第31話 耳長について学ぼう

「ねえギードさん、魔獣をやっつけるお仕事してる人ってこの辺にはいないみたいですけど、お城の他だとどこにいるんです? 街の周りとかにずらーっと?」

「いや? そこにはいない。鍛錬が必要だから王城や、各地域だったり、他には国境付近かな。点在している」


「……なんか手薄じゃないですか? 街に出たらどうするんだろう」

「えっ? 街には出ないぞ。街にいるのは衛兵が乗ってる飛馬ちょうばとか…」


「えっ、あれ魔獣なんですか!? 魔獣が言うこと聞いてくれるの!? えっ、でもそれが出来たとしても、油断してたら頭からガブーッと食べられちゃうでしょ!?」


 どうにも話に齟齬がある。俺はとりあえずこっちの話は置いといて、エリーの話を先に聞いてみることにした。


 エリーの国での魔獣とは。基本的に人間を食いにくる生き物らしい。魔獣にも人間にも魔力がある。その常識は変わらないのだが、ほんの僅かしか魔力を持たない人間自体がほぼいない。こっちに比べると国民全員、かなりの量があるそうだ。


 そしてあちらの魔獣は人間と、その中身である魔力を食いにやってくる。人間の死因第一位がそれなのだと、エリーは真面目な顔で言った。運良く命は助かっても、傷口が悪化して結局死に至ることもある。総人口はわからないが、それはかなり悲惨な状況ではないだろうか。


 こちらの魔獣はわざわざ人間など食べたりしない。もっと可食部が多くて美味いものはあるし、草や木の実しか食べない魔獣だっている。人間が死んだら機構も回路もすべて機能停止するわけだから、魔力などはたちどころに霧散してしまうものなのだ。身体の中の、見えないところがこちらとあちらは違うらしい。


「ぼくは最初、ギードさんが大切にしてくれるのはいい人だからってだけじゃなくって、これが欲しいからだと思ってました。前は魔獣をやっつけるお仕事してたって言ってたし。まさか正妻さんになってって言われるとは思わなかったなー」


 くすくすと笑いながらそう言って、エリーは俺に渡した御守りをつついた。編み込まれて束になった白い紐。エリーの頬にかかっているミルク色の白い髪。これはもしや、あのとき切った髪なのか。でもそれを欲しがるというのは一体どういうことなんだろう。そういう儀式か何かがあるのか?


「これはどういう効果があるんだ? 見た目はただの髪の毛だが」

「行ってみればわかりますよー。ぼくたちは魔獣が出たらすぐに隔離されてたんで、実際どうなるかは伝聞だし、持ってる人にしかわからないことが多いです」


 魔獣をバッサバッサ殺れる、とエリーはそう言っていた。よくわからないし、こっちで効果があるのかもわからないが大切にしよう。初めて貰ったものである。


 少し調子が戻ってきたらしいエリーはお茶の支度をしてくれた。エヴェラルドの野郎が寄越したあの蜜花茶だ。奴は嫌いだがお茶に罪はない。香りが良く、味が濃くて非常に美味しい。


 エリーは『ジャムもいいんですけど、バターもちょー美味しいんですよー』とスプーン一杯ほどのバターをお茶に突っ込みかき混ぜていた。お前、本当に好きだなそれ。さっきパンに山盛り乗せて食ったばかりじゃなかったか。まさかお茶にも入れるとは。


「ぼくたちはですね、突き詰めるとそれを作るために囲われてたんですよ。御守りを。大事にすれば髪が貰える。それを手に入れたいご主人と、安全で楽に暮らしたいぼくたちとの利害一致ってやつですね」

「でもさ、酷い目に遭わせるような主人もいたんだろ。それはどうしてなんだ」


「そりゃ主人が調子を崩して気が触れちゃったり、執着が過ぎてそうなることもありますよ。それは人間たちも同じじゃないです? 邸の中って密室ですから。でもそういうことをすると、髪の効力がなくなってきちゃうんですよ。結局守りがなくなるから魔獣にやられやすくなる。そうなったら終わりです!」


 生きる御神体。てっきり奴隷だと思い込んでいたが、そういうことなのだろう。エリーたちは主人に囲って貰いたい。主人はエリーたちの髪が欲しい。とにかく、悲惨な暮らしを強いられていたわけではないらしい。よかった、とりあえず人権はあった。


 しかし、エリーが引き取られなかった理由が考えてもわからない。貴重な髪は誰しも欲しがるものではないのだろうか。それを聞くと、少し困ったような顔をしてエリーは語った。


「愛玩用であり、髪を提供する用のぼくたちって人間より少数派なんで、祭り上げたりする人もいる中で娼婦と勘違いする人もいたんです。子供たちは家の外でそういう陰謀論? にハマっちゃったんでしょうね。それでご主人や奥様との仲をいやらしいものだと思い込んで、引き取りを拒否したんでしょう。洗脳されると説得なんか頭に入らないもんですよ。普段から身近にいた人でもね」


 主人の子供たちとは仲が良かったと言っていた。その子供たちが変わってしまい、自分を否定するようになった姿を見るのは辛かっただろう。エリーは『終わったことです』と視線を落としカップに息をふうふう吹きかけ、美味しそうに茶を飲んだ。


「好きな子供たちだったんで、嫌なことをいくら言われてもやり返したりする気には到底なれませんでした。だからすぐ諦めがついて、次のご主人のところへ運ばれるときを待っていた。で、そこで突然ギードさんの登場です。びっくりしたなあ、ちょっと寒くなってきたけどまだ温風魔道具が入ってなくて、とりあえずあったかい魔道具にくっついて本を読んでたら突然場所が変わったんだもん」

「……その節は。ていうかやり返すってなんだ、殴るのか?」


 思わず軽く笑いながら聞いてみたら、思わぬ答えが返ってきた。誘拐事件の首謀者であるはずのエヴェラルドがほとんど意識を飛ばしてぐったりしている中、エリーは無傷で帰ってきたあの事件に関することだった。

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