第32話 お空を飛んでみよう

「いいえ? まあそういうこともできますけどねー。耳長がやり返しに選ぶ方法は十人十色ってとこですね。殴る蹴るが好きな子もいたし、呪いをかけるのが得意な子もいたし。でも多数派だったのは責め立てることです。性的に」

「せ…性的に……?」


「そうです。えっと例えばー、腕力はこちらの方が上ですし、腹に一発入れればしばらく動けなくなりますよね。それから縛り付けるか何かしてー、穴という穴をですねえ──」


 エリーが手を握り込み人を殴るような仕草をしたり、それはどうかと思う卑猥なハンドサインを繰り出しながら、さも愉しそうに語るその方法。聞いているだけで表情が死に、股間が縮みあがるようなエグみ溢れる内容だった。


 特に面白いのは、だんだん本人が期待するようになってくること。そしてどんどん過激な方法を選べるようになること。だが、そんなことをすればもう、大事な場所が二度と使い物にならなくなりそうな気がするが。


「エヴェラルドさんはダメでしたねー。素質はまあまあありました。でもこういうの自体にどうしても抵抗があったのか、もう序盤に入る前からあっさり泣きが入っちゃって。ブルブル震えてわんわん泣いて許しを乞うのも面白かったんですけどね、もうちょっと恍惚とした顔を見たかったですよねー。苦痛と快感を繰り返してわからせるのが耳長流の仕返しにおける醍醐味ですからー」

「あいつ、特に縛り上げたりはしてなかったが……それはどうしたんだ」


「ギードさんに魔力をちょっとあげると、その分ふにゃふにゃになってくるじゃないですか。もしかしたらこいつもそうかなって思って、指を口に突っ込んでガッと流してみたんですよ。そしたらびっくり! ふにゃふにゃどころか死にそうなくらいにぐったりしちゃって、あとはベッドにブン投げてやりました! 床じゃない分優しいでしょー?」


 哀れエヴェラルド。どうせエリーを組み敷くことしか考えていなかったであろう男が逆に組み敷かれ、あらぬところをめちゃくちゃにされるとは。……ちょっと怖い方法ではあったが。まあ、正直スッキリした。俺の奥様は強くてよかった。


耳長エルフに悪いことをするからああなるんですよ。自業自得です」


 そう言い切ったエリーは腕を組み、発光したような顔で笑った。俺ももう、笑うしかなかった。凄い子に求婚してしまったものだ。




 ──────




「いーやーだー!! 飛びたい飛びたい飛びたーい!!」

「ダメだ!! 絶対絶対絶対ダメだ!!」


 お察しの通り現在、エリーのわがままを断固阻止中である。


 こいつはあちこち切れていた魔力回路が回復した。記憶は戻り、魔力を流すなんてことは造作もない。しかし一応、量が一定水準以下であるのに、俺に飛行魔術を教えてくれと言うのである。絶対駄目だ。墜落する未来に向かって一直線だ。


「だってー。ぼくの魔力は結構いっぱいあるんでしょ? だったら大丈夫ですってばー」

「大丈夫かそうじゃないかは俺が判断することだ。もう答えたぞ、有資格者がダメっつってんだからダメだ、ダメ!」


 なぜ一定水準を少しでも下回ると駄目なのか。答えは簡単。馬力が足りない。飛行なんていう魔力の無駄遣い技は、基本的に緊急退避や急行のために覚えるものだ。仕事のため以外では、致し方ないときだけに使うのだ。遊びでは決してない。まあ楽しそうだからという軽い理由で授業を取る奴もいたが。わりと大勢。


 飛び出すときには高出力が必要だ。それから制御し安定させる。それに慣れるまでが一苦労。最後は安全に着地するため、また出力と制御が要る。この計三つの工程が必要不可欠。


「お前は飛ぶのが好きなんだよな。楽しそうにしてたしな。でも本当に危ないんだって。学園生でも二年になってから習うやつだぞ。頼むから諦めてくんねえか。ほら、俺が乗っけてやるからさ」

「…………やだ。じゃあひとりで練習するっ」


「は!? 絶対ダメだ。死ぬぞお前。落ちて身体がバラバラになって死ぬぞ。墜落死したいのかお前は。あ!?」

「……やりたい、自分でやりたいの、近いとこを、ちょっとだけで、いっ、いいからあ、やりた、いよお、」


「あ────、もう泣くな! 泣くなって──!!」


 俺は駄目だと思う。何がって、保護者として。結局泣き落とされた俺は折衷案として、学園の先生に依頼をすることにした。餅は餅屋。飛行魔術は飛行魔術の先生に。




「こーんにーちはー! まー、かわいっ! ギードくんこの子どうしたのぉ。あっ先生わかったぞ、さては攫ってきちゃったね?」

「そうです。ぼくは攫われました。この人が犯人です」

「ちょ……急に裏切るなよ。攫ってませんからね先生、やってませんから」


 ここはかつて俺が通った学園の訓練場。放課後だから人気がない。エリーのことは何もかも内密に、とお願いしたら『いいわよー』と快く引き受けてくださった。……大丈夫だよな? ……うん。多分。


 攫った疑惑は正直言うと黒に近いグレーだが、狙ってやったわけではない。その分責任は取っている。取れているはず。俺はとにかく話をそこから逸らすため、先生にエリーの魔力は特殊なのだが大丈夫かと相談した。


「ふーん。古代魔力ねぇ。確かー、安定性は高くて暴発はしないけど、圧力が高めなのが特徴だっけ?」

「いや俺に聞かれましても。でもそれより、あとちょっとのとこで量が足りてないんです。これだと無理じゃないですか?」


「んー。でもねぇ、安定性が高いのってそれだけ制御要らずで消費魔力を抑えやすいってことだから。ま、ちょっと基礎からやってみますかあ。ダメだったら諦めてね、エリーちゃん」

「はーい!」


 ……なぜ先生の言うことはすんなり聞くのだ。エリーめ、人を見て態度をコロッと変えやがって。


「うん、流すのは上手だねぇ。この長杖は学用品のちゃんとしたやつだから特にやりやすいでしょう。じゃ、呪文のおさらいしましょうね。もし失敗したら続けないで最初から。さーんはい!」

「爆ぜよ集えよ押し進め、我示す座標へ経常して推進せよ!」


 ぶわっ、とエリーの両手から魔力残滓が砂煙のように吹き出した。その後ろには先生がぴったり付き添ってくれている。この先生は喋り方こそのんびりとしているが、もし何十人もの生徒が空からぼろぼろと落ちてきても、おそらく全員受け止められる。


 前は王宮魔術師をやっていたらしい。誰かと組む方ではなく、全体の防御を専門としていたそうだ。辞めた理由は『めんどくさいから。後継が育ったし』。とにかくこのゆったりとした性格の人に、うるさくて忙しない戦場は合わなかったようだ。


『わ──!!』というエリーの声はあっという間に遠くなった。良かった、うまく安定している。グラつきもせずに進んでいる。エリーと先生は空をのんびり一周し、また魔力残滓を吹き上げながら無事地上へと返ってきた。


 何度かこれを繰り返し、先生は細くて長い縄をエリーにくくってひとりで飛ぶ練習をさせ、空を数周したところで学園の鐘が鳴り、今日の授業は終了となった。


「エリーちゃん、疲れたでしょう。これ以上やるとふらふらしてきちゃうから、ここで終わりにしましょうねぇ。先生の見立てによると、低空で、近距離なら大丈夫。街乗りだけにしましょってことね。もっと距離を伸ばしたいなら制御の練習を頑張りましょう。魔力がちょっと足りない分、節約を意識してねぇ」

「はーい。ありがとうございましたー」


 エリーはにこにこ微笑んで、先生と握手をして今日の別れを惜しんでいた。家に帰るまでの間、どこで練習しようかと張り切るエリーに庭は狭いからやめておけ、練習場所は確保してやるから浅慮を起こすなと注意するのが大変だった。


 まあ、その心配は杞憂に終わった。エリーはしばらく、飛ぶのは控えることになったからだ。


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