第203話 出発の朝、第一章完か?

 何やかんやと最後の最後まで色々あったが、いよいよ今日父ちゃん達が領主様の所に出発する。


「とー、忘れ物はない? 一張羅の服は持った? 酒は程々にしてよ。領主様に挨拶はきちんとするんだよ。最後に余計な事は言わないで、爺ちゃんに殆ど任せるんだよ」


「マーク、幾ら何でもそれはエンターが可哀そうだよ。これでもお前の親なんだからね」


「モリー! これでもとは何だ!」


「エンター、それを言われてもしょうがないような事を、今朝やっていたじゃないか」


 そうなのです。俺が出発前にこんなに父ちゃんに小言を言っているのには理由があるのだ。だって今朝起きて早々、父ちゃんのとんでもない姿を見たからです。今日出発で緊張がMAXだったのは分かるんだけど、これから長時間の馬車移動なのに、さっき俺が言った領主様に会う時用の一張羅を朝から着込んでいたし、それも裏返しに着込んでいたんですよ。そんなの見たらこりゃ駄目だと思うでしょ。


 以前、初めて領主様と会った時でも母ちゃんに背中を思いっきり叩かれて、正気に戻るような父ちゃんが、領主様に今から会う訳でもないのにこの状態じゃ、どんなポカをやっているか分かったもんじゃない。だからこれ程出掛ける前に確認をしているのだ。


「マークちゃん、今回は私らもついてるからそう心配しなくても大丈夫だよ」


「そうじゃ、わしと婆さんが一緒だから安心せい」


「爺ちゃん、婆ちゃん、それは信用出来ないよ。だってほら……」


「「……」」


 俺が爺ちゃん達の前にアイテムボックスから出したのは、昨日まで頑張って必死に作った村のジオラマと水車の模型だった。


「あらあら、それは流石にマークの方が正しいわね」


「「すまん!」」


「ごめんなさい!」


……」


 俺の冷たい返事に今度ばかりは自分達に非があるという事で、必死に三人で今回の交渉に必要な物をひとつひとつ確認して行った。


 今回の交渉にはリストにあったものは殆ど持って行くつもりだが、全てを見せるかはその場で判断する事にしている。勿論、最終的には全てを見せる事になるんだけど、それは領主館である必要は無いし、沢山の人に見せる必要はない。


「領主様との今回の交渉はあくまでも少人数で、この村に来て貰う事が最優先だからね。ダンジョンを見せるのも、出来ればその人達だけに初めは絞りたいというのが交渉の目的。絶対にその場でダンジョンの話はしないでね」


「あくまでスライムの下水処理と水車の件で村を訪れて貰うんだな」


「そう、それ以外は状況によって話したり見せても良いけど、ダンジョンの事だけはその場で決して話さないで」


 元々は全てを話す予定だったけど、ダンジョンの事を今回の交渉で話してしまうと、どうしても領主様がこの村を訪問する時の護衛が増えてしまうから、それだけは避けたかった。何故なら状況によって、俺の地下室を見せる事になるかも知れないからね。


「良し! 今度こそ忘れ物はないようだ」


「それじゃ、頑張って来てね」


「おぉ、今度こそ任せておけ!」


 父ちゃんの今度こそはイマイチ信用出来ないが、ここまで確認もさせたし、交渉の目的も再確認したから、何とかなるでしょう。


「いってらっしゃい!」


 これで本当に動き出すな。これまでは身内だけでやって来ていたが、これからは初めて他人が俺達に関係してくる。他人が絡むという事は世界が広がるという事だ。これが小説なら第一章完という所かな? それだけの転機だからね……。


「それじゃ、第二章を始めますか!」


「マーク、又お前は訳の分からんことを言っているが、お前が今からやるのは獣脂石鹸作りとオーク樽作りだよ」


「かー、頼むからそういう事は言わないで。折角やる気に成っているんだから」


 折角転機が来たと張り切っているのに、母ちゃんの現実に引き戻す一言で、一気にテンションが下がったが、これは今日まで作業をしなくて良いという交換条件の約束だからやるしかない。


「あぁそれともう一つ、店の仕事も忘れないようにね」


「わ、分かってるよ!」


 半分やけくそで返事をしたが、やる事はやらないと丸投げにした手前俺もばつが悪いからね……。


『マスター、ダンジョンに来ます?』


『行かないよ! いや行けないよ! もしこの状況でダンジョンに俺が逃げたら、後でどうなるか? 考えただけでも恐ろしいわ!」


『何時でもお待ちしていますので、もし来たくなったら来てくださいね』


『その事は良いけど、ダンジョンの進捗はどうなっているの?』


『ダンジョンの方はもう直ぐ十五階層まで完成します』


『やっぱり滅茶苦茶早いね。この分だと三年以内には百階層も夢じゃないね』


『どうでしょうか? この先冒険者がどのくらい来るかで変わってきますからね』


 そうか! 人気のダンジョンに成れば成る程、成長は遅くなるんだよな。元々そういう仕組みだからスタンピードが起きないんだから……。ん? でも冒険者が増えたらダンジョンは成長が遅くなるが、コアはその逆なんだよな。ソラはこの先どうなるんだ?


『マスター、それは私にも分かりません。私のような前例がありませんからね』


 そうだよな。元々ダンジョンのコアは初級から始まって、冒険者から得る魔力によって成長して行くんだから、ソラのような初めから特級のコアはあり得ない。唯一もし分かるとすれば、帝国にある特級ダンジョンがどう成長してるかだけだ。


 成長が止まるのか? 止まったとしたらそれ以上はどうなるのか?


『ソラ、もう少ししたら一度別のダンジョンとコンタクトをとる必要があるかもね?」


『必要あります? 何ならマスターが行って攻略してしまうのも良いかもですよ』


 そういう事を考えたことは確かにあるけど、流石にダンジョンを二つも持っても活用出来ないと思うんだよね。まぁダンジョン間の移動手段があるという事だから、それは有効利用したいとは思うけどね。


『ソラ、この後も進捗は時々教えてね。これから本当に忙しくなるからね』


『了解しました。お任せください』


「マーク~~~! 忘れる所だったけど糠の化粧品も忘れるんじゃないよ!」


 ソラとの会話を終え、さぁ仕事だと気持ちを切り替えた時、母ちゃんが地下室の入り口の扉の所から顔を覗かせて、地下室でこれから作業に入ろうとしていた俺に向かってこう叫んで来た。


 折角、ソラとの会話でテンションが戻りかけていたのに、この言葉で一気に又テンションが駄々下がりになってしまった……。

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