駆けて、しぶとく追走してきた。

「はは。そー来なくっちゃな。」

男はさらにブースト圧をかけて、全ての船をぶっちぎった。

「よっしゃ!。流石キタさんだぜ。いい仕上がりだ。」

レーダーから機影が消えたのを確認すると、男は燃料を温存しつつ、慣性飛行に切り替えた。男は操縦席の背もたれに深々ともたれて、一眠りしようと目を閉じた。エンジン音もしない真空の宇宙は暗闇に星々が瞬き、それは美しかった。

「はー。この静けさが、たまらんのよなー。」

そういいかけたとき、

「ニャー。」

と、何やら鳴き声のようなものが聞こえた。

「ん?、何だ?。」

男は目を開けて耳を澄ませた。

「ニャー、ニャー。」

「おい、まさか・・。」

男は操縦席から立ちあがって、ブリッジの隅っこの方を探してみた。すると、航海図を仕舞う箱の中に、光る物が二つあった。

「やっぱりか!。おい、頼むぜっ。」

男は箱の中にそーっと手を伸ばして、一匹の子猫を取り出した。

「こんな所に隠れてやがったのか。しょーが無えなあ・・。」

そういうと、男は子猫を優しく抱き寄せ、胸元に抱えながら額の辺りをそっと撫でた。

「グルグルグル。」

子猫は気持ち良さそうに目を閉じて喉を鳴らした。

「仕方が無え。ちょっと寄り道していくか。」

そういいながら、男はナビを確認し、近くにあるコンビニ衛星に立ち寄ることにした。数分後、周囲の空域にアド表示を照らした衛星が見えてきた。男は空いてるブースに船を寄せて停泊した。そして、エアロックが解除になったのを確認して、男は子猫を抱えながら店内に入った。

「あの、お客様・・。」

「ん?、何だ?。」

「店内は動物の持ち込みはダメでして・・。」

「ああ、それなら心配いらねー。コイツはオレの友達だ。な。」

店員に呼び止められたが、男は猫の額を撫でながらそういった。

「ニャー!。」

子猫も、まるでそうであるといわんばかりに返事をした。

「えー、まずは猫缶と。それと、オレの夕飯。後は・・、」

男は猫と自分の食事は調達したが、肝心なものが無いのに気付いた。

「おい。酒は置いて無えーのか?。」

男は店員にたずねた。

「あ、それなら、年齢確認をした後に、販売が可能です。はい。」

マニュアル通りな言葉に、男は大きな手の平で店員の頭を鷲掴みにすると、

「よう。この顔の、何処をどー見りゃ未成年に見えるんだい?。お?。」

そういいながら、ヤニ臭い顔を近付けた。

「そ、そうですね。はい。」

そういうと、店員はカウンターの奥からウイスキーの瓶を一本取りだした。それを見た途端、男は急に笑顔になって、

「兄ちゃん、有り難う!。」

と、速やかに会計を済ませると、グイッと片腕で店員を抱き寄せてキスをした。そして、店を出ようとした時、

「あれ?、オメー、海坊主じゃねーか!。」

と、人相の悪い二人組みが声をかけてきた。

「あ?。」

男がふり向くと、見覚えのある海賊が立っていた。

「この前の飲み屋の件、まだ忘れちゃいねーからなっ!。」

そういって、二人組みは食ってかかってきた。

「飲み屋の件?、知らねーなあ。」

男は思い出そうと考え込んだが、どうにも思い出せなかった。

「ふざけるな!、この野郎!。これを見ろ!。」

そういうと、一人の男が眼帯をずらして左目の周りにある大きな青あざを見せた。そして、もう一人の男も口を開けて無くなった前歯を見せた。

「も一度勝負だっ!。表え出ろっ!。」

二人組みは飛び掛かる寸前だった。すると、

「表って、外は真空だぜ。それに、今日は友達と一緒だから、殴り合いはしねーのっ。な。」

そういうと、男は優しく子猫を見つめた。

「ニャー。」

子猫も、喧嘩はよくないといわんばかりに鳴いた。

「うるせーっ!。」

と、辛坊たまらなくなった男の一人が飛び掛かった。と、そのとき、

「あ、コイン。」

男はレジの下に落ちているコインを見つけてしゃがんだ。

「ガッシャーン!。」

勢い余った眼帯の男は、商品棚に突っ込んだ。

「野郎っ!。」

前歯の無いもう一人の男も襲いかかってきたが、今度は、

「一枚儲けーっ!。」

と、急に立ち上がったせいで、海坊主の背に乗り上げた男も、

「ガッシャーン!。」

と、別の商品棚に突っ込んだ。


「あーりゃりゃ。」

男は散乱した商品と一緒に倒れている連中に近付いていき、髪の毛を掴んで、

「ここの弁償、ちゃんとしておけよ。いいな。」

そういって、握っている手を思いっきり床に押しつけた。

「は、はい・・。」

押さえつけられた男達は、懇願するように返事をした。

「さ、いくよー。」

「ニャー。」

男は猫に愛想良く話ながら、コンビニを後にして船に乗った。そして、ドッキングベイを離れると、船は再び軍事航路を突っ切った。

「ブー、ブー、ブー。」

再び偵察船が男の船を捕捉したビープ音が船内に響いたが、男はディスプレイをチラッと見て、ブーストの秒数をインプット後、スイッチをオンにした。

「ゴウッ!。」

船は加速し、またも追っ手をぶっちぎった。

「さーて、食事にするか。」

そういうと、男は足元にいる子猫の前に、開けた猫缶を置いた。

「ニャー。」

美味しそうに食べる子猫を、男は目を細めて見つめた。

「さて、オレも。」

男はさっき買って来たビーフジャーキーをアテに、ウイスキーで一杯やり始めた。

「しまったなあ。氷を買うのを忘れたぜ。」

船内に冷蔵庫らしきものが無いと気付くと、男はブリッジから他の船室に続く通路を少し開けて、ウイスキーの入ったグラスを置いて、すぐにドアを閉めた。数分後、

「よし。」

男は再びドアを開けて、キンキンに冷えたグラスを持つと、ドアを閉めた。

「流石、宇宙ってのは冷たいねえ。」

太陽光の当たらない船外と人の居ない船室はマイナス80度近くになっていた。そいつを一杯やりながら、男は葉巻をくわえた。しかし、

「お?、もう食べたのか?。」

足元の子猫が前脚で顔を撫でているのを見て、男は葉巻を我慢した。すると、子猫は座っている男の上に登ってきて、腰の辺りでスヤスヤと眠りだした。ブーストスピードが解除になり通常航行に戻ると、男は届け先を検索した。そして、無線機に位置をインプットすると、

「まいどー。お届け物でーす。」

男は交信を始めた。

「届け物?。誰から?。」

「キタさんからでーす。」

「おー!。もう出来たのか!。早えーな。」

「今からそっちいきまーす。」

男が交信を終えると、近くの惑星から誘導ランプが照らし出された。案の定、それを思いっきり無視して、男は直接降下を始めた。そして、上空から着地出来そうな場所を探したが、適当な場所が見つからなかった。

「仕方無え。」

そういうと、男はグラウンドらしき場所に無理矢理着陸した。

「ストンっ!。」

相変わらず、男の腕は見事だった。そして、子猫を起こさないように操縦席にそっと下ろすと、男はハッチを開けて船から降りた。そして、貨物ルームから荷物を下ろして、それを台車に載せて目的地まで押していった。

「まいどー!。」

着いた場所は、小さな整備工場だった。

「あー、ご苦労さん。」

奥から、整備士らしき人物が現れて、受け渡し書にサインを書こうと、男を見上げた。すると、

「おお!。海坊主じゃねーか!。生きてたんかあ!。」

整備士は懐かしそうに男と握手した。昔馴染みだった。

「暫くだったなあ。元気だったか?。」

「ああよ。また、船乗ったんか?。」

「ああ。宅配屋さ。」

「合法のか?。」

「はは。何でもござれだ。」

そういいながら、男は荷物を工場内に運んだ。整備士は荷物の包みを開けると、

「うーん、相変わらずキタさん、見事な腕だなあ。」

「見慣れねー部品だな。何だこりゃ?。」

男がたずねた。

「これか?。遮蔽装置ってヤツだ。追っ手がかかっても一瞬で姿を消せる。凄いぜ!。」

「一瞬って、其処から居なくなるのか?。」

「そうじゃ無えよ。居るんだが、他の宇宙空間と全く同じように溶け込む。いわば亜空間のバリアーみてえなモンだな。」

「ほー。そいつはスゲー技術だな。知らなかったぜ。」

「そりゃそうだろう。違法だからな。見つかりゃ軍法会議もんだぜ。」

それを聞いて、男はいきなり整備士の胸ぐらを掴んだ。

「何だと馬鹿ヤロー!。そいつを知らずにとっ捕まってたら、オレは軍の牢屋いきだったじゃねーかっ!。」

「く、苦しい。だって、オメー、運び屋は中身を聞いとくのが、常識じゃねーかっ。」

締めつけられながらも、整備士は絞り出すように答えた。すると、

「それも、そうだな。」

と、男は素直に手を離した。

「いやー、済まん済まん。またミスっちまったな。」

男は子犬と子猫、そして今回の遮蔽装置の件を反省した。すると、

「あ、いけね。船内に友達を置きっぱなしだった。じゃ、オレは急ぐからよ。」

そういうと、男は別れの挨拶もそこそこに、その場を立ち去ろうとした。

「よう、払いはどーするんだい?。」

「後で送っとくから、適当にやっといてくれ。あ、それと、お前ら暇があったら、うち手伝いに来いよ。待ってるぜ!。」

そういいながら、男は台車を押しながらグラウンドまで戻った。


「あら?。何だ?。」

男がグラウンドに戻ると、船の周りにはちょっとした人垣が出来ていた。男は何事かと思って台車ごと近づいていくと、それを見つけた一人の女性が男に近づいて来た。

「ちょっと!。これ、アナタの船ですか?。」

「ああ、そうだが?。」

「子供達が運動する場所に、危ないじゃ無いですか!。」

女性は凄い剣幕で男性に詰め寄った。どうやら学校の先生らしかった。

「いや、荷物下ろしたらすぐ帰るつもりだったから・・、」

「そういう問題じゃ無いでしょ!。不時着でも無さそうだし、着陸許可はあるの?。」

「いや、ほんのちょっとだから・・。」

男がタジタジになっていると、突然、

「あ、ネコだ!。」

と、船の周りに居た子供達が一斉に騒ぎ出した。

「ニャー、ニャー。」

「かわいいー!。」

子供達は子猫の周りに近付くと、恐る恐る撫で始めた。

最初、子猫は戸惑っているようだったが、次第に子供達と戯れ始めた。

「きゃはは!。」

たちまち子猫と子供達の追っかけ合いが始まった。

「おお!。良かったなー。友達が出来て。」

男はにこやかにその様子を眺めつつ、葉巻をくわえた。

「あれ、アナタのネコ?。」

「オレのって訳じゃ無えが、ま、友達かな。」

そういって、葉巻に火を着けようとしたとき、

「ちょっと!。此処は禁煙です!。用が済んだら、ネコを連れて、帰って下さい!。」

あまり歓迎されていないのが解ると、男は葉巻を胸ポケットに仕舞い、

「ピューッ!。」

と指笛を鳴らした。すると、子供達と楽しく追っかけ合いをしていた子猫が男を見つけると、一目散に駆けてきた。

「ニャー。」

「おー、よしよし。待たせたな。」

男は子猫をそっと抱き上げると、台車を押しながらその場を立ち去ろうとした。すると、

「それ、おじさんのネコ?。」

と、子供達がたずねてきた。

「ああ、まあ、そんなところだ。」

「名前、何てーの?。」

「海坊主だ。」

「うみぼうず?。ネコなのに変なの!。」

男は自分が勘違いをしているのに気付きもしなかった。

「アナタの名前じゃ無くて、ネコちゃんの名前よ。」

と、先生が教えてあげると、

「ああ、こっちか。名前は、えーっと・・、ニャーだ。」

「短絡的な名だね。」

ませた子供が、そういった。男は、

「そうか?。えへへ。」

と、照れ笑いをした。短絡的の意味を知らなかったからだった。

「さて、邪魔者は去るとするか。さー、そこを空けとくれー。」

そういって子供達を退けると、ハッチを開けて台車を積み込もうとした。すると、

「ん?。」

と、グラウンドの少し向こうを見ながら、何かに気付いたようだった。

「よう、先生!。此処、学校だよな?。」

「そうですが?。」

「じゃあ、あれは何だ?。瓦礫が山積みになってるじゃねーか?。」

「ああ。あれね。少し前に法律が変わって、産廃が有料になったの。で、何処の誰かは知らないけど、不法投棄してったの。迷惑ったら、ありゃしない。」

「そうか。」

男はそういうと、

「もし宜しかったら、あれ、撤去いたしますが?。」

「え?、ホントに?。」

「はい。ワタシ共、宅配屋ですから。」

そういって、男はまんまと営業をかけた。

「このままだと嵩張って、お高くなりますんで、ちと縮めますかな。」

そういうと、男は船へ戻って、何やら台車に積んで再び下りてきた。そして、そのまま瓦礫の方へ向かうと、台車の荷物を下ろして組み立て始めた。

「おじさん、それ、何?。」

「これか?。今に解るさ。へへ。」

子供達が興味深そうにたずねてきた。男が組み立てたのは銃火器だった。そして、

「さーて、いくぞーっ。」

そういうと、男は引き金を引いた。

「ドワーンっ!。」

もの凄い衝撃音と爆風と共に、巨大な火柱が上がったかと思うと、瓦礫は随分と小さな鉄屑と化した。子供達は目をまん丸にしながら、金縛りに遭っていた。先生は爆風に吹き飛ばされて、腰を抜かしていた。数秒後、

「アナタ、何てことを・・・!。」

と、正気を取り戻した先生が怒り心頭になりかけたが、

「キャハー!。」

「すっごーい!。」

と、子供達は大喜びで手を叩いた。

「先生よー。今の砲撃はサービスにしとくよ。送料は後で学校に回しとくから、よろしくな。じゃ、まいどー!。」

そういうと、男は子供達に別れを告げて、船に乗り込んだ。そして、

「ハーイ、下がってー!。」

と、男はマイクで子供達に知らせた。みんなが船から一定の距離を置いたのを確かめると、男は船を発進させた。

「ブーン。」

そして、フックの付いたワイヤーを下ろすと、先ほどの鉄屑を釣り上げて、船内に格納した。

「じゃーなー!。」

男はマイクで別れを告げると、空高く飛び去った。子供達はいつまでも空に向かって手を振っていた。その後ろで、先生は呆然とした顔で立ち竦んでいた。


 船はそのまま惑星を離脱すると、ジャンク星に向かった。

「さて、今日はもう仕事はお終いだ。」

そういうと、操縦席に座ったまま、男は一杯やりだした。

「ニャー。」

纏わり付いてくる子猫を見て、餌をやるのを思い出すと、男は猫缶を開けて、足元に置いた。

「あまり静かなのも退屈だなあ。」

男は適当に回線を開いてチューニングしながら、音楽放送を拾って船内に流した。

「ピーポロロ♪。」

雑音だかメロディーだか解らない音声にダイヤルを合わせながら、

「ま、これでいいか。」

と、男はその音色で寛いだ。気がつけば、食事を終えた子猫が男の膝に乗ってスヤスヤと眠り始めた。適当な空域に来ると、男はジャンク星への最短コースを検索した。

「よし。この軍事航路を横切って・・と。」

早速座標をセットすると、男は自動航行で軍事航路の手前まで来た。

「いっちょう、やってみるか。」

航路内には軍艦らしき艦影が見えたが、男は気にせず突っ切った。案の定、

「ビービービーッ!。其処の艦、止まれ。」

すぐに捕捉された。男はわざとブーストをかけて、艦影の近くを横切った。

「ほほー!。最新鋭の艦じゃ無えーか!。」

胸ポケットから葉巻を取り出して口にくわえると、男は一旦減速して軍艦のブリッジの真横を通った。そして、

「ご苦労!。」

そういいながら、向こうの窓に向かって敬礼した。

「ただの輸送船のようですが、どうします?。」

「軍の面子というものがある。直ちに拿捕せよ!。」

「はっ。」

男はチューニングを変えて、軍艦内の音声を傍受していた。

「ほー。そう来なくちゃな!。」

発進寸前の軍艦は、エンジン始動までに時間がかかった。それを承知の男は、悠々と船をブリッジの真正面に持っていくと、

「あっかんべーっ!。」

といいながら、人差し指で下の瞼を引っ張って見せた。そして、ブーストをかけて急発進した。

「ゴウッ!。」

途端に、男の機影は軍艦の前から姿を消した。図体のデカさが災いして、軍艦は追跡どころか、男の船に大きく水をあけられてしまった。

「ま、ざっとこんなもんよ。」

男は何事も無かったかの様に、軍事航路を横後って目的地に向かった。暫くいくと、辺りは機体の残骸やステーションの部品が浮遊しているエリアに着いた。辺りには所々、球体の小型衛星が浮かんでいて、時折漂っているジャンク品を牽引しては、衛星内に取り込んでいた。

「おーい、いるかー?。」

男は適当に回線を開いて、発信した。

「誰だー?。」

「オレだ。海坊主だ。」

「おー!、久しぶりだな。今何処だ?。」

「何処って、ゴミの中だ。このまま発信しっぱなしにするから、そっちで見つけてくれ。」

「あいよー。」

男の音声を受信したのは、馴染みのジャンク屋だった。そして、直ぐさま自身の座標を船に送信すると、それを頼りに男はジャンク星に向かった。すると、球体の小型衛星の一つが男の輸送船に近づいて来た。そして、ドッキングベイを開いて、船を中に誘導した。

「ブーウ。」

船が着陸して、ベイが閉められると、内部は空気で満たされた。

「よう。しばらく。」

油まみれの男性が一人、船に近づいて来た。開いたハッチから、男は小脇に子猫を抱えながら下りてきた。

「よう。」

「また、船乗り始めたんか?。」

「ああ。で、早速だが、今日は手土産を持って来たぜ。」

「おいおい、ペットなら間に合ってるぜ。」

勘違いをしている男性に、

「そうじゃ無え。コイツはオレの友達だ。」

そういうと、男はリモコン操作で格納庫のハッチを開けた。

「お?、これ、鉄じゃ無えーか!。」

男性は久しぶりの鉄の塊に目を見開いた。

「宇宙(そら)じゃあ珍しいが、地上じゃ厄介な粗大ゴミなんだとよ。だから、持って来てやったぜ。」

軽くて丈夫な機体開発が進んだ現在、鉄は余程のことでない限り、余り使われなくなっていた。寧ろ、地上での建材として重宝され、廃棄や処理には規制やコストがかかっていたのだった。

「いいのか?。」

「ああ。その代わり、何か食い物くれねーか?。」

「お安いご用だ。」

そういうと、油まみれの男性は衛星内にあるバーに男を案内した。

「いらっしゃーい。」

酒焼けした女性の声が、二人を出迎えた。

「あら?、海坊主ちゃんじゃないの?。しばらくー!。」

「はは、覚えててくれたか?。」

「ママ、何でもいいから酒と肉、二人分。」

「あいよ。」

二人はカウンター席にこしかけた。そして男性が注文すると、まずは酒とグラスが二つ運ばれてきた。男性は酒を注ぐと、一つを男に渡した。

「再会に。」

そういって、二人は乾杯して一気にグラスを飲み干した。

「そっちの友達は、何か食わなくていいのかい?。」

「ああ。さっき鱈腹食べたばかりだから、いい。」

そんな具合に、二人は懐かしく語り合った。すると、

「おい、あれ、何だ?。」

と、店内の窓際が何やら騒がしくなった。

「ゴーッ!。」

巨大な船影が、小型衛星のギリギリ横で停船した。

「あ、いけね。忘れてた。」

男は、急に思い出した。


「また何かやらかして来たのか?。」

油まみれの男性がたずねた。

「いやな、此処へ来る途中に、あの軍艦の前を横切って、あっかんべーしたんだった。」

「じゃあ、軍事航路を通ったってのか?。」

「そういうことだ。」

二人がそうこうしていると、カウンターの通信電話が鳴った。

「ジリリリリ!。」

「はい、もしもし。」

「今からそちらに臨検に向かう。速やかにハッチを開けろ!。」

「はあ?。」

軍の要請に、彼女はいきり立った。

「何処の軍かは知らないけどね、座標をよーく見てご覧!。そっちの停船場所は公海だけど、こっち側は治外法権だよ。それでも来たきゃ、客として来な!。ただし、武装は一切お断りだよ!。」

そういって、彼女は電話を切った。すると、程なくして制服を着た軍人らしき人物が数名、店に乗り込んできた。

「店主はお前か?。」

先頭の帽子を被った男性が、彼女にたずねた。

「もしアタシが店主なら、客を選ぶ権利はアタシにあるってことよね?。」

彼女は男性に向かって毅然とたずねた。そう聞いて男性が怯むと、

「無作法なのはお断りだよ。注文しないんなら、とっとと出てっとくれ!。」

「何だとお?。」

彼女の言葉に男性は激高しかけたが、後ろにいた年配の男性が、

「済まなかった。事を荒立てるつもりは無いんだ。何でもいいから、ソフトドリンクを人数分と、簡単なつまみをお願いするよ。」

それを聞いて、彼女も少し穏やかになり、

「あいよ。」

といって、カウンター席に着いた軍人達にソフトドリンクとつまみを出した。軍人達は静かにそれを飲みながら、眼光鋭く辺りを見回した。先程までざわついていた客達は、その雰囲気に圧倒されて、元の席に戻っていった。すると、

「いい大人が、揃いも揃ってジュースにつまみかよ!。」

と、油まみれの男性と一緒にいた男が、彼らに声をかけた。それを聞いて、制服組は全員彼の方を見た。そして、先ほど憤った男性が立ち上がると、

「もういっぺん、いってみろ!。」

と、男に詰め寄った。すると男は、

「よう、友達を頼むぜ。」

そういうと、子猫を油まみれの男性にそっと手渡した。

「ニャー。」

「大丈夫。すぐ済むから、待ってろ。」

猫の額を軽く撫でながら男はそういうと、

「何度でもいってやらあ。お前ら、こんなとこまで来て、ジュース飲むために御大層な制服や軍艦で来てるのかって聞いてんだ。お?。」

それを聞いて、他の軍人達も一斉に立ち上がったが、

「許せん!。」

といって、最初に憤った男性が男に殴りかかった。

「ちょっと、アンタ達!。店ん中で面倒が御免だよ!。」

と、彼女の言葉も虚しく、突然殴り合いが始まったかと思うと、男はニヤッとしながら半身になってパンチをかわすと、

「バキッ!。」

と、男性の顎先に右フックを打ち込んだ。

「グシャッ!。」

途端に男性は白目をむいて床に崩れ落ちた。

「野郎っ!。」

それを見て、他の軍人達も彼に襲いかかろうとした時、

「やめろ!。」

と、年配の男性が全員を諫めた。

「彼を船へ運べ。」

その指示に、彼らは倒れた男性を担ぎ上げると、そのまま店を出ていった。

「済まなかった。代金だ。」

そう詫びをいうと。年配の男性は支払いを済ませて店を出ようとした。と、そのとき、

「何か部下に悪いことしちまったかな・・。」

と、男はバツが悪そうに話しかけた。

「いえ、先に手を出したのは彼ですから。まさかアナタだったとは。また船に乗られたんですね。他の軍艦だったら、こうはいかなかった。どうか、お気を付けて。」

そういうと、男性はどことなく懐かしそうに男に敬礼をして、店を出ていった。

「ほえー!。相変わらず、やるねえ!。」

油まみれの男性は、男の手際の良さに感嘆した。

「やれやれ、一時はどうなるかと。それにしてもあの軍人さん、アンタに敬礼してったけど・・、」

彼女も彼に対する軍人の態度に、何やら興味を持っているようだった。

「あれか?。ありゃ、昔の部下だ。ま、巡り巡って、ヤツは艦長、オレはしがない宅配屋って訳さ。」

そういうと、彼は預けていた子猫を受け取って、食事を続けた。そして、男は肉を頬張りながら、

「それにしてもよ、キタの野郎にエンジン弄ってもらったから、ブーストは効くようにはなったが、さっきみてえに、捕捉された後、足取りが捕まれちまう。何かこう、もっといい手は無いかな?。」

と、油まみれの男性に相談した。

「ま、最新鋭の惑星間戦闘機なら最速だが、持続力が無えな。となると、軍艦のメインエンジンか、サイドエンジンってところかな。燃料さえありゃ、どれだけでもいけるぜ。」

「じゃあ、そいつを何とか頼むわ。」

「馬鹿いえ!。そんなもん、どうやって手に入れるんだ?。」

「お前んとこ、ジャンク屋だろ?。そういうのも流れて来るだろ?。」

「軍のエンジンっていえば、最高機密なの。そんなのがホイホイと出て来る訳無えだろ。」

「ふーん、そういうもんか・・。じゃあ、頼むわ。」

「だから、無理なんだってばよ!。」

二人の会話は終始噛み合うこと無く、食事は続いた。


その後、男は油まみれの男性に金属の塊を渡すと、代わりに燃料を補給してもらった。そして、別れの挨拶をして子猫と一緒に小型衛星を飛び立った。自動航行に切り替えると、男は一杯やりだした。

「惑星間をまたにかけー♪ いったり来たりの一人旅ー♪。あ、一人じゃ無えな。」

と、暢気に歌を歌いながら、胸の辺りでスヤスヤ眠る子猫を撫でた。男は、先ほどバーで出会った、年配の軍人のことを思い出していた。

 話は数十年前に遡る。男の頭にまだ髪があった頃の話である。いつも詰め襟のピシッとした征服を着込んで、颯爽と仕事をする男の姿がそこにはあった。

「よし。網にかかったな。至急拿捕しろ。これより、臨検に移る。」

数十人の部下を従えて、男は怪しげな船に乗り込んだ。

「勘弁して下さいよ。オレたちゃ資材以外、何も運んでませんよ。早く済ませなきゃ、遅延料も発生しちまうし・・。」

困り果てた様子で、船長が男に頼み込んだ。しかし、

「それは今に解る。徹底的に調べろ!。」

男は船長の頼みを無視して、部下に檄を飛ばした。そして、一時間の捜索後、

「各部、全く異常ありません。」

次々に、部下から同様の報告が入った。それを聞いて、船長の口角がほんの僅かに上がったのを、男は見逃さなかった。

「よし。オレがいく。」

そういうと、男は貨物にいき、資材を眺めると手で触れ始めた。

「これは木だな。材質は?。」

男が船長にたずねた。

「そいつはオーク材だよ。」

すると、男は貨物室に示されている重量計の数値を見た。

「計量のパスはあるか?。」

「ああ。これです。」

男は、重量計が正確なのを確認すると、ライトセンサーでオーク材の容積を量り出した。そして、

「オーク材の比重は?。」

と、脇にいる部下にたずねた。部下はタブレットで検索し、

「0.77です。」

そう答えた。すると、

「ほほう。おかしいなあ。オレの計算だと、此処のオーク材は、どー見ても1.2以上はあるなあ。」

「しかし、X線検査では、ただの木材と出ていますが。」

「運搬前に、酷い雨に遭いましてねえ。」

部下と船長がそれぞれにそういうと、男は船長の顔を覗き込んで、

「濡れたままの木材をそのままにする馬鹿が何処にいる?。しかも、船内はわざと湿度を保つように除湿機能がとめられてある。」

そういうと、男はオーク材の一つを指差して、

「この木に含まれている水分を分析しろ。」

そう部下に指示をした。部下はアタッシュケース状の検査機器を開くと、木片を削って分析にかけた。その間、船長はソワソワしていたが、男は悠然としていた。数分後、

「出ました。」

「で?。」

「有機溶媒にアルカロイド系物質が多量に含まれたものが染み込ませてあります。」

部下は男に、麻薬成分が多量に検出されたことを伝えた。

「えへへ。旦那にはかないませんや。どうか、これでお目こぼしを・・。」

そういうと、船長は悪びれずに男に何か手渡した。

「これは?。」

「後で好きなだけ換金して下さい。」

それを聞いて、男はニヤッとすると、

「では、お前はこれが違法薬物だという事を認識していたと、自身で証明した訳だ。その上、オレに賄賂を渡して口止めしようとした。だな?。」

男は毅然として、船長を睨み付けた。途端に、船長は萎縮して震え上がった。

「この男と乗組員全員を連行しろ!。貨物は全て没収。検査終了後、焼却に回す。以上!。」

そういうと、男は受け取ったカードを男の胸ポケットにねじ込んだ。そして、全員の移送と資材の運び出しを滞りなく終えると、男は葉巻を吸い始めた。そこへ、検査機器を操作していた部下がやって来て、

「お見事です。」

と、労った。しかし男は表情一つ変えず、

「たまたま・・だ。こうやって、いくら目を光らせても、抜け道はいくらでもある。それだけ、宇宙は広い。そういうことだ。」

というと、男は葉巻を捨てて税関局に戻っていった。連行された船長以下、乗組員達は長時間と取り調べを受けた。そして、ヘトヘトになった後、一時施設に収監された。雑居房に入れられた船長は、ウンザリといった表情で、床にへたり込んだ。

「畜生!、何でバレるんだ!。」

そういって天を仰ぐと、同じように収監されていた男が、

「そりゃオメー、相手が鬼疾だったからさ。アイツに睨まえたら、まず逃れられねえ。それだけだ・・。」

「そうか!。アイツが鬼疾か!。ついて無えーぜ・・。」

そういうと、船長は溜息を吐いて、床にふて寝した。後日、裁判により、船長は違法薬物の密輸で起訴された。加えて、贈賄の罪も被るのかと思っていたが、罪状にそのことは、一言も触れられていなかった。船長が別の施設に移送される当日、両脇を抱えられて施設の通路を歩いていると、目の前を背の高い男性が歩いていた。それに気付くと船長は、

「よう、アンタ、鬼疾だったんか?。参ったぜ。でも、カードの件は、」

といいかけたとき、男はふり向いて、船長の口の前に人差し指を立てた。

「オレの管轄は貨物だ。それ以外は管轄外だ。出て来たら、それを元手に、真っ当に働け。」

そういって、通路を歩いていった。


 それから数年が経ったあるとき、部下だった検査官は昇進して、とある男と面談を行うことになった。

「どうぞ。」

部屋の中から呼ぶと、外で待っていた背の高い男が一人入ってきた。随分窶れた跡のある男が、気怠そうに椅子に腰掛けた。

「ご無沙汰してます。」

「・・・。」

「退職を希望されたいそうで。」

「ああ。」

「理由をお伺いしてもよろしいですか?。」

「一身上の都合、ただそれだけだ。」

男の元部下の男性は、どうしても納得がいかなかった。あれほど颯爽として、自分が宇宙の秩序を守らんばかりの勢いが、今はどうしたというのか。目の前に腰掛けている男は、うらぶれて、何のオーラも、生きる希望も発してはいなかった。すると、会話を筆記していた担当者が小声で、

「これでも、ここ一、二年で、随分とマシにはなったんですよ。」

と、男性に告げた。退職理由について、男性は何度かたずねてみたが、男はやはり答えようとはしなかった。

「一身上の都合。」

その一点張りだった。すると、

「解りました。退職届を受理致します。」

男性は悲しげな表情で、そう伝えた。それを聞いて男は黙って立ち上がり、何もいわずに部屋を出ようとした。

「きっとまた、宇宙(そら)で会えますよね?。」

男性が男の背中に声をかけた。男は弱々しく、しかし、確かに右手を挙げながら、親指を立てた。そして、男性の前から姿を消した。面接の書類を男性が片付けていると、

「始め、この施設にやって来たときは、それはもう酷い姿で・・、」

といいかけたとき、

「もういい。やめろ!。」

と、男性はぴしゃりと書記官の言葉を遮った。そして、男が最後に見せた右手の親指の記憶を胸に止め、男性は以後も先輩を手本に、組織のために尽力した。それから数十年後、

「艦長、さきほどの者が目を覚ましました。」

「そうか。いい経験をしたなと、伝えておけ。」

「はっ。で、先ほどのバーでの件なんですが、」

「昼食に立ち寄った。ただそれだけだ。そう記載しておけ。」

「はっ。」

艦長はそう命令すると、ブリッジから海坊主の船影が遠ざかっていくのを、目を細めて眺めていた。

「よし。これより出航する。全員、配置に付け!。」

艦長の号令一下、軍艦はジャンクを離脱した。

 海坊主の貨物船が地球に戻ってくると、ヒゲ社長が出迎えた。

「よう、お帰り。アンタのお陰で、配達料がじゃんじゃん入ってくるぜ!。」

「そうか。そいつはよかった。そらよ!。土産だ。」

そういうと、男は社長に小さな物体を手渡した。

「何だ?、こりゃ?。」

「フーッ!。」

そう唸りを立てると、小さな物体は社長の顔を爪で引っ掻いた。

「痛てててて!。」

社長が這々の体てその場に蹲ると、

「よし。もういいぞ。」

と、男は子猫に一声かけた。

「ニャー。」

すると、子猫は従順に男についていった。やっとの思いで立ち上がった社長が、男の後を追いかけて、

「おい、アンタ、ヤサはあるのかい?。」

とたずねた。

「んなモン、無えよお。」

「じゃあよ、会社の二階が社員寮になってるから、そこ使ってくれ。」

「おお、そうかい。有り難うよ。」

男は酒の瓶を片手に、いわれた二階へ上がっていった。

「此処か。」

ドアを開けた途端、

「バタバタバタっ!。」

と、モップやらバケツが崩れ落ちてきた。

「何だよ!。ただの倉庫じゃ無えか!。」

そういうと、男はバケツに水を汲んできて、さっきのモップで丁寧に掃除を始めた。

「お前はそこで見てな。」

男は子猫を優しくベッドの上に置いて掃除を続けた。大柄でがさつに見える男だったが、掃除っぷりは几帳面そのものだった。小一時間で部屋の隅々をキレイにすると、モップとバケツを片付けて、ベッドの上に腰を下ろした。男は猫缶を開けて子猫に与えると、自分はグラスに酒を注いで、

「乾杯。」

と小さな声でいうと、それを一気に飲み干した。そして、窓から夜景を眺めていた。その視線の先には、束の間出会った、元部下の晴れ姿を思い浮かべていたのかも知れない。

 翌朝、男と子猫はベッドの上で一緒に寝ていた。

「コンコンコン。」

けたたましくドアをノックする音がした。

「おーい!、起きてるかい?。」

騒々しさに目を覚ました男は、

「何事だい?。」

と、眠そうにドアを開けた。

「何か知らねーけど、小舟が何隻かやって来て、アンタを出せっていってるぜ。」

「ん?、小舟?。」

と、男は社長と子猫と一緒に、一階へ下りていった。

「よう!、海坊主!。仕事あんだろ?。」

「あー、オメー達かあ!。」

それは、つい先日、遮蔽装置を届けた兄弟だった。

「おい!、オレも仲間に入れろよ!。」

「オレも。」

かつて知った仲間達が、海坊主の復帰を聞きつけ、一瞬で集まってきた。

「おい!、社長。宅配の依頼は来てるか?。」

「依頼か?。あー、はいはい。来てるには来てるんだが・・、」

ディスプレイに映し出される依頼は、近隣の小さな荷物ばかりだった。

「ちっ、営業努力が足りねーなあ。よう、お前ら。この先の港に酒場があるから、そこいって、片っ端から荷物の依頼を受けて来い!。」

「あいよ!。」

そういうと、集まった連中は三々五々に仕事を取りにいった。

「さーて、航路の手配だ。」

そういうと、海坊主はディスプレイを空中投影に切り替えると、最短の軍事航路を検討し始めた。


 それから数年が経ち、海坊主の復帰を聞きつけたかつての仲間達がヒゲ社長の下に続々やって来た。臨時雇いから正規パイロットまで、様々な人材も集まり、持ち込みの船で来る者もあって、会社の規模はどんどん膨れあがっていった。そして、そうなるにつれて雇用は拡大し、周囲の人々も職にありつくことが出来た。ヤバイ薬を生成して販売しなくとも、海坊主のいる宅配便の会社からは、次々と真面な仕事が来るようになった。そしていつのまにか、閑散としていたポートタウンも、今では乗組員やその家族のベッドタウンと化していった。

「じゃあ、いって来らあ。」

「あいよ。気をつけて。」

事務の女性が海坊主を見送った。新しい社屋とオフィスにはオペレーションシステムがズラリと並び、最新の運行会社そのものであったが、海坊主の意向で、最初から合った社屋と窓口はそのままにしてあった。そして、彼だけはいつもその窓口から死後のと手配をもらい、自分と昔の仲間数人だけが、イリーガルに軍事航路を横切りながらの宅配を続けた。

「ちっ。追っ手の技術、進歩したか。」

初めこそ、追跡艇との競争は海坊主の圧勝だったが、組織力と最新鋭の機体を建造出来る資金力には勝てるはずも無かった。彼は捕捉の危機が訪れても何とか逃げおうせる事が出来たが、仲間達はそうはいかなかった。

「ちっ!、今月だけでペナルティーチケット二枚だぜ!。オマケに遮蔽装置も見つかって、没収だとよ。ついてねーや。」

昔なじみの兄弟は、スリルを求めてこの会社にやって来たが、今では地球に居を構え、生活のために通常航路のパイロットになっていた。

「よう、海坊主。お前、まだやるのかい?。会社の規模もこれだけになったんだ。別に危ない橋渡らなくとも、十分に利益は出せるぜ?。」

ある夜、仲間がバーのカウンターで、酒を呷りながら彼にそういった。

「ああ。食うにはそれで十分だ。腹は満たせる。腹は・・な。」

海坊主はグラスの酒を一気に飲み干すと、バーを出ていった。そして、たまに訪れる町工場までやって来た。

「よう。」

「おう。どーした?。」

「キタさん、オメー、このまま町工場でこんな風に暮らしててて、構わねーのか?。」

「ん?、何を藪から棒に・・。オレは別にこれで構わねーけどよ。」

キタさんはそういったが、彼は黙っていた。気になって、キタさんは海坊主の方を振り返った。そして、海坊主の目を見た。

「機関士が、いるのか?。」

その言葉を聞いて、海坊主は不敵に微笑んだ。

「昨日、ジャンク星から連絡があってな。いい出物があるってよ。明日、暇かい?。」

その言葉を聞いて、キタさんは持っていたらレンチを道具箱に放り投げた。

「見るなら早い方がいい。今からじゃ、立てねーのか?。」

海坊主はキタさんの肩をグッと抱き寄せ、

「そう来なくちゃな。はは!。」

といいつつ、葉巻をくわえた。その後、町工場はシャッターが下ろされ、「CLOSED」の札がかけられた。二人はヒゲ社長の会社に向かった。そして、真夜中の旧社屋に着くと、

「ちょっと待ってな。」

海坊主はそういうと、二回に駆け上がり、猫を抱えて下りてきた。

「ニャーオ。」

そして、事務机に書き置きをすると、

「さ、いくか。」

といって、船を一隻借りて、発進した。宇宙に飛び出して暫くすると、海坊主はグラスを二つと酒、そして缶詰を持って来た。

「まずは乾杯だ。」

彼はグラスに酒を注ぐと、二人でそれを飲んだ。

「ニャーオ。」

「オメーは、これだ。」

そういって、彼は猫缶を開けて与えた。

「で、いき先は?。」

「ジャンク星だ。以前に頼んでたのが、ようやく入ったらしい。」

そういうと、海坊主は頭の中で思い描いている構想をキタさんに語った。

「相変わらず、オメーらしい、桁外れな計画だなあ。だがな、その場合、物理的に無理な要因が二つある。一つは船体の長さ。そしてもう一つは、燃料タンクだ。」

突拍子も無い計画に、機会を知り尽くしたキタさんはあきれ顔だった。

「オメー、機関士だろう。何とかならねーのか?。」

「馬鹿いえ!。機械は弄れるが、オレは魔術師じゃ無え。無理なものは無理なんだ!。そいつを積むなら、船体を大きくして、燃料のスペースを確保する必要がどうしてもある。」

「そこを、何とか頼むぜ!。」

「だから、無理なんだって!。」

「ニャーオ。」

話は平行線のまま、船は程なくジャンク星に到着しようとしていた。


 ドッキングベイから内部へ入ると、

「よう。しばらく!。」

と、例によって油まみれの男性が二人を出向かい得た。

「バーにいくかい?、それとも、出物を見るかい?。」

男がそうたずねると、

「まずは出物だ。いこうぜ。」

海坊主達は男が用意したカートに乗って、格納庫へ向かった。そして、ゲート前に着くと、

「腰抜かすなよ。」

といって、男はゲートを開けた。

「ゴゴゴゴ。」

重いゲートが開かれ、その奥には、巨大なエンジンが二機置かれていた。

「おー!、でかした!。」

海坊主は男を右手で抱き寄せ、頭にキスをした。

「おいおいおい!、こいつは・・、」

キタだんがエンジンに歩み寄ると、

「そいつは超大型戦艦のサイドエンジンさ。メインエンジンも入手は出来たんだが、直径だけでこの衛星の倍近くあったから、そいつはやめといたよ。」

男は得意げに述べた。キタさんは入念に材質と型番、配線などを調べて、

「こいつは最新鋭のだぞ。足は着かねーのか?。」

と、驚きよりも心配が勝っているようだった。

「此処はジャンク星だ。何だって持ち込まれるさ!。ただし、出所は聞くなよ。で、こいつを、どうする?。持ってくか?。」

男がそういうと、

「いや、此処で組み上げる。」

そういうと、海坊主は懐から徐に設計図を取り出した。

「デッカい船だと目立っていけねえ。小型貨物船ギリギリの船に、こいつを二機搭載する。それでかっ飛ばしゃあ、誰だって追いつねえ!。だろ?。」

油まみれの男性とキタさんは設計図をしげしげと見た。

「おい、仮にこのエンジンを二機搭載するとして、全容積の七十五パーセーントだ。残りの二十五パーセントの中に燃料タンクを置くとして、オレ達ゃ一体、どこで寝りゃいいんだ?。」

「寝なきゃダメか?。」

「当たり前えだろーっ!。」

海坊主とキタさんが先の見えない議論で小競り合いをしていると、

「うーん、原寸大のままだと、物理的には不可能だな。仮に、残りの空間を燃料で満たしても、ブースト速度で発進させたら数分で疾足だ。それに、船内温度はどうする?。超高質の断熱システムか熱交換システムが無きゃ、ブースト後に、即ローストだぜ。」

「ははは。」

「ははは。」

男の言葉に二人は笑い出した。が、

「笑えねーんだよ!。そいつを何とかしろい!。」

と、海坊主は男の胸ぐらを掴んでにじり寄った。

「わ、解ったよ。話の続きを聞けよ。」

「悪かった。」

海坊主はさっと手を離した。

「燃料は流体のままだと、どうしても嵩張る。だから、分子間距離を極限まで縮めたら、容積は一気に小さくすることは出来る。そこまでの技術は何とか可能だ。問題はその後よ。圧縮燃料は、その抑制が解かれたときに、膨大なエネルギーを瞬時に発する。その制御が難しい。」

「じゃあ、そーいう制御が出来る蛇口をオメーが作ればいいじゃねーか。」

「ははは。笑えないね。」

男は仕返しとばかりに、海坊主の冗談をかわした。

「だがよ、これはバーの客から聞いた話なんだが、何でも、とある研究機関では、その手の技術開発が随分進んでるんだそうだ。で、実用段階の手前まで漕ぎ着けてるらしい。その研究員を連れて来れば、何とかなるかも知れねーな。」

男がそういうと、

「何も連れてこなくっても、オレ達がいって、話を聞いて来りゃいいんじゃねえのか?。」

海坊主は事もなさげにいった。

「話を・・ね。じゃあ、アンタら、量子力学は得意かい?。」

「りょうしりきがく?。そいつは美味えのか?。」

男の質問に、海坊主は無垢な目でそう答えた。

「オメーと話してたら頭が痛くなるぜ。よし。話の続きは酒でも飲みながら。」

そういうと、男は格納庫のドアを閉じて、三人でバーに向かった。

「あーら、海坊主ちゃん、いらっしゃーい。キタさん!、しばらくーっ!。」

「よう、ママ。しばらく。」

「ご無沙汰さん。」

久々の再会で四人は多いに盛り上がった。と、そこへ、

「ニャーオ。」

と、一匹の猫が走って来てカウンターに登った。

「あら、子猫ちゃん!。久しぶりねー!。随分立派になっちゃって。」

置いてけ堀になってたネコが勝手に抜け出して、バーまでやって来た。猫の世話はママに任せると、三人はテーブル席でさっきの続きを始めた。

「さっきの話なんだが、確か研究機関は・・、」

マメな男は、以前あった時に研究機関をメモっていた。

「しかし、それでエンジンに火が入ったとして、最高速度はどれぐらいになるんだ?。」

キタさんが、眉間に皺を寄せてたずねた。

「ザッと計算すると、こんなもんかな・・。」

男は、宇宙一最速な高速船を凌ぐ数字を弾き出した。

「だろうな。だとすると、この船体じゃ、操縦の制御が不可能だ。宇宙も完全真空じゃ無え。抵抗を受けて大きく揺れる。」

「まかしとけ!。オレの腕で、ちょちょいのちょい・・よ。」

難しい顔のキタさんに対し、海坊主は何処までも脳天気だった。

「ああ、かつてなら・・な。だが、アンタもオレも、もう幾つだと思ってるんだ?。この揺れの制動は、並大抵の腕じゃ無理だぜ。超一流のパイロットが要るぜ。」


 すると、男が話しに口を挟んだ。

「腕のいいパイロットなら、公式非公式を問わず、数はいる。でもよ、そのさら上をいくとなると、試作機パイロットしかいねえな・・。」

「試作機パイロット?。」

海坊主が尋ねた。

「アンタら、船乗りだろ?。建造船の試運転なんか、普通はやらねえ。でもよ、超高速戦闘機となると話は別だ。軍しか持たねえウエポンと技術の塊だ。莫大な資金が投入されてる。失敗は絶対許されねえ。となると、お抱えのパイロットに試運転させる訳にはいかねえ。何かあったら大事だからな。そこでよ。腕自慢で向こう見ずな連中が名乗りを上げるんだが、紛い物は一切通用しねえ。本当に超一流のヤツにしか任せられねえ。」

グラスを仰ぎながら、男がいった。

「うん、確かにそういうヤツはいるなあ。まあ、最高機密に関わることだから、他言無用を条件に、莫大な報酬と引き換えに、操縦桿を握るって話だ。AIのシミュレーションじゃあ、数式的な限界しか弾き出せねえ。だから、それを上回る感覚的な操縦をAIに見せて、そいつをメモリーに組み込む。」

アテを摘まみながら、キタさんがいった。

「ほほう。感覚かあ。操縦桿握るヤツは、そうでなくっちゃな。で、オメエ、何か知ってるな?。」

海坊主は勘繰った。すると、初めは少し躊躇したが、キタさんは話し出した。

「オレも暫くは軍にいたからな。船や戦闘機のエンジンをメンテするのが仕事だった。あちこちの基地を渡り歩いて、随分直したなあ。で、あるとき、武器商人が集う町へ派遣された。複数の敵対する惑星の、丁度中間辺りに位置する小さな衛星だった。そこにはイリーガルなパイロット達が山ほどいて、常に仕事を欲しがっていた。まあ、大抵は使い物にならねえようなヤツばかりだったが、中にはすげえのもいた。で、あるとき、最強を誇る二つの勢力が、同時に最新鋭の戦闘機を開発したが、試運転を行う乗り手がいなかった。そんな中、一人の若い奴に白羽の矢が立った。酒場で喧嘩に明け暮れてたヤツだったが、いざ操縦桿を握ると、誰よりも速く、どんな複雑な操縦もお手の物だったな。で、その両勢力が、そいつに試運転を依頼した。普通なら、メカニズムと機体の癖を把握するのに数日はかかる。そして、過酷な操縦で、一回二時間が限界だ。だが、あろうことか、そいつは簡単な説明を受けただけで、午前に片方の機体を、そして、午後にもう片方の機体を操縦し、機体制御のシミュレーションをインプットさせた。そして、その日の夜には酒場でまた喧嘩をおっぱじめてたな・・。」

海坊主の目が輝いた。

「酒場に喧嘩、正にオレのホームグラウンドじゃねーか!。よし、そいつに打診を、」

そういいかけたとき、

「やめとけ。随分前の話だ。確かに腕はピカイチだったが、ありゃ、生きる為の操縦じゃ無え。死に場所を求めて彷徨ってる、そういう刹那なヤツだったよ。今はもう、生きてるのかどうかさえ、解りゃしねえ。仮に生きてたとしても、もう飛んだりはしねえだろう・・。」

しみじみとした目で語ると、キタさんはグラスを仰いだ。しかし、海坊主の勢いは収まるどころか、

「刹那かあ。結構!。宇宙で魂を見失ったヤツは、必ず宇宙に舞い戻る。ただし、そいつの魂を揺さぶるだけの仕掛けが必要だ。」

そういうと、海坊主は葉巻をくわえてプカプカとやりだした。そして、

「よし。オメー達は、此処で早速船の建造にかかれ。予定通り、あのデッカいエンジン二機を小型船の内部目一杯に格納しろ。スペースなんて、一人二畳もありゃ十分だ。資金の心配はいらねえ。どんどんつぎ込め。足らなきゃ後で出世払いだ。」

「誰が出世するんだよ?。」

海坊主のプランに、男が茶々を入れた。

「オレ様以外に、誰がいるよ!。」

そういうと、海坊主は男の両のほっぺを抓った。

「痛てててて!。」

叫ぶ男をよそに、海坊主は出発の準備にかかった。

「じゃあ、オレは、ちょっくら出かけて来らあ。」

そういうと、グラスの残りを飲み干した。

「ママ、勘定。」

海坊主はみなの払いを済ませ、船に向かった。そして、ハッチが閉まる直前、

「ニャーオ。」

「おう、すまなかったな。忘れるところだったぜ。」

と、飛び込んできた友人である猫を抱きかかえた。

「えーと、コースは学術都市惑星。此処だ。」

海坊主はナビで目的地を確認すると、エンジンを始動させてドッキングベイから発進した。

「ゴウッッ!。」

船はいつものように、瞬く間に軍事航路を横切って、目的地までの最短コースを突っ切った。例え、追っ手がかかろうとも、

「はは。来たいだけ来やがれ。これがこの船の見納めだ!。」

そういいながら、偵察艇を打っ千切った。そして、暫く自動操縦で進んだ後、船は整然と明かりが立ち並ぶ星域に到着した。

「何だ、こりゃ?。」

辺りはまるで幾何学的にデザインされた宇宙空間の様相であった。シンメトリーな瞬きが隙間無く海坊主の船体を照らした。

「ピピピ。船体、チェック。船籍オヨビ、責任者指名、着艦目的ヲ述ベヨ。」

受信したAIの音声が、無機的に船内に響いた。


 海坊主は煩わしいチェックを打っ千切ろうかとも思ったが、先々のことを考えて、以前にヒゲ社長から聞いた船体登録データを述べた。

「えー、ヒゲん所の輸送船、責任者ヒゲ社長、目的は人探し。」

すると、AIからの反応は案の定、

「認識不能。却下。」

だった。

「だろうな・・。」

仕方なく、海坊主は以前に使った旧友のコードを入力した。

「コード0942193R・・。」

「税関職員、緊急コード。承認。」

船体を隈無く照らしていたライトが方向を変えると、進路を示唆した。船は難なくチェックゲートをパス出来た。

「おー!、流石は役人パスだぜ。」

彼は学術衛星都市の圏内に入り、データバンクにアクセスする事が出来た。

「えー、確か、エネルギー圧縮技術だったな・・。」

それらしいワードをインプットして検索すると、二つの衛星がディスプレイされた。

「さーて、どっちにいけば・・。よし、オレの勘だと、右だ!。」

彼は二つ衛星のうち、右側にコースをセットすると、一杯やりだした。すると、

「ニャーオ。」

船内にいた猫が上の方からポンと操縦席辺りに飛び降りた。

「おう。オメーか。ぼちぼち飯にするか。」

彼は気付いていなかったが、猫が着地するとき、コースの変更ボタンが作動していたのだった。やがて、目指していたのとは異なる衛星に着いたのも気付かずに、男は着艦させると、ハッチを開いて船を下りた。

「ほほお。こりゃまた、明るいな。」

白を基調としたその衛星は、ガラスの他面構造で覆われていて、近くの恒星から降り注ぐ光をふんだんに取り込んでいた。施設や建物の至る所に植物が植えられていて、さながら、楽園の様相であった。彼は一服しようと、葉巻をくわえた。すると、

「ノースモーキング。サンキュー。」

と、館内アナウンスのような音声が響いた。

「はいよ。とほほ。」

仕方なく彼は葉巻を仕舞うと、インフォメーションの女性が座っているカウンターへ向かった。

「こんにちは。」

「よう。エネルギーの圧縮技術の研究をやってるセクションを探してるんだが・・。」

「圧縮技術ですね?。少々お待ちを。」

すると、女性はディスプレイを指で操作して、目的の場所を見つけた。

「現在地が此処ですので、このまま真っ直ぐ進んだ後・・、」

と、彼に研究室までに順路を説明した。

「サンキュー!。」

彼はそういうと、施設内へと進んでいった。その直後、

「ん?。」

と、彼女は何かが小走りで通り過ぎたような気がしたが、他の質問者の対応に追われ、そのことは忘れてしまった。

「あー、此処かあ。」

彼は案内された研究室の辺りに到着した。早速ドアを開けてと思ったとき、

「ん?、スモーキングルーム?。喫煙所かあ!。」

水を得た魚のように、彼は跳び上がって喜んだ。そして、待ちきれずにドアを開ける前に葉巻をくわえると、入室した。

「プハーッ!。美味えーっ!。」

彼が目一杯煙を燻らせて楽しんでいると、目の前に白衣を着た女性が、小難しそうな顔をしながら煙草をくわえて書類とにらめっこをしていた。

「クンクン。ん?、葉巻?。」

男の煙に気付いた彼女は、

「アナタ、誰?。」

と、たずねた。

「こんにちは。海坊主です。」

彼はそういって、挨拶をした。

「へー。今どき葉巻とは、古風ね。で、こちらへ何のご用?。」

「あの、実は、エネルギーの圧縮技術について、ちょっとたずねたいことが・・。」

「エネルギーの圧縮?。都市利用やインフラの?。」

「いや、そうじゃ無くって、船の・・ね。こんな風に・・。」

海坊主は、彼女に建造予定の船と、それに必要なエネルギーを圧縮して格納する必要を説明した。

「へー、面白そうじゃない。でもね、此処、圧縮技術の棟じゃ無くって、膨張技術の棟よ。お探しの棟は、真逆。あっち。」

そういって、彼女は喫煙室の窓から小さく見える別棟を指差した。彼は一瞬、狐につままれたような表情をしたが、

「あれ?。何でだろう?。ま、いっか。どの道、縮めたもんは膨らますんだし。」

そういって、引き続き、建造船の目的を説明した。彼女は仕事が立て込んでいる様子ではあったが、

「え?、何々?。すると、一旦圧縮した燃料を、船内空間だけで再び元に戻すつもり?。」

と、相当驚きつつも、興味を抱いたようだった。

「その通り!。アンタ、やっぱり賢いねえ。流石研究者さんだ。」

海坊主は自身の計画が斬新過ぎて感心されたのかと得意げになったが、彼女は書類の一枚を取り出して裏を向けると、

「あのね、いい?。物質というのは外圧をかければ可能な限り圧縮は出来る。こんな風にね・・。」

と、数式と分子モデルの簡略図を描きながら、彼に説明した。そして、その紙がいっぱいになったところで、

「此処までが前半。問題は、その局限にまで距離を縮めた原子を、どうやって安全に元に戻すか、これよ!。」

そういいながら、彼女はさらにもう二枚の紙を使って、その工程が複雑かつ危険か、そして何より、今の人類の技術がそこまで及んでいないことを説明しようとした。


 二人の議論、いや、彼女の海坊主へのレクチャー形式の対話は白熱した。

「うわっ、何だこれは・・。」

ちょっと喫煙のために訪れた彼女の同僚と思しき男性も、室内に充満する煙に驚いた。

「ほう・・。ってことは、その原子核ってのが崩壊する際に飛び出す、中性子の防御をすればいいんじゃ無えのか?。」

「違う違う!。核分裂を起こさせちゃいけないの!。それ自体、莫大なエネルギーだけど、それを利用するにはリスクが大きすぎるのよ。第一、それを保護する隔壁自体、もの凄く重いし、嵩張るの!。」

彼女はくわえ煙草で、海坊主は葉巻をプカプカとやりながら、さらに議論は続いた。そこへ、防護マスクを付けた白衣の男性が入ってきた。

「あの、チーフ。逆圧縮再現装置の申請の件なんですが・・、」

「ちょっと待ってて。今、いい所なんだから。」

彼女の部下らしき男性が、煙を嫌ってか、重装備で彼女を呼び戻しに来た。

「おい、そこのマスク!。今、逆圧縮装置がどーとか、いってなかったか?。」

「あ、はい。」

海坊主は聞き逃さなかった。

「アンタ、さっき、圧縮した燃料を元に戻すのは無理っていってなかったか?。」

彼女は煙草をくわえたまま、

「無理なんじゃない。理論上は可能よ。圧縮出来るんだから。問題は、再び元のサイズに膨張する際の制御技術よ。」

と、急な膨張の危険性を再度、説明した。

「じゃあ、アンタ、その技術を可能にする研究者なんだ!。」

「ま、そういうこと。まだ実用段階じゃ無いけどね。」

彼女の言葉に、海坊主の目が輝いた。

「実用段階で無くとも、試作品ぐらいは出来てんだろ?。」

「ええ。まあ。」

「てことは、例え目視でも、数値の変動を見て対応出来る人間がいるってこと・・だな?。」

「そうね。何パターンものシミュレーションを行って、AIにそのデータを覚えさせる必要はあるけど、マンパワーでなら、一応可能ね。汎用性は無いけど。」

彼女は、くわえていた煙草を吸い殻で山盛りの灰皿に差し込んだ。

「それが出来るのは、ひょっとして・・、」

「そう。アタシだけ。」

海坊主も葉巻を消して、彼女に躙り寄った。

「よし!。決まりだ!。アンタ、夢はあるかい?。」

「何よ、いきなり。うーん、そうねえ、思いっきり、何の躊躇も無く、研究してみたいかな。あと、こういう仕事だと、一箇所に留まりっぱなしだから、宇宙旅行で色んな所にいってみたい・・かな。」

「その両方を、オジサンが叶えてあげるっていったら、アンタ、どーするね?。」

海坊主は急にキリッとした顔で彼女にいい放った。彼女は一瞬、ドキッとしたような表情を見せたが、

「まさかあ・・。そんなこと、一体どーやって?。」

と、すぐに猜疑心の目に変わった。

「らしく無えなあ。アンタ、研究者だろ?。日夜、新発見を夢見て研究してるんじゃ無えーのか?。だが、こういう所じゃ、何をするにしても、いちいち申請と許可待ちの繰り返しだろ?。一生のうちに上げられる成果なんぞ、たかが知れてらあ。だが、オレは違う。好きな時に好きなだけ実験が出来る環境を知ってる。それとな、ま、暇があったら、オレのこと検索してみな。全宇宙を股にかけて飛び回った運び屋の海坊主様とは、オレのことだ。ははは。」

「海坊主?。運び屋?。」

彼女はまだ疑った眼差しのまま、ポケットからタブレットを取り出すと、検索してみた。

「海坊主、運び屋・・・と。え、何々?。厄介者、どう仕様も無い、死んじまえ・・、」

彼女は検索順に引っかかったワードを読み上げた。

「いや、そんなのはいいから、その先を見てみな。」

「宅配業務に従事する敏腕パイロット。何処よりも速く全宇宙に荷物を届けることで知られる。ただし、評判は賛否が分かれる。若干、前者の方が多し・・だって。」

「どーだい!。」

海坊主は得意げな顔をした。すると、

「ダメじゃん!。悪い評価の方が多いって。」

と、彼女はいい放った。

「ま、世の中は真実を見抜く目に乏しいってことだ。もしアンタが、成功する可能性の低い研究対象に興味を抱いたとき、おめおめと退くか?。」

彼女はその言葉に動揺した。研究者としての核心を突かれた気分だった。

「そりゃあ、何とか挑もうと・・、」

「だろ?。大抵のヤツは、壁を目前に引き下がる。それが諦め癖ってヤツだ。そういうのを、オレは千度見て来た。だが、アンタの目は違う。輝きを失ってねえ。そして今、アンタの目の前に、そのチャンスがある。さあ、どーするね?。」

彼女の目が中空を見つめた。もの凄い処理速度で何かを計算、いや、思考しているようだった。すると、

「カリカリカリ。」

ドアの外で何かが引っ掻いているような音がした。

「ん?、何だ?。」

彼はそっとドアを開けた。

「ニャーオ!。」

と、いつの間にか突いてきてた猫が、彼に飛び付いた。

「おー!、オメー、来てたのかあ。よしよし。悪かったなあ、待たせて。」

海坊主はそっと抱きかかえると、優しい眼差しで猫を撫でた。


 その様子を見て、彼女の目はハートマークになった。

「キャーっ!、何何っ?。」

彼女は海坊主の手から猫を奪い取ると、半ば強引に抱き寄せた。

「まー!、何でこんなとこにアンタがいるのよーっ!。」

そういいながら、彼女は顔を近付けてキスをしようとした。しかし、ヤニ臭い彼女の息で、猫はフレーメン反応を起こした。しかし、彼女は気にせず、猫に頬擦りした。

「何て可愛いの!。この子、名前は?。」

「猫だぜ。知らねーのか?。」

「アホ!。この猫ちゃんの名前よ!。」

「名前なんか無えよ。オレの友達だ。」

「友達?。そう。じゃあ、トモちゃんね!。」

こうして、海坊主の相棒は、一瞬にして命名された。

「ねえ、この子、いつも一緒にいるの?。」

彼女が猫を撫でながら訪ねた。

「ああ。何か知らねー間に、勝手に付いて来るな。今みてーに。」

「ふーん、そうなんだ・・。」

彼女が一瞬、暗い表情を見せた。

「どした?。」

「此処の施設はね、色んなバイオの研究も行ってるから、ペットの持ち込みは禁止なの。それが何とも味気なくて・・ね。」

それを聞いて、海坊主がニヤッとした。

「ははは。そーいうことなら、船を建造中のジャ・・じゃ無かった、研究施設なら、猫なんて抱きたい放題、何時でもOKだぜ!。」

「ホントにっ?。」

「ああ。」

それを聞くと、彼女は計算をびっしり書いた書類をかき集めると、猫を海坊主に返して、颯爽と部屋を飛び出していった。

「おい、何処へいく?。」

彼女は振り返らず、真っ直ぐと研究室に戻っていった。数分後、部屋から普段着に着替えてキャリーバッグを持ちながら、彼女がやって来た。

「さ、いきましょ!。」

「いくって、何処へ?。」

「勿論、アナタのいう研究施設によ!。今、辞表を叩き付けてきたから。」

「ほえーっ。」

海坊主は若干あきれ顔だったが、彼女の気っぷの良さをえらく気に入った。

「よし!、いこう!。」

部屋からは彼女の同僚らしき研究者がゾロゾロと出て来て、彼女を引き止めようとしたが、彼女は聞く耳を持たなかった。そして、二人と一匹は、そのまま真っ直ぐと輸送船の止めてあるエリアに向かった。

「それにしてもよ、こうもあっさり決断するなんて、やっぱり夢は捨てきれなかったってことか?。」

道すがら、海坊主が尋ねた。彼女は煙草をくわえながら、

「此処にいたって、夢は追えるわ。のろまだけどね。」

彼女は空を真っ直ぐ眺めながら答えた。海坊主は、自身の殺し文句が効いた訳では無いことに、少しガッカリした。

「じゃあ、何で?。」

「決まってるじゃない!。」

そういうと、彼女は海坊主の抱えてる猫を撫でた。

「この子ちゃんよ!。女には夢よりも、側で癒やしてくれる、そういうものが必要なの。」

彼女は蕩けそうな表情で、猫を愛撫した。

「ふーん、そういうもんかね。ま、何でもいいや。」

程なくして輸送船の前に着くと、海坊主はハッチを開けた。そして、みんなが乗船すると、一気に衛星から飛び立った。

「ま、中古の輸送船で手狭だが、我慢してくれ。あっちに着きゃ、パラダイスだからよ。」

海坊主はブリッジの状況を申し訳なさそうにいったが、

「全然。寧ろ快適なぐらいよ。研究者なんて、フィールドワークか穴蔵みたいな研究室に籠もって過ごすのが普通なのよ。」

彼女はそんなこと、全く意に介さなかった。そして、計器類を眺めながら、

「へー。凄い推進力、出てんじゃん。この船体とエンジンのキャパにしては上出来ね。」

と、カスタマイズされて性能が上がっているのに、すぐに気付いた。

「ああ。腕利きの機関士が弄ったからな。」

「でも、燃焼効率は、まだまだ甘いわね。無駄が多い。」

「へいへい。後で伝えとくよ。」

二人は船内の様子について語り合っていたが、

「ちょっと待って!。」

彼女があるものに目を留めた。

「嘘でしょ?。何で?。」

操縦席の上に置いてあった酒瓶に、彼女は釘付けになった。そして、躊躇無く瓶を手に取ると、

「いい?。」

と、振り向きざまに、海坊主にたずねた。

「お嬢ちゃん、そいつはいけねえ!。そいつはオレの栄養剤だ。」

海坊主は慌てて瓶を奪い返そうとしたが、彼女は酷く抵抗した。

「やだやだーっ!。雉のマークの十二年もの、飲ませてくれなきゃやーだーっ!。」

若いくせに銘柄まで知ってるのかと、海坊主は少し感心した。

「しょうが無えなあ。」

そういうと、海坊主はグラスを二つ出して来た。

「やったー!。」

彼女は上機嫌で琥珀色の液体をグラスに注いだ。

「お嬢ちゃん、待ってな。今氷を・・、」

というが速いか、彼女はグラスを一気に仰いだ。

「ぷはーっ!。美味えーっ!。」

「おい!、そんな飲み方するもんじゃ・・、」

海坊主の懇願虚しく、彼女は次から次に、グラスをストレートで仰いだ。

「嗚呼、オレのワイルド・・、」

そういいかけたとき、

「ペシッ!。」

海坊主は思いっきり平手で頭を叩かれた。

「何をしみったれたこといってんの!。こーいう美味い酒は、一気に味わうものなのよ!。」

そういうと、さらに平手で男の頭を叩いて、高笑いを始めた。

「・・・こいつ、ヘビースモーカーで、酒乱だぜ。」

男は猫に泣き言をいいつつ、ちびちびとグラスを仰いだ。


「かはははは!。」

彼女は高笑いしながら、ボトルを一本空にした。操縦席を離れ、男はブリッジの隅っこで彼女の視界に入るのを避けながら、猫と抱き合っていた。

「お姉ちゃん、怖いね。」

「ニャ・・、」

猫が鳴きかけたとき、男は猫の口を手で覆った。

「ん?、そーいえば、トモちゃんとハゲ親爺、いねーなあ・・。」

男は、どうか見つかりませんようにと、窓から宇宙を見ながら祈った。すると、

「グー、ガー・・・。」

ブリッジが急に静かになったと思ったら、彼女は仰向けになりながら高いびきをかいていた。男は恐る恐る彼女に近付き、

「よっしゃーっ!。寝落ちちゃってるぜ!。」

と、猫を抱きしめながら歓喜した。男は猫の敷布用の毛布を広げると、そっと彼女にかけた。そして、

「よし。このままジャンク星まで直帰だ。」

そう小声でいいながら、空になった酒瓶を悲しげに眺めつつ、猫と一緒に一寝入りした。ブリッジ内は静まり返り、みんな寝入った頃、自動モニターが作動した。

「緊急ニュースです。今日、学術都市惑星に、税関職員を名乗り、重要機密情報を知る人物を拉致して、そのまま逃走するという事件が起きました。なお、侵入の際に残されたIDから、元税関職員の男が特定され、そのまま逮捕・連行されたとのことです。」

その映像には、連行される男の様子が映っていた。そして、両脇を抱えられながら、

「テメー!、覚えてろよーっ!。」

と、悲痛な叫び声を上げ画ながら、報道のカメラを睨み付けていた。そんなこととは露知らず、海坊主は空瓶を片手に悲しげに、そして、猫は男の腕で心地よさそうに眠っていた。

「ピピピ。間もなく、ジャンク星領域。」

自動音声で、男は目覚めた。そして、腕の中で寝ている猫をそっと横の椅子に置くと、

「よし!。まだ寝てやがる。」

と、彼女が寝ていることを確認して、操縦席に着くとドッキングの準備をした。

「そっと。そーっと。」

男は細心の注意を払って、まるで鳥の羽が地面に落ちるかの如く、フワッとドッキングベイに着陸した。そして、手動でゆっくりハッチを開けた。

「よう、お帰り。」

キタさんと油まみれの男性が出迎えに来た。

「で、首尾は?。」

「ふーっ。散々だったぜ。」

海坊主はそういうと、葉巻をくわえて、親指で後ろの輸送船を指差した。

「ん?、何かいるのか?。」

「ああ。気をつけろよ。」

キタさんと男性は、恐る恐るハッチを登っていった。すると、

「んー・・・。」

頭を抱えながら、一人の女性がふらつきながら船から降りてきた。

「よう、この子は一体・・、」

と、男性は大声で海坊主にたずねた。すると、

「ドカッ!。」

と、彼女は男性を蹴落とした。

「頭痛いんだから、大声出さないでっ!。」

転がり落ちた男性は、呆気に取られて彼女を見上げた。その横で、キタさんは軽く両手を挙げながら、愛想笑いするのが精一杯だった。そして、

「あの、お嬢さん、どちらから?。」

と、キタさんがたずねた。

「ん?。学術都市衛星よ。あ、そうだ。荷物お願い。」

そういうと、彼女は頭を抱えながらキタさんにキャリーバッグを運ぶように半ば命令した。

「はいはいーっ。」

キタさんは、海坊主のいいつけ通り、彼女に逆らわずにいうことを聞いた。

「よう。まずはバーに寄るかい?。それとも、建造船の所までいくかい?。」

男性は海坊主にたずねた。

「ああ、軽く腹ごしらえするか。ただし、アイツに絶対飲ませるんじゃ無えーぞ!。いいな!。」

海坊主は男性に小声で懇願した。

「ああ。死んでも飲ませねえよ。」

と、男性は転げ落ちた際にしこたま強打した腰を摩りながらいった。

一行は、バーに着くと、出迎えを受けた。

「いらっしゃい。」

「よう、ママ!。ただいま。何でもいいから軽く食えるもん、頼むよ。あと、この子には、目の覚めるよーなドリンクを、くれぐれもノンアルで頼む。」

「あいよ。」

四人はテーブル席に着いた。

「で、このお嬢さんは、どちらさんで?。」

「ああ。例の燃料に詳しい研究者さんだ。」

「へー。研究者って、女かい?。」

「まあな。だが、すげーぜ。研究の腕も、飲みっぷりも。」

男三人の横で、彼女は相変わらず、頭を押さえて唸っていた。

「あいよ。お待ちどう。」

ママが軽食類とドリンクを持って来た。

「よう。これ飲んで、目え覚ましな。」

海坊主に進められて、彼女はドリンクを一気に飲んだ。そして、

「ふーっ。あれ?、此処、何処?。」

彼女は覚醒した。

「あら、やだ!。アタシ、何してんの?。」

そういって、男三人の顔を代わる代わる見た。すると、

「ニャーオ。」

男が抱えていた猫が鳴き出した。

「あ!、トモちゃん!。」

彼女は少しずつ状況を思い出していった。


そして、目の前にいるスキンヘッドの男が葉巻をくわえているのを見て、彼女も胸ポケットからタバコを取り出した。そして、火を着けるとプカプカと吸い始めた。

「あー、アナタ確か、海坊主さん・・ね。」

「はい。その通りです。何でも運び屋の海坊主です。」

そういうと、男は改まってお辞儀をした。そして、他の男と達に自己紹介するように促した。

「あ、ジャンク屋です。」

「えー、キタです。」

二人は彼女の酒が本当に抜けてるのかと恐る恐る思いながら、作り笑顔で挨拶した。

「ちょっと待って。アナタ確か、研究機関に・・っていってたわよね?。此処、どー見ても、バーじゃない?。しかも、この星系、スクラップ工場にしか見えないんだけど?。」

彼女は酔っ払う前に男がいった言葉を思い出した。

「はは。此処は施設にいく前の腹ごしらえの場。まずは栄養補給を。ね。」

「ま、それもそうね。じゃ、いただきまーす。」

彼女は気を取り直して、運ばれてきたピザやポテトにがっついた。男は二人に目配せして、一緒に食べるように促した。

「いただきまーす。」

「いただきまーす。」

「ニャーオ。」

男は猫を床に下ろすと、ポケットから猫缶を取り出して蓋を開けた。

「お前はこっち。」

腹ごしらえが済むと、四人は建造中の船が置かれてある倉庫に向かった。

「へへ。アンタが彼女を迎えにいってる間に、枠組みは仕上がったぜ。」

そういって、油まみれの男性は倉庫のシャッターを開けた。

「ゴゴゴゴ。」

其処には、小型船のカテゴリーぎりぎりの輸送船が建造途中だった。

「ほう。思ったより、早えーな。」

海坊主は、フレームに触りながら上機嫌になった。

「一応、こいつを二機搭載するから、どうしてもケツデカにはなっちまうけどな。」

キタさんが、船体後部の構造がどうしても幅広になってしまうことを付け加えた。

「これこれ、キミたち。レディーの前で、ケツはいけませんよ。」

そういいながら、海坊主は抱いている猫が喋ったかのようにアテレコをした。しかし、彼女は倉庫に着いて以降、まだ怪訝そうなままだった。

「何か、どー見ても屑鉄を集めた修理工場にしか見えないんだけど・・。」

男の言葉がまだ信じられない彼女に対し、

「じゃあ、これを見ても、そう思うかね?。」

といって、海坊主は彼女を巨大戦艦のエンジン二機の前に連れていった。

「いいかい。こいつはホンマもんの戦艦のエンジンだ。これを、あっちで建造中の船に積み込む。すると、船内のスペースはエンジンで一杯になっちまうよな。オマケに、燃料のスペースが、物理的に足りねえ。ただし、常識的な物理の範囲では・・だ。いってることが解るな?。」

そういうと、海坊主は近くにあるPCのモニターに、建造中の船とエンジンの設計図、そして完成予定の船体をディスプレーに表示した。ボディーは淡い黄色一色で統一されていた。

「へー、これかあ。いいセンスしてるけど、確かにスペースは足りないわね・・。」

彼女は搭載予定のエンジンの構造と、船体の構造図をしげしげと眺めた。

「ところでお嬢さん。エンジンは円錐形だから、それを船内に埋め込むと、前方にブリッジと乗組員のスペースが僅かに設けられる。そして、後部の上と下に、くさび型のスペースが二箇所出来る。その一方が貨物ルームで、残りが燃料スペースってなる

訳だけが、それで足りるかね?。」

そういって、男はエンジンを搭載した際の、空きスペースをディスプレーに表示した。彼女はそれを見ると、顎に手を当てて振り返った。

「ふふふ。余裕ね。仮に、このスペースに圧縮燃料を搭載した場合、飛行時間はどれぐらいだと思う?。」

彼女は不敵な笑みを浮かべて、男達に尋ねた。

「まあ、同型のエンジンを戦艦が搭載して航行した場合、全速力で二週間、通常速度で二ヶ月ってとこか?。」

「甘い甘い。」

男の回答を、彼女は一蹴した。

「ま、ざっと計算して、通常航行だと四十年は飛べるわね。」

「よ、四十年?。」

三人は目を丸くした。

「いい?。分子間距離には、まだまだ無駄が多い。原子一粒に至っては、さらに無駄なスペースがある。それを縮めて収納するんだから、スペースさえあれば無尽蔵に圧縮は可能よ。問題は、その取り出し方。当然、それが開発出来るだけの環境なり材料は、あるんでしょうね?。」

彼女は海坊主に詰め寄った。困り顔の海坊主は、油まみれの男性を肘で突いた。

「あ、ああ。一応、何がいるか解らなかったから、必要と思える素材は、こっちにまとめといたぜ。」

そういうと、男性は倉庫の横のドアを開けた。すると、其処はもう一つの倉庫に繋がっていた。そして、棚には様々な星々から集められた、正体不明のマテリアルがずらっと並べられていた。それを見て、彼女の目が輝いた。

「ちょっと待って!。こんな金属、一体、何処からどうやって・・。」

男性は鼻の下を人差し指で擦りながら、

「はは。此処はジャンク星だぜ!。どんな素材でも、じゃんじゃん持ち込まれるさ!。」

と、得意げに答えた。彼女は夢中になって、全ての素材を手に取っては眺めて確かめた。


 真剣に金属の素材を次々に手に取る彼女を見て、

「どうした?。そんな真剣な顔して。」

と、海坊主がたずねた。

「圧縮燃料をね、再び解放する際にもの凄いエネルギーが放出されるの。それを受け止める素材がどうしてもいるんだけど、大抵の強化金属じゃ熱で溶けちゃうの。かといって、他の非金属の素材だと強度が足りない。なので、宇宙に僅かにしか無い稀少金属が必要になるんだけど、これ、何?。稀少金属の山じゃない!。」

彼女はまるで湯気でも吹き出るかのように興奮した。

「じゃあ、こいつが在りゃあ、燃料の再膨張タンクは製造可能ってことか?。」

「いや、まだよ。プラントが要るわ。これを溶かして精製して、組み立てる場所が要る。」

彼女は鉱石を手にしながらいった。すると、

「プラントなら、あっちに幾つも浮かんでるぜ!。」

そういって、窓の外を指差した。其処には、人工の小惑星が幾つも浮かんでいていた。

「えーっと、第三、第四、第七、第九衛生は、全部金属加工のプラント衛星だ。」

それを聞いて彼女は鉱石を放り投げて、窓に齧り付いた。

「マジ?。じゃあ、そのまま、もう作れるじゃない!。」

と、彼女がいった途端、

「ドカーン!。」

目の前で一つの衛星が爆発した。

「何だ?、今のは?。」

「はは。溶鉱炉のプラントが吹っ飛んじまった・・な。まあ、混じりもんの金属を溶かし間違ったら、たまにあることさ。」

海坊主の問いに、油まみれの男性は答えた。彼女は眉間に皺を寄せながら、

「・・・大丈夫なの?。」

と、振り返りつつたずねた。

「ああ。代わりはいくらでもあるからな。じゃあ、早速必要な素材をピックアップしてくれや。あっちへ運んで、精製と成型するからよ。」

安全性は皆無に等しかったが、段取りの速さだけは見事だった。彼女の指示通りに四人が必要な素材をドンドン選んで運び出すと、プラント衛星まで小型艇で何往復もして運んだ。その間、彼女は事務所に籠もってPCと睨めっこしながら燃料タンクと噴出部分の設計図を作った。男共は運び出しが終わると、再び船の建造に取り掛かった。昼夜を問わず、四人は懸命にそれぞれの作業をこなした。そして数週間後、

「うーん、船体の外観は、ほぼ出来上がったなあ。じゃあ、ぼちぼちエンジンを搭載するか。」

気の早い海坊主が提案した。

「バカいえ!。こんなドデカいのを先に積んじまったら、燃料タンクはどうするんだ!。それに、ブリッジの設営もまだ全然だぜ。」

キタさんが、そういって宥めた。そこへ、

「はーい。皆さん、お待たせえ。」

と、目の下のクマが出来た彼女が、白衣姿でやって来た。

「出来たのか?、設計図。」

海坊主がたずねると、彼女は右手の親指を立てた。

「よし!。早速製造だ!。」

そういった途端、

「ドタッ!。」

彼女は床に崩れるようにして倒れた。

「あーりゃりゃ。寝不足が祟ったな。おい、その辺に寝かせて、毛布でもかけてやれよ。」

海坊主はそういうと、彼女が完成させた設計図をダウンロードして、男三人でプラント衛星に向かった。

「おい、このμ値って、何だ?。」

「uの印字が潰れたんじゃ無えか?。」

設計図のディスプレイを見ながら、海坊主とキタさんが話している内容を聞いて、油まみれの男は次第に青ざめていった。

「飛ぶ前に潰れる。絶対・・。」

男はそう思ったが、口には出さなかった。それからさらに数週間、復活した彼女も助言しながら、燃料タンクは何とか完成した。

「信じられないわね。普通なら、素材開発とその認証、製造理論の確認、そして製造許可と正常試験で何年もかかるのに。」

出来上がったタンクを前に、彼女は腕組みしながらしみじみといった。

「はは。だから役所仕事はダメなんだ。鮮度が落ちて、みんな老いちまわ。さーて、こいつを運んで、早速取り付けるか。」

いうが早いか、四人は出来上がった燃料タンクを小型船で牽引しながら、倉庫までは混んだ。気がつけば何ヶ月も寝食を共にするうちに、完璧な連係プレイが確立していた。

「オーライ、オーライ。よし!。」

クレーンと輸送台を器用に使って燃料タンクを完成間近の船に積み込むと、取り付け作業にかかった。そして、配線の接続を終えると、最後に巨大なエンジンを二機、後部から押し込んで搭載した。

「どうだ!。予定通り、ピッタリだろ!。誰が見たって、外観は小型船だぜ。」

「そりゃそうよ。アタシがちゃんと内部を設計したんだから。」

海坊主と彼女は互いに手柄を譲らなかった。

「で、こいつをいつ飛ばす?。」

油まみれの男性がたずねた。

「組み上がったら、即だ。」

「ちょーっと待って!。性状試験はともかく、試運転は?。」

流石に、見切り発車の海坊主に、彼女が諫めた。しかし、

「アンタ、自分の研究と理論に自信は?。」

そういうと、海坊主は葉巻をくわえながら躙り寄った。

「・・あるわよ。」

「じゃあ、そういうことだ。」

彼女の返事に、海坊主は肩をポンと叩いて接続の最終準備にかかった。かつて無いほどの危険な装置の組み上げが、かつて無い速さで行われた瞬間だった。


 その後は突貫工事で、急速に建造船は形を成していった。男達はクレーンやアームロボットを駆使し、溶接は全て手作業で行った。エンジン部分の微細な構造は彼女が担当した。エンジン内壁の金属組成と接合部に理論値の乱れが無いかを、逐一チェックしては次の工程に移った。そして、

「よーし!。外観はこれでほぼ完成だ。塗装にかかるか。」

そういうと、海坊主は何処から調達してきたか解らない大量の缶を倉庫内に運んできた。

「パカッ。」

感の中身は全て黄色の塗料だった。

「ねえ。一つ聞いていい?。」

「何だ?。」

彼女が尋ねた。

「何で黄色なの?。」

「こいつは幸運を呼び込む色なんだとよ。昔、占いの本で見たことがある。だからよ、こいつで統一するんだ。」

そういいながら、葉巻に火を着けようとしたとき、

「バカヤロウ!。」

と、キタさんがあわてて海坊主から葉巻を取り上げた。

「塗料は揮発性だ!。今、火い着けてみろ。みんな吹っ飛んでお陀仏だ!。」

「そ、そうなのか?。そいつは済まなかった・・。」

男は恐縮して詫びた。

「よーし、準備はいいか?。じゃ、いくぞ。」

全員、刷毛を持たされて、一斉に塗装にかかった。みんな何時間も、ただただ黙々と外壁を黄色に塗っていった。そして数時間後、

「ニャ〜。」

倉庫内にいた猫が奇妙な声をあげると、ふらついた足取りで外に出ていこうとした。

「お?。どした?。」

異変に気付いた油まみれの男性が猫に近付いて、自身の足取りがおかしいのに気付いた。

「おい、何だよ?。」

それに気付いたキタさんが、男性を助けようとして蹌踉めくと、

「どしたどした?。」

と、海坊主が駆け寄る寸前に、足を絡めてぶっ倒れた。

「あーらら。」

床に大の字になっている男三人を尻目に、

「何で換気ってことを知らないのよ!。」

と、彼女は窓の当たりに近付いたところで、そのまま倒れ込んだ。辛うじて外の空気を吸ってきた猫が戻って来て、倒れてる四人を猫パンチで起こそうとしたが、みんな極楽気分になったまま、起きようとはしなかった。数時間後、

「んー、何か光ってるぜ!。」

海坊主が目を覚ました。

「おー、光りだ!。」

「ああ。光りだ!。」

「光りよ!、光!。」

男の声に釣られて、みんな一斉に目覚めると、窓の方を向いて恍惚の表情になった。

「神の啓示だ!。我々は到達したんだ!。おお、神よ!。」

みんなの目には涙が溢れていた。

「ニャーオ!。」

猫が心配して鳴き声を立てたが、誰も聞く耳を持たなかった。狭い空間で大量の有機溶媒でラリった連中が、その後、正気を取り戻して作業を開始するのに大幅な遅れが出たのは、いうまでも無い。

 全ての配線と塗装が終わり、彼女は腕組みをしながら満足げに船体を眺めた。

「来てすぐに、此処はゴミの山だと思ったけど、まるで宝の宝庫ね。しかも、夢を紡ぐ宝の宝庫。」

「まあ、無いものは無いからね。此処は。」

油まみれの男性もそういいながら、出来上がった船体を満足げに眺めた。

「ははは。神様の姿が見えなくなるまで大変だったが、これで船出に漕ぎ着けたな。」

海坊主は、辺りに蓋の開いた缶が無いことを確認すると、葉巻をくわえて火を着けた。

「ちょっと待って。アナタ達、まさか、もう飛べるってお思って無いわよね?。」

「何でだ?。燃料積みゃ、後は飛ぶだけだろ。それが船ってもんだ。」

彼女は頭を抱えながら、壁際に置いてあった駒つきのホワイトボードを運んできた。

「はい。アナタ達、そこ座って。」

「何をするんだ?。」

「いいから、座って!。」

彼女は急に険しい顔で、男共をボードの前に座らせた。

「いい?。この船が飛ぶにあたって、大きな問題が三つあるの。一つは前からいってる燃料再膨張の制御。その理論と正確な数値を弾き出す必要がある。今から簡単な物理の質問をするから答えてね。」

そういうと、彼女は授業差ながら、男共に質問を浴びせた。結果は惨憺たるものだった。

「アナタ達、本気でこんなのを飛ばすつもりだったの?。信じられない!。」

「面目無え・・。」

海坊主とキタさんは頭を掻きながら顔を見合わせた。

「じゃあ、次。燃料を上手く噴射出来たとして、そのスピードはかなりのものよ。でも、この船の全長だと、全速力での姿勢制御はまず無理よ。振動が半端ない。一歩間違ったら、操縦桿を持ってかれるわ。」

すると、

「それなら一応、心当たりはあるよ。すげー腕利きのパイロットがいるんだが、そいつに操縦させれば、な。」

キタさんが、そう答えた。

「じゃあ、それはクリアと。で、三つ目が超高速で飛んだ場合、瞬時にナビを行う必要がある。既存のナビシステムでは無理ね。このサイズの船が、そんな速さで飛べるなんて、誰も思って無いから。」

「ははは。そいつは心配要らねー!。オレ様の此処に、全てインプット済みさ!。」

そういうと、海坊主は人差し指で自分の頭を指した。

「OK。じゃあ、パイロットが見つかって、発進後のナビも問題無し。残るはエンジンの出力調節ね・・。」

そういいながら、彼女は何か考えているようだった。


 海坊主は、彼女の機嫌を損ねないように、そっとたずねた。

「あの・・、何かお考えですか?。」

彼女は何もいわずに、煙草に火を着けた。

「ふー。アナタ達のキャリアは認めるけど、宇宙物理に関する知識は、さっき拝見した通り、絶望的ね。となると、残る手段は、アタシが乗って、その都度制御するしか無いわね。」

「えー!。」

「えー!。」

海坊主とキタさんは、否定的な相づちをハモって唱えた。

「何が、えーよ?。こんなの制御もせずに飛び立ったら、数秒で木っ端微塵よ!。破片も数光年に飛び散るわ。そうなってもいいの?。」

「いや、それは困るんだが、男ばかりのむさ苦しい船に、若い女性を乗船させるのも何ですし、何より、お嬢さん、お酒は船内では・・、」

「当然、飲むわよ。酒無しで、長旅なんかやってられないわ。」

それを聞いて、海坊主とキタさんは肩を落として溜息を吐いた。酒乱の彼女ほど、凶器なものは無かった。

「ま、いざとなりゃ、酒は隠しゃあいい・・。」

「だな。」

キタさんは海坊主に耳打ちした。

「それはそうと、パイロットは?。」

そういえば、海坊主もその情報は途中までしか聞いていなかった。彼女と海坊主は揃ってキタさんの顔を見た。

「あー、それなんだが、一応、それらしい情報は掴んだんだが・・。」

「煮え切らねーなあ。」

「ヤツは、船を下りてる。久しく操縦桿も握ってねえらしい。今、コロッセオ星でファイターとして日銭を稼いでるんだとか。」

「コロッセオ星かあ。懐かしいなあ。よし、すぐ出発だ!。」

海坊主はキタさんと出航の準備にかかった。

「アタシも・・。」

と彼女がいったとき、キタさんは止めた。

「やめときな。アソコは荒くれ者の溜まり場だ。」

「あら。上等じゃない。もし、そのパイロットさんがOKしたとき、エンジン出力と船体制御の理論を、誰が説明するの?。アナタ?。それともアナタ?。」

二人は返す言葉が無かった。

「はい、決まり!。レッツゴー!。」

三人は船に乗り込むと、コロッセオ星に向かった。ジャンク星からはそう遠く無い星団に、その惑星はあった。格闘の猛者が移住し、日夜戦いの様子を放映することで、その星の経済は成り立っていた。故に、腕に覚えのある連中が押しかけては、一攫千金を夢見て戦いに挑んだ。しかし、その殆どはトーナメントに出ることも無く、短い最後を終えるか、周辺の飲み屋街の地下格闘でしのいでいた。

「相変わらず、入港チェックすらしねえなあ。」

例え無法者であっても、この星では強き者が富を得る、そういう理念で成り立っていた。故に、軍や公安関係者以外、来る者は拒まず、去る者は追わずだった。

海坊主は近くのバージに船を着けると、早速惑星内の飲み屋街へ向かった。

「何、此処?。全部飲み屋じゃない!。」

「ああ、そうさ。それがこの星の娯楽であり、そして、誇りでもある。そういう星だ。」

彼女の問いに、海坊主はかつて知りたるこの星の掟を教えた。そして、その中でも一際大きなドーム状の酒場を見つけると、

「よう!。」

と、海坊主は颯爽と入っていった。

「お!。オメエ、生きてたのか!。」

初老のマネージャー風の男が、出迎えた。

「しばらくだったなあ。ところで、まだ組めるかい?。」

海坊主は、初老の男にマッチメイクを依頼した。

「オメエ、まだやるのか?。」

「あたぼうよ!。」

初老の男は自分とさして年齢の変わらない海坊主の体を気遣ったが、そんなの何処吹く風で、海坊主の目は既に覚醒していた。そして、

「掛け金なら此処にある。」

そういうと、上着の胸ポケットから札束を取り出して、男に手渡した。

「よし、解った。ランクはどの辺りに入れるね?。」

「勿論、メインだ。」

「おい、気は確かか?。メインといえば、現役チャンプも顔を出すポジションだぜ。」

「結構!。何でもいいから、今日からじゃんじゃん試合を入れろ。客が入りゃあ、オメエも儲かるだろ。暫く厄介になるぜ。」

こうして海坊主は、三人の滞在場所とその費用と引き換えに、この酒場で試合の専属契約を交わした。

「ねえ。あんなこといってるけど、大丈夫なの?。彼。」

「ははは。あれはただの船乗りじゃ無え。拳闘の腕はピカイチさ。」

「どうだか・・。」

彼女は半信半疑で話を聞いていたが、日も暮れた頃になると、

「よう。海坊主が戻って来たんだって?。」

「おう。海坊主様の登場かよ!。」

「海坊主、万歳!。」

彼の噂を聞きつけた年配の客達が、次々と集まってきた。立ち所に、場内は満員になった。程なくして、前座の試合が始まり、様々な格闘スタイルの選手達が名誉をかけて戦いに挑んだ。次第場内はヒートアップし、いよいよメインイベントになった。

「えー、本日のメインイベント、挑戦者は我らが古き良き仲間、ミスター海坊主っ!。」

彼のコールを聞いた観客達は、一斉にどよめいた。

「おーっ!。」

「おーっ!。」

「おーっ!。」

そして、スポットライトを浴びながら、客席の間を海坊主が悠々と歩いてきた。


 海坊主はガウンを脱ぎ去ると、見事に鍛え上げられた上半身を晒した。

「へー。あの歳にしては、似つかわしくない体ね。」

彼女は、予想外に感心した。

「対するは、我らがチャンプの登場っ!。」

場内アナウンスに、完成が一際ヒートアップした。

「うぉーっ!。」

何と今日のメインイベンターは、元現役のチャンピョンだった。

「ねえ、嘘でしょ!。あのチャンプなら、アタシだって見たことあるわよ!。」

「はは。久しぶりに、こりゃ、やべーかもな。」

彼女の心配に、キタさんは茶化したように答えた。

「ま、正規のファイトマネーじゃ食えねーってことだろ。此処じゃあザラさ。」

そうこうしてるうちに、海坊主とチャンプは中央のスペースで対峙した。たっぱは海坊主の方があったが、元現役チャンプは体の分厚さが数段上だった。二人はノーグローブでスタンスを取った。

「カーン!。」

開始のゴングと同時に、チャンプが襲いかかった。海坊主はスウェイしてパンチをかわすが、ほぼ全てのパンチを食らっていた。観客も、一方的なタコ殴りに、次第に歓声を上げなくなっていった。

「見てられないわ!。タオルよ、タオル!。」

彼女がそういうと、

「まあ見てな。今に解る。」

キタさんは、彼女を制した。すると、猛ラッシュをかけたチャンプが、直ぐさま疲れだした。対する海坊主は、あれだけパンチを食らっていたのに、汗一つかいていなかった。そして、今度はチャンプのパンチ三発に対し、海坊主のパンチが一発、二発に対して一発と、逆に海坊主のパンチが、数は少ないながらも、油断していたチャンプの顔面を的確に捉え始めた。

「何?、何が起きてるの?。」

「ヤツの足首を見な!。」

キタさんのいう通りに、彼女は海坊主の足元を見た。なんと彼は全てのパンチを、くるぶし一つ分ずらすことで、芯から外していたのだった。

「此処だけの話だが、ヤツは地球人の骨格じゃ無え。手足の関節が余計にあるんだよ。」

静まり返っていた歓声が、再び湧き始めた。今度はチャンプの手数より、海坊主の方が増していった。しかも、ガードの隙を突いて、チャンプの中心線のみを打ち抜いた。そして、チャンプがグロッキーになりかけたとき、

「パシッ!。」

と、海坊主のフックがチャンプの顎先を捉えた。

「グシャッ!。」

チャンプは膝から崩れ落ちた。

「うぉーっ!。」

「うぉーっ!。」

「うぉーっ!。」

場内は大歓声に包まれた。ロートルの男がチャンプを倒した瞬間だった。

「馬鹿ヤローっ!。金返せーっ!。」

最も手堅いオッズが、海坊主の勝利により、大番狂わせになった。場内は騒然とした。すると、人をかき分けながら、海坊主がキタさんの所にやって来た。

「ちゃんと賭けといたか?。」

「ああ。バッチリな。」

キタさんは、密かに海坊主に賭けていた。ファイトマネーとは別に、一夜にして大儲けをしたのだった。場内でもみくちゃにされながら、マネージャーが三人の所に駆け寄ってきた。

「何てことをしてくれるんだ、チキショー!。ははは。見ろよ、この歓声!。大当たりだぜ、この興業は!。」

そういうと、マネージャーは海坊主とガッチリ握手を交わした。

「さーて、引き上げだ。」

そういうと、海坊主は二人を連れ立って、外へ出た。

「アナタ、やるじゃない!。」

「はは。まーな。これが本来の力ってヤツさ。」

「じゃー、これから祝杯を・・、」

彼女が気を良くしてそういうと、海坊主とキタさんは顔を見合わせた。そして、

「あ、そうだ。オメー、アイシングしなきゃ、顔が腫れ上がって、次の試合が出来なくなっちまうぞ!。」

と、キタさんは彼女に気付かれないように、海坊主にウィンクした。

「・・・あ、ああ、そうだった。痛ててて。顔面じゅうが痛くなってきたぜ。」

キタさんの合図に、海坊主も一芝居打った。

「よし、今日は宿でお休みだあ!。」

そういうと、キタさんは海坊主に肩を貸しながら、労るようにして宿へ消えていった。その様子を、彼女は呆気に取られて見ていた。仕方が無いので、彼女は近くの自販機で酒でもと、小銭を出そうとしたその時、

「お嬢さん、こいつはお疲れみたいだし、くれぐれもお酒は控えて・・ね。」

と、キタさんは彼女に拝むように頼んだ。

「もう。仕方ないわね。これあげるから、飲んだら大人しく寝てなさい。」

「何すか?、これ?。」

彼女が差し出した錠剤のようなものに、キタさんは興味を示した。

「ふふ。発売前の回復薬よ。未承認だけど。」

流石は研究者と、キタさんは感心した。

「これ飲めば、小一時間で疲れなんか吹っ飛ぶわ。」

「ってことは、飛ぶ薬?。」

「バカ!。疲労物質を分解するの!。非合法薬と一緒にしないで!。」

二人の会話を他所に、海坊主はその錠剤を一粒飲んでみた。


「ん?、んん?。」

海坊主は、見る見る疲労が回復した。

「おー!。こいつは凄えーや!。」

海坊主はハッスルし始めた。

「よーし。今から呑みに繰り出すぜーっ!。」

「イエーイ!。」

彼女は同調したが、キタさんは絶望的な顔になった。三人は試合場を併設した小さな飲み屋に入ると、

「おーい。何でもいいから酒持って来てくれー!。」

というと、ファイトマネーで景気よく飲み始めた。仕方なく乾杯したキタさんだったが、一杯引っ掛けながら、

「で、これからどーするよ?。」

と、上機嫌な海坊主を見た。

「このまま勝ち続けりゃ、注目度は勝手に上がる。相手を探す手間も省けるって寸法よ。」

「ほう。なるほどな。」

「へー。考えてるじゃん。確かに今日は勝てたけど、連勝は流石に無理じゃ無いのお?。」

キタさんは感心したが、彼女の科学的な視点は冷静だった。

「お嬢さん、アンタの薬がありゃ、当分は負け無しさ。ちょいと見てな。」

そういうと、海坊主は横で試合をしてる連中に声をかけた。

「おい、其処の二人。そんなチンタラ試合して無えで、オレと勝負しな!。勝ったら有り金全部やるよ。」

「何だ?、テメー!。」

二人は喧嘩を売られたと思い、海坊主に食ってかかった。

「二人いっぺんでもかまわねーぜ!。」

そういうと、海坊主はリングに上がって、早々殴り合いを始めた。若者二人相手ではあったが、勝負は海坊主の圧勝だった。すると、

「誰だ!。オレの酒場で余計な真似しやがるヤツは!。」

この酒場のマスターが怒りだした。当然、観衆もオッズが台無しになって、店中大騒ぎになり出した。

「ドカーン!。」

「ガシャーン!。」

椅子は飛ぶわ、ガラスは割れるわ、大変なことになり出した。

「おー!。調子が出て来たぜっ!。」

海坊主はリングに登ってくる観衆を、次々と打ちのめした。

「あーあ。知らねーぞ、オレは・・。」

キタさんは飛んでくる物をかわしながら、ちびちびと飲んだ。

「ガンッ!。」

「痛ってーな、コノヤローっ!。」

彼女は頭に飛んできた何かにキレて、騒乱の渦中に飛び込んでいった。そして、大乱闘の最中、ベージュのスーツを着た角刈りの男が、つかつかとリングに駆け上がると、後ろから海坊主の方をポンポンと叩いた。すると、

「バキッ!。」

振り向きざまに、彼の顔面にパンチをお見舞いした。

「うっ。」

海坊主は一瞬怯んだが、体制を立て直すと、ガードを固めて低い姿勢から鋭くジャブを打ち出した。しかし、一瞬でかわされると、

「バキッ!。」

と、海坊主は再びパンチを食らった。

「うらーっ!!。」

逆上した海坊主は一気に殴りかかろうとしたが、角刈りの男は海坊主の軸足のつま先を踏んで、身動きが取れないようにした、そして、海坊主の全てのパンチをかわしながら、

「バキッ!。」

「バキッ!。」

「バキッ!。」

と、連打をお見舞いした。血飛沫を上げながらグロッキーになった海坊主を見て、場内が騒然となった。

「ああ。もういい。ご苦労さん。」

そういうと、マスターは角刈りの男に現金を手渡した。彼はこの店の用心棒だった。

「あの男、確かどっかで・・・。」

キタさんは、どうやら男に見覚えがあるようだった。そして、リングに駆け上がると、

「全く。調子に乗るからだよ。」

そういうと、コーナーで項垂れてる海坊主を抱きかかえると、リングを下りた。

「あーら、タコちゃん。男前が台無しねー!。ヒクッ。」

彼女はすっかり出来上がっていた。ゾンビと酒乱を引きつれて、キタさんは引き上げようとしたその時、角刈りの男の後ろを、一人の男がついていって声をかけた。

「よう。汚ねえ真似するなあ・・。」

「何だ?、テメー。死にたいのか。」

角刈りの男は振り返った。ガッシリとした体格で、尋常じゃ無い目つきだった。退治する男は、黒の革ジャンに、リーゼント姿だった。

「死にたい・・ねえ。」

リーゼントの男はそういうと、胸ポケットからタバコを取り出して、吸い始めた。角刈りの男は、視線を逸らさず注視していた。煙草の灰が根元まで来た辺りで、リーゼントの男は煙草を床に捨てて、左足で火を消した。と、次の瞬間、

「パシッ!。」

目にも止まらぬ速さで、リーゼントの男は煙草を消した左を軸足に、円を描くように鋭く右フックをお見舞いした。すると、角刈りの男の鼻から鮮血が流れた。しかし、何事も無かったかのように、それを左手の指で拭き取ると、パンチを出すモーションに入った。しかし、

「パシッ!。」

再び、リーゼントの男のフックが的確に角刈りの男の鼻先を捉えた。

「遅せーよ。バーカ。」

すると、角刈りの男は一気に目を見開いて、

「ウォーッ!!。」

と雄叫びを上げると、サッとしゃがんでリーゼントの男の両足を諸手刈りで倒した。そして、横にあった椅子を手に取ると、倒れている男の顔面目掛けて一気に振り下ろした。と、その瞬間、

「グシャッ!。」

何と、キタさんが倒れてる男に覆い被さって庇った。椅子は粉々に砕け散った。木っ端が幾つも背中に突き刺さった。


角刈りの男はさらに別の椅子を取って、再びキタさんに振り下ろそうとした。と、その時、

「ドカッ!。」

と鈍い音と同時に、キタさんは男に足刀を見舞った。男は壁際まで吹っ飛んだ。

「おい、そいつを持ってくれ!。」

キタさんはリーゼントの男に倒れている海坊主を一緒に運び出すように頼んだ。そして、

「いくぞ!。」

と、男と彼女に店から逃げ出すようにいった。

「何何何?。」

彼女は酩酊状態だったが、キタさんは男と二人で海坊主を抱えつつ、彼女の首根っこを掴んで店を出た。

「こっちだ!。」

リーゼントの男が路地を曲がると、安宿が並ぶ界隈の一角にキタさんを案内した。そして、とある宿の入り口を潜ると、

「さ、こっちだ。」

と、男は半地下の部屋へキタさん達を迎え入れてドアを閉めた。

「アンタ、背中に木が・・。」

「オレはいい。まず、氷と水を用意してくれ。」

キタさんと男は、グロッキーになっている海坊主をソファーに寝かせると、男が持って来た水と氷をその辺にある袋に入れて、手際良く海坊主の頭をアイシングした。ついでに、彼女の頭に残りの氷水をぶっかけた。

「冷たっ!。」

彼女は一気に目覚めた。すると、

「なによ!、その傷!。」

彼女はキタさんの木っ端が刺さって血だらけの背中に青ざめた。

「待ってろ。今抜いてやる。」

男がキタさんの背中の破片を抜こうとしたとき、

「今抜くな!。血が止まらなくなる!。」

そういって、男を制した。そして、

「何でもいいから、強いめの酒を持ってきてくれ。」

言われるがままに、男はウォッカを持って来た。

「いいか?、お嬢さん。呑むんじゃ無えぞ。そいつを口に含んで、背中に吹きかけてくれ。頼む。」

彼女もいわれるがままに、ウォッカを口に含むと、キタさんの背中に霧状にして吹きかけた。

「プーッ!。」

「くーっ!、染みるなあ。ちょっとどいてな!。」

そういうと、キタサンは目を瞑って両手で円を描いた。そして、

「スーッ、ハーッ。」

と、呼吸を整えると、

「んっ!。」

と、両手の拳を握って背中に力を込めた。すると、

「ポロッ、ポロッ、ポロッ。」

と、背中に刺さっていた木片が、床に抜け落ちた。気合いを込めている間は、キタさんの背中からは血が一滴も出なかった。

「ハーッ。今のうちに、何でもいいから塗って貼ってくれ!。」

男は傷口に軟膏を大量に塗り、その上から絆創膏を貼ると、キタさんの上半身をサラシで撒いた。そして、彼の技に驚いて思わずたずねた。

「アンタ、何者だい?。」

「オレはキタって者だ。輸送船の機関士をしてる。訳あって、そこで寝てるそいつと、一緒に船に乗ることになってな。」

「そうじゃ無くって、何でそんな技持ってるんだ?。それに、あの角刈りの男とやり合うのを止めたろ?。あのまま続けたら、ヤバイって解ったからだろ?。」

「まあな。人間生きてりゃ、色々知ることもあるさ。アイツはただの用心棒じゃ無え。」

と、二人が話をしていると、

「ぶはっ!。野郎っ!。ぶちのめしてやるっ!。」

突然、海坊主が目覚めて暴れだそうとした。

「押さえつけろ!。」

キタさんは男と二人で海坊主を押さえた。そして、

「パシッ!。」

と、男は海坊主の顎先に軽くパンチを入れて、再び海坊主を眠らせた。

「助かったぜ。このまま起こしちまったら、腫れが引かねえからな。お嬢さん、すまないが、その辺で食い物買ってきてくれるかい?。」

キタさんはポケットからお金を出すと、まだ酒が抜けきれずにボーッとしている彼女に買い物を頼んだ。彼女が出かけると、

「有り難うよ。礼をまだいってなかったな。」

キタさんは自分達をかくまってもらった礼を男にいった。

「いや。それはいい。寧ろ、危ないところを止めてもらったのは、こっちだ。で、ヤツは一体、何者だ?。」

男は、さっきの続きを聞いた。

「あれは、武闘陣崩れよ。」

「武闘陣・・?。あの、大戦の決着を、各惑星領域から送り出された代表者同士で戦って決めたっていう、あれか?。」

「ああ、そうだ。」

かつて、宇宙の戦乱期に、互いの惑星からの犠牲者を無くすために、戦争では無く、定められたルールに則り、各領域が選んだ代表者によって雌雄を決するという取り決めが交わされた時代があった。その際、闘技方法を統一するために、一同が会して、その技を習得する場が設けられた。それが武闘陣の始まりといわれている。何世代にもわたって、その方式で宇宙領域の優劣を、犠牲を伴わない方法で決めることが出来たが、惑星の利害が絡んでいたため、送り込まれる代表者達は、選りすぐりの猛者達だった。そして、武闘陣で技を習得した者同士が戦ったが、そこに至るまでに、荒くれ者が故に、素行の悪さから追放される者も少なくは無かった。

「そうか・・。昔、噂には聞いていたが、そんなに強えーのか?。」

「オレだって、このザマだ。」

男の問いに、キタさんは自身の背中を親指で指した。

「蹴りを食らわすのが、精一杯だ。それに、其処に寝てるヤツあ、相当な腕なのに、歯が立たなかったろ?。」

と、キタさんが話したその時、

「歯が立たなかったからじゃ無え。オレが油断したからよ。それに、ヤツはオレと因縁がある。それを、ヤツは覚えてたんだろ・・。」

海坊主は少し前に起きて、二人の話を聞いていたようだった。


「起きてたのか?。もう大丈夫なのか?。」

キタさんが海坊主の様子を心配した。

「ああ。酒も抜けて、頭も冷えたよ。」 

氷の入った袋を頭に乗せながら、海坊主は続けた。

「武闘陣じゃ、ヤツはオレの下だったが、腕は図抜けて強かった。オレたちゃ三闘神と呼ばれて、武闘陣を仕切る立場にいたんだが、ヤツは事あるごとにオレ達に食ってかかってきた。素行も荒かった。技の鍛錬の場なのに、あるときアイツは、教官をぶん殴ってな。止めに入った他の教官達も、みんな伸しちまった。なので、オレがアイツと戦って、絞めた。そして、ヤツは武闘陣から追放された。」

そういうと、海坊主は袋から氷を一つ取りだして、口に放り込んで噛み砕いた。

「それにしても、オメエ、凄えな。アイツにパンチを二発も食らわすとは。オレが昔絞めたときも、真面に顔面に入ったパンチは無かったからな。」

そういうと、海坊主は袋を頭から下ろして、男の顔をしげしげと見つめた。

「オメエ、ひょっとして、元パイロットか?。」

男は驚いた表情で、

「ああ、そうだ。何で解った?。」

「目だ!。そして何より、機敏な身のこなしと瞬発力。」

「昔の話だ。」

海坊主の推理を快く思わなかったのか、男は立ちあがると煙草を吸い始めた。すると、傷の癒えたキタさんも、男の顔をしげしげと眺めた。

「アンタ、ひょっとして大御所(おおごしょ)か?。試作機パイロットやってた・・。」

その呼び名を聞いて、男はキタさんの顔を眺めた。

「そのあだ名を知ってるのは、軍のヤツだけなんだが・・。」

「ああ。確かにオレも、昔軍にいた。そうか!。こいつは探す手間が省けたぜ!。」

そういうと、キタさんは海坊主にあらためて男のことを紹介した。二人は諸手を挙げて偶然を喜んだが、男の顔は曇っていた。そして、海坊主が新造船のパイロットを探していることを伝えると、

「あいにくだが、オレはもう乗らねえ。悪いがもう、帰ってくれ。」

そういうと、二人を追い出そうとした。と、そこへ、

「ふーっ。はい。食べ物よ。外の空気に当たったら、すっかり目が覚めたわ。」

と、両手に食べ物を抱えて、彼女が帰ってきた。すると、

「あら、やだ!。何で・・?。」

そういいながら、買い物袋を床に落として驚いた。男も、酔いがすっかり覚めて元に戻った彼女の顔を見つめながら、

「あ!。」

と、思わず声を上げた。

「ん?、何だ?。知り合いか?。」

海坊主が氷を囓りながら二人の顔を交互に見た。すると、酒がすっかり抜けているにもかかわらず、二人の顔は真っ赤だった。

「何だ何だあ?、訳ありかあ?。」

海坊主がニヤッとしながら茶々を入れようとしたそのとき、

「今日は一旦、引き上げようぜ。出直しだ。」

キタさんが大人の対応で、海坊主と彼女を男の部屋から連れ出した。そして、再び礼をいうと、宿に向かった。道すがら、

「よう、お嬢さん。アンタ、あの男と何があったんだい?。」

と、不躾に尋ねようとした。

「昔、ちょっと・・ね。」

いい難そうにする彼女に、海坊主は追い打ちをかけようと、

「何だよ?、いってみなって。」

というと、空かさずキタさんの肘打ちが海坊主の脇腹を直撃した。

「ドコッ!。」

「うっ!。」

「野暮なことするなって。」

そうこうしながら、三人は宿へ戻っていった。

 翌日、

「さあて、ちょっと出かけてくるかあ。」

海坊主は早起きすると、葉巻を加えながら意気揚々と出かける準備をした。

「何処へいくんだ?。」

「昨日のお礼参りよ。」

「大丈夫かよ?。」

「付いて来んなよ。ガキのお守りじゃ無えんだから。お嬢さんの面倒でもみてやりな。」

そういうと、海坊主は昨日、乱闘騒ぎを起こした酒場へ出かけた。

「よう、マスター。昨日はすまなかったな。こいつは詫びだ。」

いきなりの訪問に面食らっていたマスターだったが、テーブルに置かれた現金を見て、マスターは了解したようだった。と、

「ところでよ、昨日オレの面ににお見舞いした用心棒野郎はいるかい?。」

海坊主はマスターの方を握りながら尋ねた。

「あ、ああ。それなら、もうじき来る。」

「そうか。じゃあ、待たせてもらうぜ。」

そういいながら、海坊主はカウンター席に座りながら、葉巻を吹かしていた。

「ギーッ。」

裏の戸が開く音がすると、角刈りの男が現れた。

「ん?。また殴られに来たか。アンタには貸しがあったが、昨日の一件で全て水に流してもかまわねえ。殺されねえうちに帰りな。」

「誰が殴られるって?。昨日は酒で油断しただけよ。それに、オメエが汚ねえ戦い方を身に付けたなんて、知らなかったからな。ま、生きてりゃ色々あるからな。それはいい。だが、今日は負けねえ。三闘神は、負けねえんだよ!。」

海坊主は、啖呵を切って再戦を望んだ。

「いいだろう。マスター、ちょっと借りるぜ。」

角刈りの男が先にリングに上がると、海坊主は目線を逸らさずに、後からゆっくりとリングに上がった。


「テメエには煮え湯を飲まされたからな。昨日の分じゃ割が合わねえから、もうちょっと痛めつけてやるか。」

角刈りの男は、両手の拳をギュッと握ると、ガードを下げ気味で斜に構えた。

「オメエが昔、追放になったのは、オメエ自身のせいだ。最後に止めを刺したのは、たまたオレだっただけだ。誰がやったところで、いずれは追放になってた。ま、いつまでも逆恨みしたきゃ、それでも構わんがな。一生いじけてろ。」

海坊主はそういうと、拳を軽く握って目線の高さに構えた。

「イヤアーッ!。」

角刈りの男は素早く踏み込むと、パンチとぶん回しフックを高速で放った。海坊主は柔らかいガードで受け流しながら、足首を軽くグラインドさせつつ距離を保った。

「ドコッ。」

「ドコッ。」

時折、ボディーに放ったパンチが鈍い音を立てて海坊主に命中したが、間一髪の所で急所をずらしていた。逆に、海坊主は長いリーチを生かして、小刻みに顔面にジャブをお見舞いした。最初は些細な攻撃とお思い、角刈りの男も気にせず顔面で受け止めていたが、数発、数十発と食らううちに、次第に出血が酷くなっていった。ディスタンスでは敵わないと思った角刈りは、急に両の手を開いて、

「ハッ!。」

というと、海坊主の前に着きだした。それに一瞬気を取られた隙に、男はまた海坊主のつま先を踏んづけて、身動きを取れなくした。そして、

「バキッ!。」

と、側頭部目掛けてハイキックをお見舞いした。

「フフフ。」

しかし、海坊主は既のところでガードしていた。

「二度は食らわねえよ!。」

そして、即座にその手を握ると、男の顔面目掛けてストレートをぶち込んだ。

「シュッ。」

しかし、そのパンチは空を切った。男は少し体制を低くしながら、軸足をそのままにコンパクトに逆回転をすると、後ろ回し蹴りを放った。

「バキッ!。」

しかし、その蹴りも海坊主は読んでいた。逆の手で顔面をギリギリでガードした。だが、余りの勢いに、ガードの上から男の踵が海坊主の顔に炸裂した。

「ハハハ。今のは効いたぜ。」

海坊主は鼻血をポタポタ垂らしながら、ニヤッと笑っていった。そして、男の両肩をポンと両手で突き放すと同時に、

「パシパシパシっ!。」

と、離れ際に三発、体の中心線に見えないパンチを放った。と、次の瞬間、

「カハッ。」

男は血を吐いて跪いた。

「こんなはずじゃ無えぜ。」

海坊主は男に向かってそういうと、軽くフットワークを踏みながら、男が復活するのを待った。男はニヤリと笑って、再び立ち上がった。そして、再び両の拳を握ると、さっきよりはリラックスした様子で海坊主と対峙した。

「ギーッ。」

二人の第二ラウンドが続いてる最中、店のドアが開いた。

「やっぱり、やってたか。マスター、どっちに賭ける?。」

リーゼントの男が入ってくるなり、マスターにたずねた。

「やる前なら、うちの用心棒だったが、今は五分だな。」

「じゃあ、オレは海坊主だ。」

そういうと、リーゼントの男はポケットから金を取り出してカウンターの上に置いた。

「ギーッ。」

「お、やってるやってる。」

続いて、キタさんと彼女も様子を見にやって来た。

「どっちに賭けた?。」

「海坊主。」

キタさんの問いに、リーゼントの男は涼しげな目元で答えた。

「昔だったらな。今はどーだか。昨日の件もあるしな。」

そういうと、キタさんは角刈りの男に賭けた。

「バキッ!。」

「ドカっ!。」

「バシッ!。」

二人の戦いは一進一退で、どちらも譲らなかった。ただ、何故か闘争心や憎しみといったものとは違う、何処となく懐古の念が漂ったような、そういう拳の交じり合いだった。数十分にも及ぶ激闘で二人は息も絶え絶えだったが、何故か目元は笑っていた。そして、ふと二人の間合いが詰まりそうになった瞬間、

「決まるな。」

リーゼントの男がいった。

「ふんっ!。」

「おっ!。」

二人は最後の一撃を互いに放った。

「トンっ!。」

角刈りの男は海坊主の懐に飛び込んで、ショートボディーを放った。しかし、海坊主は胸元ギリギリで彼の拳を握って止めつつ、ストレートと見せかけてギリギリで軌道を変えつつ、男の顎先にフックを軽く当てた。

「ドスン!。」

角刈りの男は仰向けになってぶっ倒れた。

「お!。」

「おお!。」

「キャーッ!。」

リーゼントの男とキタさんは、予想外のフィニッシュに少なからず驚いた。そして、彼女はリングに駆け上がると、海坊主に抱きついた。

「はは。ま、ざっと、こんなもんよ。」

そういうと、彼女と一緒にリングを下りようとしたが、

「ちょっと待ってろ。」

そういうと、倒れている男の元に歩み寄ると、

「今日はオレの勝ちだ。またな。」

そういうと、待っていた彼女と一緒にリングを下りた。


 酷い目には遭った相手ではあったが、かつて若き頃に共に鍛錬し、拳を交えた間柄。そして何より、不遇な人生を過ごしたであろう事も、海坊主には解っていた。何より、角刈りの男の眉間に深く刻まれた皺が、それを物語っていた。

「この歳になるまで用心棒なんかしなけりゃならねえ・・、ま、そういうヤツもいるってこった。な。」

そういうと、海坊主はリーゼントの男を見た。

「単刀直入にいう。オメエのその腕が欲しい。一流のパイロットの腕がな。」

「それなら、昨日断ったはずだ。」

海坊主の申し出を、リーゼントの男は再び断った。

「長い間、宇宙を航行してりゃ、色んな事がある。マスター、酒だ。」

海坊主は酒とグラスを二つ頼んで、カウンターにリーゼントの男を誘った。そして、グラスに酒を注ぐと、一つを男に差し出した。

「どうしてもオメエを口説けねえなら、この縁もここまでだ。もう会うことも無えだろう。別れの乾杯ってやつだ。何があった?。最後に聞かしてくれねえか?。」

海坊主は敢えて男に尋ねた。男はグラスを一気に仰いで真っ直ぐに正面を見据えた。

「昔、パイロットをやってた頃、粋がって、どんな過酷な戦場でも、その中を飛び回って切り抜けて、戦果を上げてた。怖いものなんて、何にも無かった。だが、あるとき、戦友を失った。立て続けに二人もな。みんなオレに追いつこうと、馬鹿な飛び方をしやがった。オレは自分が死ぬことなんて、何ともなかった。だが、死んだ仲間は二度と蘇らねえ。しかも、その原因がオレにあるとなっちゃあ、たまらなくてな。だからオレは、パイロットを辞めた。」

「そうか・・。」

海坊主は話を聞くと、グラスを仰いだ。

「オレは昔、税関局の職員だった。どんな小さな密輸も決して許さなかった。それを厳守することこそが、秩序と平和をもたらすと信じてたからだ。だが、あるとき、一席の小さな輸送船の倉庫に、密航者の家族がいるのを、オレは見つけた。母親と小さな子供二人の三人家族だった。見るからに痩せ衰え、過酷な戦火を乗り越えて其処までやって来たのはすぐ解った。難民は法の下に保護される。オレはその家族を安全な避難施設に送致した。程なくして、その親子が逃れてきた惑星から打診が入ってきた。映像は担当大臣からだった。彼らが責任を持って、その親子を受け入れるとのことだった。オレは大臣に親子の身の安全を取り付けると、そのまま家族を返還した。大臣は最後までにこやかで紳士的だった。だがな・・、」

海坊主がそういうと、

「パリンっ!。」

クラスを握りつぶした。その手からは先決が滴り落ちた。

「その家族は返還後、その場で公開処刑された。オレが、オレがあの大臣の化けの皮を見抜けていたら、あんなことには・・。オレの中で、全てが崩れ去った。正義に忠実に尽くした結果がこれだったとは・・と。そして、オレは船を下りた。それからは、何処でどう過ごしたかは、覚えて無え。気がついた時には、何年も何年も経ってた・・。」

そういうと、海坊主は傷ついた手のまま、新たなグラスに酒を注いで仰いだ。

「じゃあ、何でまた、船に戻った?。」

リーゼントの男がたずねた。

「オレが馬鹿だってことに、徹底的に馬鹿だってことに気付いたからさ。死んだ人間は帰っちゃ来ねえ。犯した過ちも償いきれるもんじゃ無え。所詮、オレたちゃ馬鹿だからよ。だが、其処で留まってちゃ、馬鹿のまんまだ。もう少し、小マシな馬鹿になるにゃ、再び歩み出すしか無え。」

リーゼントの男は、神妙な面持ちで聞いていた。後ろのテーブルでも、キタさんと彼女が黙って二人の話を聞いていた。

「そんなことがあったんだ・・・。」

彼女は小さく呟いた。

「よし。最後だ。オメエに見せたいモンがある。来な!。」

そういうと、海坊主はカウンターに酒代を置くと、リーゼントの男を外へ連れ出した。

「何処へいくんだ?。」

「これでお別れだ。折角だからよ、いいもの見せてやるよ!。」

そういうと、海坊主は停泊していた船に誘った。そして、ブリッジのモニターをつけて、新造船の映像を見せた。

「何だ、こりゃ?。」

「ははは。小型輸送船よ!。」

男は一目で、この船の異様さに気付いた。

「確かに全長こそ小型船だが、あのケツのデカさは何だ?。」

男の問いに、海坊主は設計図を表示した。

「この船にはエンジンが二機搭載されている。船艦のエンジンがな。」

「だからこんなに、後部がデカいのか。じゃあ、燃料タンクは?。」

「このエンジンの間に小さいスペースがあるだろ?。此処に圧縮エンジンを積む。」

「圧縮燃料?。どうやって再膨張させる?。」

「普通の頭じゃ無理さ。だから、さっきのお嬢ちゃんがいるんだ。彼女は超一流の科学者で、その手のエキスパートさ!。」

男は少なからず驚いているようだった。そして、モニターに齧り付きながら、

「こんなエンジンでぶっ飛ばしゃ、どんな船、いや、戦闘機だって追いつけねーぜ!。だが、問題は・・・、」

「機体制御だよな。」

「ああ。」

「だから、オメエの腕が要るんだよ。」

そういうと、海坊主は男と肩を組んだ。


「何で、こんなことをする?。」

男はたずねた。

「輸送だ。オレは輸送艦の船乗りだからな。」

「運び屋なら、他にも五万といるだろう?。」

「ああ。お子ちゃまみたいに、決められた航路を規則正しく往来するだけのヤツならな。だが、これだけ広い宇宙なのに、主要な航路は必ずどの惑星領域も、軍が握っちまってる。それを迂回してたら、いつまで経っても時間の無駄だ。それをこいつで突っ切る。」

葉巻をくわえながら、海坊主は語った。

「で、何を運ぶ?。」

「何でもさ!。依頼を受けりゃ、何だって運ぶ。理由は一切聞かねえ。ただし、条件は一つ。何を運ぶか、中身は事前に聞く。もし中身が爆弾だったら、航行中に木っ端微塵だしな。」

「イリーガルなものもか?。」

「何だってだ。物か人かは関係無え。ただ、運ぶ。其処にどんな事情や背景があるのかは知らねえ。それを決めるのはオレ達じゃ無え。送り主と受け取り主だ。」

「この船じゃあ、他に競合相手は無さそうだな。売り手市場って訳か。で、費用は?。」

「それなりには頂く。超リスキーなことやる訳だからな。だが、」

そういうと、海坊主は葉巻の火を消した。

「送り届けたもののみ、代金を頂く。つまり、依頼を受けるか受けねえか、目的地に運び届けるか否かは、こっちが決める。オレ達は海賊じゃ無え。そういうことだ。」

そういうと、海坊主は男を見た。

「なるほどな。然るべき所に、然るべき物、然るべき人が必ず届く。そういうことか。」

「ああ。」

「何で、そこまでしてやる?。」

男も海坊主を真っ直ぐ見てたずねた。

「宇宙で見失った魂は、宇宙で見つけるしか無え。そして、必ず見つかる保証は無え。あるのは、可能性。そいつに賭けて、挑むかどうかだ。まあ、初めは罪滅ぼしのつもりで始めたことだが、運ばれてきたものを受け取ると、人間ってのは、殊の外、希望が湧くもんだ。そして、荒廃した町も心も、少しずつ潤っていく。そういうのを見てるとな、人生、満更でも無えなと思ってよ。だが、ルールに縛られて漫然と過ごしてちゃ、希望が開花する前に枯れちまう。だから、スピードが必要なのさ。」

海坊主の目は、静かに燃え盛っていた。すると、

「そういうことだったのね。」

と、外の通路で立ち聞きしていた彼女とキタさんがブリッジに入ってきた。

「何だ?、オメエら。聞いてたのか。」

「何でこんな無茶な計画をするのかと思ったら、こういうことだったのね。」

彼女は腕組みをして、顎に手を当てながらいった。

「ま、別に隠し立てするようなことでも無えし、説明する手間が省けて丁度いいや。どうだい?、お嬢さん。」

彼女は黙考した。そして、

「よし!、のった!。」

と、威勢良く返答した。

それを聞いて、海坊主はキタさんの方を見た。すると、彼は黙って一回頷いた。

「ま、オレとアイツは相棒同士だからな。さて、オメエはどうする?。といっても、まだ船は建造中だ。実物を見りゃ血が騒いで、思わず操縦桿を握りたくなるだろうがな。船が完成した頃に、また来るぜ。それまでこの惑星でファイトでもしてな。」

そういうと、海坊主はみんなと船を下りようとした。

「ちょっと待って。」

彼女が立ち止まった。

「アナタ達、先に下りてて。」

そういうと、彼女は海坊主とキタさんを見た。

「何でだ?。」

不思議がる海坊主に、

「いいから。先に下りてようぜ。」

と、気を利かせたキタさんが海坊主の腕を掴んで、外へ連れ出した。ブリッジ内は彼女とリーゼントの男の、二人っきりになった。すると、彼女は男の真横に座って、じっと男を見つめた。

「やっと落ち着いて話せるわね。」

「・・・ああ。」

彼女は優しく、じっと男を見つめた。しかし、

「アナタには貸しがあるからね!。あの時も、アナタが優柔不断だったから、科学者を目指していた幼気な少女は、いつしか煙草と酒を覚えて、この始末よ!。解ってんの?。」

そういいながら、血眼で男に詰め寄った。

「いや、だって、あの時は・・・、」

男はタジタジになって仰け反った。

「言い訳はいい!。乗るの?、乗らないの?。」

彼女は男の襟足を両手で掴んで締め上げた。

「く、苦しい・・・。」

すると、彼女はパッと手を離して、

「アタシは、あのツルッパケちゃんに賭けた。っていうか、科学の牢獄にいるアタシを、彼は救い出してくれた。そして、普通に研究してたら何年、いや、何十年かかるか知れない実験を、何の躊躇も無くさせてくれた。彼は人に夢を与える力がある。アナタももう一度、操縦桿握ってぶっ飛ばしたいんでしょ?。じゃあ、やることは一つじゃない!。あの二人は、あんな目に遭いながら、アナタの夢の実現を届けに来てくれたのよ!。だったら、オレが操縦してやるって、何で男らしくいい出さないのよ?。」

彼女は再び椅子に座り直すと、ディスプレーを見つめた。

「いいわ。アナタがやらないなら、アタシが操縦するわ。手際良く操作方法を教えて!。」

「おい、無茶いうなよ。こんな船、真っ直ぐ飛ばせる訳無いだろう。」

「可能性の問題よ!。ゼロじゃ無いんだったら、アタシにだって出来るわ。覚えはいい方だから、とっとと教えて!。」

彼女は真剣だった。

「・・・解ったよ。負けたよ。」

そういうと、男は煙草をくわえて火を着けた。

「アタシにも一本ちょうだい!。」

彼女は男から煙草を取り上げると、一本抜いて吸い始めた。

「強くなったな。」

男はあきれ顔をしたが、二人は見つめ合った瞬間、笑い出した。


 彼女はくわえ煙草で、颯爽と船から降りてきた。その後ろを、リー遷都の男がポケットに手を入れながらトボトボと下りてきた。

「で、首尾は?。」

下で待っていた海坊主が彼女に尋ねた。すると、彼女は右手の親指を立ててウィンクをした。

「上等!。」

そういうと、海坊主は葉巻をくわえてニヤリと笑った。そして、リーゼントの男に右手を差し出すと、

「やってくれるかい?。」

と、たずねた。

「ああ。面白そうだからな。よろしくな。」

そういうと、二人はガッチリと握手を交わした。

「ところで、船はまだだろ?。これからどうする?。」

男がたずねた。

「ああ。建造費で結構いっちまったからな。船が出来上がるまで、此処でもうちょっと荒稼ぎするか。」

と、海坊主はしばらく腰を据える旨を伝えた。

「よし。そうと決まれば、体が鈍らねえうちに練習だ!。」

その日から、二人はトレーニングに打ち込んだ。それぞれ走り込み、シャドウ、ミット打ち、そしてスパーリングと、現役さながらにメニューをこなした。そして、夜になると、それぞれ別の酒場にいっては、勝ち名乗りを上げる毎日を送った。男はスピードを生かした動きで余裕の快進撃を、そして、海坊主は相手に侮らせて、スタミナを使い果たしたところを逆襲するパターンで常に勝ちを拾っていった。そして、最後は男がいきつけのバーで、仕上げのスパーリングを行った。

「それにしても、アンタ、強いな。奇妙なフォームだが、スタンスが独特だ。いくら打ち込んでも、手応えが無え。」

「ははは。それはオレが神に与えられし体の持ち主だからよ!。」

そういうと、海坊主は異様に柔らかい肩と股関節の可動範囲を披露した。長い手足が通常よりもさらに伸びるのをみて、男は驚いた。すると、

「はい、お疲れさん。」

と、試合のマネージャー役をやっていた彼女とキタさんがやってきて、二人にタオルとドリンクを持って来た。

「おい、これ、酒じゃ無ぇか!。」

海坊主が空きっ腹に酒はいけねえと諫めようとしたが、

「そうよ。悪い?。」

と、既にやっていた彼女が目を据わらせながらいうと、

「いえ、何も無いです・・。」

と、柔軟な肩をすぼめて、ちびちびとドリンクを飲み出した。男とキタさんも彼女と少し距離を置きながら、びちびちと飲み始めた。

「この前も少し聞いたが、この惑星で年配のファイターと戦うと、必ず武闘陣の話が出て来る。そこには常に三人の猛者がいて、三闘神と呼ばれてたってのも聞いた。まさか、その一人がアンタだったとはな。」

男はそういうと、海坊主を見た。

「ま、昔の話さ。オレがいた頃は、武闘陣の最晩年だ。闘将が陣を率いて、上位三名を選んで他を指導させる。オレは天性の体のお陰で、派手じゃ無えが、負けねえ戦いぶりで、そのうちの一人に選ばれた。」

「で、他の二人とは?。」

男は興味深そうにたずねた。

「強烈に強えーのが一人、ちっこいのが一人。どっちも拳法使いだった。兎に角、一人は体も態度もデカくて、図抜けて強かったな。」

「そいつは、どうなったんだ?。」

「辞めたよ。」

「辞めた?。負けてか?。」

「いや、勝ってだ。後で聞いた話だが、ある日の晩、酔っ払いの爺さんに酒代をせびられて、それを追い払おうとしたところ、あっさりとぶん投げられたそうだ。」

海坊主がそういうと、話を聞いていた三人は目が点になった。

「何で投げられたんだ?。」

「柔術・・だとよ。で、カッとなったそいつは、起き上がって、爺さんに正拳を見舞った。だが、それもあっさり躱されて、再び投げられた。」

「で、どうなった?。」

男は身を乗り出してたずねた。

「そいつは、あろうことか、自身の流派の奥義を出した。仕留めようとしたらしい。しかし、それも躱されそうになったが・・、」

三人は話に食い入るように聞いていた。

「爺さんが、落ちてた小瓶を踏んづけて、転んじまった。其処にやつの奥義が炸裂した。」

「ってことは・・、」

「ああ。やつは爺さんを殺っちまった。」

「嫌な勝ち方だな・・。」

キタさんが酒を口にしながらいった。

「確かにな。ま、道端の喧嘩なんぞ、そんなもんさ。だが、やつはそれが許せなかった。自身が手にかけた相手は、自身に勝る技の持ち主。それをこの世から消し去った。それからというもの、やつは荒れた。全くの別人になった。そして、自ら武闘陣を去った。」

そういうと、海坊主はしみじみと酒を飲んだ。


「で、もう一人は?。」

男がたずねた。海坊主は少ししかめっ面をすると、静かに話し出した。

「もう一人か・・。今思い出しても、身の毛がよだつぜ。武闘陣ってのは、各惑星領域から、概ね推されて来るのが普通だ。惑星間戦争を避けるためだもんな。だが、そいつは何の後ろ盾も無く、一人でふらっと来た。小さくて、物静かなやつだった。だが、誰よりも鋭い眼光をしていた。闘技の鍛錬じゃ、全くの負け無しだった。全ての技が完璧だった。初めはチビなのを侮る連中も多かったが、すぐに誰もが一目置くようになった。だが、鍛錬以外には、決して拳を交えることも、荒ぶる事も無かった。常に冷静沈着で、誰とも口をきかねえ、物静かなやつだった。」 

「そんなやつが、何で身の毛もよだつんだ?。」

男は不思議そうにたずねた。

「ある日、どうしても、やつに一泡吹かせようって馬鹿な考えを起こす者がいてな。で、とある日の晩、闇討ちを食らわそうとした。やつは夜になると武闘陣を抜け出して、何処かへいってた。その後を付けていって、そこでやっちまおうと思ったらしい。しかし、そいつが見たのは・・、」

海坊主の話に、みんなが食い入るように聞き耳を立てた。

「人差し指に巨石に穴を空ける鍛錬だった。解るか?。指一本で、掘削機みたいに岩に穴をあけるんだぜ?。そいつはゾッとして引き返そうとしたが、見られたことに気付いたやつが瞬時にそいつを捕まえると、喋ったら殺すといわれたらしい。以来、そいつは、やつに近付くどころか、青い顔のままで過ごしてた・・。後になって解ったことなんだが、やつは一子相伝の暗殺者の末裔だったらしい。」

「剣真(けんしん)か?。」

「ああ。知ってたのか?。」

キタさんは、やつの名を知っていた。

「何?、その剣真って?。」

彼女がたずねた。

「忍道の剣真。その道じゃ有名な暗殺者だ。かつて、武器も無かった時代、既だけで標的を暗殺するのを生業としてた集団がいたそうだ。権力者が横行してた時代には、そいつらも暗躍してたらしいが、やがて武器が発達すると、素人でも暗殺が行えるようになった。自身の腕だけで暗殺を行う連中はほとんど姿を消したが、忍道っていう流派だけは密かに生き延びたって聞く。時代遅れなまでに、素手による暗殺に拘り、確実に相手を仕留める。案外、需要は高かったそうだ。武器の持ち込みを厳しく制限している惑星も少なくは無いからな。そういう所に、依頼があれば忍び込んで、必ず仕事を成し遂げる。だが、その存在を知る者は殆どいねえとよ。」

キタさんは、酒を飲みながら淡々と答えた。

「そんな裏の世界の人間が、どうして武闘陣なんかに顔を出したのよ?。」

「そりゃオメエ、品定めに決まってるだろう。自身の腕よりも上なのがいるかどうか確かめるには、武闘陣に潜り込むのが一番手っ取り早いからな。広い宇宙領域から猛者達が集まってる訳だからよ。」

彼女の問いに、海坊主が答えた。

「何か、旧世界のお伽噺のような話だな。」

「だろうな。だがな、やつと一度でも拳を交えた者なら、必ず解る。」

「何をだ?。」

男が少し疑った目で尋ねた。

「普通、闘いってのは、勝敗を争う。それ以上はしねえ。だが、やつはその外にいる人間だ。やつの前には有か無しかねえ。勝てば有、負ければ無。それが暗殺者の掟だとよ。そういう雰囲気ってのはな、決していきり立ったりはしねえもんよ。どこまでも冷淡。そして何より、この世で、やつより強えやつはいねえ。もし、そのことを確かめた者がいたとしたら、そいつはもう、この世にはいねえ。」

話を聞いていた一同は静まり返った。

「解るかい?、お嬢ちゃん。オレ達ゃ、どんなに真剣に闘っても、所詮は殴り合いっこよ。だから、いくらでも闘える。勝っても負けても、次がある。生きてられるからな。だから、どんなにコテンパンにやられても、必ず這い上がって立ち向かう。希望の日が消えちゃいねえからよ。消えたと思っても、いつかは必ず灯る。オレやそいつのようにな。」

そういうと、男は顎で男を差した。

「だが、死んじまったら、何もならねえ。そういうのに首を突っ込みたいなら、止めはしねえ。未だに戦争でドンパチやってる領域なんざ、いくらだってあるからな。あるいは、憎悪を募らせて、相手の存在まで消し去るような権力闘争も、オレ達には関係無え。そんなくだらねものに縛られて生きるほど、オレ達ゃ暇じゃ無え。」

そういうと、海坊主は酒を一気に飲み干して、

「オレ達は、希望を繋ぐために、兎に角運ぶ。そのためには、どんな状況に置かれても、必ず運んでみせるという気概が必要だ。ヤワな精神じゃ、そんなのは湧かねえ。苦難も絶望も、幾度となく乗り越えて、それでも何かをやってのけてえって、心の底から思えるやつにしか、そういうことは出来ねえ。お集まりの皆さん、お解りかなあ?。」

海坊主は、立ち上がると両手を広げて、得意げに語った。


 キタさんは、またいつもの演説が始まったといわんばかりの表情だったが、満更でも無いといいたげでもあった。彼女は既に海坊主の心意気に賛同し、話を聞くとグラスを掲げて乾杯のポーズをとった。しかし、

「でもよ、あの船は、確かに実現すれば化け物みてえに速えだろう。だが、建造費は?。」

リーゼントの男がみんなの結束に水を差すようにたずねた。

「ほんとアンタ、現実から離れられないのね!。いい?、デッカい科学の組織が何年かかっても実現しなかったことを、このタコちゃんは実現させてくれたのよ!。お金も環境も揃った所が出来ないことを、このタコちゃんとその仲間達が、汚い場所でもちゃんと作れるってのを証明させてくれたのよ!。」

「何だい?、タコちゃんって?。」

「汚いも余計だと思うがな・・。」

海坊主とキタさんが顔を近付けてひそひそ話をしていると、

「何?、何か文句でもある?。」

と、グラスを傾けながら目の据わった彼女が二人を睨み付けた。

「いえ、何もないです。どうぞお続けになって・・。」

二人は及び腰になって、彼女に遠慮しながら答えた。

「何もやらない者が、決まってやる前から文句をいうのよ!。文句いうんなら、せめて、やっても出来なかった後にしてよね!。」

彼女は凄い剣幕で男に詰め寄った。

「いや、オレはそんなつもりじゃ・・、」

「じゃあ、どんなつもりよ?、ハッキリいいなさいよ!、え?。」

余りにも一方的にやり込められる男をみて、

「まあまあ、お嬢さん、ここは一つ、ワタシにお任せを。」

そういうと、海坊主はポケットから一枚の金貨を取り出した。

「これはな、オレが税関職員だった頃に取り締まった、とある密輸犯の男が最後まで握ってたものだ。かなりのオンボロ船で、相当危ねえ密輸を試みてたんだが、あるとき、とうとう軍の戦闘機に撃墜された。武装は全くしてなかったのにだ。で、管轄が軍からオレ達に移ったとき、取り調べの最中に乗組員の男がこいつを握ってた。そいつは瀕死の重傷だったが、何故か笑ってた。何でこんな危ねえ真似までして密輸をするんだって、オレはたずねた。するとそいつは、理屈は無い。ただワクワクしたいだけだっていって、オレにこいつを手渡すと、息を引き取った。安らかな顔でな。その頃のオレは、命を賭けてまで法を犯すことを馬鹿らしいとさえ思ってた。が、その一件以来、自分の考え方に疑問を持つようになった。それから随分と時を経て、この金貨こそが、オレの求めてたものだと気がついた。」

そういうと、海坊主はグラスを仰いだ。それを見て彼女も倍のピッチでグラスを仰いだ。キタさんは真っ青な顔でそれを見ていた。海坊主も彼女の様子を気にしつつ、話を続けた。

「一見すりゃ、こいつはタダの金だ。人類が発明した、物々交換に勝る最高のシステムだ。そして人類は、みんなこいつの価値に翻弄された。今も尚だ。だが、こいつは決して万能じゃ無え。それが証拠に、こいつの価値を、概念を認識出来る知的生命体が存在しなければ、これはタダの金属だ。いや、金属という概念すら存在しねえ。でもよ、宇宙には人類が確実に誕生した。そん時に、金は無かった。でも、人間は生まれて生きて、興奮した。それは金が発明されても変わらない。つまりは、金よりも先に、ワクワクがあった。そいつを邪魔するのが金だ。そして、金が十分に無いと何も出来ないと錯覚を起こさせる。そいつが金の呪縛よ。」

そういうと、海坊主は金貨を男に放り投げた。男は片手でそれを素早くキャッチした。

「オメエが、何で最速の戦闘機や船をぶっ飛ばしてたか、オレがたずねる必要があるか?。」

海坊主は男の眼を真っ直ぐ見てたずねた。

「・・・いや、無え。」

男は金貨を握り締めながら、そう答えた。

「つまりは、そういうことだ。オメエは誰よりも速く、ぶっ飛びてえ。オメエの魂がそう叫んでるのさ。ただ、そいつを邪魔する何かが、ほんの一寸、心の片隅にある。そういうのは、他人が勝手に消し去るものじゃ無え。それはオメエの問題だ。ま、船の完成にはもう少し時間がかかる。出来上がったら、そいつで此処まで飛んできてやるよ。それを見て、気に入ったら操縦桿を握るといい。今焦ったところで、現物は無えしよ。」

そういうと、海坊主は再びグラスに口を付けようとした。が、

「うっ、うっ・・。」

彼女が床にへたり込んで、嗚咽していた。

「ど、どうした?。」

心配になった海坊主が彼女の様子を見ようと覗き込んだ。すると、

「エエ話やなあ〜!。タコ!。このタコ野郎っ!。」

そういうと、彼女は酩酊状態で海坊主の喉元を裸締めした。そして、頭頂部に無数のキスをした。

「チュッ、チュッ、チュッ・・・。」

「く、苦しい・・・!。」

キタさんと男が必死で彼女を引き剥がそうとしたが、酒の回った彼女は最強だった。ようやくのことで、二人はどうにかこうにか彼女を引き剥がした。

「ぜえ、ぜえ・・・。」

海坊主は喉元を押さえながら、ようやく呼吸が確保出来たことに感涙した。

「ったく、大変だな!。」

「ま、いつものことだ。」

あきれ顔の男に対し、キタさんは柔らかいあきらめ顔で答えた。その光景を男も何時しか微笑ましく見つめていた。


 翌日、海坊主一行はオフを取って、惑星の散策に出かけた。リーゼントの男は、近く試合があったので、トレーニングに打ち込みたいと、不参加だった。

「昔とは随分変わったなあ・・。」

発展した街並みを見ながら、海坊主はしみじみといった。

「昔って、どんなだったの?。」

「いったろ?、武闘陣っていう、太古の東洋風な格闘技施設があってな。そこで統一ルールを学ぶために、オレ達は寝食を共にしながら、日夜鍛錬に励んだ。選ばれし者だけが入陣を許可された、いわば力と強さの象徴だった。広陵とした大地に、その施設だけが高く聳え立ってた。やがて、我こそはと、腕に覚えのある連中が詰めかけて入陣を請うたが、各惑星の推薦者以外、基本的には受け付けなかった。それでも、僅かに特別枠が設けられてな。臨時の入陣試験には長蛇の列が出来たが、どいつもこいつも大したことは無かった。殆どが即座に叩き出された。だが、昔は戦乱の世だったからな。一度でも武闘陣に名を連ねたとあっちゃ、一生食いっぱぐれな無え。だから、その少ない特別枠を目指して、多くのものが押しかけた。」

「へー。男って、何でそんなに力を誇示したがるのかな?。」

彼女は不思議そうに思いながらも、海坊主の話に耳を傾けた。

「やがて、入陣を夢見るヤツらのために、武闘陣の周りに道場が乱立し出してな。そこで鍛え上げて、特別枠に臨む者が現れ出した。ま、多少は腕が上がったが、それでも入陣出来る者は殆どいなかった。が、やがて、その流れ自体が、この惑星を復興させる切っ掛けとなってな。武闘陣には入れなくとも、腕が唸ってる連中が街中に溢れて、毎日、一触即発状態だった。そんな連中を制するのも、また武闘陣の努めだった。オレ達ゃ街中に繰り出しては、気晴らしがてら、荒くれ者を制裁しては治安をまもるようになった。そして、それがいつしか、この惑星の産業構造の礎になったって訳さ。後に、惑星間協定が締結されると、腕っ節で勝ち取る制度は廃止された。それと共に、武闘陣もその役目を終えた。だが、闘いのスピリッツは、今もコウして受け継がれている。そして、それこそが、この惑星の経済を支える原動力となっている。」

この惑星に纏わる歴史を、海坊主はざっと解説した。

「じゃあ、アナタはその立役者の一人って訳ね。」

彼女は海坊主に尋ねた。

「どうだかな。当時は三闘神とは呼ばれてたが、その後はみんな、散り散りばらばら、何処でどうしてるのかも解らねえ。だが、さっきいった特別枠ってのに入り込めたやつが一人いた。そいつは空手の使い手で、滅法強かった。が、不慮の事故で目を負傷してな。やむなく武闘陣を去った。そして、そいつは機械弄りの腕はピカイチでな。」

それを聞いて、彼女はキタさんの方を見た。

「よせやい。ほっぺが赤くなるぜ。」

「へー。アナタ達、その時からの知り合いなんだ!。」

そんなこんなで、三人は賑やかに街中を練り歩いた。やがて、飲み屋が建ち並ぶ辺りを通り過ぎると、辺りは急に閑散としていった。かつては広陵とした砂漠も、格闘技目的で入植したが、志半ばで転向を余儀なくされた者達が築き上げた田園地帯が一面に広がっていた。

「人間が腰を落ち着けて暮らすと、食の供給を安定させようと、灌漑工事を行い、水を引き、作物を育てるようになる。それに伴って、自然も広がっていく。人も大地も、豊かになるって訳だ。」

そういうと、海坊主は空を見上げた。小鳥がさえずりながら、高く頭上を飛び立っていった。そして、三人は暫くいくと、竹やぶに囲まれた小さな建物があるのを目にした。

「そりゃあ!。」

「とりゃあ!。」

竹の奥から、威勢のいい掛け声らしきものが聞こえてきた。そして、朽ちかけた竹垣に囲まれた建物の入り口辺りまで来と、

「柔笙院(じゅうしょういん)?。」

と、達筆で書かれた古木の看板らしきものが、ひっそりと掲げられていた。と、

「ん?。」

海坊主は何やら思いついたように、突然建物の中へ入っていった。其処は、青い畳が敷かれた道場だった。胴着を着た猛者達が汗だくになりながら、己の技を競い合っていた。

「どりゃあーっ!。」

「おーっ!。」

「ドタンッ!。」

内部から気迫のこもった声が鳴り響いた。すると、入り口付近にいた一人の道場生が駆け寄ってきて一礼すると、

「ご見学の方ですか?。」

と、丁寧にたずねて来た。

「いや、あまりの迫力に、つい・・な。邪魔をして悪かったな。」

そういうと、海坊主は詫びをいって立ち去ろうとした。と、その時、

「おお!、もしや・・。」

と、一番奥の上座に鎮座していた、白髭の老人が声を上げると、ゆっくりと歩み寄ってきた。離れていたときは気付かなかったが、近付いてくるに従って、その老人の巨体ぶりが窺えた。

「やっぱりそうだったか!。」

海坊主は老人の顔を見た。目元の優しい老人は、海坊主とガッチリ握手を交わした。

「何?、知り合いだったの?。」

後から入ってきた彼女がたずねた。その後ろで、キタさんは目を丸くして驚いていた。

「はは。紹介するぜ。三闘神最強の男とは、この男さ!。」

海坊主は誇らしげに老人を紹介した。


 かつては三闘神の中で、最も荒ぶる神と恐れられていたとのことだったが、今は、何処をどう見ても、大柄の優しげな老人その者であった。竹やぶに囲まれた庵のような道場で後進を育成する姿は、雲上人か仙人のようにも見えた。

「随分と、久しぶりだなあ。」

「ああ。実に久しぶりじゃのう。其方は、何を?。」

「オレか?。ま、ずーっと船乗りだ。アンタは、柔らの道を説いてるのか?。」

「はは。ま、そういうことじゃ。」

老人は、道場生に引き続き練習に励むよう伝えると、三人と表に繰り出した。そして、

「ん?、其方はもしや・・、」

老人はキタさんの顔を見た。

「途中から入った、空手使いの強者だ。」

「おお、やはりな。」

「お久しぶりです。」

海坊主の言葉に、老人は記憶が蘇った。そして、キタさんは老人に敬意を表して一礼した。

「いや、こちらこそ。」

老人も、丁寧に一礼した。キタさんは、未だにこの老人が三闘神の荒ぶる神であるとは、にわかには信じがたかった。

「拳は捨てたのか?。噂には聞いていたが・・。」

「ああ。以来、柔の道を歩んでおるよ。」

そういうと、老人は静かに微笑んだ。

「其方も、何かとあったと耳にはしたが、どうやら、荒海を乗り越えるが如く、今に至ったようじゃのう。」

「はは。まあな。」

老人の話に相づちを打ちながら、海坊主も静かに微笑んだ。その様子を、キタさんは後ろから窺いながら、想像を絶する過酷なときの流れを経て、二人が再びこうして対峙しているのだと、感慨深く思っていた。懐かしい話に花を咲かせながら、二人は穏やかに歩みを進めていたが、最後の一人、三闘神の残りの人物については、話題に上らせることが無かった。

「ワシはこの地で、骨を埋めようと思うておる。何時しか此処は闘いの聖地のようにいわれるようになったが、この地には、幾多の血と魂が染み込んでおる。そういう者達への鎮魂と、荒ぶる者達に安らぎを思い起こさせんがためにな。」

「そうか。オレはゆくゆくは宇宙でパッと散ろうと思ってる。もうドンパチは御免だ。命を滾らせて、ものを運んで、星々を豊かにする。そしてこれが、最後の船出だ。」

そういうと、二人は互いを誇らしげに見つめた。

「では。」

「ああ。達者でな。」

二人は再会の約束をすること無く、握手を交わして別れた。彼女とキタさんも老人に別れを告げて、その場を去った。

「いい面構えになってやがったなあ・・。」

海坊主は、しみじみと老人の姿を思い出していた。

「オレにはまだ信じられねえがな。だが、確かに柔和な爺さんだったなあ。」

キタさんがそういうと、

「ところで、あの人、アナタと同い年?。」

彼女が海坊主にたずねた。

「ああ。それが何だ?。」

「あのご老人、あんなに落ち着いて、全てを達観してるって感じなのに、どうしてアナタは未だにガキみたいに殴り合いっことかやってんの?。」

彼女その素朴な疑問に、海坊主は一瞬凍りついた。すると、

「ははは。違え無えや。ははは。」

キタさんが大笑いしながら膝を叩いた。

「うるせえやっ!。」

海坊主は照れてスタスタと歩いていったが、

「それはな、アイツがまだガキだからよ。ま、いい様によっちゃあ、魂が若々しいともいうがな。アイツは堅物で、クソが付く位に、超真面目な役人だったのさ。そして、随分後になって、それが一気に弾けた。だから、それまでの分を取り戻そうと、青春を謳歌してる。ま、そんな感じかな。だから面白いんだ。」

「へー、青春かあ・・。なーるほど。」

キタさんの話を聞いて、彼女は何処となく海坊主を見直した。彼のそういう悪戯っぽさが、全ての始まりと、そして繋がりを生んだのを、彼女は知っていた。現に、彼女も未知なる冒険に挑む一員となって、彼らと行動を共にしていた。

 盛り場に戻ると、海坊主は支配人と交わした契約通りに、何試合かをこなした。そして、

「今日はやつの試合でも見にいってみるか。」

と、三人はリーゼントの男が挑む試合を観戦しにいった。

「よう、来てやったぜ。」

海坊主は男の控え室に勝手に入り込むと、挨拶をした。

「何だよ。来たのか?。」

「ああ。ところで、今日の相手って、どんなやつだい?。」

海坊主がたずねると、セコンド役の男が、

「訳ありのヤバいやつだ。急に金が要るとかで、今日試合が組まれた。」

「え?、じゃあ、相手の情報って、何にも無いの?。」

彼女が心配そうにたずねた。

「ヤバイってだけで十分だ。だろ?。」

海坊主は入念に体を解すリーゼントの男にたずねた。すると、

「ああ。」

と、一言だけいって、軽くシャドウを始めた。

「さて、邪魔者は消えようぜ。じゃあな。」

海坊主は男に挨拶すると、二人を伴って外に出た。


三人はリングサイドに陣取ると、男の試合を待った。海坊主とキタさんはこっそり鮭を買い込み、彼女にバレないように、こっそりと飲みつつ、他の試合を観戦した。

「やっぱり、素人同士の試合じゃ、こんなもんかな。」

「仕方無えさ。選手層が厚すぎる。それに、昔と違って戦闘員上がりも減っただろうしな。」

二人は、凡戦に退屈しつつ、休息がてら酒を楽しんだ。試合が進むにつれて、多少はピリッとしたファイトもあったが、それでも二人が椅子から腰を浮かすにはほど遠い試合だった。そして、

「本日の、メインイベント!。」

司会を兼ねた支配人がリーゼントの男をコールすると、赤コーナーから颯爽とヘアスタイルを決め込んだ男が現れた。パフォーマンスは決して派手では無かったが、その肉体が完成度を物語っていた。切れ上がった筋肉。それでいてしなやか。軽くシャドウをするだけで、その動きに全く無駄が無いのが窺えた。

「対する挑戦者は・・、」

青コーナーの選手をコールすると、会場は一瞬静まり返った。そして、

「本当だ!。」

と、観客の一人がいうと、瞬時に会場はどよめいた。何と、現役のチャンプが賭けバトルのリングに上がってきた。

「オーッ!。」

「オーッ!。」

「オーッ!。」

会場のボルテージはマックスに達した。

「何であんなのが出るの?。」

彼女も驚愕していたが、キタさんと海坊主は淡々と、

「差し詰め、ファイトマネーを散財でもしたんだろ。そういう星だからな。此処は。」

「拳一つありゃ、何時だって稼げる。いい星だぜ、此処は。」

この状況を受け流した。今度こそ、見応えのある試合が見れるだろうと、二人は前屈みになりながらリングを見つめた。

チャンプがガウンを脱いでリーゼントの男と対峙したとき、

「ちょっと待って。何?、あの体格差。」

と、彼女は如何にもクレームをいいたげだった。男はせいぜいミドル級な体格なのに対し、チャンプはヘビー級そのものだった。

「ははは。こいつは、オッズが楽しみだな!。」

意味坊主は、体格差の心配など何処吹く風。有り金を全て男にベットした。

「カーン!。」

ゴングが鳴らされ、二人は静かに距離を詰めた。チャンプは大柄な割に、ガードを固く締めて男の動きを警戒した。対して、男は軽く足を使いながら、まるで上半身を解すかのように動いた。

「よく見てやがるなあ。」

「ああ。」

海坊主とキタさんは、二人の間合いの取り方を熟知していた。距離は明らかにチャンプのものだったが、男は躱す自身がよっぽどあると見えて、踏み込みこそすれ、離れようとしなかった。すると、

「シュッ、シュッ、シュッ。」

と、チャンプがフェイントのジャブを二発放ちながら、即座に三発目を当てにいこうとしたが、男はスウェイすること無く、拳一つ分だけ体をずらしてパンチを躱した。

「今ので作戦が立て易くなったな。」

キタさんがそういうと、

「いや、次で決まる。」

海坊主はリングを見つめたまま断言した。そして、

「シュッ、シュッ。」

と、チャンプが左右を逆にして同じフェイントのジャブを二発放った次の瞬間、男は三発目が来る直前に、相手の顎に軽くジャブを放った。が、

「バキッ!。」

と、もの凄い音がして、チャンプは首を後ろに仰け反らせて、仰向けにぶっ倒れた。

「ドタッ!。」

会場は静まり返った。何が起きたか、誰も解らなかったからだった。リングサイドの二人を除いては。

「え?、何?。」

彼女も、あまりの不思議な光景に、思わず質問した。

「ほほー!。予想はしたが、あんなに速えとはな!。」

「はは。アイツがこのままこの星にいたら、ずっとチャンピョンだな。」

数秒遅れて、レフェリーがカウントしようとしたが、チャンプは既に白目をむいていた。そして、

「ウォーッ!。」

「ウォーッ!。」

「ウォーッ!。」

と、会場が一気に沸いた。男が出したストレートはあまりに速すぎて、二人の目にしか止まらなかった。すると、

「あ。」

海坊主が足元に隠していた酒が無くなっているのに気付いた時、

彼女はリングに駆け上がると、男に抱きついてキスをした。そして、

「あ。」

キタさんも、足元の酒が空になっているのに気付いた。

「チュッ、チュッ、チュッ!。」

「おい、よせよっ!。」

男は困惑していたが、彼女は構わずキスを続けた。

「はは。勝利の女神からのご褒美だ。受け取っとけ!。」

海坊主は、揶揄いながら、男に声をかけた。

「お、おい、何とかしてくれ!。」

男がリング上から叫んだが、

「そいつは無理だ。もう入ってるからな。」

と、海坊主は手で酒を飲む格好をした。

「マジかっ!。」

それを聞いて、男は諦めながら、されるがままになった。

「あの目だな。」

「ああ。間違い無え。」

キタさんが男の目を褒めると、海坊主は頷いた。テスト飛行をしなくとも、これでパイロットの素養は十分に確かめられた。


 相変わらず、拳に込められた闘いの熱は冷めやらず、昔も今も姿こそ変われど、その魂は健在だった。かつてこの星でしのぎを削った者達も、すっかりロートルになり、またある者は、志半ばで散っていった者達の鎮魂のために、静かに祈りを捧げつつ、後世に技を伝えている。そして、輝かしく勝ち進むのは、やはり若く猛る者達。

「さーて、ぼちぼち出向の準備をするか。」

この地での用は、もう済ませたといわんばかりに、海坊主は新たな門出に向けての最終準備に入った。

「久しぶりの闘技場は、どうだった?。」

機械類の道具を確かめながら、キタさんがたずねた。

「まだまだ負ける気がしねえ・・といいたいところだが、そいつは不自然だな。老いたつもりは無えが、やっぱりオレ達にはオレ達に合った、挑むべき所がある。」

「だな。」

そういいながら、二人は出向の準備を続けた。

「あとは足らないパーツを調達すれば、即出向OKだな。」

キタさんは残りの部品を求めて、一人で買い出しに出かけた。そして、波止場辺りを歩いていると、

「ん?、軍の船か?。」

あまり大きくない、白い船が一隻、停泊した。どうやら誰かが降りて来るらしく、タラップの下に船員が列を成して待っていた。すると、白い軍服を着た背の高い男性が、ゆっくりとタラップを下りてきた。船員達が一斉に敬礼をすると、

「おいおい。今は休暇だよ。堅苦しいのは抜きにしてくれ。」

そういうと、苦笑いをして部下達の方をポンと叩いた。そして、

「どこか、コーヒーの美味しい店があったら、教えてくれないか?。」

男性は部下の一人にたずねた。

「すみません。少佐殿。存じ上げておりません。」

と船員が答えると、

「それならこの辺りに、いい店がありますよ。」

通りかかったキタさんが答えた。

「それは助かります。案内して頂けませんか?。」

と、男性がキタさんの顔を見た時、

「お久しぶりです。」

と、キタさんは男性に一礼した。

「アナタは・・!。」

男性もキタさんの顔を見ると、一礼した。

「もう随分になりますね。こちらへは仕事で?。」

「ええ。任務の途中で、立ち寄りました。」

「そうですか。」

そういいながら、キタさんはすぐ近くのカフェに男性を案内した。そして、窓際の席に座ると、二人はコーヒーを頼んで、歓談し始めた。

「さっき聞いたんですが、少佐になられたとか?。」

「ええ。名ばかりの階級ですが。で、アナタは今、何を?。」

「機械弄りの機関士をしとります。」

「ということは、宇宙(そら)に?。」

「ええ。今はその準備で、これから本格的な出航です。」

「ひょっとして、海坊主さんの船では?。」

「ご存じでしたか?。」

「有名ですからね。あの方。先日の騒ぎも、小耳に挟みました。」

「はは。それはそれは・・。」

二人の出会いはかなり以前に遡る。キタさんがまだ軍に所属していた頃、士官候補生として赴任してきたのがこの男性だった。途中からの赴任であったため、早急に格闘技の修了資格を得る必要があった彼に、キタさんが手ほどきをした。形式的なものでよかったのを、彼の達ての願いで、キタさんは本格的な格闘技の指導をした。物静かで穏やかな人物ではあったが、格闘センスは抜群で、適当な流派の昇段試験を受けるだけでも構わないものを、彼は過酷なキックボクシングに挑むことにした。その場合、ある程度以上のランキングを得ることが必要で、そのためには時間が足らないため、多くの候補生は避けて通ったが、彼は一発でタイトルを奪取する戦略に打って出た。そして、

「それにしても、あの後ろ回し蹴りで一発KOのデビュー戦は、今も目に焼き付いてますよ。」

「はは。お恥ずかしい。」

彼は当時のチャンピオンを、開始数秒でマットに倒した。そして、その後も彼はキタサンの手ほどきを受けつつ、任務中はキタさんの上官として共に働いていた。そんなあるとき、彼らの所属する隊が近隣の惑星でちょっとしたテロ騒ぎを鎮圧するために出動することがあった。騒ぎの規模自体、大した物では無かったが、部下が不用意に不審物を開けようとしたのを彼が止めようとした。と、その時、轟音と同時に爆風に吹き飛ばされそうになったのを、身を挺して庇ったのがキタさんだった。幸い、彼は無傷で済んだが、部下一名が死亡し、キタさんは右目を負傷したのだった。

「あの時は、助けて頂き、本当に・・、」

「いえ、それが任務でしたから。」

彼があらためてお詫びをしようとしたのを、キタさんは遮った。

「あのまま軍にいたら、ひょっとしたらワタシはもう居なかったかも知れない。しかし、あのことが転機となって、今はこうして機関士として船乗りをしとります。そうなるよう、定められとったんでしょうな。」

「ワタシもあの日以降、最前線に赴くのは恐ろしくなりました。しかし、退く訳にもいかぬと思い、今もこうしています。そのことを軍も慮ってか、ワタシの任務は専ら、後方支援になりましたが。」

そういうと、彼は静かにコーヒーを口にした。

「命あっての物種です。互いに、あのことが好機だったのでしょう。」

そういうと、キタさんも静かに微笑みながらコーヒーを飲んだ。


「あ、それはそうと、これはまあ、オフレコな話なんですが、海坊主の新造船に、懐かしい男が戻ってくると思います。」

キタさんは、リーゼントの男のことを彼に話した。すると、

「・・・本当ですか?。」

彼は相当驚いた表情でキタさんの顔を見た。

「ええ。かなり速いやつを建造中なので、我々ロートルの腕では、パイロットが勤まりません。なので、かつての伝手で、昔一緒に従軍していたテストパイロットがこの星に居るのを突きとめて、リクルートに来たって訳です。」

それを聞いて、彼の顔はさらに輝いた。

「この地に居るのですか?。」

「ええ。此処は賭け試合の惑星。やつには打って付けって訳です。昨日もいい試合をしてました。ただし、秒殺で楽しむ暇も無かったですけどね。もしよかったら、案内しますが?。」

彼の喜びように、キタさんは少佐をリーゼントの男の元に連れていこうとした。すると、

「いえ。ワタシも数日はこの惑星に滞在予定です。ま、そのうち、会えるでしょう。」

そういうと、彼は静かにコーヒーを飲んだ。その様子を見て、キタさんはそれ以上は話さなかった。恐らくは二人にしか解らない何かが存在していて、その空気感を互いが大切にしているのだろう。そう思いながら、キタさんもコーヒーを飲み干した。

 それから数日が経ったある日、

「何で男はこう、明けても暮れても闘うことばかりなのよ・・。」

と、圧縮燃料の再膨張の計算が煮詰まった彼女が、真っ昼間からカフェテラスで煙草を吹かしながら一杯やっていた。と、其処へ、

「ん?。この街には似つかわしくない、いい男・・。」

目の前の通りを、白いスーツを着込んだ背の高い男性が静かに歩いていくのが目に止まった。すると、

「あっ!。」

彼女は想わず声を上げた。あまりの大声に、周囲の客も驚いて彼女の方を見た。そして、

「ん?。」

と、その背の高い男性も、彼女の方を見た。彼女は慌てて煙草をもみ消し、目の前のグラスを隠した。そして、彼女はすっくと立ち上がって、白いスーツ姿の男性の元に近付いていった。すると、一瞬後ろを向いて、口がヤニ臭くないかを確かめると、

「あ、あの、ワタシのこと、覚えてらっしゃいます?。」

と、相手の名を聞くこともなく、自身の名を語ることも無く、ただただ彼に質問をぶつけた。

「あ、えーっと・・、」

彼は必死に思い出そうとした。そして、彼女が作り笑顔で無理にでも彼に自分のことを思い出させようとしたその時、

「確か、科学士官で一度一緒に航海をしました・・よね?。」

「そう!、そうです!。」

と、彼は運良く思い出すことが出来てホッとした表情をし、彼女は思い出してくれたことに、いや、思い出させるのに成功したことに満面の笑みを浮かべた。

「奇遇ですね。こちらへは、航海の途中で?。」

彼女は兎に角、話を繋ごうとした。

「ええ。アナタは?。」

そう聞かれて、彼女は途端に言葉に詰まった。

「えっと・・、ワタシはその・・、輸送船の科学主任をちょっと・・、」

と、当たらずといえど遠からずの嘘を交えながら、彼に語った。

「そうですか。科学主任を置くような船なら、余程の規模か技術の船ですね。」

「ええ、まあ。」

彼女は、船がまだ出来てもいないのに、口から出た嘘に食いついてこられて困惑した。憧れて止まなかった男性と折角話すチャンスなのに、このタイミングでむさ苦しい男共に囲まれて輸送船の乗組員をしていることがバレるのは非情に憚られた。しかし、あまり下らない嘘をつき通すのもどうかと思ったその時、

「あの、ひょっとして、その船って、海坊主さんとキタさんの船じゃ無いですか?。」

と、突然彼がいいだした。彼女はビックリした。

「え、ええ。ご存じだったんですか?。」

「ええ。この前、キタさんに久しぶりに会った時に、新造船で船出をするというのを伺って、ひょっとしたら、その船のことかなと思ったもので。」

そのことを知ってくれていたのなら話は早いと思い、彼女は彼に話そうとした。ところが、

「あの、そのことで聞きたいことがあったんですが、新たにパイロットが乗船すると聞いたので。」

と、今度は彼が質問をしてきた。しかも、そのパイロットに関する話ばかり、立て続けにしてきたものだから、彼女は次第に妙な気持ちになっていった。と、そのとき、

「あ、ゴメン。彼のことばかり聞いてしまって。」

と、雰囲気を察した男性が、質問攻めに気付いて詫びた。

「ワタシと彼とは、友人なんです。彼には色々あって、もう船に乗ることは無いだろうと思ってたんですが・・。」

その辺りの事情を知っていた彼女は、彼が海坊主達と関わっていく中で、如何にかつての自分を取り戻していったのかを話した。

「そうでしたか。あの人達が・・。」

そういうと、男性はしみじみと嬉しそうな顔になった。

「良い仲間に囲まれて、幸せそうで良かった。お話しして頂いて、どうも有り難う。」

そういうと、男性は彼女に右手を差し伸べて、握手をした。彼女は少し照れながら、男性の手を握った。

「引き続き、お酒と煙草をお楽しみ下さい。」

そういうと、男性はウインクをして、颯爽とその場を立ち去った。


「じゃあ、オレ達はいくぜ。で、次にオレ達が来た時、アンタが操縦をする。頼むぜ。」

海坊主はリーゼントの男にそういうと、固く握手を交わした。次いでキタさんが握手を交わした。しかし、彼女は腕組みをしたまま、男を睨み付けた。

「逃げるんじゃないわよ。」

彼女がそういうと、

「何でオレが逃げるんだよ。」

男は不服そうに彼女を睨み返した。

「コン。」

「痛っ。」

彼女は先のとがったブーツで男の脛を軽く蹴った。

「前科があるからよ!。」

そういうと、彼女は男に投げキッスをして、サッと背中を向けた。三人は船に乗ると、そのまま波止場を飛び立っていった。

「やれやれ。オレも此処を引き払う準備をするか・・。」

飛び立つ船を見送りながら、男は波止場をぶらついた。そして、煙草に火を着けて一服しようとしたとき、

「ボッ。」

と、後ろから火の着いたライターを持った手が伸びてきた。

「やっと見つけたよ。」

その声に男がふり向くと、背の高い男が立っていた。

「おう。」

リーゼントの男は煙草に火を着けた。

「サンキュー。」

「船、乗るんだってな。」

「何で知ってる?。」

背の高い男が事情を知っているのを、リーゼントの男は驚いた。

「聞いた。さっきの連中に。」

背の高い男は、空を見上げながら静かに微笑んだ。

「何ニヤけてんだよ?。」

リーゼントの男は、普段は物静かな彼が感情を表しているのが不思議だった。

「そうか。宇宙(そら)に戻って来るのか・・。速いのか?。船。」

「何てことは無い、ちっちゃい輸送船だ。」

「普通はな。だが、お前が操縦するんなら、さぞかし速くなるだろうな。」

「さあな。でも、もしオレがぶっ飛ばしてても、止めになんか来るなよ。」

「そいつはどうかな。職務だしな。だが・・、」

「だが?。」

「お前の船だと認識出来れば、話は別だ。ひょっとしたら、見逃すかも知れない。」

そういうと、背の高い男はまるで彼の再帰を祝福するかのように、少し微笑みながらいった。それを聞いたリーゼントのとこは何かを思い出したようだったが、言葉にはしなかった。

「また、宇宙(そら)が賑やかになるな・・。」

背の高い男は彼の方にそっと手を置くと、

「幸運を。」

そういって、去っていった。

「ふっ。」

リーゼントの男も、少し微笑みながら、背の高い男の背中を見送った。随分久しく会ってはいなかった。しかし、僅かに言葉を交わしただけで、二人は互いに全てのことを理解した。と、その時、男はくわえ煙草に火を着けながら、

「よう、お前、すぐに出航か?。」

そうたずねると、背の高い男は、

「出航時期は機密事項だが、ま、そうだ。」

「じゃあ、ちょっと頼みがあるんだが・・。」

リーゼントの男は背の高い男に歩み寄ると、耳打ちをした。

 海坊主達の船がジャンク星に戻って来ると、

「よう、お帰り!。」

と、油まみれの男性が三人を出迎えた。

「首尾はどうだった?。」

「バッチリだ。そっちはどうだ?。」

「ははは。まあ、見てくれよ。」

そういうと、油まみれの男性は三人を格納庫に案内した。

「それではただ今より、新造船のお披露目です!。」

男性はハッチを開いた。

「おーっ!。」

「おお!。」

「わーっ!。」

三人は目の前にある真っ黄色な船体に度肝を抜かした。

「へへ。どうだい!。規格は完全に小型船だぜ。」

妙に太くて寸詰まりな船体ではあったが、船首は鋭利に尖り、船尾は外観からは規格外のエンジンを搭載していることが全く解らなかった。

「噴射口の構造は、どうなってるんだ?。」

「はいはい。そう来ると思ったよ。」

男性はブリッジにいた助手に合図を送った。すると、

「ウィーン。」

と、噴射口の系が一気に開き、巨大なエンジンが二機、お目見えした。

「おーっ!。」

「外見でバレちゃ、元も子も無えからな。ブリッジも見るかい?。」

男性がそういうと、三人は早速タラップを駆け上がっていった。

「わーっ!。何、これ!。」

其処には最新鋭の機器類がひしめきあっていた。

「出所は不明だが、片っ端から最新バージョンのものをかき集めた。あ、そうそう、開発中の代物もこっそり持って来たのもあるから、後はアンタ達で微調整してくれよ。」

男性は計器類の説明をしようと思ったが、彼女の目はハートマークになっていて、聞く耳を持たなかった。

「よう。機関室が狭くなるのは織り込み済みだが、貨物室はスペースが割けるのか?。」

キタさんが男性にたずねた。

「ああ。そいつは思ったより何とかなった。アンタらの寝床を含め、スペースの確保はOKだ。ただな・・、」

男性は概ね問題無いとしつつも、少々難ありな表情をした。

「ただ、何だ?。」

「スペースが割けたのは、初期の通常燃料のスペースを無くしたからだ。」

「それって、つまり・・、」

「初手から圧縮燃料で出航してもらう・・と。そういうことだ。」

「ちょっと待て。そいつは、再膨張の計算とパイロットの試運転を同時に行うってことか?。」

男性は気の利いた設計をしてはくれたが、その分、のっけからリスクの高い船出が待っていることを意味した。


 海坊主は腕組みしながら少し考えていたが、

「よう、お嬢ちゃん。燃料膨張の計算はバッチリなんだよな?。」

と、彼女にたずねた。

「ええ。何百回、いや、何千回もシミュレーションの計算をさせたから、それは大丈夫。」

「よし、じゃあ、エンジンに火を入れたら、そのまま出航だ。舵はオレが取る。」

海坊主はそういったが、油まみれの男性とキタさんが、それを止めた。

「それはマズいよ。点火直後はどうしても、膨大なエネルギーが出ちまう。その制御が最大に難しい。アンタの腕を信用してない訳じゃ無いが、船の全長が短すぎるんだよ。」

「オレもこいつの意見に賛成だな。こんなドン丸こい船体から急激にエネルギーが放出されたら、弾丸と対して変わらねえ。真っ直ぐ飛ぶには、銃身のようなものが要るぜ。」

困り顔で四人が思案していると、

「じゃあ、舵はオレが取るか。」

と、いつの間にか倉庫にやって来た人物が、そう申し出た。みんなが彼の方を見ると、

「あ!。」

彼女が声を上げた。リーゼントの男だった。

「よう!。どうした?。迎えにいく前にオメーから来るとはよ。」

海坊主も少し驚きながら、男にたずねた。

「予感・・ってやつかな。大方、こんなことだろうと思ったんでな。」

「どうだか・・。ホントはいてもたってもいられなくて、飛んできたんでしょ。」

男が格好良く決めようといったセリフを、彼女は真っ向否定した。男はバツの悪そうな顔をしたが、

「ま、それはともかく、来てくれて助かったよ。な。」

と、キタさんが助け船を出すように間に割って入った。

「それはそうと、燃料はもうあるのか?。」

男がたずねると、

「へへ。そういうと思って、既に此処に運び込んであるのさ!。」

そういうと、油まみれの男性は倉庫の隅のシートをかけてある荷物の所にいき、

「ご開帳っ!。」

と、一気にシートを取り去った。其処には小さな箱が五つ並べられていた。すると、

「ちょっと待っ・・・。」

と、彼女が急に口を押させて真っ青な顔になった。

「ん?、どうした?。」

海坊主が彼女にたずねようとしたその時、

「んぐっ!。」

と、彼女は海坊主の口を押さえた。そして、彼女は真剣な表情で全員を睨み付け、

「いい?。兎に角、物音を立てないで、静かに表に出て!。静かによ!。」

と、彼女は直ぐさま全員を倉庫から退去させた。何事が起こったのかと、全員、いわれるままに外に出た。

「ふーっ。」

彼女は深く息を吐き出すと、油まみれの男性の胸ぐらを掴んで、

「あんなもの、一体、何処から持って来たの?。っていうか、何で五つも並べてあんな起き方するの!。え?。」

彼女はもの凄い剣幕で男性に突っかかった。

「く、苦しい・・。此処はジャンク星だよ。頼めば、何だって手に入るさ。それに、あの燃料、固形な上に、恐ろしく小さいから、まとめて置いとこうと思ってさ・・。」

「じゃあ聞くけど、そのとき、一箱の重さは?。」

「さーな。でも、滅茶苦茶重たかったぜ。」

「そりゃ、そーよ!。」

そういうと、彼女はやっと、男性を解放した。そして、全員を一列に並ばせると、

「いい?。燃料は本来は液体。で、点火すると一気に気化して燃焼する。で、今、この中にあるのは、液体のものを超圧縮をかけて、原子間の距離を最短にまで縮めてある。それがどういうことか、解ってる?。」

そういって、彼女は全員の顔を見た。しかし、みんなの様子は、すこぶる鈍かった。すると、彼女は頭を書きながら、白い石を一つ拾って、地面に図と式を書いて説明を始めた。

「物質の原子核の内部には、陽子と中性子ってのがあって、本来は安定してるんだけど、その距離を縮め過ぎると、構造が不安定になった原子から中性子が飛び出して・・、」

と、核分裂を起こす物質以外にも、超圧縮によってその危険が十分にあることを説明しようとした。

「でも、オレ達、普通に倉庫に運び込んで、彼処にポンって置いたけど、どうも無かったぜ。」

「ポン・・・?。」

「ああ。重かったから、途中で落としたんだ。」

それを聞いて、彼女はさっきの数倍の速さで地面に計算式を書き始めた。そして、

「変わってる・・。そのショックで、絶対に組成が変わってる・・。」

と、額に嫌な汗をかき出した。

「あの・・、何かマズかったかな?。」

油まみれの男性が彼女にたずねると、

「落としたのは一つだけ?。」

彼女は逆に男性にたずねた。男が黙って頷くと、

「もし、最悪反応が炉の外で起きてたら、半径数キロは無くなってたわね。」

そういって、キッと男性を睨んだ。

「でもよ、そいつのいうように、何か起きてたんなら、既に此処も無くなってたはずだろ?。でも、何ともなかったんだから、大丈夫なんじゃ無えのか?。」

海坊主も、男性の肩を持つ訳では無かったが、科学的知識の無知なるが故、何気にそういった。彼女は呆れかえって、

「よし。そこまでいうなら、見せてあげましょう。」

そういうと、全員を出来たばっかりの船に乗るように指示した。


 みんなが船に乗り込もうとしたとき、彼女は油まみれの男性の襟首を捕まえて、

「アナタはちょっと待って!。」

と、引き止めた。そして、

「いい?。アナタとワタシで、あそこからポンって置いた箱を一つ持ってきて、エンジンルームに運び込む。次に、船を牽引車で倉庫から運び出す。いいわね?。」

厳しい表情で、彼女は男性にいった。

「は、はい・・。」

男性はいわれた通りに、二人で慎重に圧縮燃料の入った箱を船内に運び込むと、彼女の指示通り、エンジンルームの所定の場所にそれを設置した。そして、男性は船を下りると、今度は牽引車に乗って現れた。そして、船首からフックを出すと、牽引車と結びつけて、船を倉庫外まで引っ張っていった。彼女は圧縮燃料を何重にも遮蔽すると、

「いい?。みんな席に着いて。そして、しっかりベルトで体を固定するの!。」

と、手際良く全員を配置に着かせた。船の牽引を終えて、男性が船内に戻ってくると、

「アナタは操舵の前に、体を結わえなさい。」

そういうと、ロープを一本、手渡した。彼が体をしっかりと結わえると、

「キタさん、アタシがいいっていったら、エンジンを点火して。舵はアンタが握りなさい!。」

彼女はそういいながら、エンジンルームに戻っていった。ハッチが固く閉ざされ、全員が息を呑んだ。

「いいわ!。」

無線で彼女が合図を出すと、キタさんはエンジンを点火した。

「ゴウッ!。」

もの凄い振動と同時に、エンジンは一気に加熱した。

「いつでもOKよ。」

彼女が再びそういうと、海坊主が、

「じゃあ、発進!。」

そういうと同時に、

「ドウッ!。」

と、船はもの凄い勢いで飛び立った。あまりの加速に、全員がシートに貼り付けられて、動けなくなった。

「船が揺さぶられる。舵っ!。」

彼女の声と共に、リーゼントの男は何とか舵を握って、船体を制御した。

「ゴウーッ!。」

何と船は数秒で大気圏外まで飛び出した。

「もういいか?。」

海坊主が彼女にたずねた。

「OK!。」

「よし、船体停止。」

海坊主がそういうと、キタさんがエンジンを逆噴射させて、船体を停止させた。

「ふーっ。」

ようやく、全員がGから解放された。

「ははは!。すげえ加速だ!。」

海坊主はシートベルトを外すと、席から立ち上がって喜んだ。

「こりゃ、おったまげたな。」

キタさんも、驚いた様子で、ベルトを外すと席から立った。

「ふうっ。」

リーゼントの男は腕力だけで操舵していたので、握った手を舵から離すのに一苦労だった。すると、

「どう?。」

そういいながら、彼女がエンジンルームからブリッジに戻ってきた。

「はは。試運転は大成功だな!。」

海坊主がそういうと、

「とんでもない!。あの人が圧縮燃料を手荒く扱ったから、初速の計算が出来なくて、フルバーストになっちゃったわ。」

そういって、彼女は舵に体を結わえていた男性を見た。

「おろ?。」

キタさんが男性のところまでいくと、彼は白目を向いて気絶していた。

「ちゃんと丁寧に燃料を扱ってたら、こんなことにはならなかったのに・・。」

彼女は自業自得といわんばかりに、倒れている彼を憐れんだ。その後は、制御の数値も把握出来て、航行は静かに行われた。そして、船は再び倉庫の所まで戻って着艦した。海坊主とキタさんは、互いに顔を見て、静かに頷いた。

「どう?。操舵出来そう?。」

「船体が短すぎて、挙動が読めねえ。まるでじゃじゃ馬娘だぜ。」

彼女の問いに、リーゼントの男はそういいながら、まるで誰かににているといわんばかりに微笑んだ。一行は、舵に縛られたまま気絶している男性を解くと、下船した。

「さて、これで役者は揃った。あとは、そこでおねんねしてるヤツに船の支払いを済ませたら、いよいよ仕事始めだ!。」

海坊主はそういうと、眠っている油まみれの男性を置いて、みんなをバーに連れ立った。

「よう、ママ。今日は祝いだ!。何でもいいから、パーッと持って来てくれ!。」

「あいよーっ!。」

みんなは、店の一番真ん中の席に陣取った。そして、酒が運ばれてくると、みんな、思い思いにグラスを手にした。リーゼントの男は、グラスを手にする彼女をチラッと見て、不吉な予感を感じていた。

「まずは、お嬢ちゃん。今日はご苦労だった。アンタのお陰で、試験フライトは大成功だ。そして、これからは、何処よりも、誰よりも速い、運び屋様の誕生だ!。」

海坊主がそういって、乾杯の音頭を取ろうとしたとき、

「ちょっと待って。新造船の名前は?。」

彼女がたずねた。海坊主とキタさんは、特に何も考えていなかったようだった。すると、

「それなら、打って付けのがあるぜ。」

リーゼントの男がそういって、立ち上がった。


 グラスを高く掲げながら、

「その名は、 tomboy (じゃじゃ馬)!。」

そう叫んだ。

「ハハハ!。そいつは、いい!。」

「決まりだな。」

海坊主とキタさんもグラスを持つと立ち上がった。そして三人は彼女を見つめた。

「ちょっと、何よ?。」

彼女は少し不服そうな顔をしていたが、

「いいかい?、お嬢ちゃん。あの船は宇宙一速え貨物船だ。ナビはオレが、操舵は彼が、機関室はこいつがそれぞれ担当だ。だが、この船が速えのは、何より、あのエンジンと、それに火を灯す技術のお陰だ。そして、その心臓部を握ってるのが、お嬢ちゃん、アンタだ。」

海坊主はそういうと、彼女にグラスを手にするよう促した。仕方なく、彼女がグラスを手にしようとしたその時、

「ニャー!。」

バーに預けてあった猫が久しぶりにやって来た。

「あ、トモちゃん!。」

「ニャー!。」

「ほら、こいつも乾杯しようっていってるぜ!。」

海坊主と猫にそういわれると、彼女はグラスになみなみと酒を注いで立ちあがった。そして、

「よしっ!。 tomboy に乾杯!。」

「乾杯!。」

「乾杯!。」

「乾杯!。」

「ニャー!。」

みんなは一斉にグラスの酒を飲み干した。トモには猫缶が宛がわれた。すると、彼女は早々に二杯目をなみなみと注いで再び一気に飲み干した。

「ぷはーっ!。」

海坊主とキタさんは、次第に青ざめていった。

「おい、知らねえぞ・・。」

「暴れる前に、どんどん注いで潰しちまうか。」

二人は良からぬ相談を始めた。四人と一匹がもりあがっていると、

「はい。これは店のおごりよ。」

と、バーのママが豪華に盛られた大皿の料理を差し入れした。

「おお!、こいつはスゲーや!。」

彼女は相変わらず急ピッチで酒を仰いでいたが、男共は急いで料理を食べ始めた。テーブルがひっくり返されては、折角の料理が台無しだと、みんな既に知っていたからだった。

「さ、オメーも早く食いな。」

海坊主は猫にやさしく、そういった。

「ところでさ、アンタ達、船の基地は何処にするんだい?。」

ママがたずねた。

「そうだなあ、旅暮らしといっても、船内は狭えからなあ・・。ま、此処で生まれた船体だから、差し詰め、此処を拠点にしとくか。」

そういうと、海坊主はママと乾杯した。

「地球の方は、いいのか?。オメーがいなくなったら、社長も寂しがるだろう?。」

キタさんが、しんみりといった。すると、海坊主はグラスを置いて、珍しく神妙な顔をした。

「オレがあの地に辿り着いて、社長と二人で輸送事業を拡大させた。当初は寂れた港湾だったが、者がいき交うと、そこに人が集まるようになって、寂れてた町に活気が戻った。ちょっとした産業も生まれた。そうやって繁栄すりゃあ、運び屋冥利に尽きるってもんだ。場所は何処でもいい。必要とあらば、何でも運ぶ。迅速に運ぶ。兎に角運ぶ。それで十分さ。」

そういうと、海坊主は再びグラスを手にして、ニヤリと笑った。

「はは。だな。オメーのいう通りだ。」

キタさんもグラスを手にすると。海坊主のグラスに自身のグラスを軽く当てて乾杯した。一人しみじみとやっていたリーゼントの男は、二人の話を静かに聞いていた。が、

「何かが出来上がっていく・・かあ。俺の人生には無い出来事だったな。」

そういって、グラスを見つめた。

「そりゃーよ、軍に属して、戦闘機ばっか乗ってりゃ、生産性は無えわな。防衛は国家や惑星の要だが、平和であればあるほど、金食い虫のお払い箱だしな。だが、あの船は、決して交戦はしねえ。目的は破壊じゃ無えからな。ものを運びゃ、そいつを元に、何かが生まれる。輸送は人類の血脈だ。」

海坊主はそういうと、リーゼントの男に酒を注いだ。

「まあ、オレも意見は同じだな。軍に所属はしていたが、長く勤めても、前線じゃ役に立たねえ。内勤か艦内で機械弄りが主な仕事になっていったな。その方が、多少は生産的ではあったな。そして何より、少佐はそのことをよく知っていた。」

キタさんの言葉に、リーゼントの男は聞き入った。

「あの人は、自分を臆病だといっていたが、決してそうじゃ無え。臆病者が、あんな戦い方なんぞ、出来る訳が無え。軍にいながらにして、如何に生産的なことが行えるかを、常に考えている。だから、後方支援の道を選んだんだろうな。物静かだが、何よりも強い心を持っている。そうで無きゃ、あんな風には勤まらないさ。」

海坊主同様、キタさんもまた、過酷な人生を送ってきた一人だった。様々な光景を目にしてきて、そして、ようやく辿り着いたのが、新造船という新たな道だったのだろう。そして、それは決してその場限りのものでは無く、ましてや、破壊的なものでも無い。人々が求めるのに応じて、輸送を行う。そして、その一端を、自分も担うのだということを、リーゼントの男は、しみじみと感じていた。と、その時、

「ガチャーン!。」

案の定、バーの真ん中で、何やら騒ぎが始まった。


「バッキャロー!。何処に目え付けてやんでい!。」

聞き覚えのある声が、激しく誰かを罵倒していた。

「ははは。早速始めやがったか。」

いつの間にか、彼女が向こうの席に座っていた客と小競り合いになっていた。相手は屈強そうな労働者風の男達が五、六人ってところだった。

「おいおい。そっちから倒れてきて、それは無えんじゃねえのか?。」

どうやら、足元が覚束ないまま、彼女はあっちの席に倒れ込んだようだった。すると、

「文句があんなら、かかってこいやあ!。」

彼女はそういうと、座っている男の一人の胸ぐらを掴んで激しく揺さぶった。

「女だと思って甘い顔してりゃあ、いい気になりやがって!。」

男もあまりのことに、流石に立ち上がって彼女を止めようとしたが、今度は男の腕にガブリと噛み付いた。

「痛ててててっ!、このアマっ!。」

あまりの痛さに、男は彼女の髪の毛を引っつかんで腕から引き離すと、向こうの方へぶん投げた。

「ドシャーン!。」

彼女はそのまま、床に突っ伏した。

「よう、止めなくていいのか?。」

キタさんが、流石に心配して海坊主にいった。

「さあ、どうしたもんかな・・。だが、お嬢ちゃんは、まだまだやる気みたいだぜ。」

海坊主のいった通り、彼女はムックと起き上がると、テーブルの上に飛び乗った。そして、照明器具にぶら下がると、

「ア〜アア〜ッ!。」

と、ターザンよろしく、そのまま男達の席に突進した。と、

「ガッシャーン!。」

という轟音と共にテーブルは大破し、酒も料理も辺り一面に飛び散った。

「あ〜あ、勿体ない・・。」

キタさんがそういっている間に、彼女は次々と男達に掴みかかって暴れ出した。

「うりゃ〜っ!。」

酒の入った彼女の勢いに、男達は手が付けられなかった。しかし、全員で何とか彼女を取り押さえると、

「この野郎!、たっぷりお仕置きしてやるから、覚悟しなっ!。」

と、男達は床にねじ伏せた彼女に手を出そうとした。すると、

「おいおいおい!、女一人に男が何人も寄って集って、フェアじゃ無えなあ。」

いつの間にか、海坊主が仲裁に入っていた。

「何だテメーは?。」

「オレか?。オレはそのお嬢ちゃんの仲間だ。まあ、酒の勢いでやったことだし、彼女に成り代わって、オレが謝るよ。すまなかったな。」

そういうと、海坊主は頭を掻きながら、申し訳なさそうに苦笑いをして詫びた。

「冗談じゃ無えぜ。折角のひとときを台無しにしやがって!。」

「そうか。じゃあ、どうすりゃいい?。」

「そうだな、此処でおねんねしてもらおうか。」

男の一人がそういうと、

「ガンッ!。」

と、鈍い音と共に、海坊主の後ろに回り込んでいた男が、後頭部目掛けてボトルを思いっきり振り下ろした。

「ドシャッ!。」

海坊主は、その場に倒れてしまった。

「手慣れてやがるな。」

「ああ。」

キタさんがリーゼントの男に話しかけた。男は相づちを打つと、

「アンタは左、オレは右だ。」

と合図を送ると、二人は素早く席を立って二手に分かれた。キタさんは猫を小脇に抱えて、

「ママ、ちょっと頼むよ。」

と、猫を託して再び店の中央に戻っていった。

「よう、どうした?。」

キタさんが男達の中に割って入ると、

「あーあ。のびちまってるな。」

と、倒れている海坊主を介抱しようとした。

「何だ?、オメーも仲間か?。」

男の一人がキタさんにたずねた。すると、キタさんはスッと立ち上がって、

「ああ、そうだ。」

そういって、男達と対峙した。

「じゃあ、テメーもねんねしな。」

男がそういいかけたとき、キタさんは右手で相手の肩を軽くポンと突き放すと、

「バキッ!。」

と、男の左顔面に左後ろ回し蹴りを炸裂させた。

「ドカッ!。」

男はもの凄い勢いで向こうのテーブルまで吹っ飛んだ。その瞬間、男達が二手に分かれてキタさんの背後を取ろうとした。すると、

「何処までも汚ねえ野郎だぜ。」

そのさらに後ろで待ち構えていたリーゼントのとこが、片方の男を掴んで制止した。「何だ、この野郎!。」

と、捕まれた男は殴りかかろうとしたが、次の瞬間、

「パシッ!。」

と、全く見えないジャブが男の顔面を捉えた。

「グシャッ!。」

男はその場に崩れ落ちた。

「どうした?。来なよ。」

キタさんは、たじろいでいるもう一人の男にそういった。すると、

「おりゃあーっ!。」

と、男がキタさんに向かっていった。キタさんはサッと体をかわすと、男の背後を取った。そして次の瞬間、

「バキッ!。」

と、男の首根っこを押さえると同時に、顔面に膝蹴りを食らわした。

「ドシャッ!。」

男は鼻から血を吹きながらぶっ倒れた。そして、キタさんとリーゼントの男は、残る男達に向かって、躙り寄った。

「まだ数の上じゃあ、アンタらが優位だぜ。心してかかって来りゃ、勝てるかも知れねーぜ。」

キタさんはそういいながら、リーゼントの男の顔を見て、ニヤッと笑った。と、その時、

「ううっ、あー痛てっ。そいつらをやるのは、ちょっと待った!。」

と、床に倒れていた海坊主が気がついた。そして、後頭部を押さえながら、

「おい、オメーら、まずはお嬢ちゃんの手を離しな!。そして、これからが本番だ!。」

そういうと、海坊主は葉巻を加えてニヤリと笑った。


 いわれた通りに、男は彼女を押さえつけていた手を離した。すると、

「うりゃあああああっ!。」

と、彼女は起き上がると同時に全速力で海坊主目掛けて走って来ると、

「ドカッ!。」

と、鼻の下辺り目掛けて、思いっきり頭突きを食らわした。まさかの攻撃に、無防備だった海坊主は後ろへ吹っ飛んだ。

「テメー!、人がこんな目に遭ってんのに、何いつまでも見てやがんでいっ!。」

すると、彼女は仰向けに倒れている海坊主に馬乗りになると、胸ぐらを掴んで、さらに数発頭突きをを食らわした。それを見て驚いたキタさんとリーゼントの男は、

「おい!、もういい。のびちゃってるから。ね。もうやめたげて・・。」

と、二人して彼女を制止しようとした。ところが、

「あ?。」

と、彼女は振り返りざまにそういうと、

「とーっ!。」

と、今度はキタさんの鼻の下目掛けて、頭突きを食らわした。

「ドカッ!。」

「うっ!。」

哀れ、キタさんも海坊主同様、仰向けになって吹っ飛んだ。そして、

「次はお前か?。」

と、彼女は鬼の形相でリーゼントの男を睨んだ。

「い、いえ。オレは結構です。」

と、胸元で小さく両手を挙げて、降参の合図を送った。そして、

「文句があるのは、彼らの方みたいですよ・・。」

と、喧嘩を売ってきた男達を小さく指差した。

「あ、そうだったよなあ。アンタら、勝手に喧嘩売ってきた上に、アタシを押さえつけてさあ・・。」

そういいながら、彼女は男の所に躙り寄っていった。もうこの段階で、男は涙目になっていた。そして、

「いや、だって、喧嘩を売ってきたのはアナタでしょーが?。それに、こんな強い仲間がいただなんて。でも、その仲間ものばしちゃって、アナタ一体、何者なんだい・・?。」

男は震えながらたずねた。

「アタシかい?。アタシはただの科学者だよ!。文句ある?。」

「い、いえ、無いです。はい。」

男が怯えながら答えていると、

「ニャー!。」

と、猫が彼女の足元の擦り寄ってきた。

「あら!、トモちゃん!。なーに?。」

彼女はそっと猫を抱き寄せると、急に乙女の笑顔になった。

「よしよし。え?、何だって?。」

どうやら、彼女は猫と会話をしているらしかった。そして、

「ふんふん、そう。解った。」

そういいながら、猫の頭を優しく撫でつつ、男にたずねた。

「所でアンタ達、一体、誰?。」

「あ、はい。我々は鉱山労働者です。」

「鉱山?。何掘ってたの?。」

「えっと、あ、アメリシウム・・です。」

「アメリ・・・。へー。」

彼女は猫の頭を撫でながら、さらに男に躙り寄った。

「嘘おっしゃい!。アメリシウムが天然下に存在する訳無いじゃない!。」

「ホントです。」

「じゃあ聞くけど、アナタ達が掘ってたのは、本当に鉱山?。」

彼女は、少し酔いが覚めたらしく、真顔で尋ねた。

「えっと、場所は鉱山でしたが、掘り進めると何か施設のようなものが出て来て、その内部からアメリシウムを採集してました。はい。」

それを聞いて、彼女はこれまでに無い、真剣な表情になった。そして、リーゼントの男の男を呼びつけると、

「ちょっと、この子、持ってて。」

そういって、猫をリーゼントの男に預けた。

「その施設って、どんな感じだった?。」

「えっと、何重にも分厚い扉が設置されていて、その奥に巨大な円筒状の構造物がありました。」

「で、そこに入る前、何か探知機かフィルムのような物は付けてたの?。」

「何すか?、それ?。」

そう聞いて、彼女の顔は次第に強張っていった。

「じゃあ、どんな格好でそこに入っていったの?。」

「防塵マスクと、作業着です。」

「その作業着は、重かった?。」

「いえ、特には。」

「いい?、まず、のびてる連中を全員起こして!。」

彼女はそういうと、カウンターの所へいって、氷水の入った容器を貰いにいった。そして、まず自分がそれを飲むと、倒れている連中の頭に氷水をかけた。

「ううっ。」

「冷てっ!。」

「ひゃーっ。」

みんな気がつくと、彼女は海坊主とキタさんの所へいき、

「悪いけど、仕事よ!。」

そういって、二人の方をポンと叩いて、店を出ていった。そして、倉庫に向かうと、

「おーい。もう起きてる?。」

と、油まみれの男性を呼びつけた。彼はついさっき目覚めたらしく、まだボーッとした様子で椅子に腰掛けていた。

「あ、酷いや!。オレだけ置いてけぼりでさ。」

「ゴメン。話は後。此処に放射能の探知機はある?。あと、細胞スキャナーと。」

「えーっと、放射能何とかなら、確かその棚の上にあるぜ。細胞何とかは解らないけど、医療施設が封鎖になった際、設備一式を引き払ってきたのがあっちの棟に仕舞ってあったはずだが・・。」

彼女はそれを聞いて、早速探知機を棚から引っ張り出した。そして、

「いい?。バーへいって、みんな此処へ来るように伝えて!。」

そういうと、彼女は慌ただしく、設備の締まってある棟へ駆けていった。


 いつになく真剣な表情で、彼女は様々な器具類を倉庫に運び込んだ。それと同時に、バーから戻って来た海坊主達と鉱山労働者は、何事かと、その様子を眺めていた。彼女は手際良く装置を起動させると、海坊主達に労働者の人数分、ベッドを用意するようにいった。そして、それらが調うと、彼女は一人ずつ、放射能探知機のセンサー部分を丹念に男達に近付けて測定を始めた。

「ピーッ!。」

案の定、センサーは高いビープ音を出して反応した。彼女は次から次に、男達の反応を測定した。しかし、結果は同じだった。全員、高いビープ音が鳴った。すると、今度は別の棟から持って来た細胞スキャナーで、男達の体を測定し始めた。

「ん?、何だ?、このモニターに映ってるのは・・。」

海坊主が訪ねたが、

「黙って!。」

彼女はそれを遮って、ひたすら真剣な表情でモニターを見つめた。そして、労働者全員分の測定を終えると、疲れ切った様子で、椅子にドッカと腰を下ろした。

「どうした?。何があった?。」

キタさんが彼女にたずねた。すると、

「仕事始めは、ロハね。彼らを至急、近くの医療設備の整った惑星に運ばないと・・。」

と、重い口を開いた。

「放射線か?。」

リーゼントの男がたずねると、彼女は静かに頷いた。

「船のテスト飛行は確認出来たし、後は全員を乗せたら、すぐに出発を・・、」

そういいかけたとき、

「待ちな。お嬢ちゃん。」

海坊主が制した。

「恐らくヤツらは、全部承知で仕事を請け負ってたんだろう。ヤバイ仕事だってのを織り込み済みでな。そして、高い報酬を貰って危険な作業に携わった。寿命と引き換えにな。そして、その最後を、此処で謳歌してたんだろ。」

そういいながら、海坊主は彼女の肩にそっと手を置いた。しかし、彼女はそれを振り払うと、

「そんなの、無知すぎるわ!。今ならまだ間に合うかも。彼らはまだ元気なのよ!。あんなに戦えるぐらいに。」

「だが、検査結果は、絶望的な数値だったんだろ?。だったら、最後ぐらい、楽しましてやれよ。な?。」

海坊主は彼女を優しく説得しようとした。しかし、彼女は目に涙をいっぱい浮かべて、

「だから、何?。可能な限り、希望を繋ぐべく、何でも運ぶんでしょ?。だったら、今すぐ彼らを運んでよ!。」

彼女は立ち上がって叫んだ。決して引き下がろうとはしなかった。すると、

「ちょっといいか?。」

リーゼントの男が、海坊主の腕を掴むと、外へ連れ出した。

「何だ?。」

「何故彼女が科学者をやってるか、知らねえだろ?。あれの父親も、かつては有名な科学者だったんだ。だが、実験中に放射線を大量に浴びて、そのまま逝ったんだ。そういうことをこの世から無くすためにって、彼女も父親と同じ道に踏み出したのさ。だから、今回の事は、どうしても何とかしたいって思ってるんだろうな。」

それを聞いて、海坊主は天を仰いだ。そして、葉巻をくわえると、

「そういうことか・・。別に出航を出し惜しみする訳じゃ無えが、ヤツらが何ていうかなあ・・。」

そういいながら、海坊主は労働者達の心情を慮った。一方、倉庫の中では、検査を終えた労働者達がベッドから起き上がると、

「あの、オレ達、どっか悪いのかい?。」

と、彼女にたずねた。彼女はいうか迷ったが、彼らを見ると、黙って頷いた。

「そうか。通りで気前よく大枚を渡す訳だ。ま、太く短く生きて、最後に楽しけりゃ、オレ達は十分だ。気遣ってくれて、有り難うよ。」

労働者の一人がそういうと、みんな口々に礼をいって、倉庫から去ろうとした。そこへ、外から戻ってきた海坊主が、

「ようし。アンタら、この後、予定はあるのか?。」

と、労働者達にたずねた。

「いや。何も。後はゆっくり楽しむだけさ。」

「そうか。じゃあ、とっておきのお楽しみってのを、用意してやるぜ!。」

そういうと、海坊主は倉庫の外に止まってる新造船を指差した。

「こいつは、宇宙一速い輸送船だ。そして、アンタらが、最初の客人だ。中は少々狭えが、今からこいつで旅に出る。希望の旅に。」

そういって、海坊主は彼女にウインクをした。今まで泣きはらしていた彼女の顔が、一気に晴れやかになった。

「ぼさっとすんな!。すぐに出航だ!。」

海坊主は船長の貫禄を示すと、そこにいるみんなに指示を出した。

「お嬢ちゃん、オレはナビは出来るが、何処が最適な医療施設かは知らねえ。兎に角、急いで探しな!。」

「了解!。」

彼女はブリッジに駆け上がると、モニターで最短の惑星を一斉検索した。そして、候補が三つ出ると、海坊主もモニターを眺めながら、

「よし。こいつだ。出港準備!。」

いき先を絞って、すぐに出航の準備に入った。キタさんは機関室でエンジン始動の準備を、リーゼントの男は猫を抱えたまま操縦席に、そして海坊主は艦長席に座って、発進準備の最終確認を行った。そして、

「おい、何でもいいから、あるだけの食糧を調達して積み込め!。」

と、油まみれの男性に無線で指示した。


 出航の準備が整うと、彼女は鉱山労働者達を船内の一番安定した場所を探して、小さいながらも乗組員の船室が丁度人数分あったので、其処のベッドに横たえた。

「いい?。発進時は揺れると思うけど、安定飛行に入ったら大丈夫だから。出来るだけ体をリラックスさせて、喉が渇いたら少しずつ給水してね。」

「有り難うよ。アンタ、思ったより、いい人だな。」

労働者達は彼女に礼をいうと、静かに横たわった。

「おーい!、取り敢えず、ありったけの食料を持って来たぜ。」

油まみれの男性が下からそういうと、全員が積み込み作業を手伝った。

「一刻を争うわ。さ、出発を。」

「よし!。出航だ。」

彼女の言葉に、海坊主が答えるように指示を出した。キタさんと彼女は機関室に、リーゼントの男と海坊主はブリッジに上がると席に着いた。

「エンジン点火。お嬢ちゃん、用意はいいか?。」

「OK。」

「発進!。」

もの凄い轟音と同時に、船体は垂直に浮き上がると、そのまま宇宙まで飛び立った。

「大気圏を抜けたら、そのまま指定の座標まで一気に抜ける。途中、軍事航路を横切るが、お嬢ちゃん、何処までなら加速出来る?。」

「お好きなだけ、どうぞ!。」

「上等。」

軍事航路の手前まで来ると、海坊主はディスプレイに目的地までの最短距離を示した。

「今、オレ達は此処だ。そして、この航路を真っ直ぐ横切る。確実に追っ手はかかるはずだが、そのまま打っ千切る。後はお前の腕次第だ。大御所さんよ!。」

海坊主はリーゼントの男を鼓舞した。

「こっちは何時でもいいぜ!。」

「よーし。全速っ!。」

「キュイイイーン!。」

船は高い唸りを上げて、一気に軍事航路に突入した。

「くっ。こいつは戦闘機並みのGだな。おーい、機関室、そっちは大丈夫か?。」

「ああ、大丈夫だ。」

「こっちもOKよ。」

みんな加速に備えて、体制を整えていた。すると、ディスプレイに偵察艇らしき船影が数隻追尾している様子が映し出された。

「さーて、追っ手来れるかなあ?。」

海坊主はディスプレイを眺めながら、不敵に微笑んだ。

「全然だな。距離は開く一方さ。」

操縦桿を握りながら、リーゼントの男がそういった。

「追っ手が消えたら、慣性飛行に切り替えて。」

機関室から彼女がいってきた。

「了解。」

海坊主が指示を出し、リーゼントの男が加速をやめた。すると、彼女は機関室を離れ、船室にいる鉱山労働者達の元にいった。

「大丈夫だった?。」

「ああ。オレ達ゃ鉱山の男だぜ。これぐらい、平気さ。へへ。」

「そう。解った。じゃあ、起き上がって、少し給水したら、また横になって。」

彼女は甲斐甲斐しく彼らの世話をした。そして、それが終わると、ブリッジに上がっていった。

「ご苦労だったな。で、下の連中はどうだい?。」

「・・・うん。今のところ、安定はしてる。で、到着は?。」

「ざっと六時間ってとこか。加速すりゃ、もうちょっと早くは着けるんだが・・、」

「それはダメ!。」

彼女は険しい表情で、海坊主の提案を拒んだ。

「どうしてダメなんだ?。」

自動操縦に切り替えて、リーゼントの男が振り向きざまに、たずねた。

「Gがね・・、壊れた遺伝子の崩壊を加速させるの。」

「加速ってことは、もしそのままでも、進行するってことか?。」

「・・・うん。」

彼女は静かに頷いた。

「お嬢ちゃん、オレは生化学には詳しく無えんだが、アンタは専門だ。今の科学力で、治療はどの程度出来る?。」

海坊主が静かにたずねた。

「損傷した遺伝子は、元には戻らない。可能性として、健康な遺伝子が残っていれば、それを増幅させて、幹細胞に組み込んで体内に戻す。それが上手くいけば、何とかなる・・。ただ、」

「ただ?。」

彼女は、説明を止めて、少し俯いた。

「医療倫理の厳しいエリアでは、それらの行為は禁止されているの。」

「どうしてだ?。」

リーゼントの男がたずねた。

「キメラを作ることも出来るからよ。生物は、本来備わった遺伝子でのみ生きるのが自然だっていう、古い考え方があるの。それを逸脱してまで、超人的な力や、不老長寿を追求してはいけないって。特に、信仰心の支配する領域では、その考え方は顕著ね。」

「何だか、融通の利かねえ考え方だなあ。」

「アタシもそう思う。でも、人類は科学に先んじて信仰を拠り所にしてきた生き物なの。そして、その考えが今なお支配的なのも、まあ、頷ける話ではあるけどね。」

「そうかな。オレは、イマイチ、ピンと来ないなあ。」

彼女の言葉に、リーゼントの男は懐疑的な表情をした。

「それは、お前がまだ啓示を受けてないからさ。」

海坊主は葉巻をくわえながら、そういった。

「啓示?、何だそりゃ?。」

「ま、長い間、いろいろやってりゃ、そういう光りみてーなものが、突然訪れこともあるってことさ。」

海坊主はブリッジの外を眺めながら、神妙な面持ちでそう語り始めた。

「あれは、随分昔だったなあ。とある星系で、移送途中に、大きな事故が起きたんだ。」


 海坊主は、自身が信じていた正義が如何に薄っぺらなものだったかを思い知らされた、あの脱出を試みた親子が処された一件から、ようやく立ち直って、再び船に乗ることを決意した、そんなときの出来事だった。

「一時に大量の人間が死に至る。そういう現場に遭遇することは、まあ、戦争なり事故処理の仕事に携わってると、そう珍しいことでは無え。だが、それがあまりに一瞬で起きるとな、目の前の現象が、自身の理性や思考を跳び越えてしまう。現象が感覚と即座に一致するっていうか・・。」

海坊主は葉巻を吸いながら続けた。

「そこにあるのは、命の優先順位、選別、運命。言葉は何でもいい。ただ、誰が生きて、誰が死ぬのか、一瞬で決まる。いや、決められている。そんな風に見えるんだ。」

「それを、神様が振り分けてるとでもいうのか?。」

「・・・ああ。誰がとか、何がとか、そういうのは、どうでもいい。ただ、確実に、そういうことが目の前で起こってる。生と死の狭間の線引きが。助けようにも、線の向こう側には、どう足掻いたって、手が届かねえ。辛うじて生き残るのは、みんな線のこっち側だけだ。オレにはその少し前に、嫌な出来事があったからな。それを振り払おうと、オレは線の向こう側に踏み出そうとした。もう助からねえだろうと思いつつも、何とか助けることで、オレの中で、いや、全ての理不尽が変えられると、そう思ってたんだろうな。」

煙を燻らせながら、海坊主は空を見た。

「で、どうなった?。」

リーゼントの男が、その先をたずねた。彼女は黙って聞いていた。

「オレが、向こう側に倒れている数人の所に駆け寄った途端、二次爆発が起こった。オレはそのまま、吹き飛ばされた。そん時に、ああ、オレの寿命は此処かと。そう思って、吹き飛ばされるがままに任せた。」

二人は固唾を呑んで聞いていた。

「すると、辺りか光り一色に包まれてな。痛みは愚か、感覚すら無かった。ただ、優しくて眩しい光りが、オレの前身を突き抜けるように差した。お迎えかなと思ったよ。するとな、光の中から白い手のようなものがのびてきて、オレの右手を掴んだ。それと同時に、顔がオレの目の前に近づいて来た。多分、女・・だったかな。辛うじて目を開けているオレは、その姿をじっと見つめた。すると、その女は、寂しそうに微笑みながらオレを見ると、首を軽く横に振った。何の言葉も交わさなかったが、オレはそれで全てを理解した。いや、そんな気がした。」

「・・・で、どうなった?。」

リーゼントの男が、口を開いた。

「ん?。オレは自分が倒れて傷だらけなのが解ったよ。気がついたんだな。激しい痛みが蘇った。で、倒れながら頭を擡げると、オレが進もうとした先の通路は、吹き飛んで無くなってた。」

「助けられなかったってか・・。」

「いや、そうじゃ無い。」

リーゼントの男の言葉を、彼女が遮った。

「彼らが助からなかったんじゃ無くって、アナタが生かされた。そうよね?。」

そういうと、彼女は海坊主を見た。

「よくは解らねえが、無くなっちまった向こう側は、俺の住む世界じゃ無えような気はしたな。オレの力が及ぶような所でも無え。そしてオレは、瀕死の重傷を負ったが、こっち側で生きている。何がその差を分けたのかなんて、いくら考えたって無駄なのかもな。そしてオレは、そのまま光の中の女のお告げ通りに・・、」

海坊主はそういいながら、再び葉巻をくわえて、

「はい、運命に従います・・なんて風には、到底なれなかったぜ。超越的な力ってのが、宇宙の何処かにはあるのかも知れねえ。そして、そんな力にオレ達は敵う訳が無えのかもしれねえ。だがよ、死んじまったら、それに抗うことすら出来ねえ。だから、今こうして生きてるうちに、せいぜい試せることは片っ端から試す。そして、挑めるものは片っ端から挑む。そういうこった。」

そういうと、海坊主はニヤリと笑った。彼女は椅子から立ち上がって、

「そう来なくっちゃ!。」

と、歓喜した。リーゼントの男は、目の前で葉巻を吹かしている男が、いつもの海坊主だと、あらためて思った。

「だがよ、この話には余談があってな、オレは死んだ連中の家族に会うことがあった。偶然なんだがな。で、オレは何をいっていいのか解らなかったが、今の話をそのまま伝えた。するとな、家族は俺の手を取って、有り難そうに何度も頷いてたよ。光の中から出て来た腕と同じ所を握り締めながら、何度も何度も。後で知ったんだが、その星域は、光神を信仰してるとかっていってたな。家族が亡くなって悲しかっただろうに、でも、それを支える何かが、彼らの生活や人生、あるいは歴史みたいなものを貫いて存在してるんだろうなって、熟々感じたなあ・・。」

そういうと、海坊主は右腕の辺りを摩った。と、その時、

「追跡者アリ。追跡者アリ。」

と、船内にAIの音声が流れた。見ると、モニターに一隻の船影が小さく映し出されていた。


「ちっ、追っ手か・・。」

海坊主がそう呟くと、

「このまま真っ直ぐいけば、目的地の直前で、あの船影と鉢合わせだな。」

と、リーゼントの男がいった。すると、

「ん?。よう、その船影、拡大してスキャン出来るか?。」

と、男は続けた。

「待って。今やってみる。」

彼女が長距離スキャンを調整して、不鮮明ながらも、その画像をモニターに映し出した。

「こいつはひょっとして・・。」

男は何かを思い出したようだった。そして、

「よう。このまま真っ直ぐいこう。後はオレが何とかする。」

と、海坊主に伝えた。

「一刻を争うのに、真っ直ぐ突っ込んだら、追っかけこで、時間を取られちまうぜ。」

海坊主は少し心配そうにいったが、

「いいから、ここはオレを信じろ。」

と、リーゼントの男は直進することを譲らなかった。

「しゃーない。なら、任せたぜ。」

船は予定通り、進路を真っ直ぐに突き進んだ。そして数十分後、

「レーダーにより、本船は捕捉されました。」

AIの警戒音声が艦内に響いた。慣性飛行とはいえ、船の速度は相当の速さに達していた。加えて、航路は明らかに軍事航路を横切った、不法行為だった。そして、目の前に現れた船は、

「やっぱりな。戦闘機でも追跡船でも無え。後方支援の輸送船だ。」

リーゼントの男は、まるでそのことが分かっていたかのようにいった。

「それでも、軍の船だぜ。一悶着は覚悟で・・、」

海坊主がそういうと、

「いいか。今から全員黙って、相手の無線を傍受してみな。」

男は彼女に向こうの船の音声を拾うように指示した。

「少佐、航路違反の船が、目の前を通過します。」

「ああ。攻撃するでも無さそうだし、少し様子を見ようか。」

傍受した音声の会話は、殊の外、穏やかだった。すると、

「いくぜ!。」

そういうと、男は船を急旋回して、宇宙に大きく横八の字を描いた。そして、船は再び直進の航路に戻って、姿勢を整えた。

「少佐、何やらあの船、無限大の形を描いたようですが?。」

「はは。そういうことか。では、あちらの船に打診。航行の無事を祈るとな。」

傍受の会話が終わると同時に、船には正式なコメントが送られて来た。

「どういうことだ?、これは。」

海坊主が驚いた様子で、リーゼントの男にたずねた。

「ま、お咎め無しってことさ。」

男は、そうとだけ伝えた。そして、向こうに見えるように、わざとパッシングのライトを点滅させて、船はそのまま輸送船の前を横切ると、一気に飛び去った。機関室から上がってきたキタさんが、操縦席にやって来た。

「今のは、ひょっとして・・?。」

「ああ。少佐だ。」

男がそういうと、キタさんはニコッと笑って、男の方をポンと叩いた。そして再び、機関室に戻っていった。

 暫くいくと、船の前方に白い巨大な惑星が現れた。

「あれは?。」

リーゼントの男がたずねた。

「癒しの惑星、フィル。」

彼女がモニターを見ながら答えた。

「知らねえな。どんな星だ?。」

「はは。知らねえのも当然だ。オレも、ああいう星は苦手でね。」

「フィルは、終末医療を中心とした科学技術に富んだ惑星よ。普通は看取りを行う、宗教色の強い惑星なの。でも、その最後に関する医療技術のスキルも、かなり持ってるってのは、もっぱらの噂ね。」

「噂?。」

「ええ。最先端の科学技術は、裏を返せば、軍事技術にも転用出来るの。だから、例えそのような技術を持っていたとしても、公にはいえないのよ。」

彼女がそういうと、海坊主が付け加えた。

「ま、清き者のみが、其処で最後を過ごすことの出来る、そういう星さ。オレ達には、到底縁の無い所ってことさ。」

海坊主はそういうと、葉巻をくわえてモニターの上に足を投げ出した。すると、

「こちらは惑星フィル。そちらの船籍および、着陸目的を述べて下さい。」

星からのメッセージが入ってきた。

「こちらは輸送船tomboy。緊急に治療が必要な患者数名が乗船しています。至急、着陸許可をお願いします。」

彼女が丁寧にメッセージを返信すると、惑星から船内スキャナが成されているのを探知した。

「スキャン完了。着陸を許可します。」

「感謝します。」

船はそのまま降下し、着陸ポートに降り立った。すると其処には、患者輸送用の車が用意されていて、医療スタッフらしき人物が何人も待機していた。船はハッチを開くと、中から彼女が真っ先に飛び出していって、スタッフの責任者らしき人物と握手を交わすと、患者の概要を説明した。それと同時に、待機していたスタッフが担架を持って乗船すると、次々と患者を船外に運び出し、車に乗せて医療施設に向かった。海坊主達は遅れて船から降りてきた。すると、

「・・・アナタは、」

責任者らしきスタッフが、海坊主の顔を静かに眺めた。

「オレの顔に、何か付いてますかな?、シスター。」

と、海坊主は責任者の女性にたずねた。

「間違い無い。覚えておられますか?。かなり昔に、我々の仲間を看取って頂いた・・。」

そういわれて、海坊主は頭を掻きながら、自身もようやく、何かを思い出した。


「ああ、あの時の!。」

「通常は船籍不明の場合、着陸をお断りしているのですが、アナタの船でしたか。」

「あ、ああ。つい最近、新造したばかりでね。それはそうと、急患なんだが、お願い出来るかな?。」

「ええ、勿論です。」

そういうと、海坊主は責任者の女性と共に、施設に向かって歩いていった。そして、その後ろを、船の停止を終えたキタさんとリーゼントの男が付いていった。

「此処は?。」

リーゼントの男がキタさんにたずねた。

「宗教都市国家だ。ま、聖なる星ってやつだ。」

「聖なる・・かあ。」

白を基調とした荘厳な建築物が幾つも建ち並び、街の細い通路の一つ一つが整然と作られ、地面には塵一つ置いていなかった。一行が施設に着くと、先に入っていた彼女が医療関係者らしき人達と真剣に打ち合わせをしていた。そして、症状の程度によって、運ばれてきた男達は別々の部屋に慌ただしく運ばれていった。海坊主は、葉巻を吸おうと胸ポケットに手をやったが、辺りの静粛さに押されて、その手を下ろした。三人は大きな玄関ホールの端にある長椅子に座ると、丸いドーム状の天上から光が差し込むのを見つめた。

「あれが聖なる光か・・。」

「日光だよ。ありゃ。」

リーゼントの男に、海坊主がそう答えた。そして、

「でもよ、信心ってのは、実に不思議だ。ただの光でさえも、信心がありゃ、有り難くも感じる。流石のオレも、この雰囲気にあっちゃあ、ちっとは敬う気持ちが湧くってもんだぜ。え?、どうだい?。」

と、海坊主はキタさんにたずねた。

「ん?、ああ。何か、ささくれ立ってたもんが、一気にこう、なだらかになってく感じだなあ。」

キタさんも、いつになく穏やかな表情で、そう答えた。

「オメエはどうだい?。」

「オレは、眩しいのが苦手でね。だが、此処の光は、悪くは無い。」

海坊主にたずねられて、リーゼントの男はサングラスを外して目を閉じた。そして、再び天を仰いだ。其処へ、打ち合わせを終えた彼女が戻ってきた。彼女の表情は、いつになく真剣だった。

「よう。で、どうだった?。」

海坊主がたずねた。

「・・うん。やれることはやった。後は此処のスタッフに任せるだけ。といいたいところなんだけど、」

「どうした?。」

「放射線治療の技術が、思ったより高く無いの。」

彼女は力なく、そう答えた。

「失われた遺伝子は、取り戻せねえ。そんなところか。」

「・・・ええ。」

海坊主の言葉に、彼女はそう頷くしか無かった。

「でもよ、オメエ、科学者なんだろ?。何でもいいから、何か方法は無えのかよ?。」

リーゼントの男がそういうと、

「無理よ、此処じゃあ。」

「何が無理なんだ?。」

「設備が足りないの。」

「どんな?。」

「DNA再生装置と、それを再挿入させる機材。そして何より、それらの技術を用いてもいいという、この星の人達の承諾が。」

彼女がそういうと、

「よう、装置類は、調達出来そうか?。」

海坊主がキタさんにたずねた。

「場所さえ解りゃな。動かし方は、アンタが知ってんだろ?。」

「ええ。一応。」

キタさんと彼女は、装置類の準備と作動は問題無いと考えた。

「じゃあ、後は、此処の人達の信仰心を、ちょいと曲げてもらうだけか。」

「そいつが一番難しいんじゃ無えのか?。」

海坊主の言葉に、リーゼントの男が疑問を呈した。すると、

「オレ達は、迅速が主義だよな?。そして、不可能を可能にするべく挑む、だな?。」

海坊主はそういうと、三人を見た。

「ええ。」

「ああ。」

「だな。」

三人とも、海坊主の言葉に頷くと、

「よし、オメエ達は今から出発して、機材を此処へ持ち運べ。後の話はオレが何とかしておく。GOだ!。」

そういうと、三人は船へ戻って出航の準備にかかった。そして、海坊主は医療責任者の元を訪ねた。

「シスター、すいません。ちょっとお話が・・。」

そういうと、患者に付き添っていた責任者の女性が、部屋から出て来た。

「はい。」

「さっき彼女から聞いたんですが、此処では遺伝子の治療が十分に行えないとか・・。」

海坊主がそういうと、女性は申し訳なさそうに、

「我々は、運ばれてくる方々の国籍や背景は一切気にせず、可能な限り受け入れております。ですが、こちらで施すことの出来る治療は、この星の教義に則った範囲ということに、どうしてもなってしまいます。」

と、俯き加減で答えた。

「では、もし、彼らを救うことの出来る技術が、今目の前にあったとして、それでも、寿命を間近に控えた人達は、その恩恵に肖ること無く、天命に従うのが正しいと、そうお考えですかな?。」

海坊主は、失礼を承知で彼女に話した。

「・・・それは、ワタシも医師です。人を助けるのが使命。ですが、戒律との狭間に身動きが取れないのが現実です。」

「身動きが・・ねえ。じゃあ、その身動きってやつを、ワタシが出来るようにして差し上げたら、アナタは協力してくれますかな?。」

彼女の言葉に、海坊主は妙案を思いついたようにたずねた。


 女性は、その方法とは、どのようなものかたずねた。

「簡単です。施設内で戒律を犯せないというのなら、施設外なら問題は無い。そういうことですね?。ならば、オレの船を施設外に停泊させて、その中で治療を行えば、何も問題は無い。アナタ方は、ただ見守って、我々が行うことに対して、目配せでも何でもいいから、合図だけしれくれりゃあ、あとはこっちが引き受ける。どうです?。」

海坊主の提案に、女性は目を丸くした。

「我々は申し訳無いが、アナタ方が信仰している宗教の信者では無い。だから、我々にはアナタ方の戒律は関係が無い。勿論、そちらの領域でのことは尊重しますがね。ただ、今は時間が無い。何処までが可能で、何処からが不可能化の線引きや議論をしている暇が無いんです。だから、我々の好きなようにやらせてもらいますよ。勿論、オレの一存と責任でね。」

そういうと、海坊主は葉巻をくわえようとしたが、此処が禁煙区域であることを思いだして、葉巻をポケットへ戻そうとした。すると、女性はポケットからサッとライターを取り出し、

「さ、どうぞ。」

と、海坊主に火を差し出した。

「え?、あ、ああ。こりゃ、どーも。」

海坊主は一瞬驚いたが、彼女の行為に甘えて、その場で一服した。すると、

「じゃ、アタシも失礼して。」

と、何と、彼女もポケットに忍ばせていたタバコを取り出すと、それに火を着けた。そして、二人して一緒に一服した。

「アナタの仰る通りですわ。命を前にして、戒律だの何なのと、いってる場合では無いですね。ご覧のように、ワタシも時折こうして、無性に一服したくなります。ですが、日頃は限られた場所でこっそりと吸っていました。それが、アナタのように大らかで、向こう見ずに見えながら、何よりも命を大切になさっている。我々の教義は、アナタの心持ちには、まだまだ及んでいません。」

「いえ、そんなことは・・。」

海坊主がそういいかけたとき、

「アナタはあの日、ご自身の命も省みず、我々の仲間を助けようとして下さった。そんな方に対して、我々は、いや、ワタシはまだ何も報いていません。ですので、ワタシの責任において、此処で全てを行って下さい。これはワタシからのお願いです。どうか、宜しくお願いします。」

そういうと、彼女は深々と頭を下げた。

「止めて下さい、シスター。こちらこそ、どうも有り難う御座います。所で、戒律を破っての一服は、どうですか?。」

海坊主は恐縮しながらたずねた。すると、女性は頭を上げるとニコッと笑って、

「ええ。本当に美味しいですわ。」

そういいながら、二人は暫し喫煙を楽しんだ。

「さて、じゃあ、ヤツらにちょっくら、挨拶でもしておきますかな。」

海坊主は一服を終えると、収容された労働者達に会いにいった。施設内は常に天窓から光が降り注ぎ、所々に中庭が設けられていた。その一つに、バーで海坊主とやり合った労働者が静かに腰掛けていた。

「よう。」

「ああ、アンタか。」

「どうだ?、具合は?。」

「少し怠いが、それ以外は別に何とも無えさ。」

「そうか。そいつは良かったな。」

「だが、この状態も、そう長くは持たねえんだよな。まあ、でも、ここまでしてもらったんだ。悪か無えというか、有り難えことだ。」

海坊主は彼の横に腰掛けると、肩を組んで小声で話し出した。

「オメエ達は、いい報酬と引き換えに、命を削ろうとした。オメエらがそれを承知で引き受けたんなら、それもまた人生だが、そこん所は、どうなんだ?。」

「はは。オレ達の仕事に危険は付き物さ。些細なことにいちいち拘っちゃいねえ。だが、この前の仕事は、やけに報酬が良かったな。その分、口止めもされたがな。ま、オレ達が無知なのをいいことに、まんまと一杯食わされたって所だな。これも天命さ。」

海坊主の問いに、男はサッパリした様子で答えた。だが、

「いいか?。お前達の気っぷの良さにはオレも感服するところだが、今、例のお嬢ちゃん達が、アンタらを助けるべく、必死で宇宙を駆け回ってる。この星は、逝く人間を看取るのが本領だが、科学力が少し足りねえ。そして、その少しを埋めるべく、彼女らが奔走してる。無理強いはしないが、もしよかったら、そいつに、彼女が持ち帰る希望に賭けてみねえか?。」

そういうと、海坊主は型に回した手にグッと力を込めて、男を見た。

「・・そうさな。オレは、こんな静かで快適な死に場所を用意してくれたんなら、それでいいと思ってたが、アンタの話を聞いてると、何かこのまま此処で終わっちゃ申し訳ないような気がしてきたぜ。体の寿命は時間との勝負だが、魂の寿命には、まだちょっと先がある・・。そんなところか?。」

男はそういいながら、海坊主を見た。海坊主は小さく頷いた。

「解ったよ。じゃあ、ひとつ頼むわ。」

男はそういうと、海坊主と握手をした。すると、

「じゃ、景気づけに、一服するか?。」

そういいながら、海坊主はポケットから葉巻を取り出した。

「はは。折角だが、みんながオレ達の延命のために動いてくれてるんだ。遠慮しとくよ。」

そういうと、男は静かに、しかし、少し力の籠もった笑みを見せた。


 機器類の調達と輸送には数日を要した。その間、海坊主はこの星を散策したり、神殿で祈りを捧げるために訪れる数多の信者を眺めたりして時間を過ごした。天まで伸びる白く巨大な伽藍の元に、毎日吸い寄せられるように、祈りを捧げる人達が押し寄せた。そんな施設の端っこにある、小さな喫煙スペースで、海坊主は背中を丸めながらベンチに座って葉巻を吸った。すると、

「あら、こんな所にいらっしゃったんですか?。」

と、主任の女性がやって来た。

「じゃあ、アタシも一服。」

そういうと、彼女もタバコを取り出して、海坊主の横に腰掛けると煙草に火を着けた。

「お祈りですか・・。」

「ええ。日に一度、拝礼に。」

彼女は煙を燻らせつつ、

「不躾な質問で御免なさい。アナタ、信仰は?。」

そう海坊主にたずねた。

「はは。ガラじゃ無いです。」

「あのような啓示をお受けになられたのに?。」

彼女は、以前海坊主から聞かされた話のことをいっていた。

「ええ。確かに、不思議な体験というのは、宇宙を隅々まで旅してると、時折あります。若い時は、自分の思うままに突っ走って、全てが自分の意志で何とかなるって、驕っていた時もありました。そして、自分が如何にちっぽけな存在かに気づき出した時から、自分は生きてるんじゃ無くて、生かされているんだとも、少しは感じるようになりました。そのまま、大いなる者の手の中に委ねられたら、さぞ快適なんでしょうがね。だが、オレにはそういうのは、どうもね・・。ささくれ立ってて、若干不快でも、そんな方が性に合ってるような気がしてね。」

海坊主は葉巻を加えながら、空を仰いだ。すると、

「格好いいじゃないですか!。それ。」

彼女はそういいながら、目を輝かせて海坊主を見つめた。

「アナタは、アナタの信ずるがままに進まれるがいい。アナタには崇拝する偶像なんて必要無い。もう既に、十分なご加護を受けておられる。のみならず、いく先々で、会う人会う人に、そのご加護を授けてらっしゃる。」

そして、煙草の火を消しながら、

「さて、アタシは仕事に戻ります。では。」

そういうと、彼女は喫煙スペースから足早に立ち去った。

「ま、こっちは機器類が来るまでは身動きが取れねえから、ちょっくらいってみるか・・。」

そういいながら、海坊主は葉巻をもみ消すと、神殿に向かって歩いていった。入り口には白装束の人々が列を成して礼拝を待っていた。海坊主は場違いな格好ではあったが、周りに合わせてしおらしく列に並んだ。隣で並んでいる親子連れが海坊主を見ると、ニコッと微笑んだ。それを見て、海坊主も優しく微笑み返した。そしていよいよ、神殿に入れると思ったそのとき、

「あの、失礼します。もしや、海坊主様でいらっしゃいますか?。」

と、神官らしき人物が初坊主の元に歩み寄ってきた。

「ええ。そうですが。」

「ワタシは、この神殿に使える司祭です。アナタのお噂はかねがね伺っております。」

そういうと、神官は軽くお辞儀をした。どんな噂なんだろうと、海坊主は想像していたが、

「大師祭様が、アナタにお目に掛かりたいと申しております。いかがでしょう?。」

「大師祭様が?。」

神官の言葉を聞いて、海坊主は驚いた。縁も所縁も無い、ましてや信仰心も無い自分に、一体何の用なのかと。しかし、兎に角機材が届くまではすることの無い彼は、暇つぶしに神官の言葉に従った。そして、

「解りました。何だか知らねえが、光栄です。」

そういいながら、列を離れて神官の後に付いていった。神殿の外庭を大きく回って、二人は大聖堂近くに辿り着いた。

「此処でお待ちを。」

神官はそういうと、裏口の大きな木戸の中に姿を消した。そして、程なくして、荘厳な衣装に身を包んだ大司祭が現れた。

「おお!。そなたが、労働者の方々を此処へお連れした船長殿ですな!。」

白く長い髭を蓄えた大司祭はにっこりと微笑みながら、海坊主の元に歩み寄ると、両手を取った。海坊主は何をいっていいのか解らなかったが、自分もにっこりと笑いながら、大司祭に会釈した。

「どうも。海坊主です。」

「海坊主殿ですか。趣のある名ですな。」

大司祭はそういいながら喜んだ。

「さ、どうぞ此方へ。」

海坊主は大司祭に案内されるがままに、大聖堂の周りを二人で歩いた。海坊主は、あまりに巨大な建造物を前に、思わず息を呑んだ。そして、遥か上の方をずっと眺めていた。

「祈りの塔です。我々の信仰の中心です。」

大司祭は海坊主に説明を始めた。

「我々は信仰と共に生き、そして、信仰と共に召されます。そのような暮らしが何時の頃から行われていたのか、定かではありません。だが、文字が発明され、歴史が刻まれるよりも遥か以前から、この塔はあると、そういい伝えられております。」

大司祭は神妙な面持ちで、そういった。


 海坊主は、荘厳な塔を見上げながら、

「制作された年代は放射性同位元素で科学的に測定は可能ですが、此処では科学より祈りが先んずる、そういうことですな。」

と、誰にいうでもなく喋った。大司祭は静かに頷いて、

「科学とは真に便利なものです。人類の文明を躍進させたのも、その知識や思考があってのこと。我らもその恩恵に肖り、また、それらの技術を駆使して、生なるときには人々に健康を、そして、その肉体が消えいるときには安らぎをもたらすよう努めております。」

そう答えた。

「なるほど。そして、肉体が滅びても、精神は大いなるものに委ねられる。この惑星の人達は、如何なる状況にあっても、希望を決して失わないのは、そのためですかね。」

「我々の教義では、生と死の境目に、大きな隔たりは無いと伝えられております。物質なる肉体に精神が宿り、肉体が物理的役割を終える時、精神は再び光のもとに帰する。そして再び、いずれの時に、時代に、精神は出ずる。そういう輪廻の一部として、我々は存在している。」

大司祭が話し終えると、海坊主はポケットから葉巻を取り出して、

「失礼して、よろしいですかな?。」

海坊主は大司祭から了解を得ると、葉巻を吸い始めた。

「どうも、小難しい話を聞くと、つい、こいつを吸いたくなりましてねえ。ワタシは数多の宇宙(そら)を駆け巡ってきました。そして、その間、様々な不思議な出来事に遭遇もしました。我々の持つ科学力や知識を遥かに超える現象もしばしばでした。だが、どういう訳か、ワタシには現在の記憶と感覚しかありません。ですので、今、此処でこうしていることが、ワタシにとっての現実であり、全てです。大いなる宇宙にあっては、そのようなものは小さく限られたものでしょうな。ですが、ワタシはその中で藻掻いて生きるより他に、術を知りません。どうしても、俗っぽいものに惹かれてしまう。ま、そういうことです。」

そういいながら、海坊主は煙を燻らせた。大司祭はニコッと笑って、

「医療主任のいう通りのお方ですな。我々は大層な構えで信仰を説いているだけで、アナタのように、どんな所にも馳せ参じて人々に幸福をもたらすようなことは出来ません。」

「幸福をもたらすなんて、とんでもない!。何処へいっても厄介者扱いですよ。はは。」

「ワタシもこの教団を率いる立場に身を置いて随分久しい。穏やかで安寧なる毎日ですが、かつて暮らした俗世とは疎遠になってしまった。それでも此処へ来たての頃は、こっそり抜け出して、盛り場にいっては遊んだものです。」

大司祭は海坊主にこっそりと白状した。

「おお!、そうでしたか。それはそれは。」

「今もたまに、昔のことを思い出して、そのような場所を懐かしく感じることもたまにあります。ですが、みなの心に安寧をもたらすべく努めるのは、やはり重責です。それを全うするには、此処でひたすら精進するしか無い。そういう思いに支えられながら暮らしております。どうか、何時までも健康で、そして、ご無事で航海を務められますよう、切に願っております。」

そういうと、大司祭は海坊主の手を取り、固く握手を交わした。海坊主も慌てて葉巻をもみ消して、その握手に応えた。

「では、これで。」

「はい。もう暫く、この惑星にご厄介になります。」

海坊主は別れ際に、大司祭にそういった。大司祭はニコッとしながら何度も頷いて、聖堂の中に消えていった。海坊主は医療施設に戻ろうと歩き出した。と、その時、

「すいません、すぐに来て頂けますか?。」

医療施設のスタッフらしき人物が、慌てて海坊主の元に駆け寄ってきた。

「鉱山労働者の方が・・、」

それを聞いて、海坊主とスタッフは慌てて施設まで駆けていった。玄関ドアをけたたましく通り抜けると、

「どうした?。」

海坊主はその辺にいるスタッフにたずねた。

「何人かが苦しみ出して、意識が混濁しています・・。」

それを聞いて、海坊主は無菌処理を済ませると、衣料着に着替えて病室に入っていった。ベッドには機器類に繋がれて、苦しそうに呼吸をする労働者達が横になっていた。海坊主は静かにベッドの傍らに進むと、

「おい、しっかりしろ!。もうすぐ機械が届くからな。」

そういって、労働者達を励まそうとした。すると、

「・・・はあ、はあ。ああ、アンタか。」

一人の労働者が目を覚ました。

「何とかがんばってはみたが、そろそろお迎えが来たようだ。色々と世話になったなあ・・。はあ、はあ。」

労働者は苦しそうに生きをしながらも、海坊主の顔を見ながら、微かに微笑んだ。

「いいか?、あと少しだ。あと少しの間、希望を持ってがんばれ。いいな。」

「希望・・かあ。捨てちゃいねえが、定めってもんは、誰にでも訪れる。オレたちゃ、それでいい。最後まで希望を抱かせてくれて、有り難うよ・・。」

そういいながら、海坊主の目の前で、一人の労働者は事切れた。海坊主はベッドの縁を固く握り締めながら、

「馬鹿野郎っ!。死んだら何にもならねーじゃねえかっ!。」

と、声を殺しながら悔しさを滲ませた。


「急いで!。こっちも反応が薄いわ!。」

一人の死を悼む間もなく、次の労働者が危篤に陥った。

「バイタルが弱いな。」

「カンフル!。」

スタッフが忙しく動き回る間を縫って、海坊主はベッドの縁に寄り添った。

「おいっ!、しっかりしろっ!。」

そういいながら、海坊主は白い顔をして寝ている労働者の肩口に拳を食らわした。

「ちょっと、止めてください!。」

女性スタッフが慌てて制止しようとしたその時、

「はっ。」

危篤だったはずの労働者が眼を見開いた。

「おい!、もうちょっと踏ん張れ!。今、お嬢ちゃんがいい物を持って来てくれるからよ。」

海坊主の言葉に労働者は顔を向けると、

「・・ああ、アンタか。今、川の向こう岸で誰かが手招きしてやがったよ。恐ろしく眩しかったなあ。でも、あっち側は案外、悪くもなさそうだぜ。へへ。」

そういいながら、気持ち良さそうに微笑んだ。そして、

「ま、オレはここまでだ。短い間だったが、世話んなったな。あばよ・・。」

そういうと、そっと瞼を閉じて事切れた。海坊主はまたもベッドの縁を掴みながら項垂れた。そして、小さな声で、

「あばよ。」

そういうと、スタッフの邪魔にならないように部屋を出た。そして、そのまま玄関ホールまで歩いていった時、

「プルルルル。」

海坊主の携帯が鳴った。

「よう。オレだ。」

「アタシ。ようやく機器の積み込みが終わって、今から離陸する所。出来るだけ飛ばしてもらって、一日弱でそっちに着くわ。みんなの様子はどう?。」

彼女からだった。いち早く彼らの命を救おうと、懸命な様子が声からも窺えた。

「ああ。何とか必死に堪えてる。ヤツに気をつけながら飛ばすように伝えてくれ。じゃあな。」

そういうと、海坊主は電話を切った。そして、外に出ると隅っこの方に歩いていって、葉巻をくわえて吸い始めた。あの程度の嘘をつくのが、精一杯だった。海坊主は、深く葉巻を吸うと、溜息混じりに煙を吐いた。

「はーっ。」

すると、施設の入り口から誰かが出て来たかと思うと、海坊主の方に歩いてきた。医療主任だった。海坊主の様子を見て、彼女もポケットからタバコを取り出して、吸い始めた。

「ふーっ。厳しいわ。」

「他は?。」

「今のところ、安定はしてる。でも、いつ激変してもおかしくない状態ね。」

「何がその差を分けてる?。運命か?。」

海坊主の言葉に、彼女は煙を燻らせながら応えた。

「かもね。でも、そうじゃ無い。それは最後の時がいつなのかを決める側の話。アタシは医師よ。察するに、放射性物質との距離ね。残念ながら、亡くなった二人は相当近くにいたか、あるいは比較的近くに長時間いたか。そのどちらかね。」

「随分昔だが、燃料の代わりに原子力で船を航行させてた時代があったなあ。まあ、画期的なシステムではあったんだろうが、結局は制御が出来ず、廃れていった技術だ。なのに、何故未だにそんな鉱物を採掘してるんだ?。」

海坊主は彼女にたずねた。

「さあね。アタシ達は、信仰と平和と共に暮らしてる。恐らくは、武器商人か何かが、核ミサイルの材料に欲しがってるんじゃない?。」

「それも、随分と古ぼけた技術なんだがな。」

「ところで、機材の調達はどうなったの?。」

「ああ。さっき連絡が入ってな。一日弱で、何とかこっちに戻れるそうだ。」

「・・そう。」

海坊主の言葉に、彼女は俯いて煙草を消した。

「もつか?。」

海坊主は率直にたずねた。

「・・一人はね。変異指数が低いから。でも、残りの人達は・・、」

「そうか。解った。有り難うよ。引き続き、頼む。オレも出来ることがあるなら何でもするからよ。」

海坊主は医療主任を励ました。すると、彼女は俯いていた顔を上げて、海坊主の背中をポンと叩いた。

「よし!。じゃあ、お願い。アナタの話の方が、彼らにとって心浮き立つ言葉みたい。だから、」

「OK!。そういうことなら。」

そういうと、海坊主は葉巻を消して、二人して施設に戻っていった。

「よう。どうだい?。」

病室に戻ると、海坊主は比較的症状の軽い労働者のリーダーに声をかけた。

「・・ああ。今のところ、大丈夫だ。」

「そうか。聞いてると思うが・・、」

「残念だった。あいつらとは長かった。」

リーダーは、先に亡くなった仲間のことを、既に知っていた。

「あと少し、今日一日辛抱したら、お嬢ちゃんが機材を運んで、助けに来てくれるぜ。」

海坊主はいったが、リーダーの表情は優れなかった。仲間が死んですぐのことだし、仕方の無いことだと、海坊主は思った。だが、

「此処は信仰の星・・だよな?。」

リーダーが海坊主にたずねた。

「ああ。立派な大聖堂や、大司祭様がいるぜ。オレもさっき会ってきた。」

すると、

「オレも、会えるかな?。」

リーダーは、何か思い詰めたような表情で、海坊主を見た。


 海坊主はリーダーに、体が億劫なら、大司祭か誰かを呼んでこようかとたずねた。リーダーはその申し出を断った。海坊主はそっとたずねた。

「何があった?。」

リーダーは黙って俯いたままだった。しかし、

「オレは、罪深い人間なんだ。」

そういうと、リーダーは座ったまま両手で膝を力一杯掴んだ。

「あいつらとは随分前に知り合った。色んな鉱山を渡り歩いて、苦楽を共にして来た、危険なこともしょっちゅうだった。それでも、互いに助け合い、此処までやって来た。あの日までは・・。」

「あの日?。」

海坊主がたずねた。

「仕事の手配は大抵、鉱山主が行う。オレ達は決められた段取り通りに、朝から晩まで穴を掘る。といっても、穴に入っちまえば、昼も夜も解らねえけどな。しかし、オレ達が最後に訪れた鉱山は、真っ暗な闇の中でも、石が青白く光って浮かび上がってた。それは、この世のものとは思えないほど、美しい光景だった。」

「そいつは、何の石だ?。」

海坊主がリーダーの話に水を差した。

「知らされてはいなかった。ま、大抵、大雑把に鉱物の種類だけ聞かされて、後はひたすら掘る。情報が不確かでも、気にはしなかった。その方が寧ろ、報酬はいいからな。だが、その鉱山だけは、破格だった。みんな挙ってそこで働こうとしたが、その前に厳密な検査があってな。」

「健康度チェックか?。」

「ああ。とりわけ元気な連中が選ばれた。オレ達も当然のように、そのメンバーに加えられて、綺麗な穴ん中で働けるのが妙に嬉しくなってた。オマケに、労働時間が通常の半分以下なのに、報酬は倍以上、いや、三倍はあったな。その辺りで、オレは何か妙なことに気付いてな。」

「妙なこと?。」

「ああ。オレ達は屈強だ。どんなにヘトヘトになるまで働いても、飯食って酒をカッ食らえば、翌朝からも普通に働けた。だが、その鉱山だけは違ってた。まるで生気を吸い取られるように、一人、また一人と倒れていった。」

「被曝か?。」

海坊主は先回りして述べた。

「ああ。みんなは、そのことを全く知らなかった。だが、オレは・・、」

「知ってたんだな?。初めから。」

海坊主の言葉に、リーダーは途切れ途切れに語った。

「初めからじゃ無え。ある時、ふと思い出したんだ。倒れて運び出される連中の症状が、妙に一致しててな。抜け毛に腹痛。そして、笑った時に口元に滲む微かな血。それを見た時、オレは確信した。こいつはとんでもない場所に来ちまったって。だが・・、」

「だが、作業はやめなかった。だな?。」

「・・ああ。みんな、報酬に目が眩んでた。オレだってそうだ。しかし、このままそこで働き続けたら、オレ達は確実に寿命を縮める。オレは悩んだ。本当のことを仲間に伝えるべきかどうか。」

リーダーの眉間に、一際深い皺が刻まれた。

「いったのか?。」

「ああ。ある晩、仲間を集めて、そこの鉱物がどんなものか、そして、それがオレ達の命を削っているとな。鉱山主は黙ってるが、このままでは報酬を貰う前に、こっちが先に逝っちまう。そう伝えた。だが・・、」

「だが?。」

「あいつら、笑いながらオレの肩に手を置いて、有り難うって、いいやがるんだ。本当のことを教えてくれてって。そして、次の日からも、ヤツらは何事も無かったかのように鉱山で作業を続けた。その度に、オレは何度も止めようとした、だが、オレ達には金を送らなければならない家族がいる。だから、可能な限り掘り続けるってよ。中には家族のいないヤツもいたが、仲間が家族みたいなもんだから、そいつがやるっていったら、オレもやるさって、そういいながら笑ってやがった・・。」

リーダーは両手で頭をかけながら項垂れた。そして、

「オレはそれ以上、あいつらを止めることが出来なかった。解ってやがったんだ。鉱物の危険性なんかじゃ無え。自分の運命ってのを・・。そして、あいつらは運命に従順に従うことを選んだ。オレは、オレはもっと必至で、ヤツらを止めるべきだったのかも知れねえ。だが、それをすることは、あいつらの生き様を否定するようなものだ。そして、オレには出来なかった。ならば、せめて仲間と一緒に働こうと思ったが、体がいうことを聞かなかった。」

「症状が出たのか?。」

「いや、そうじゃ無え。怖かったんだ。オレは体を動かそうと必至だったが、オレの体を恐怖が支配していた。オレはどうしても最前線に進むことが出来なかった。そんなオレを、ヤツらは、無理するなって。そう微笑みながら、穴の奥に消えていった。オレは、ヤツらを見殺しにするのを、ただ穴の外で眺めるしかなかったんだ・・。」

そういうと、リーダーは大粒の涙を零して嗚咽した。海坊主はポケットから葉巻を取り出そうとしたが、それを握りつぶして、再びポケットの奥に仕舞った。そして、

「そいつは、見殺しなんかじゃ無えな。」

そういうと、海坊主はリーダーの傍らに座って、そっと肩を抱き寄せた。


海坊主は遠くを見るような目をして語り始めた。

「命ってのは、不思議だ。どんなに助けようとしても、そうはならねえこともある。必ず死というものが付いて回るからな。オレはかつて、無益な死がこれ以上起きないように、必至に努めた。そうすれば、何とかなると思ってたんだな。必ず何とかなると。しかし、現実は違った。ついさっきまで元気だったヤツが、紛争に巻き込まれて、午後にはもう地上にはいない。そんなのもザラだった。しかし、それは自らが志願しての戦いであり、結果だ。昂ぶる気持ちを抑えて、戦いを終えるその日まで黙々と進むしか無え。そして、終戦を迎えることが出来ても、心の何処かに開いた穴は塞がらねえ。虚しい日々だけが続いた。」

次第に海坊主の眉間にも深い皺が刻まれ出した。

「そういう気持ちを払拭しようと、自らの信ずる正義に忠実に、ただただ邁進する日々を送ろうともした。その結果がどうだったか。オレは救えるはずだと信じていたある親子の命を、不覚にも悪魔の手に渡しちまった。その瞬間から、オレは絶望の淵で、自らを恨んだね。自らの肉体や魂なんて、木っ端微塵に吹っ飛びそうになるほど、徹底的な自己否定が始まった。そして、自らで命を絶つことが、唯一の策だと思うようになった。方法は簡単だった。武器の使い方は手慣れたものだったからな。だが、どんなにそれを実行しようと思っても、何故か思いとどまっちまう。それが恐怖からなのか、それとも何か違う理由からなのか、オレには解らなかった。だが、そこで消え去っても、何も報われねえ。そんな気がした。そしてオレは、その先にある何かを知りたくて、様々な最前線に志願した。どんな危険な現場も厭わなかった。自暴自棄なんかじゃ無かった。もう、そういう心境は脱してたからな。」

そして、海坊主の眉間の皺が少し緩み始めた。

「そしてある日、船舶の巨大事故に遭遇した。オレは火の中に飛び込んで、生存者を助けようと必至になった。だが、すんでのところで、救えない命に直面した。助けようと身を乗り出すと、二次爆発が起きて、オレは吹き飛ばされた。そしてオレは不思議な光に包まれてな。そこは、人間の住む世界じゃ無かったことは、すぐに解った。時間も空間も超越したような感覚だったからな。理屈じゃ無え。ただ、そう感じた。そして、再び気づいた時、オレは辛うじて生きていた。その場にいた、オレだけがな。そして、死んだ人間の家族に、そのことを伝えた時、何故か喜ばれてな。それが、この星の住人だった。彼らには強い信仰がある。オレにはそんなものは無えが、彼らの崇めるものの何たるかは、ちっとは解った気がしたなあ。彼らは、自分達を超えた大いなる存在、そして、その意志みたいなものに従順だ。オレはへそ曲がりだからよ、そんなの糞食らえってほうなんだが、でも、あの光に突かれて以降、運命に抗う気持ちと、それを受け入れる気持ちが、半々になったな。恐らくは、オレの頭の中で、言い訳を求めようとして出来上がった産物なのかも知れねえが、それでも、頑なに正義を真っ当しようとしてた頃よりは、心が穏やかになったかな。だから、オレはアンタにいう。アンタは間違って無え。例え誰かがそういったとしても、オレは、アンタを許す。オレが人様の真偽を裁けるガラかよ。なあ。」

海坊主の言葉を聞き終えると、リーダーの表情はすっかり穏やかさに満ちていた。

「有り難うよ。このまま苦しんで、懺悔の日々を送るのも運命かと諦めてたが、あんたの話を聞いて、今のオレが何者なのか、少し解ったような気がしたよ。例のお嬢ちゃんが運んでくれる希望が届くまで、もう少し頑張ってみるよ。」

そういうと、リーダーは海坊主の手を取って、固く握手を交わした。海坊主もしっかりと手を握りかえして、微笑んだ。

「じゃあな。」

海坊主はそういうと、病室を後にした。そして翌日、リーダーは逝った。

「ゴメン、少し遅れたけど、何とか着いたわ。機材もバッチリよ。」

午後に戻って来たtomboyから彼女が一目散に駆け下りてくると、海坊主にそういった。

「そうか。ご苦労だったな。」

海坊主は力なく、彼女の肩をポンと叩くと、そういった。

「・・・駄目、だったの?。」

雰囲気を察して、彼女が海坊主にそうたずねた。どれほど落胆して嘆き悲しむだろうと、海坊主は覚悟しつつ、

「ああ。今朝方までに、みんな・・。」

そう、正直に伝えた。彼女は唖然とした表情で、その場に立ち尽くした。後から下りてきたキタさんとリーゼントの男の男が、その様子を眺めながら、海坊主の方を見た。海坊主は黙って首を静かに横に振った。海坊主は彼女の肩に手をかけようとしたそのとき、

「検死作業に入るわ。」

そういうと、キリッとした表情に戻り、颯爽と施設の玄関に向かって歩いていった。


 彼女は霊安室まで真っ直ぐ向かうと、医療主任の許可を得て、一体一体、検死を行った。そして、その様子を事細かに記載してデータ化した。そして、遺体に手を添えながら、まるで許しを請うようなポーズをすると、サンプルを少しずつ採取し、持って来た機材で分析を始めた。

「もう逝っちまってるから、いいんじゃねえのか?。此処は魂が安らかに眠ることの出来る惑星なんだろ?。そのまま埋葬してやりゃ・・、」

リーゼントの男が彼女の様子を見て、そういいかけた時、

「気の済むようにやらしてやれ。」

海坊主はそういいながら、リーゼントの男の肩をポンと叩いて、船へ向かった。タラップの辺りで、キタさんが残りの機材を下ろそうとしていた。

「どうだ?、彼女。」

「ああ。亡骸と格闘してやがる。」

キタサンの言葉に、海坊主はそういうと、葉巻をくわえて吸い出した。

「此処だけの話だが、船内で彼女、圧縮エネルギーの再膨張ゲージを、一睡もせずに見つめてたな。それが、何か鬼気迫るって感じでよ。あまりに根を詰めてるから、声をかけようと思ったんだが、思わずブルって、何もいえなかったぜ。」

そういいながら、キタさんは機材の箱に腰をかけた。

「みんな、お嬢ちゃんの帰りを待ち望んでいた。荒くれ者の鉱山労働者達だ。自分の最後ぐらい、格好良くとは思ってたんだろうが、そうはいかなかった。誰でも死を目前にすると、恐怖するからな。だが、あいつらは最後まで希望を捨てなかった。見る見る痩せ衰えていくのに、目つきは澄んで、輝いていたな。この信仰の星が成せる技なのか、それとも、お嬢ちゃんの力なのか。ま、いずれにせよ、あいつらを騙して働かせてたヤツってのは、業が深えなあ・・。」

海坊主は煙を燻らせながら、遠くを見つめた。

「そのことなんだがな。」

キタさんが何やら語り出した。

「機材を積み込んだ後、食糧調達に、とあるコンビニ衛星に立ち寄ったんだがよ。そこで、例の鉱山について知ってるヤツと会ったぜ。」

「おお、そいつはいい知らせだ!。」

キタさんの話に、海坊主は目を輝かせた。

「因みに、此処からそう遠く無い星系の鉱山惑星だそうだ。あ、それと、オレも彼女から燃料タンクの操作について、ちょっとばかし手ほどきを受けた。過度な膨張さえさせなかったら、オレにでも操作は出来るぜ。」

「ようし。じゃあ、ちょっくら出かけるか。」

「OK!。」

キタさんと海坊主は機材を全て運び出した。そして、リーゼントの男に後のことを頼むと、二人は船に乗り込んで、そのまま飛び立った。

 検死と分析を終えた彼女は、喫煙スペースで煙草をくわえながら、泥のように眠っていた。

「ま、無理も無えか。張り詰めていたものが、プツンと切れちまったんだからな。」

リーゼントの男は、少し間を開けて彼女の傍らに座ると、静かに煙草を吸い始めた。

「・・・ん。あれ?、アタシ、」

彼女が急に目覚めた。

「よう。お目覚めかい。ご苦労だったな。」

リーゼントの男はそういうと、彼女に新しい煙草を一本、差し出した。しかし、

「いや、いい。有り難う。」

彼女は男の申し出を優しく断ると、急に立ち上がって、歩き出した。

「おい、何処へいく?。もうちょっと休んだ方が・・、」

「そうはいかないの。」

そういいながら、彼女はそのまま歩いていこうとした。リーゼントの男も少し様子が気になったのか、煙草の火を消すと、彼女に着いていった。そして二人は礼拝堂に着いた。彼女は入り口で一礼すると、建物の中に入っていった。リーゼントの男も彼女の真似をして軽く会釈をすると、一緒に入っていった。そして、彼女は祭壇の前に来ると、跪いて両手を組んで祈り始めた。男は特に信仰心を持たなかったが、それでも雰囲気に押されて、その場に跪くと、頭を下げた。すると、

「・・・うっ。うっ。」

微かな呻き声のようなものが聞こえた。男が彼女の方を見ると、彼女は必死に涙を堪えながら、一心に祈っていた。一瞬、マズいものを見てしまったかと、男は目を逸らそうとしたが、男はそうはしなかった。そして、堪えきれずにすすり泣く彼女を、ずっと、優しく見守った。

「全てを背負おうとしたが、重すぎたか・・。何とも尊いことだな・・。」

男はそう思いながら、腕を組んで祭壇に向かって祈りだした。かなりの間、二人は祈りを捧げた。そして、

「いきましょ。」

そういいながら、彼女は顔を上げて男を見つめた。泣きはらした真っ赤な目を、彼女は隠すことは無かった。

「ああ。」

二人は礼拝堂を去り際に、振り返って祭壇に一礼した。そこへ、医療主任が静かに歩み寄ってきた。そして、

「アタシ達の力が及びませんで、本当に・・、」

といいながら、深々と頭を下げようとしたそのとき、

「いいえ。アタシも間に合わせることが出来ませんでした。」

そういうと、彼女は同じく、深々と頭を下げた。リーゼントの男にとっては苦手な状況だったが、何かいわねばと思い、

「あの、主任さん。やっぱ、この地で亡くなった御霊は、天国に召されるんですかね?。」

と、トンチンカンな質問をした。すると、

「此処だけの話、ワタシは医師で、科学寄りな思考です。ですが、そうであることを願います。」

そういいながら、男を見つめて少し微笑んだ。それを聞いて、

「ええ。是非、そうであることを。」

と、彼女は主任の手を取って、共に微笑んだ。


 彼女は船の止めてある所に歩いて向かったが、そこには船は無かった。リーゼントの男一人だけが、その辺りで煙草を吸っていた。

「吸うか?。」

「いや、いい。」

男は彼女に煙草を勧めたが、彼女はそれを断ると、空を見つめた。

「あの人達は?。」

「ん?、ああ、ちょっと野暮用だとよ。」

「そう。」

男は彼女を優しくエスコートしながら、施設へと戻っていった。そして、船が戻って来るまでに荷造りを済まそうと、持ち込んだ機材を片付け始めた。すると、

「あの、これ、よかったら此処へ置いていって下さる?。」

医療主任が彼女にそういった。

「え?、それはいいですが、これを使うにはそちらの規定を変える必要が・・、」

「それなら、さっき教団とかけ合って、了解を取り付けました。」

「解りました。そういうことなら。」

と、彼女は微笑みながら、主任の行動力に敬意を表して握手を交わした。ロビーではリーゼントの男が巨大パネルに映し出される報道映像を見ながらベンチに座っていた。

「ここでニュースです。先ほど、違法に放射性物質を労働者に採掘させていた鉱山主が、何者かに襲われるという事件が発生しました。調べによりますと・・、」

男は立ちあがると、

「おい!、これ、見てみろよ!。」

と、彼女に声をかけた。何事かと思いながら、彼女もパネルの前に立って報道を見た。

「鉱山主は、労働者に内緒で危険なアメリシウムという物質を高い賃金で長年にわたって採掘させていとのことで、これまでにも被害報告が出ており、大きな訴訟問題にもなっていましたが、鉱山主は司法当局を買収し、密かに作業を続けさせていたとのことです。しかし、今朝、突然黄色い船体が鉱山に着陸すると、二人組の男が鉱山主を拉致し、十字架に貼り付けて、身体中にクソ野郎・・失礼しました。身体中に下品な言葉を書き殴ると、そのまま飛び去っていったとのことです。鉱山主は労働者によって無事発見され、そのまま惑星外の司法当局に引き渡されたとのことです。次のニュースです。」

そのニュースが終わると、リーゼントの男は彼女を見てニヤッと笑った。すると、彼女も男を見て、同じくニヤッと笑った。

「流石、行動が早えーや。」

男はそういうと、煙草をくわえて火を着けようとした。

「んん。んんん。」

彼女は咳払いをして、此処が禁煙スペースであることを暗に伝えた。それに気付いて、男は煙草を仕舞った。

「ゴゴゴゴーッ!。」

そうこうしていると、施設の外に黄色い船体が着陸してきた。そして、ハッチが開くと、中から海坊主とキタさんが現れた。

「おかえり!。」

「おう。さて、到着早々だが、此処での用事は済んだし、じき出発だ。荷造りはOKか?。」

海坊主がたずねた。

「OKよ、船長!。」

彼女は声も高らかに応えた。

「アナタ達も、ご苦労様。」

「ん?、何のことだ?。」

海坊主はキタさんの顔を見ながら、とぼけて見せた。

「ん?、あ、ああ。何のことだかな。」

そういうと、キタさんもとぼけて見せながら、彼女にウィンクをした。

「よーし、出発だ!。オメエは操縦を、お嬢ちゃんは燃料ゲージのチェックだ。いくぜ!。」

そういうと、四人は船に乗り込んだ。その様子を、医療主任以下、施設のスタッフが眺めていた。そして、船が離陸すると、みんなが手を振って、海坊主達を見送った。船は次第に高度を上げていった。すると、

「おい、彼処見ろよ!。」

海坊主がそういうと、祈りの塔に人影があった。

「大司祭様じゃねーか!。」

大司祭は従者と共に手を振りながら、海坊主達を見送った。海坊主は敬礼をすると、船外をライトアップして合図した。そして、船は空を突き抜け、宇宙に旅立った。

「船内チェック。」

「エンジン異常なし。」

「燃料ゲージ異常なし。」

海坊主の掛け声に、各部から返事が返ってきた。

「よし。このままジャンク星に戻る。そして、預けたネコちゃんを受け取ったら、その次は地球だ。社長から最後の支払いを受け取りにな。頼むぜ、大御所!。」

「了解!。」

海坊主がそういうと、リーゼントの男は一気に舵をジャンク星に切って加速した。

「船長、軍事航路だぜ。」

男がそういうと、海坊主は最短の抜け道を検索した。すると、

「ちょっと掴まってな。」

男はそういうと、機体を急旋回させながら、横八の字を描くと、そのまま真っ直ぐ軍事功労を通り抜けた。軍の機影らしきものがレーダーに映し出されていたが、何もせずに短い通信だけを送ってきて、引き返した。

「ん?、何だこりゃ?。」

海坊主が通信の内容を読み上げた。

「祝、竣工。」

男はそれを聞いて、微かに微笑んだ。海坊主は葉巻をくわえると、一服やり出した。そして、

「こいつもお嬢ちゃんも、いい面になりやがったなあ・・。」

そう思いながら、煙を燻らせつつ、果てしない宇宙に目を遣った。

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海坊主宅配便 和田ひろぴー @wadahiroaki

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