第21話

21


「あれ? 俺、生きてる?」


 手で顔をぺたぺたと触ってみると、ちゃんと感触がある。顎の周辺だけちょっと髭がジョリっとする、俺の寝起きの顔の感触。


「あれ? じゃあさっきまで何も見えなかったのは?」


 なんだったんだあれは。おかしい、俺は視覚も聴覚も性欲も時間さえも関係ない高次元な世界で脳という不完全なシステムから解き放たれていたはずなのに。


「めっちゃ目ぇ瞑ってたわよ? 流石にビビりすぎよ」


 えー、……っと。そんなオチかよ。なんも変わってなくて、死んだと思い込んでビビって目を瞑ってたのを、死後の世界と勘違い。……うん、ダサいな。ってかそれよりも。


「あれ? でもマリー、俺は約束を……」


「守れてるわよ」


 言い終わる前にキッパリとした答えが返ってくる。……守れている?


「いや、……でも最後に確か」


 マリーに高速で動く羽根に鼻をしばかれて……。


「いやいやあんなことされたら相手がゴキブリじゃなくても叫ぶでしょーが」


 ーーーーん?


「ホントはテストなんか最初にアンタの身体の上歩いたのに耐えれた時点で終わってたってのよ」


 そうかそうか、確かにそうだよな。ゴキブリが平気かってチェックなら、普通に身体の上歩かれて大丈夫ならOKだよな。


 ーーーーいやまて。


「じゃあなんであんなことしたんだよ?」


「え? ノリに決まってんじゃない」


 当然の疑問に対してマリーからは、当たり前でしょ? みたいな堂々とした態度で果てしなくウザい返答。


「じゃあ、あの魔法みたいなのは?」


「あれもノリよ? 派手な演出を視覚化させるだけのパーティ魔法よ♡」


 くそっ、……納得いかねぇ。


「まぁまぁいーじゃないの♡ めでたく生きてたんだから」


 チャットだったら語尾に*⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝*とか付けてきそうな調子の声。……この野郎。


「お前なぁ……俺、マジで死んだかと思ったんだからな」


 せめてもの反撃だと恨めしげに言い返すと、マリーは弾むように空を飛び回る。


「あっはははー! うわぁーーっ! だってうわぁーーっ! アホみたいなポーズで後ろに吹っ飛んだわ! ホントに魔法食らったみたいに! うわぁーーっ! あっははははは!」


 ……こいつ性格悪すぎだろ。


┌(・ ω ・ ┐┐)┐


「ごめんごめん、アンタがホントにちゃんと耐えてるのが面白くなってついつい」


 ひとしきり笑い終えたあと、マリーはたははーとばかりに軽い調子で謝ってくる。


「ーーまぁいーけどさぁ」


「もう、いーつまでスネてんのよ悪かったって言ってんでしょ?」


 まぁ、ホントにもういいんだけどなマジで。死んじゃったと思った時も、何故かマリーを恨めしくは思わなかったし。


「ま、いいや。とにかくなんか、……悪かったな」


 元はと言えば、俺がマリーの友田を踏みつぶしたことが悪いのだ。そして、それを軽く考えて、マリーの心を踏みにじるような態度をとったんだ。こんくらいされても、しょーがないってもんだ。なんて、自虐的に考えてたもんだから。


「……ふーん」


 という、マリーの声が少しだけ涙ぐんでいることに、その時の俺は気付かなかった。



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