第2話



 イヤホンは音漏れをしていた。ソファーとリビングの扉からは成人男性で言えば大股5歩といった距離で、僅かな雑音としか意識出来ない。が、自慰行為中に聞く音源とはつまり、そういう事だろう。

 男の吐く息は熱く、乱れた濃緑髪が、表情が、やけに色っぽい。

 セクシーさと焦りでゴクリと唾を飲む。

気づくな、気づくな、気づくな、気づくなー…気づかないでくれっ。

 必死の懇願は届く筈もなく。


「ふぅー…クソッ」


 男は快楽の絶頂の前、少し悶えた後に俺を睨んで来た。邪魔者を見るような目だ。

 男は俺の手からすり抜けた落とし物を見ると間抜けな顔を一瞬。ついでに、俺の顔をもう一度見て驚く様な顔をする。


「え? なに? 俺のこと殺しに来たの?」

「え、いや、そのー…」


 包丁を見られて言い訳出来るはずないのだが、思わず口ごもる俺。

 ふー…ん。そう言うと男は口の端を僅かにあげる。


「――でもごめん。今は無理」


 拒否られる殺害というのもおかしなものだ。


「ねぇ……責任とって手伝って」


――へ? 手伝うって? 何を? ダレの? ソレを? オトコの? オレが? ハ? 責任? ハ? 俺、ホモじゃないんデスケド?  


「て、てて、手伝うわけねぇだろッ?!」

「でもソレー…勃ってるよね? 俺の見て興奮しちゃったんだ?」


 慌ててソレを手で隠そうとするが、興奮したという事実を自身の掌に感じ顔が熱くなってしまう。 


「ち、違ッ…………」

「違わないでしょ」


 だ、だってコイツ男のくせに顔が良いんだもん。

 でもさ。俺知ってるんだもん。殺す相手の家族下調べして、コイツ凄い有名な芸能人あの『 右京 』なんだもん。声優業界の仕事してた俺でも聞いたりテレビ越しに見たことあるスーパーアイドル。

 仕方ないじゃん! とか、幼稚な言い訳しか思い浮かんでばかり。

 ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、どう答えても逃げ道はない気がする。勃ってるのもヤバいけど、殺害も出来る自信がない。


「ねぇ。俺のこと殺したいんでしょ?」


 え? でも、なんか、今殺すのは……男として可哀想。

 発見時に下半身見られたうえ最中に殺害され死亡とか新聞にのるなんてさ。

 社長を目当てだったけど、見られたからには殺すしかない。

 俺が悶々と考え、なかなか答えないから右京が。


「じゃあどうする? 殺害やめる? それで、不法侵入で何もせずに警察に捕まる? 俺は別にそれでも良いけど」

「うっ………………」


 殺人犯になるには優しすぎるとわかってはいるものの、俺のアレも辛いと悲鳴をあげていて。トイレに行って納めるにも、逃げられたら終わりだし。

 話し方から死ぬことに右京は抵抗ないっぽいし。こいつの方が上の立場みたいでなんかムカつくけど。


「わかったよ。手伝えばいいんだろッ? 手伝えばッ!!」


 ツカツカと俺は右京に近づいていった。

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