第20話

20


「ゴキ、ブレーーーイブ!」


 と、マリーが叫びながら両手を前に突き出すと、赤と黒の光の渦は高速回転しながらこちらに向かって発射され、


「うわぁーーーー!」


 ドーーーーン。


 と、轟音を立てて炸裂する。絶対死んだ。あんな必殺技みたいな魔法、食らったら消し炭だ。目の前が真っ暗だ。多分俺の肉体はもう朽ち果てているのだろう。

 

 いや、じゃあおかしいぞ? なんで俺は未だ思考が出来ているんだ? 人間の意識は脳の作り出したビジョンなんじゃないのか? 脳ごと消し炭にされた俺の意識は? 


「……………ょっと」


 そうか、意識は脳の中になかったんだろうそうに違いない。きっと人間の身体はコンピュータみたいなもんで、眼球がカメラで脳がCPUで、生み出したプロラムをWiFi的な何かで別のとこに飛ばしてたんだ。だから俺の心の本体は柳翔太の中になんて元からなくて、地球の中にすらなくて、もっと多次元的な世界にいる高次元なたま……。


「ちょっと! いつまでボケっとしてんのよ!」


 と、俺の思考を遮るように聞きなれた声が聞こえてくる。


「ーーあれ? マリー?」


「はぁ? アンタ何言ってんのよ頭大丈夫?」


 うん、ちゃんとマリーだ。ということは? マリーも俺と一緒に高次元な世界に? ということは? マリーもゴキブリの身体を失って魂を独立させてしまっていたのか?


「いや、そうか、いや、ごめん、大丈夫だ」


「……そう。なら、良かったわ」


「それにしても、なんか、ごめんな? お前も結局巻き込まれちゃったんだな。ゴキブリの身体気に入ってただろうに?」


 だったらなんか、申し訳ないな。マリーの声を聞いて、最初に出てきたのはそんな感想。不思議と。「俺の事殺しやがって!」とかそういう怒りなのは湧いてこず、心は穏やかだ。


「は? いやいやホントに大丈夫? もしかしてさっきので脳が……」


 いやいや何言ってんだこのお嬢さんは。高次元の存在になってもまだ脳の話してる。そりゃそうか、急に肉体失ったなんて、なかなか受け入れられないもんな。それも、自分の発射した魔法に巻き込まれるなんてアホな死に方じゃ……。


「マリー、そうだな、確かに俺の脳は、ーーもうダメなのかもな」


 ダメとかの前にもう脳は存在なんかしないけどそれは言うまい。せめて、逃避できる間はさせておいてやろう。


「うーん、……確かにまぁ、見る限り大丈夫そうでは無いわね」


 そりゃあそうだろう。消し炭が大丈夫に見えていたらダメなのはこいつだ。……っていうか可哀想に、こいつは気が動転して、今なおありもしない”視覚”なんてものを追いかけているんだな。


「そっか、今の俺はマリーには、どう見えてるんだ?」


「……えーっと、目をつぶって、大の字に転がってるわ? あと、言いにくいんだけど……」


 そっか、たとえ妄想の中でも、俺は酷いことになってんだな。消し炭か、肉片か、それともお腹にでっかい穴が空いてーー。


「大丈夫、言ってみろよ? 今更自分がどんな姿だろうと平気だからさ?」


 そう、穏やかな声で言うと、帰ってきたのはマリーのちょっとカクついたドン引き声。


「じゃ、じゃあ言うけどアンタ今、さっきの拍子にズボンのお股のとこが破けて、パンツのお股のところも、破けて。……その、た、タマタマがこんにちはしているわ?」


「はあぁーーーーっ?」


 何その恥ずかしい状態!


 言われた瞬間俺は飛び起きお股を手でまさぐる。……ほ、ほんとに破れてる。


「ちょ! い、いきなりなにおっぱじめてんのよ? 何? アンタゴキブリに視姦されながら果てる趣味でもあんの?」


 言われて俺は、慌てて自分の姿を見る。そこにはM字開脚をしてお股の破れた部分に手を這わせている三十路の男がいた。た、確かにこれは1人でいたしているみたいな感じだ。


「み、みないでーっ!」


 フルスピードでお股を閉じて、手で顔を覆い隠す。


 クソっ、恥ずかしすぎるだろ! ヤバい、これもうマリーの顔が見られな……ん?


 あれ? おかしい、目が見えてるぞ? 普通に体も動く。辺りを見回すと俺の部屋で、空中にはゴキブリ(マリー)が1匹ホバリングしている。


 あれ? 多次元世界は? 視覚と脳に支配されない世界は? ここは地球? あれ?……つまり?


 ーー俺、生きてる?



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