第29話 過ちふたたび
「なんだよ爺さん、またかよ。もうそれ買い替えしたほうがいいんじゃねーの? うん、まあそりゃあ高いけどさ。そもそも詰め込み過ぎなんだって。いくら保存が利くようになるからってさあ、開け閉めしてっとその分劣化すんだぞ、中の食材は。あーわかったよ、行かねえとは言ってねーよ。今行くって!」
今日も朝から忙しい。朝食を詰め込んだ途端にこれである。遠方の依頼はその分金を取っているので儲かるが、時間がかかり他の依頼は滞るのでトントンだ。そして暑い時期はこういう飛び込み依頼が多くなってくる。
エリーは帰ってきたばかりだし休ませてやりたかったが、こんなに溜まってるからやらなきゃダメだと言い張って聞かなかった。そりゃ早ければ早いほどお客は満足するし、回転率も上がるので助かるが。
何があったかじっくりと聞きたかったのに、バタバタと寝支度をして横になった瞬間、翌朝になっていた。行きたくねえなとぼやきながら靴ひもを結んでいると、後ろからするりと白い腕が俺の肩に巻きついてきた。説明するまでもなく、いつものアレが始まった。
「…………なあ、エリー。今から仕事に行くんだからよ、その……」
「あら旦那様、少しくらいイイじゃないですかー。元気出たでしょ? ね? はい、今日も元気にいってらっしゃーい!」
そりゃ妙な意味で元気は出るが。軽い気持ちで魔力を添加するのはやめてほしい。
──────
家に鍵がかかっている。カーテンが引いてある。うっすら光は漏れているが、張り直した防壁魔術は穴もなく外壁からぐるりと一周張られている。これで俺以外の人間は、中から開けてもらうまでは絶対に入れない。
よし、今日も大丈夫。これは日課になりそうだ。安心したあと郵便受けを覗いたが、特に目新しいものはない。ウィンチカム家は今日の午後、謝罪のために執事頭を寄越してきた。本人を謝りに来させろと言ったのだが、その初老の男は『主人はまだ起き上がれる状態ではございませんので…』と口ごもりながら言っていた。
……大丈夫だよな? 逆に訴えられないよな?
そしてそのあとはまた急ぎの出張が入り、夕飯を食べてすぐ出発した。近所だから良かったが、なかなかエリーと落ち着いて話ができない。ちょっと前まではここまで忙しくなかったのに。
少し前に『修理屋を始めた最初の年よりはまだ穏やかだ』と、口に出して言ってしまったのがいけなかった。そういうのは序章になる。
「ただいま。…………エリー?」
灯りはついている。鍵もかけられていた。中はきちんと片付けられて、どこも荒れた様子はない。休んでいるだけだとは思うが、それにしてもまだ眠るには早い時間だ。
どうしても不安になり、バタバタとあちこち検分しながら最後に灯りの消えた寝室を覗いた。──いた。良かった。
帰ってからずっと仕事を手伝ってくれていたエリーはやはり疲れたのか、髪も乾かさないままごろんと横になっていた。僅かに身体が上下している。風呂上がりにちょっと横になってすぐ、眠気に襲われたのだろう。
手足が随分伸びたなあ。来たばかりのときはあそこまで足が届いてなかった。しかしいくら暑い季節とはいえ、髪を濡らしたままだと風邪をひくんじゃないだろうか。乾かしてやろうと思い、そっと手をかざした。
あ、起きた。そう思った瞬間、長い腕に絡め取られて唇を奪われた。
こうされるのは初めてのことじゃない。一滴一滴、エリーの舌から溶け出してくるように入ってくる甘い魔力も。味なんてないはずなのだが、体温と共に立ち上がってくる蜜花の香りを閉じ込めたような味がする。
いつもと何が違ったか。今になって考えると、奪われる心配を常にしながらまんまと攫われてしまったことで、俺は酷く心が毛羽立っていた。
心配だから、可哀想だから、バレたら困るから外に出したくない。本当はそうじゃない。いざとなったら自分で自分の身を守れるエリーの力を目の当たりにしていながら、冷静になれなかったのは。頭に血が上ったのはなぜか。
「ん……、ギードさ…………」
いつもより低く掠れた、この甘い声を聞いてしまった瞬間、限界が来た。もう駄目だった。
夜着が邪魔だと思った。釦を外す時間も惜しく、捲り上げて胸の頂点を味わい尽くした。甘い声がさっきよりはっきりと耳に響き、早く、早くこいつをどうにかしたくてたまらなかった。
触れたことのなかった脚の間をまさぐると、しっとりと濡れていた。痛いくらいに鳴っている心臓を無視して、逸る気持ちを宥めながらゆっくり指で触れてみた。抜き差ししながら撫で擦るたびに音を立て、糸を引いて指に絡まってくる透明で淫靡な何か。
どうなってんだ、大丈夫なのか、と横槍を入れてくる理性と、早く挿れたい、最高だ、と叫ぶ本能が喧しい。寝坊したときのようにせわしなく服を脱いでいると、エリーが薄く瞳を開けて囁くように言葉を零した。
「……もっと魔力をください。せっかくだから」
せっかくだから、の意味は全くわからなかったが、特に何も考えず唇に食いついた。くぐもった甘い声を上げ、薄く開いた両目からは翆の瞳を潤ませて、時折小さく身体を痙攣させながらしがみついてくるエリーは本当に可愛かった。
この可愛いものにエヴェラルドの野郎はどこまで触れやがったのか。少しでもこういうことをしたんじゃないのか。ふとそんなことを考えてしまい、優しくゆっくり、痛くないように、怖くないように、という心積もりが一瞬、まっさらに消えてしまった。
「あっ……!! ギードさっ…、ギードさんっ、あっ……!!」
水を零したように濡れた柔い孔の内側は、熱があるんじゃないかと思うくらいに熱かった。入り口が狭い。ふわりと俺を包んでくれる肉壁は、抽挿を始めるとそのままぴったりついてくる。それはもう、頭の芯が痺れるほどの衝撃的な快感だった。
先端が赤く染まったエリーのものは意思を持ったように動き、白い粘液が飛び散った。抽挿のたびに出てくるそれは、この白い肌の上では同化してすぐ見えなくなった。
綺麗なものを汚してしまったという罪悪感を覚えながらも、俺が踏み荒らしたのだという征服欲が満たされてゆく。過去に何があったとしても知るか。今それを上書きしたのは俺なのだ。こいつは今、俺のものだ。
「あっ!! ギードさ、そこ、つ、突かれると、変になっちゃ、なっちゃう、あっ、あ!! あ!!」
「……ここか、なんかあるな、痛くないか」
「いたくない、きもち、あっあっ、と、トブ、トんじゃう!! だめ!! だめぇ!れ あ!!」
「っ……!! エリー、ごめん…!!」
ちょっと調べるだけのつもりが、引っかかる感触に夢中になってどうにもこうにもやめられなくなり、あっという間に目蓋の裏でバチバチと火花が散った。仰け反って胸を上下させ、虚ろな目をして赤い舌をちらりと覗かせているエリーに見とれながら、やってしまったという後悔と、それを押しのけるような大きな幸福感を覚えていた。
俺はいつからこうしてやりたいと思っていたのだろうか。まさか最初っからなんてことはないだろうな。そう考えつつ、今更何の言い訳だ。誰に向かって言い訳してんだ、と頭の中で自嘲していた。
エリーはもう目を瞑ってしまい眠たそうにしていたが、繋がったままキスがしたくてたまらなかった。悪いと思いつつ唇を味わい、太腿のすべすべとした感触に何度も何度も浸っていると、呼吸の音が変わってきた。もう休ませてやらないと。汗をかいてしまっている。このままだと風邪をひく。
温めたタオルで身体を拭き、洗いたての夜着を着せているときもエリーはくったりとしたままで起きてくることはなかった。湿っていたシーツや髪を魔術で乾かし、時折引っかかってくる毛先にヒヤッとしながらも櫛を入れ、最後に上掛けをかけてやった。大きな目を薄らと開けることもなく、大人しく布に包まれている。
ほんとに全然……起きないな。
……俺はさっきから何を期待しているのだ。やることはやったんだろ。しかも最後まで。もう十分だろうが。満足しただろ。そろそろいい加減にしておけよ。もう寝やがれ。明日も仕事が待っている。
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