第226話 白粉とファンデーション
奥方様の鉛中毒を知ってしまった以上どうにかしないといけないんだが、さてどうしたものか?
「奥方様が困っているというのは白粉の事ですよね」
「そう、そうなのよ。今まで普通に使っていたんだけど、伯爵夫人から体に良くないと聞いて使うのを止めたのよ。でもやっぱり女性は肌を綺麗に見せたいじゃない。だからどうにかならものかと思って」
「確かに、以前の白粉は体に悪い鉛が使われていましたから、継続して使うと命に係わります。ですから鉛を使わない白粉があれば良いのです。ですがちょっと作るのが面倒なんですよね」
「え! 作るのが面倒という事はマークは作れるの?」
「作れない事もないですが、奥方様は充分お綺麗ですよ。必要あります?」
俺が奥方様にこう言った時、また甘美な視線が飛んで来た。そしてその視線の先から伝わる思いは、なんとしてでも私の為に作れと訴えて来ていた。カレンさんは日焼けに弱いのかな? ハーフエルフだから、正直奥方様より無茶苦茶肌は奇麗だけどな。
「当然よ! これは世の女性の全ての願いよ!」
いやいや、それはないでしょう。うちの母ちゃんなんて白粉なんて付けたことも無いんだから……。そう思いながら母ちゃんの方を見ると、そんなことは無い! 作れるなら作れという無言の圧力が感じ取れた。そうなの? 平民の女性は誰も付けていないじゃん。
「そうですか? 平民は殆どの人が付けていないように思いますが?」
「何言ってるんだいマーク! 安けりゃみんな使いたいに決まってるだろう!」
「え! 白粉ってそんなに高いの?」
「当り前さね! こんな小さな入れ物に入って、銀貨三枚もするんだよ」
ま! マジか! 銀貨三枚と言えば前世の日本円で三万円。前世でも化粧品はそれなりに高かったけど、流石に高級ブランドじゃなければファンデーションが三万円以上は無かった筈。世界的ハイブランドだと五万円というのを見たことがあるけど……。ん? でもうちは正直小金持ちどころか大金持ちだよ。領主様の所より金持ってるよね。それなら買えるじゃんね。それなのに何で? こういうのはやっぱり身についた習慣なのかな? 高いと自分が思ってしまう物には手が出ない。
それにしても、怖いよね。女性の執念と言うのは……。
「マーク、あなたの言い方だと安く作れるように聞こえるんだけど、それで合ってるかしら?」
「いいえ。そんな事はありませんよ。あまりに高かったからびっくりしただけで、僕が作る物もそんなに安くは出来ませんよ。だってさっき言ったでしょ。作るのが面倒だと」
「それでも、驚くという事は、あの金額よりは安く出来ると思ってるって事でしょ」
「……」
これは拙ったな。確かに原材料はダンジョンで手に入るし、残りは加工賃が殆どだと思ったのは間違いない。その結果そんなに高くならないだろうと思ってしまったのも事実だ。それが言葉や態度に出てしまったんだな……。
「マーク、奥方様に失礼だよ! さっさと返事をしなさい!」
「安いとは思いますが、どの位安いかは今ここでは言えません。作ってみない事には……」
「それはマークの言う通りだわ。でもマークが作る白粉は安全なのでしょ?」
「それは大丈夫です。それだけは保証出来ます」
やべ! 調子に乗って答えちゃったから、これは作るの確定じゃん。でもそうするとこれを誰に丸投げするかなんだよな。とてもじゃないが俺が作るのは勘弁だからね。
「…………」
「どうしたのマーク? 何を考え込んでいるの?」
「いや~~、それが……、初めの少量なら僕が作っても良いけど、その後はどうするのかな~~と思って……」
「確かに、マークは五歳だものね。ずっと作って貰う訳にはいかないわね」
おいおい、俺が言わなかったら、そのまま俺に作らせるつもりだったのかよ。奥方様は当然として、もしかしたら母ちゃん達もそう言うつもりだったのか? ――目がそう言っている……。
う~~ん、白粉。前世で言えばファンデーションのような物。まぁ白粉と言うのは正確には違うものだから、作るとしたら前世のファンデーションだよな。肌の色に合わせたり、日焼け止めの効果を付けたりした物。ただ、これも天然の物ばかりで作ると長持ちしないんだよな。まぁ全くない事も無いんだけど……。
それが、ミネラルファンデーション。天然の鉱物から作られる物。主に「酸化チタン」「マイカ」「酸化鉄」「酸化亜鉛」「シリカ」などから作られる。まぁこれが基本ベースで色を変えたるするにはもう一工夫必要だけどね。
その代表的な無機顔料の1つである酸化鉄系顔料は組成と結晶構造の違いにより、赤色、黒色、黄色、褐色、赤褐色などがある。 ファンデーションなどのメイクアップ製品に広く用いられ、硫酸第一鉄(FeSO 4)を焼いて作りますが、そのときの条件(温度、時間、空気吹込量)によって出来上がりの色を変えることができます。 焼成温度が低いほど、黄色が強くなり、温度が高くなるにつれて赤~黒へと変化します。
『ソラ、今の思考を読んだ?』
『はい』
『この鉱物、ダンジョンで採れるよね』
『マスターの謎知識を読み取らせて貰いましたので、ダンジョンで生成できます。鉱山のように』
『それなら浅い階層にそれを作っておいて五階層までにお願いね』
『了解しました。それで何時頃来られます? 話の流れからもう直ぐのような気がするんですが』
ソラにまで謎知識と言われるようになるとは……。まぁ言われてもしょうがないんだけどね。俺自身がそう思っているんだから。それにソラに先まで読まれるようになってしまった。この分だと確かに先にダンジョンに行った方が、この後の事を決めるのにも良いと思うんだよね。奥方様の件を利用してダンジョンに行くように誘導しよう。
「奥方様、僕も色々考えたんですが、その事は実際に作ってみてから考えた方が良くないですか? 勿論、僕がずっと作るというのはなしでですが……」
「それは、誰かに作らせるという事よね」
「勿論、そうです。ですが特許はうちが登録しますよ」
「それで、誰でも作れるようになるのね?」
「いいえ、無理です」
「何それ! 特許は登録するけど、作れない? 言ってる意味が分からないわ? マークそれはどういう意味?」
ここからどういうのがベストかな? あ! あれと同じように言おう。
「奥方様、先程蒸留酒の話しの時に、同じように作っても他の物は水っぽいと領主様が言っていましたよね。あれと同じで、材料が分かっても探せなかったりするので、僕が作る物と同じものは作れないと思います」
「材料が探せない?」
「それは何故?」
「勿論、何年も何十年も探せば見つかるでしょうが、それでは駄目でしょ」
「確かにそうね」
「だけど、それがある所を僕は知っているんです」
「それはどこで、何故マークは知ってるの?」
結局ここで詰まるんだよな。さてどう言おう? 鑑定の事は絶対に言えないからな……。
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