第198話 交渉のやり方と領主様

「爺ちゃん、兎に角全部話しても良いけど、教えるのは自分達でやって。それとひとつだけ注文を付けるなら、教える人は初めは少ない方が良いと思うよ。特許は別にして魔力の増量法とかこの世界の今までの常識が変わるような事はゆっくり広めた方が良いと思う」


「そこはわしらもそう思うんだが、なにせ相手は貴族だから、そこの承諾が取れるかが分からん」


「まぁそうだろうね。付与した武器なんて物を持ち込めば、貴族なんだから大量に欲しがるだろうし、それを持つ騎士や兵士が情報を洩らさない筈がないから、そうならないように、それを我慢してくれという事と同じだからね」


「あ! そう言えば、とーが仲良くして貰ってる領主様の所の騎士様がいたでしょ。あの人に仲介して貰えば?」


 以前父ちゃんが鉄鉱石の鉱脈を領主様に案内した時に同行していた騎士の一人と、この村に良く巡回に来るようになったのもあり、父ちゃんと仲良くなっている。勿論、キノコや森のハーブなどが目当てでもあるけど……。


「そういう手もあるか? だがあの人はこの村に何時来るか分からんぞ?」


「それはこちらから押し掛けるんだよ。勿論、手土産を持ってね」


「押し掛けると言ってもどうやって?」


「そんなの領主様の屋敷を張り込めば良いんだよ。あの人は確か妻帯者でしょ。それなら領主館には住んでいない筈だから、帰宅時を狙えば捕まえられるよ」


「マークよ、言ってる事は間違っていないが、わしにはどうにも犯罪者を捕まえるように聞こえるぞ」


 まぁやってる事が似たり寄ったりだから、そう聞こえてもしょうがないが、今回の領主様引き込み作戦にはこの人物の協力が絶対不可欠。話を大きくしないで協力を求めるには領主様の信頼が厚い人が一番だからね。


「そこまでは良いとして、その先は具体的にどうするんだ?」


「爺ちゃん良い質問だね……。先ずは餌で領主様を釣りますか?」


「マーク、お前はもう少し言葉を選べ。相手はここの領主で貴族だぞ」


 こういう所が俺には感覚的に分からないんだよな。当然、王政の貴族の立ち位置なんて、前世の歴史でも小説でも理解しているから、注意しなくてはいけない相手だとは分かっているんだが、平等、民主主義全盛の時代を生きた記憶があり、その感覚が染みついているから、この世界の人のようには振舞えない。


 まぁでもそこはほら元日本人だから、直接対峙すれば当たり障りのないように対応出来るんだけどね……。


「マーク、その餌とは何だ?」


「とー、勿論それは付与をした武器だよ。だって領主様って元騎士爵でしょ」


 一般的に騎士爵というのが騎士を表す言葉だが、本来は騎士爵と言うだけあってちゃんと領地を持っているものだ。まぁ領地を持たない王族に使えている騎士爵も存在するが、ここの領主はちゃんと領地を持っていた騎士爵だ。では俺達が騎士と呼んでいる領主様の部下は正式には騎士ではなく従士と呼ばれる人達で、常日頃から帯刀を許されている兵士の長にあたる人達。


「元騎士爵だから、武器には目が無いだろうという事か?」


「マーク、そういう人も確かにいるが、ここの領主様はそういう人じゃないぞ。どちらかというと戦略家の方の騎士爵だ」


「でも、以前見た時は筋肉マッチョだったよ」


「その筋肉マッチョというのは良く分からんが、筋肉という部分から考えてがっちりした人という意味なんだろうが、あれは剣術で出来た筋肉ではなく、海の漁を手伝っていて出来た筋肉だぞ。まぁだから力は強いがな」


「それってもしかして、この領の海に近い村を治めていたの?」


「そうだ。そこで先代男爵様のお嬢様と出会い婿入りしたんだ」


 おぉ~~それは是非お近づきになりたい領主様ではないか! 海に詳しい領主様なら、今後の事を考えても仲良くなっていて損はない。米が解禁になった以上、昆布にわかめ、海苔は絶対に欲しいし、もしかしたら異世界あるあるでよくあるカニやエビが食べられていないなんて言うのもあるかも知れない。特にこの世界は殆どが魔物だからね……。だが今はそれは置いといて、


「だから、恋愛結婚だけど政略結婚でもあるのか。ん? そうすると領主様は元は先代男爵様の寄り子だったの?」


「いや、伯爵様の寄り子じゃ」


 そういう事か! そりゃ恋愛結婚でもより政略的に見えるな。伯爵様の寄り子が男爵に吸収された形だが、男爵は元から伯爵の寄り子だし、伯爵直の寄り子が男爵を継ぐのだから地盤が固まるだけでどちらにも損がない。


「成程ね。それじゃ政略結婚だと周りが見てもしょうがないね」


「お前につられて変な方向に話がずれたが、今はそんな話じゃないだろう。武器は餌にならんという話じゃぞ」


「とーも餌って言ってるじゃん! まぁそこはこれ以上言わないけど、武器が餌にならない事はないと思うよ。根本は付与魔法にあるからね」


 以前俺と父ちゃんで作った鶴嘴は俺のマイスターという職業が物凄い威力を発揮した物だが、あれと同じ物が付与魔法を使えば父ちゃんだけでも作れるし、魔力量さえ足りるように成れば一般の鍛冶師でも作れるようになる。その事が本当の餌なんだよ。


「付与魔法か……、そうだな。武器に限らず付与魔法は使えるんだから、この村で言えば斧にも使えるから林業が楽になるな」


「マークよ、それだけでは少し弱くないか?」


「流石は爺ちゃん、そこで登場するのが模型だよ」


「模型とは何じゃ?」


「模型というのはね……」


 俺が今回の交渉の切り札にしようと思ったのが、水車のミニチュアとスライムを使った下水処理等を個別に模したものと村全体にそれを配置した模型を作る事。まぁこの段階でダンジョンの事を言うかどうかは父ちゃん達に任せるけどね……。


「それは分かり易くて良いな。だがこの時点ではダンジョンの事やスライムゼリーの事は言わない方が良いな」


「爺ちゃん、僕もその方が良いと思うよ。最終的には全部話すにしても餌の段階では話さない方が良いと思う」


「そうだな。先ずは餌で釣ってここに来てからが本番という事だな」


「とー、その通り。先ずは餌で釣って少人数でここに来て貰うまでが今回の交渉の目標。全部いきなり話しても相手の許容範囲を超えれば、良い方向に行かないかも知れない。場合によっては今回の婆ちゃんみたいになるよ」


「マークちゃん、私はこれぐらいじゃあんな風にならないよ。あの金額が異常過ぎただけだからね」


 最後の最後に婆ちゃんが会話に参加して来たが、物凄い負け惜しみにしか聞こえなかった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る