第94話 爺ちゃんが帰って来た

 爺ちゃんが予想より早く帰って来たのは良いのだが、その姿が途轍もなく疲れているように見えた。それが王都まで行ってきたからなのか、それとも他に理由があるのか? 


「爺ちゃん、お帰り!」


「親父、お疲れみたいだな?」


「お前たちはわしを殺す気だったのか?」


 爺ちゃんが帰って来ていきなりとんでもない事を口にした。俺達が爺ちゃんを殺す? そんなことする訳ないじゃんね。でもそう口にしたんだからそれなりの理由はある筈。


「何言ってるの! そんなことする訳ないじゃん」


「そうだ。幾ら親父でもそれは聞き捨てならんぞ」


「だが、何度も死にそうなればそう思うのが普通だろう」


 何度も死にそうになった? ――それってまさか俺が心配してたことが起きたのかな?


「爺ちゃん、もしかしてだけど、この馬車で起きた事が原因?」


「そうだ! この馬車のスピードがわしを殺そうとしたんだ」


「マーク……」


 父ちゃんも気づいたようだな。これは俺が危惧していたことが起きたという事だ。たった今俺達が完成させたブレーキが無かったせいで、恐らく下り坂や平地でも道が良くなったところで、スピードが出過ぎて恐怖を感じたんだろう。


「それはなんと言ったら良いか分からないけど、ごめんなさい」


「親父、無事に帰って来れて良かったよ」


「なんだ! その如何にもそうなる事を知っていたかのような言い方は?」


 ん~~、どうしよう? ここは正直に答えるべきか……? そう思いながら父ちゃんの方を見ると、父ちゃんが無言のまま肯いたので、


「あの~~、爺ちゃん言い難いんだけど、この馬車についている物が爺ちゃんの馬車には付いていないから死に掛けたんだよ」


「な、何だと! それはどう言う事だ!」


「実はね……」


 俺は爺ちゃんにブレーキについてと爺ちゃんの馬車の特徴について説明した。重い馬車が下り坂や一度スピードが出るとどうなるか……。


「それが分かっていたのに何で最初から付けなかった!」


「それは、僕が悪いんだよ。前回の旅では必要ないと思ったのと、時間が無かったから、そこまで手が回らなかったの」


 まぁ忘れていたというのが本当の所だけど、それを今口にしたら幾ら温厚な爺ちゃんでもどうなるか分からないから、良い訳じみた言い方だけど、俺が悪かったという事にして誤魔化した。


「それで、この馬車には何で付いているんだ?」


「親父、この馬車はつい最近またマークが改良した馬車だからだ」


「そのようだな。この馬車にもベアリングが付いているようだから。ん? これはいったい何じゃ?」


 拙い、この馬車にはベアリングだけじゃなく、板バネも付いているんだった。これはまた商売人の爺ちゃんに追及されるぞ。どうしよう……? さっきからこればっかりだけどマジでどうする? ベアリングは加工が難しいから爺ちゃんも前回は諦めてくれたけど、板バネはマルチリーフスプリングなら誰でも作れるから、教えない訳にはいかない。


 まぁこの場はテーパリーフスプリングは加工が難しいで逃げる事も可能だけど、今後マルチリーフスプリングの事を言えなくなるのはもっと拙い。


「これはね……、板バネというものだよ。馬車があまり跳ねなくなるの」


「な、何だと! これもあればわしは……」


 これは何だか雲行きがもっと悪くなってきたような。どうしてだ? 王都までの道だったら途中からでも良くなっているだろう。そんな悪路ばかりなんて無いと思うけどな……。そう思っていたら、爺ちゃんがわざとらしいぐらいの動作で腰を叩いて見せた。


「何だ親父、腰でも痛めたのか?」


 いやいや父ちゃん、今それを言ったらいかんでしょう。爺ちゃんが物凄くオーバーにやっているのが分からないの? これは爺ちゃんの物凄い嫌味な表現だよ。


「あぁこの馬車には板バネなんてついていないから、腰が痛くて堪らんわ」


 ホラ見ろ完全に俺に対する嫌味じゃないか。だからと言って今更だからこれも良い訳が出来ない。幌馬車には付いているのに爺ちゃんの馬車には付いていないんだから、ブレーキ同様何を言っても良い訳にしかならない。


「爺ちゃん、王都の方はどうなったの?」


 どの道、爺ちゃんの馬車にもブレーキや板バネを付ける事は決まっているんだから、これ以上馬車の話を続けられて、何時までも嫌味を言われるのは嫌だから、違和感ありありだけど、話の方向を変えてみることにした。


「そうだ。王都の納品と特許の話は上手く行ったのか?」


「それは上手く行ったぞ。王様からもお褒めの言葉も頂いたからな」


 あれだけ急ぎで納品したんだから、お褒めの言葉は当然だろうが、代金はどうしたんだろう? 俺はそっちの方が気になった。婆ちゃんと母ちゃんの領主様に対する代金の請求ぶりから、商人の爺ちゃんがどうしたのか興味が凄くある。


「爺ちゃん、それはそうと、お酒は幾らで売れたの?」


「酒か、酒はひと樽平均銀貨十枚で売れたぞ」


 待て待て、銀貨十枚とはどう言う事だよ。銀貨一枚が日本円で一万円ぐらいだぞ。十枚という事はひと樽十万円という事になるけど、原価はそんなにしないぞ。正確には知らないが、ウイスキーの材料のエールがひと樽約銀貨一枚の筈。それから計算すると……、あれ? これってほぼ婆ちゃんと母ちゃんが付けた代金と変わらないような?


 ウイスキーは蒸留酒だから、エールを蒸留すれば当然量が減るから、原価より高くなるのは分かるが、四分の一に蒸留しても原価はひと樽四万円ほどにしかならない。ん? それに工賃というか作業料と運賃を加えて十万円だったら……。


「爺ちゃん、王都に行く前に酒の代金は婆ちゃんと決めていたの?」


「いや、決めてなどおらんぞ。新酒だという事ともろもろの経費を計算して王都で決めたぞ」


 何という事でしょう。以心伝心じゃないけど、爺ちゃんと婆ちゃんの決めた価格が粗同じだとは、凄い偶然? いや、そうじゃないのか、これが長年一緒に行商から商売をして来た夫婦の絆がなせる事なのかも……。


 ボッタクリだと思っていた料金が、これで正規の値段になったという事だね。しかし、俺はまだひと樽の容量も把握していないから、、小売りの値段を決める時にまた迷いそうだ。


 まぁその時も爺ちゃん達に決めて貰えば良い事だな。この際だから今後一切売り物の価格については関与する事を止めようと、この時改めて心に言い聞かせた……。



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