第33話 お父様に会おう
「お前嘘だろ……どうした、寂しくなったのか。母さんが儚くなったのはもうずっと前のことだけど、やっぱり心の傷になっていたんだな。大丈夫だ、治療院に行けばきっとなんらかの治療法が」
「父さん、父さん。俺の頭は正常だから。心配ないから。母さんのことは仕方ねーよ、長患いしてたんだから」
「いやだってお前……この広告の子だって言うから。ていうか夏のこの子と、秋のこの子が同一人物ってほんとなの? 別人じゃない? え、どっち? 男の子? 女の子?」
「男の子だよ。会ってみりゃわかるから」
「だって正直怖いよギード、何もない空間を指差して『この子と結婚するから』って言われたらどうしようって。父さんもう天国の母さんに申し訳なくて顔向けできない」
「いやもう、妄想が過ぎるだろ。こっちが逆に心配になるわ。もうそろそろ着くからさ、その目で見て判断してくれ」
『いやだ息子がおかしくなった』と叫ぶ父の背中をぐいぐいと押しまくり、家の敷地へ強引に押し込んでいった。呼び鈴を鳴らすと中からパタパタという音が近づいてきて『あっ、おかえりなさーい』と扉を開けたエリーを見て、父さんはさっきとは別の意味での叫び声を上げていた。全くうるさい親父である。
「息子の妄想がうつったかと思ったよ。本物? 本物だよね?」
「ぼくはひとりしかいませんよー。初めまして、お父様」
「うわあ!! お父様だって!! もう一回言ってみて!!」
「お父様ー」
「何なんだよこのやり取り。めんどくせーからさっさとサインしてくれよ」
緊張した親父がミミズののたくったような字で名前を記入しているのは、婚姻証明書というものだ。法的な効力のある契約書。魔術師が特産物の国なので、魔術的な効力もある。あまり精度は高くないが、書いた者の魔力の質を後で調べられるらしいのだ。だから悪筆でも構わない。
「まいどー! ネイバー商店でーす! ギード、大事な顔合わせなんだろ? あたしも同席して本当にいいんかね」
「だって何かと世話になってるからさ。ありがとなおばちゃん、ここ座ってくれ。俺ちょっとテーブル拭くからさ、エリーはお皿取ってくれ」
「あっお父様がやる! エリーちゃんは座ってて!」
「おいお父様、何がどこにあるかわかんねーだろ。無駄に気ぃ回さなくていいから」
「はいお皿でーす。わあー、フランカさんのチーズのシチューだ」
「いっぱあるよお! お食べお食べ」
フランカおばちゃんも交えて食卓を囲み、あれこれ話した。内容のほとんどが父さんからの質問責めだが。
どこで出会ったのだ、いつから一緒に住んでいるのだ。親は本当にいいと言ってくれているのか、挨拶は本当に要らないのか。親御さんは遠くにいるのか近くにいるのか。そもそもどこの国からやって来たのか。
正確に答えられない質問はエリーの『欠線』で押し通した。そのあとは本当にこいつでいいのか、そりゃこれから多少は稼ぐだろうが、家格の高い家の人から山ほど縁談が来ていたんじゃないか、それを蹴ってでもこいつがいいのか、後悔はしないのか、こいつの魅力はどういうところだ。
俺が聞きてーよそんなもん、と成り行きを見守っていたら、エリーがパアッと笑って話し始めた。まるで幼子のように身振り手振りを交えながら。
「だってギードさんはかっこいいから。凄いんですよ、高いところまでびゅーんって飛べるし、ぼくの好きなものを全部覚えてくれてるし、ぼくの様子がおかしかったらすぐに気づいてくれるんですよ。それにー、偉い人ってごめんねって言わないことが多いんです。ごめんねってすぐ言っちゃったらダメなんですって。お立場的に。でもギードさんは良くないと思ったらちゃんと言ってくれるんですよ。偉いでしょ? 優しいんです。あと、かっこいいです。えっとそれからー、かっこいいです」
もう、どんな顔をしていいかわからなかった。なんか父さんは『我が生涯いっぺんの悔いなし』なんて遺言を残して泣き始めるし、おばちゃんも『言い過ぎだよおお』とか言いつつしっかり貰い泣きするし、そんな中でエリーはひとりでキラキラと笑ってるし。『えーなんで泣いてるんですかー、へんなのー』とか言って。
どうにも身の置き所がない雰囲気の中で話し合った結果、式などは行わないことにした。名前も出身地も明かしていないエリーにも、すでに
エリーは見た目をはるかに裏切る強さを持ってはいるのだが、それは接近戦かつ素手での戦いに限る能力。俺は魔術師だが全方位から守るには、少々魔力が足りていない。外部から雇うとなると金もかかる。今後の生活のために無駄遣いはやめよう、という話である。
「エリー、お前それだけでいいのか? 最近なんか食欲ないよな。前はもっと食べてたのに」
「なんかずっと胸がムカムカするんですよねー。ご飯は何でも美味しいとは思うんですけど」
「じゃあご飯食べたら治療院に行こうよ。お父様も一緒に行く」
「……ねえエリーちゃん、あんた最近寒気がするんじゃないのかい? 気分が落ち込んだりすることは?」
「寒気はちょっとありますねー。熱が出たりはしてないのに。魔力は前に測ったし、兆候とかじゃないっぽいです。気分もたまに。なんかやる気が出ないときがありますねー」
「お腹に痛みは出てないかい? ダメになった匂いとかは?」
「痛みは特にないですねー。あっでも、木箱の匂いが辛いです。開けたときにムワッときます。前まではぜーんぜん平気だったんですけどねー」
俺は風邪のひき始めじゃないかと心配したが、エリーの返答を聞いたおばちゃんは額に手を当て、しばらく考え込んでいた。『まさか……いやでも、種族が違えば……』と、ぶつぶつ呪文を唱えている。
まさか風邪じゃないのか? 何かの病気か? なんだよ、ちょっと不安になるだろ。はっきり言ってくれよと俺が口を開きかけたその瞬間、おばちゃんは凄い一言をこの場に投げた。
「エリーちゃん、あんた子供ができたんじゃないのかい」
………………こども??
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