第28話 衛兵のおっさん

 おばちゃんただいま、と外から声をかける前にズドドドという音を立てながらフランカおばちゃんが飛び出してきた。『エリーちゃん!! んもー、無事でよかったよおおお!!』と叫びながらエリーをぎゅうぎゅう抱きしめている。


 おばちゃんエリーが潰れるから、と言ったところで思いだした。そうだ、こいつはかなりの腕力を持っている。握力だって半端ない。あの邸に長く滞在させようと企んだなら、何か丈夫なもので拘束しないと無理なはず。


 今はどうみても元気いっぱい。痣や擦り傷程度の怪我ですら見当たらない。無事で良かったが、何があったか、というより何をしたかは後でしっかり聞き出さねば。


 感動の再会を果たしているおばちゃんとエリーを見ながらそう考えていると、やっと少し落ち着いて涙を拭いていたおばちゃんが言った。


「ギード、あたしこれから衛兵さんに連絡するから。無事帰ってきたって報告しないと」


 そうか、それをすっかり忘れていた。どうやって連れ出したかはわからないが、これは誘拐事件である。すぐに守衛本部に連絡を入れるべきだったのだ。馬鹿か俺は。それを思いつきもせず、文字通り飛び出してしまった。しかも空に向かって。




 ──────




「そっかー。お嬢さんは自分で乗り込んでいったのか。でも危ないだろうそんなことしちゃ。そこのお兄さんが心配して飛んできたんだろ? 文字通り」

「もー、ぼくもお兄さんですっ。んー、でもまあそうですね、いい加減追いかけ回されるのに飽きちゃったし、そろそろ外にも出たかったし。だから手っ取り早く決着をつけたくて。でもギードさんに言っちゃうと、絶対ダメって言われるし」


 ──何を言う。当たり前だろ。


 あんたが犯人なんじゃないのか、と思えるほどの強面なおっさんは、守衛本部から来た衛兵だ。制服は着ていないが、街の衛兵だけでは対応できない込み入った事件などを担当している人だそうだ。


 それにしても自分から乗り込んだって何なんだ。いくら力が強くても、お前一人で……いや、返り討ちにはしてたようだし、あまりこの場でその辺を深追いしたらまずそうだ。加害者側だと思われたくない。ここはひとまず黙っておこう。


「そんで? 最初はウィンチカム家の従者に追っかけられ続けて、次にご本人も登場、と。それで連れ去られそうで危ないから外に出られず困ってたのか。ところでお嬢さんは住民の届けが出てなかったが、衛兵さんに相談しなかったのはそれが原因か?」


 おっさんの目がギロリと光った。俺を見たあと、エリーを見た。お前が真の誘拐犯じゃねえのかと言わんばかりである。違うって。いや、違わないかもしれないけど今は違う。


「だってぼく、欠線ってやつになってますから。ここに連れてきたくれた人のことで覚えてるのは、この一言だけですねー。ここは魔術師さんのお家だから、暮らしは楽になるはずだ。働かせてもらって、うまいことやってお嫁さんにしてもらえって!」


 くくっ、と強面衛兵が笑いをこぼした。俺も苦笑いをするしかない。魔術師免許を取っておいてよかった。あれは社会的信用に繋がる。実際に免許証と営業証を見せてから、さほどの尋問はされなかったのだ。


「まあお嬢さんは見たところ、未成年じゃねえしな。……だよな? うん。で、誘拐の届けが出たのは今回だけ、過去にもそれらしきもんはねえな。お嬢さん、誕生日とか覚えてるか。出身地はどんなとこ?」

「無理ですねー、ぼく覚えてません。そういうのは本当にバラバラです。ここに来たときはお風呂の使い方も覚えてなくって、熱いところに触ろうとしてギードさんに止められました」


「誰かに殴られた記憶はあるか? 何か事故に遭って怪我した記憶は?」

「ないですねー。だって治療魔術師さんが言ってましたよ、身体には問題ないって。でも欠線してるから色々覚えてないんだよって」


 治療院の領収書を見せて、都合の悪いところは覚えてない、でやり過ごす。もう育った身体は若く見えるが子供じゃなく、成人として押し通す。あのエリーを呼び出した魔道具は、もう動かない。あの造りのものは一旦魔力切れを起こしてから長く放置してしまうと、どんな魔力も蓄えることができなくなる。首輪も一応置いてあるが、どちらもここでは再現性がない。


 十分な古代魔力が手に入らないという理由もあるが、これらは未確認魔道具オーパーツと呼ばれるものだからだ。今の技術では解析不可能。それができるようになるまでは、研究室に保管される類のものだ。


 ある日エリーはこう言った。『申し合わせをしておきません? もし何かあって説明しないといけなくなったとき、面食いチャラ男じゃなくてギードさんが怪しいって疑われたら嫌ですから』と。


 エリーは外国人という扱いになるだろう。しかしいくら諸外国に問い合わせようとも、エリーらしき人間に行き当たることは絶対ない。国どころか時間軸も、出身世界そのものが違うであろう人間を探すのは不可能だ。


 結果エリーは難民、俺は難民を保護し養った親切な人、という印象になるわけだ。まあ本当は俺のせいなので、良心が若干痛むが。


 衛兵のおっさんには他にも色々と聞かれたが、エリーがうとうとし始めた頃に解放された。やはり衛兵は苦手だ。よく犬に例えられるが、とにかくしつこく嗅ぎまわって納得いくまで離れないところが確かに犬と同じである。


 さっきまでしつこくエリーに尋問を繰り返していた衛兵は、俺に挨拶をしたあと、年甲斐もなく唇を尖らせながらこう言った。


「いいよなあギードさんは。あんなとびきりの美人がある日突然働かせてーって押しかけてきたんだろ? 記憶喪失があるから多少の手間ってのはかかるだろうが、そんなもん受け入れるに決まってんよなぁ。あんた神に愛されすぎじゃね? はー、おっさん羨ましーい。結婚式には呼んでよねー」


 最後が女子みたいになったおっさんは連れの若い衛兵に『いいよなー』『ずるくなーい?』とぼやきながら去って行った。『その顔全然可愛くないです』と若者に言い返されつつ、夜の闇に消えて行った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る