第220話 魔法的な事よりこっちの方が大変
「あぁあ~~、皆さん宜しいですか? ――これは駄目なようだな。モリー済まんが皆さんに気つけを用意してくれんか!」
「だから、初めに聞いたのにね。気つけはいりませんかって……」
いや、母ちゃんそうは言っても一応断るのが筋でしょう。ましてこんな事になるなんて普通は思わないからね。まぁ確かに俺達もそれなりに忠告はしたつもりだけど……。
「かー、この状態だと普通の蒸留酒では無理だと思うから、これ使って」
「これは何だい、マーク?」
「これは聞かない方が良いと思うけど聞く?」
「そりゃ興味があるから聞くよ」
「本当に? 聞いた後に文句を言わない?」
「しつこいよ! 文句なんて言わないよ!」
「それじゃ、ごにょごにょ……」
「マーク、あんた! そんな勿体無い事をしてたのかい!」
「いやだから文句は言わないって……」
「そうは言ってもね、それは勿体無いでしょう……」
母ちゃんと漫才のような問答の後、俺が渡そうとしている物の正体を教えたら、やっぱり文句を言ってきた。まぁ言いたくなる気持ちも分かるけど、今後の為に必要なものだから諦めて欲しい。今後はもっと安価な物で作れるようにするからね。無水エタノールを……。
俺がこんな事を言うという事は、はい、もう安価に作れる方法を研究中です。俺だってドワーフですから酒を大量消費して作るなんて勿体無いと当然思っていますからね。それが前世でも使われ始めていたバイオエタノールを作る事です。木材チップや農業廃棄物から作る物ね。それを思い出した時にこの村は林業と木工業で成り立っている村だと思い出せば、これしかないと思うでしょ。
まして主に使われる木材は松とオークだという、そうなれば挑戦するしかないでしょう。本来は物凄く複雑な工程が必要だし、特殊な微生物なども必要なんだけど、俺の発想は単純で、俺の前にこの時期に現れた万能物質、今この状況を作り出している原因のスライムゼリーに目を付けたのです。だって万能なんですよ!
そこで幼馴染のミーシャちゃんのお父さんに頼んで、木くずを沢山貰って来て、大きめの樽二つに水(井戸水)と木くず、スライムゼリー(完全と不完全)、蜂蜜を少し入れて発酵させています。まだ最終的な結果は出ていませんが、見た目と匂いでは発酵してるように感じます。これがもし成功すれば、廃棄する物からアルコールが作れ無水エタノールが精製できる。
そうなれば、研究次第で香水用の無水エタノールは、お酒を使わなくて良いようになる訳です。まぁ肌につけてのテストなども必要でしょうが、可能性は大きく広がります。
香水って、
無水エタノールを10ml入れる。
精油を20滴入れる。
よく混ぜる。
数日寝かせて熟成させる。
これで作れるんですよ。女性に爆発的に売れるでしょう! うひゃひゃ……。
「まぁまぁかー、これは飲ませなくても鼻に嗅がせるだけでも
「そうなのかい? それなら他の方法でも…… それに作り方を聞いてしまうと本当に勿体無いからね」
この後、ブツブツ言いながらも母ちゃんが呆けている領主様達に無水エタノールの強烈な刺激臭を嗅がせて咽させることで全員を正気に戻した。やはり今度は違う方法を考えよう。そうじゃないと、これがTV番組だったらよい子は真似しちゃ駄目だよというテロップが出る所だ。
あ! そうだ! 刺激臭ならあれがあるじゃないか! アンモニア。あれなら身近な物で作れる。そう尿からだ。ただ単純に尿を発酵させても良いが、それじゃ面白くないので、これまで色々使ってきた、灰汁を加える事でも作れるからそれでやる。灰汁って本当に万能なんだよ……。
「皆さま、宜しいですか? 先に進む前にもう一度言っておきます。ここで見聞きしたことは内密にお願いします」
「こんな事言えるわけがないじゃないか! ルイスの口ぶりからしてこれ一つではないのであろう。もしそうならこれまで私達はこんな良い物を捨てていたという事になるのだ……」
「ルイスさん! という事は今度のスライム浄化にも大きく関係してきますね」
「村長さん、その通りです。スライムがどのようにして増えているか、この世界ではまだ解明されていませんが、あれ程弱いスライムが減らないのには理由がある筈です。それとダンジョンではドロップ品として出るのですから、使い道があるという事です」
「ルイス? その言い方をすると自然界のスライムとダンジョンのスライムのゼリーには違いがあるように聞こえるがそれであっているか?」
「領主様、その通りです。この通り見た目も違いますが、それに伴って性質も違います。例えば、自然界のスライムゼリーは水に溶けにくいです。勿論全く溶けない訳ではありませんよ。あくまでも溶けにくいというだけです。一方、ダンジョンのスライムゼリーは水に良く溶けます」
「そんな性質の違いがあるなら、スリングショットに使ったスライムゼリーはどちらの物なんだ?」
「こちらはダンジョン産です。ですがその逆は実験していませんのでどうなるか分かりません」
そうなんだよな……。不完全万能物質である、自然界のスライムゼリーに獣脂ではどうなるのかまだ試していないんだよ。
「それは、物凄く研究する価値があるという事よね?」
「はい奥方様、その通りです。実際この他にもこのような物が既に作られていますから」
漸くここで温度計と肥料の登場かよ。だけど爺ちゃん、その肥料はこの世界にまた大きな波を作るんだけど大丈夫か? 今この世界ではクズ魔石はポーションと肥料に使われているんだけど、そのうち肥料に使わなくなるんだよ。そうしたらクズ魔石の需要が無くなり、価格の暴落が起きる。そしてそれは冒険者の収入に響くことになる。
「それは、何ですの?」
「これは、石鹸作りや蒸留酒を作るのに非常に役に立つ、温度計という物です」
「温度計? 温度計とは何です?」
この世界には長さと重さの単位はあるけど温度の単位はない。熱い、冷たい、温かい、暑い、寒い、ぬるい等の表現方法はあってもお湯が沸騰する温度が百度、水が氷る温度が零度という考え方も単位もないのだ。
これを説明するのはちょっと骨だぞ。それに肥料の話もどうなるか……。
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