第95話 爺ちゃんと風呂

「爺ちゃん、酒の作り方の特許はどうなったの? 上手く行ったと言っていたけど」


「その事だが、上手く行きすぎて怖いくらいじゃ」


 ん? 上手く行きすぎて怖い? いったいどういう意味だ?


「爺ちゃん、それどういう意味?」


「わしも気になるな、親父。詳しく話してくれ」


「それがな……」


 爺ちゃんの話を要約すると、王都までの護衛に伯爵様の部下が付いたお陰で、王都までの旅は安全だった。だからこの面での苦労が無かったらしい。本来なら道中で貴族から襲われる可能性もあったから、警戒がずっと続くと思っていたので、拍子抜けに成ってしまったという事だ。


 次に問題の特許登録だが、これも伯爵様と王様の紹介状があったので、何一つ質問も無く受理されたという事。本来なら酒の作り方だから実演が必要なんだが、これも登録自体には必要なく、後日酒を作りたい人たちに実演して見せただけだったらしい。それも物凄い人数の前で……。


「成程、それじゃあそう思うのも無理ないね」


「わしがそうなっていたらと思うとぞっとするわい」


 そりゃそうだ。父ちゃんは領主様に会っただけでテンパってたからな。『口は災いの元、口は災いの元』絶対にそれを口にはしないけどね。ビビリの父ちゃんなんて口が裂けても言いませんよ……。


「そうなると、これからはうちが酒の納品をしなくて良いという事?」


「それはない。王様と伯爵様はうちからの納品を希望されているからな」


 やっぱりそうなるか。俺もそうなるだろうとは予測していたから、これに関してはそれ程驚きはしなかった。まぁ普通に考えても最初に作ったうちの酒の方が技術力もあるし、進歩も早いから、うちを手放すようじゃ為政者として思慮が足りないよね。


「そうなると爺ちゃん、うちはというか爺ちゃんの店は王家御用達という事になるんだね」


「おぉ~~そうじゃ。親父凄い事になったな」


「そういう事も含めて怖いとわしは思っている」


 確かに、まあまあ辺境の小さな町の一商店が、王家御用達なんて絶対と言って良い程あり得ない事だからな。だけど、これから発売する物が王家の目に留まればそれも不思議ではなくなるんだが、爺ちゃんはそれを理解しているのかな?


 俺がこんな事を考えていると、父ちゃんが、


「マーク、どうするんだ? これとあれ……?」


「とー、これというのはまだ分かるけど、あれとはどれの事?」


「あれとは、わしが今地下で作っている物やお袋の武器の事だよ」


「お前達、何やら物凄く不吉な話をしているようだが、わしが王都に行っている間に何があったんだ?」


 これは絶対爺ちゃんに報告する事なんだけど、この疲れ切っている爺ちゃんに今話して良い物か? 肉体的に疲れているのに、それに加えて精神的疲れを加えるなんて、俺には出来ないよ。


 ただでさえ、ブレーキと板バネの事で精神的疲れを加えているから、それに付け加えて、婆ちゃんの武器の話やそれに伴って父ちゃんが作っている武器の話しなんて……、あぁ~~~~、それだけじゃないや。武器の話をするなら俺の家出の話から始めないといけないし、そうなると、銅鉱脈と湖の話まで……、いや~~それだけじゃないソラの話もあった……。


 ――うん! ここは全て後回しにしよう。どう考えても爺ちゃんに報告する事が多過ぎる。という事で、


「爺ちゃん、その話は今日の夜か明日にでもしょう。物凄く色々あったから」


「マークにそう言われると、王家御用達の話より怖いんだが」


 ある意味そうだね。王家御用達なんてちっぽけな話になる可能性が非常に高い。まして両親と婆ちゃんにもまだ話していないポーションの事や魔道具の製造の話までする事になれば、爺ちゃんは腰を抜かす程度では済まないと思う。暫く寝込むんじゃないだろうか……?


 それに、まだあるんだよね。まだ父ちゃん達には計画を話していないけど、これからの事を考えて俺はうちに風呂を作るつもりなんだ。以前から構想はあったんだけど、五歳になってから異常に忙しくなり過ぎたので、すっかりとん挫していた。ですが今回魔道具が作れるようになるから、薪の風呂ではなく魔道具の風呂を作れるようになるので、是非やりたいと思っている。


 ましてこれに成功すれば、魔導コンロの構想も現実味が出て来るから、一石二鳥だ。だが、これもソラに手伝って貰った方が効率が良いので、アイテムバッグ同様、今は出来ない。


「親父、覚悟しといた方が良いぞ。今見たこれ何てなんだそれと言う感じになるから」


「エンター、わしは非常に疲れているんだ。これ以上頼むから驚かさないでくれ」


「あぁ丁度このブレーキと板バネの話が出たから、この先どうするのかとーと爺ちゃんで話しておいてね」


「それならベアリングの事もだな」


 流石は父ちゃん、良く分かっていらっしゃる。これから確実にこの馬車は必要になるから、俺達が使えば当然目につくようになり、問い合わせが来るようになる筈。そうなれば酒同様、特許や販売の仕方など色々考えなくてはいけなくなる。とーと爺ちゃんでね……。俺は作る人に徹するから後は丸投げだ!


「おい待て! それはおかしいんじゃないか? どうしてそれをマークも考えない?」


「爺ちゃん、そんなの決まってるじゃん。僕は五歳だよ。商売の話なんて出来ないよ」


「いやいや、マークが五歳だという事は分かっているが、何処からどう見ても普通の五歳児じゃ無いだろう」


「そこに関してはわしも親父に同意じゃ。マーク、お袋がお前の事を知っているなら、当然親父も近いうちに知る事になるぞ」


 これは俺の前世の事だろうが、婆ちゃんが爺ちゃんに話すだろうか? 今の婆ちゃんは以前の婆ちゃんじゃないぞ。まだ天然の所はあるけど、俺の秘密に関しては勝手に口を開くことは無いと思う。


「それに関しても、今日の夜か、明日一緒に話すことにしよう。今日はまだ僕やりたい事があるから」


「お前達……。わしは……」


 それっきりその言葉の続きが爺ちゃんの口から出る事は無かったけど、その言葉を最後に家の奥に消えて行った。


「マーク、まだ何かやるのか?」


「うん、ちょっとね。でも自分の部屋でやるからそんなに大したことじゃないよ」


「そうか、それならわしは研究の続きをするかな?」


 何言っているだこの親父は! 店に来たなら店番ぐらいしろよ。本当に最近この人は店にいる事が殆どない……。あんたの店だろう!



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