第181話 ダンジョンの前に……

「かー、もう少し行ったら食事にしよう! 幾ら何でも昼食抜きは拙いから」


「そうね。もう大分お昼を過ぎてるけど、食事にしましょう」


 この会話からも分かるように、昼を過ぎて村を出たので、かなり門番の人には怪しまれたが、これまでも一度村を出てから何日も帰らないという事があったので、引き止められるという事までは無かった。ただ、荷車の事はかなり執拗に聞かれたけどね。


「さっきの感じからして、もうベアリングについては限界のようだな」


「そうだね。とー」


「だけどわしはベアリングより、付与魔術の方をやりたいからな……」


「勿論、それは分かっているし、もうベアリングに関しては作り手が決まっているから、一時期的に誤魔化す意味で、グリスだけを使おうか」


「おぉそうじゃな。あいつらはこの牽き心地を知らんから、グリスだけでも誤魔化せるじゃろ」


 でもそうなると、グリスだけでも特許登録しないといけなくなるんだよな。父ちゃんは分かっていないようだけど……。あぁそうだ! 一番簡単に作れるグリスなら問題ない! それは、獣脂に蜜蝋を混ぜたもので、蜜蝋が手に入れば作るのは簡単なのです。ですが、実は今うちの馬車や荷車に使っている物はそのグリスでもなく、以前作った粘度の低いオイル状の物とも違っているんです。


 そう、万能物質スライムゼリーを混ぜて粘度を増している物なのだ。そしてそれが何と物凄く性能の良いグリスに変化し、ベアリングの性能や耐久性を上げているのです。結果、このグリスとベアリングを使った馬車と荷車は物凄くスピードも出るし、重い物を運ぶのにも抵抗が少ない物に成っている。だからこちらのグリスはまだ特許登録が出来ない。スライムゼリーが絡んでいるからね……。


「とー、そうなるとグリスだけでも特許登録がいるけど大丈夫? また隣領に行って貰わないといけないけど?」


「そうだな……」


 父ちゃんは俺にそれを言われた時、物凄く嫌そうな顔をして返事をした。これは小心者の父ちゃんだからなんです。だって以前隣領の商業ギルドに行った時、うちの口座の残高を見て腰を抜かしそうになったと言っていましたからね。


「マーク、そうなるとベアリングを作って貰うやつも特許料をお前達に払う事になるな」


「セガール爺ちゃん、あくまでもそれは、ベアリング用のグリスを自分で作るならだけどね……」


「そりゃそうか! だがそれなら獣脂屋に話を持ち掛けても良いのか?」


「勿論それでも良いけど、そうなるとまたここに来る人数が増えるかもよ?」


 セガール爺ちゃんに言って気づいたけど、確かにこれから色々な物を作れば、うちの家族だけで全部を賄うのは無理になる。そうなると協力して貰う人がもっと増える事になるから、当然のように、ここに来たいという人がもっと増えるかも知れない。


 ――だが、これで本当に良いのか……?


「ねぇルベリ爺ちゃん、うちの親戚ってどのくらい居るの?」


「マーク、急にどうした? そんな事を聞いてどうするんじゃ?」


「いや、ちょっと気になったんだ」


 ある程度はしょうがないにしても、今後の事を考えると、協力者は誰でも良いという訳じゃないから、残りのうちの親戚を聞いてみた。


「マーク、お前は物作りのあてにしようと思っているんだろうが、それは無理じゃぞ。わしらの親はもう高齢で引退しているし、この国に住んでいないからな。ただマリアベルの所は分からんがな……」


「マーク、うちも無理だよ。うちはまだ現役だけど、この国に住んでいないからね」


「そうなんだ……」


 やっぱり無理か。以前父ちゃん達に聞いた時も言ってたもんな。親戚は国外にも居ると……。


 ――そんな感じで荷車関係の話に決着がついた時、母ちゃんから声が掛った。


「マーク、そろそろ食事にするよ!」


「分かった!」


 今日の昼食は時間も時間なので、軽く済ませる事にして、エールと村の屋台で大量に買い込んでいたホーンラビットの串焼きで済ませた。


「ここからはみんな荷車の後ろに乗ってね!」


 俺がカモフラージュの為に荷車に積んでいた荷物をアイテムボックスにしまって、王都組に声を掛けたら、


「まさか、エンターやルイス達は乗らないのか?」


「乗らないよ。そしてこの荷車は僕が牽きます!」


「マ、マーク! 本気か!?」


「爺さん大丈夫だよ。マークはそれぐらい平気だから」


 よく考えると、俺の戦闘力とか身体強化についてはあまり話していなかったな。王都組にはもっぱら物作りの話ばかりしてたから、俺のMPが多いという事はある程度気が付いているだろうけど、レベルやHPの多さは殆ど知らない筈。まぁ五歳児にしてはだけどね……。いや、レベルは違うか……。


 そこからは母ちゃんが心配していたように、森の入り口までで全員酔ってしまって、着いた時には折角お昼に食べた、ホーンラビットの焼き串を撒き散らかした。


「な、何だい!? あのスピードは!」


「五歳の子供が出来る事じゃないぞ!」


「うっ! 気持ち悪い……」


「ごめんね。こうでもしないと今日中に森に入れないから」


「そんな事を聞いているんじゃない! マークやエンター達おあの走りの早さを聞いているんだ!」


「爺さん、あれは身体強化だよ。聞いたことぐらいはあるだろう?」


 父ちゃんが身体強化だと説明しても、皆キョトンとして意味が分からないような顔をしている。


「爺さんは聞いた事無いのか?」


「勿論、聞いたことぐらいはあるが、わしの知っている身体強化は力自慢的なもので、こんなに速く走るような物じゃない!」


「まぁそうだろうな。わしらもつい最近まではそんな感じだったからな。だが、身体強化というのは色んな使い方があるんだよ」


 父ちゃんはそう言って、近くにあった普通では決して持ち上がらないような岩を軽々と持ち上げて見せた。


「…………」


「とー、このままだと夕方までに良い所まで行けないから、とーと、爺ちゃんで荷車事みんなを担いで行けないかな?」


「マーク、それは身体強化で担いで走れという事か?」


「そうだよ。もうそれぐらいは出来るでしょ」


「マーク、それは止めときな。それなら私とお義父さんでやるから」


「あぁ~~~そういう事ね」


 確かに母ちゃんの言う通りだ。父ちゃんにそんな器用な事が出来る訳がない。身体強化で走るのでさえ、何度も加減を間違えてポーションの世話に成っているからね。そんな父ちゃんに王都の家族を任せたら、全員がポーションの世話になるのが目に見えている……。

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