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私が所属する吹奏楽部は県外にも名の通ったそれなりの強豪校であり、幼少期から楽器に触れ、コンクールで結果を残してきた部員も少なくない。入部前には、部の方針が『弱肉強食』だとか私語厳禁の練習漬けだとか、そんな噂が私の下へ流れ届いていたこともあり、強豪らしい群雄割拠を想像してちょっと震えた。
蓋を開けてみれば、オンオフきっちりとした雰囲気の良い部で安心したものだ。人後に落ちないというほどではないけれど、経験者ではある私は今のところ問題なく部に身を置いている。
問題はない――。
「あ、針藤さん。今日部活なくなったって」
音楽室への道すがら、部の先輩と会った。顧問の教師が急遽来られなくなり、練習が中止となった旨を伝えまわっているそうだ。
話し終えた先輩は黙って私をじっと見つめる。
「待っててもいいのに。先輩らしいですね」
「お、良かった良かった。その反応は間違いなくあーちゃんだ」
「途中で誰かに会ったら伝えておきますよ」
先輩は人好きのする笑みを浮かべ「たすかる」と次を探しに旅立った。
なんてことだ、一日の楽しみが。
急に予定が漂白されてしまった私は、先輩から受け取った使命を掌に収め、取り落とさないよう握り込み、足取り緩やかに昇降口を目指したものの、ついぞ誰に会うことも無く帰路へついた。
腕時計の針は十六時半を指している。グラウンドから聞こえてくる運動部の掛け声は、これからどんどん大きくなっていくだろう。不意を打つ一陣の風は、私を置き去るように背中を叩き走っていく。
今日は快晴、日没はまだ遠い。
寄せては返す夕方色の郷愁と共に歩き進み、校舎に挟まれた中庭を通り抜けようとした時、目の前になにかが落ちてきた。
つられて落ちた視線の先にあるのは、簡単な造形の紙飛行機だ。
「危な……」
先端鋭い形状を見て思わず零れた。
止めるかどうかはともかく、校舎を見上げて犯人を捜す。と、屋上からもう一機、紙飛行機が放たれた。飛び立ったそれは、飛行を冠するには物足りない軌道を描きながら地面へ墜ちていく。
私は引き返して再び上履きへ履き替え、駆け足気味に階段をのぼる。
屋上は立入厳禁で施錠してあるはずだ。よっぽどのことがなければ鍵を借りられるはずがないし、よっぽどのことがあっても教師同伴だろうから、紙飛行機を飛ばすなんて危険な行為を許されるはずがない。
あっという間に最上階へ。扉に手を掛けると、これまで何人たりとも弾き返したはずのそれはあっけなく開いた。
ぬるく熟した突風が吹き込んできて、髪の毛がばさばさと暴れまわる。ああ、もう。鬱陶しい。
手櫛で髪を整えながら進み出ると、そこには。橙色が混ざり始めた空を背景にした後姿があった。
それはとても。とても、すごく。
嘘みたいに――綺麗だった。
人と風景があまりにも馴染んでいて。輪郭が溶けていくような、境界が存在しないような、そんな光景。まるで現実をカンバスに見立てて描いた絵画みたい。
視界から、思考から。現実感が漏れ出していくようで。しばらく私は息をすることすら忘れて魅入られていた。
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