第25話 チャラ男の誘いを断ろう

「ごめーんくださーい。エリーさーん。エリーさんいますー? エヴェラルドでーす。エリーさん開けてー?」


 ついにご本人登場である。呼び鈴を何度も鳴らす不遜な態度。こういう強引な態度に惹かれる女性の気持ちがわからない。普通に不愉快極まりないのだが。


「エリーは出ない。どこのエヴェラルドだ」

「は? お前誰? エヴェラルド・ウィンチカムだよ。知ってんだろ」


「知らねえよ。帰れ」

「ねーエリーちゃん、ちょっとだけでいーからさあ、出ておいでよ。今からお買い物しに行こうよ。なんでも好きなもの買ってあげるよ! そのあと天川船を貸し切った最高級のディナーにご招待するよ。帚星製のすっごい綺麗なドレスも用意してあるからさー。気になるでしょ? だからちょっとだけ、ねーお願い! ここ開けてー?」


 なるほど、一級品での物量作戦。やり方が強引でも君のためにあれもするこれもする、とツラのいい男に札束をちらつかせながら言い寄られたら一定数の女性はその気になるのだろう。あと、自信満々なこの態度。気の弱い男が好きな女性もいるだろうが、そういうのは少数派だ。


「えーなんで出てきてくれないのー? 俺悲しいよ。せっかくここまで来たのにさ。お断りしたいならさあ、ちゃんと出てきて言ってくれなきゃ伝わらないよ。そういうのって常識じゃない? エリーちゃんが嫌ならさあ、もう絶対しつこくしないから、お茶の一杯くらいご馳走させてくれない? お詫びの気持ちに!」

「もうすでにしつこいんだよ。こっちは帰れと言っている。お前の常識はお前のもんだろ。エリーの常識とは違う」


「俺はさー、エリーちゃんのためを思って言ってるわけ。ていうかそれくらいはするでしょ普通。挨拶くらいはしてくれるよね? 君はとってもいい子だもん。一目見ただけでわかったよ。ね、そうでしょ?」

「おい、衛兵呼ばれたいのかよ。帰れっつってんだろしつけーな」


「はー? 衛兵になんて言うのさ。俺は勝手に家に入ってなんかないしー、お庭に踏み込んだわけでもないじゃん。衛兵さんに叱られるのはそっちでしょー」

「門をくぐり抜けた内側は俺んちの敷地なんだよ。帰れっつってんのに立ち去らねーのは違法になんだよ。いい加減にしとけよお前、ここが誰の家だかわかってんのか」


 エヴェラルドは『チッ』と舌打ちしたあと、また甘ったるい喋り方でエリーに『会ってくれるまで諦めないよー! またプレゼント持って来るからねー』と話しかけ、馬車に乗って立ち去っていった。


 あの手の男は見下せると思った奴は徹底的に見下す。今頃御者に当たり散らしているところだろう。さっさと転職した方がいいぞ。そいつの病は治療魔術師でも治せない。そもそも自分は正常だと思い込んでいるから治療にすら行かないのだ。




「エリー。もういいぞ、あいつは──」

「ふっ…………あはははは! ほんとに来た! チャラ男来ましたねー!!」


 思わぬ場所から現れたエリーはケラケラと笑っていた。扉の前を確認できる窓の隙間からのんびり眺めていたらしい。誰も見てはいないのに、身振り手振りを交えて演技臭い喋りを披露していたエヴェラルドがエリー的には面白かったようだ。


 エリーはひとしきり笑ったあと、ふーっと長いため息をつき、おもむろに両手を胸の前に組んでぽつりと言った。


「自分が一番イケてる、って思い込んでるタイプですねえ。しかもちょっとしつこくすれば女はみいんな思い通り、を繰り返してきた感じだなあ。やりがいがありますよ。腕が鳴ります」


 エリーは穏やかな笑みを浮かべながらも、細くて白い指をポキポキと鳴らしていた。何するつもりだ。その細い手で。そもそもあいつに会わなくてもいいんだぞ。ていうか一生会わないでくれ。




 ──────




「エリー。エリー、もう風呂入れ。お前の好きな入浴剤入れておいたぞ」

「あ、はーい……もうちょっと……あと五分くらい待ってください」


 以前にエリーを呼び出してしまった空き部屋は、エリーの部屋になっている。フランカおばちゃんが譲ってくれた毛足の長い絨毯と、ライティングビューローが壁際に置いてある。だが前の扉は開きっぱなしで収納されているところなんか見たことない。


 なんだかゴチャゴチャと工具を持ち込んで最近何かを作っているが、見せてくれたことはない。『編み方とかは耳長秘伝のやつなんで。色々内緒なんですよー』と言っていた。作り途中のものにはいつも布がかけられ隠されている。編み物か?


「お待たせしましたー。お風呂いただきまーす。ねーギードさん、なんで最近一緒に入ってくれないんですかー」

「……お前もう大きいだろうが。うちのバスルームはそんなに広くない」


「えーいいじゃないですかー。お背中流してあげますよー、ほらー」

「いい、いいから。自分でできる。早く行ってこい。後がつかえる」


「つまんなーい。またギードさんのかっこいい傷いっぱい見たいし触りたいのにい。じゃあチューで許してあげますねー。あ・と・で・ねー」


 エリーはそう言って肩をすくめて流し目を寄越し、最後の台詞に色を乗せ、ぷいっと踵を返したあとはもう振り返らず、パタパタと部屋履きを鳴らしながらバスルームへ向かっていった。


 魔獣と人とが戦う理由はただひとつ。土地の奪い合いである。他国との小競り合いからは引いた立場である我が国の兵が、戦う相手は主に魔獣。奴らが蔓延る土地は必ず肥沃で作物がよく育ち、水も綺麗で誰しも欲しがる、金の成る土地なのである。


 そこを寄越せと交渉できるような相手ではない魔獣と戦い、無理やり土地を奪っている。その最前線に俺は居た。魔獣にとっては一見可哀想な話ではあるが、魔獣は魔獣で理由もなく付近の街を襲おうとしたり、逆に土地を奪おうと侵入してくることもあり、同情など不要である。


 その可能性のある危険地帯には必ず侵入を検知する魔道具が設置してあり、検知した時点で付近の──


 ……今何をしようとしてたっけ。そうだ、歯を磨こうとしてたんだ。あ、じゃない、ブラシが古いから替えようと……




 まだ危なっかしかったエリーと一緒に風呂に入っていた頃、エリーは何が面白いのか俺の傷を指でつついて触れたりなんかはよくしていた。引きつれたり変色したりしている綺麗ではない古傷を、かっこいいなんて思っていたのか。ただ自分にはひとつもないから珍しがっているだけかと。


 女神の実子のように美しく育ったあいつが、あの傷ひとつない滑らかな肌で以前のように俺の身体に触れてくる。桃色の唇を動かして、かっこいいなんて言葉を紡ぐ。そうされればきっと、俺は浴槽から出られなくなる。確実に湯あたりする。


 末恐ろしいと感じた予感は思いっきり当たってしまった。不意をついて俺の心臓を刺激するのはやめてほしい。ほらもう、脈がおかしくなった。こういうときは、どうでもいい本を読むに限る。最初は一行目から全然進まないのだが、そのうち読めるようになる。内容自体はまるで頭に入ってきやしないのだが。


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