第93話 ブレーキ

「そのブレーキという物は付けないといけない物なのか?」


「勿論、僕の改良した馬車にはね」


 あ! 自分で言って今気が付いたけど、爺ちゃんの馬車もその対象なんだよな。ましてあの馬車は重いから、平地でも必要なぐらいだ。前回使った時は距離もそうでもなかったし、道も悪いからスピードもそれなりにで、勾配の少ない所を通ったからそこに気付かなかったけど、今回王都に行った爺ちゃんは距離もそうだが、色々条件が違って来ているから何か起きてもおかしくない。何も起きていなければ良いけど……。


「それなら親父の馬車もそうじゃないのか?」


「それを言わないで、僕も今それに気づいて、何もなければ良いなと思っているんだから」


「まぁ大丈夫だろう。あの親父の事だ、何かあっても怪我ぐらいで死にはしないから」


 父ちゃんはそう言うけど、重い馬車が急こう配の下り坂でどんな事になるか分かっている俺にとっては恐怖でしかない。下手したら本当に死にかねないからね。


「簡単に言わないでよ。作った僕からしたら本当に怖いんだよ」


「マーク、だからと言って今更どうにか出来る問題でもないだろう。それなら無事を祈っていれば良いんだよ」


 確かに父ちゃんの言う通りだけど、気に成るものはしょうがない……。だが、


「とーの言う通りだから、今はそれを祈りつつ、帰って来たら直ぐに付けられるようにブレーキを作っておくよ」


「それで良い。だがこれからはそういう事の無いように気を付けるんだぞ」


「うん」


 父ちゃんから言われて思ったけど、そういう事も経験で職人は覚えて行くんだろうな。失敗から学ぶ、それはとても大事な事だ。前世の歴史でも人間はそうやって科学を発展させてきた。事故が起きればその原因を尽き止め、次に繋げる。そしてその先には初めから最悪を想定するように成る。


 そう考えると今から作るブレーキもそういう考えで作らないといけないな……。馬車のブレーキ……?


 普通馬車のブレーキは車輪の外側に取り付けられた摩擦材を使って減速する。ブレーキをかけると、その摩擦材が車輪に押し付けられ、摩擦によって速度が落ちる仕組みだが、その摩擦材を何にするかだな。


 俺の前世の知識では、


 木材: 初期の馬車では、木材が摩擦材として使われていました。木材は手に入りやすく、加工もしやすいため。


 革: 革もよく使われる素材の一つで、革は耐久性があり、摩擦力も適度に高いため、ブレーキ材として適している。


 金属: 一部の馬車では、金属製の摩擦材が使われることもあった。金属は高い摩擦力を持ち、耐久性も優れていますが、車輪やブレーキシステムに対する負担が大きくなることがあるので、近代になってからの方が多い。


 これだとやっぱり摩擦材は木材か皮だな。金属は流石にこの世界の今の技術では作れないし、必要ない。そこまでスピードの出る物が作られれば別だけど……。


「とー、この辺で手に入る木材であまり堅くない木は何がある?」


「堅くない木か~~、それなら木工細工に使っている木が良いんじゃないか? 加工しやすいから使っているんだろうから、堅くは無いだろう」


「それだと、パーイン(松)かシーダ(杉)だね」


「俺は鍛冶屋だから詳しくないが、ケントの所で使っているのはそれだな」


 松か杉なら丁度良いだろう。加工もしやすいし杉は防水性にも優れているからな。という事で木材は杉、シーダに決まったが、俺のブレーキはそれだけで終わらせるつもりはない。俺のブレーキは木材と皮の併用ブレーキだからだ。


「とー、ちょっとミーシャちゃんの家に行ってくるね」


「いやいや、待て待て、お前が行ってどうする。五歳の子供に木材なんか売ってくれないぞ」


 あぁ~~そうだよね。普通木材なんかを子供には売らないよね。まして俺は金なんか持っていない。


「木材? ん! あぁ~~~~~~~~~~~~~~~~! とー! 木材なら山ほどあったよ!」


「――木材? あぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~! あれか~~~~!」 


 そう、二人して今頃思い出したのは、鉱山への道を作った時に伐採し、領主様に道作りの条件として貰った木材の事。


「あの中にシーダが山ほどあったよ。どうして今まで忘れていたんだろう?」


「パーイン炭は鍛冶に向いているが、シーダ炭は鍛冶に向かないからな」


 父ちゃんはこう言うけど俺は単に忘れていただけだと思う。だってシーダ炭は火付きが良いから料理に良く使われているし、ましてや一度は両方とも炭にして貰っているからね。その時に大量に作って貰ったから未だに在庫があるから忘れていただけだ。


 こういう所で父ちゃんの物凄い見栄っ張りが浮き彫りになる。酒を広めたのだって当然そういう側面もあった筈だから……。


 木材の存在を忘れていたのは俺も同じだから、これ以上父ちゃんに突っ込みは入れなかったが、必要なものではあるので、早速アイテムボックスからシーダを取り出して、父ちゃんに俺の言う形に加工して貰った。


 その形は馬車の車輪の円周の約四分の一の長さで、車輪に沿って曲げ加工して貰っている。


「とー、このボアの皮を裏返してこの木材に巻き付けて」


「おいマーク! なんでわしにやらせるんだ? お前がブレーキを作るんじゃなかったのか?」


「チッ!」


「今お前舌打ちしなかったか?」


「そんなことする訳ないじゃん。それにこれはとーに作り方を教える為だよ」


 父ちゃんは誤魔化したが、本当の所は全て父ちゃんに作らせようとしていたんだよね。食い物の恨み、その弐のつもりで……。まぁ作り方を教えるという側面も無きにしも非ずでしたがね。


「そうい事なら、やってやるか」


 うん! こういう時は単細胞、脳筋の父ちゃんで助かる。


「出来たぞ、次はどうするんだ」


「そしたら、さっき作って貰った真っ直ぐな角材をこれと連結して、この棒を押すと皮を巻いたこの部品が馬車の車輪に当るようにするんだ」


「成程な、この棒がひかれた状態だと車輪から離れているが、棒を押すと車輪に当る訳か。でもこれで車輪が止まるのか?」


「簡単には止まらないよ。初めは減速ぐらいの効果しかないけど、スピードが落ちれば最終的には車輪を動き難くさせられる」


 そんな事を父ちゃんに説明していた時、爺ちゃんが帰って来た。物凄い姿で……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る