第24話 秋冬の広告を撮ろう
「ギードさーん、お気をつけてー」
「ああ、いってきま……ちょっ……エ、……エリー!」
「ん? なにか問題でも? いってらっしゃいませー、ご主人様ー!」
下唇を何度も軽く吸っては離すキスを繰り返され、モヤモヤとしてしまった。お前それ、魔力関係ないだろ。ただのキスだろ。
近所への出張仕事が入った。扉の前で靴ひもを結んでいたところに声をかけられ、振り返ったらまたやられた。『いいじゃないですかー。なにがダメー? ねえねえ、なにがダメー?』と笑顔で問われると何も言えない。強いていえば、駄目だと言えない俺が駄目だ。
執事頭が来た日にすぐ防壁魔術をびっちり張り、窓の鍵などが開いていたり緩んでいるところがないかきっちり点検し、できる限りの防犯策は取っておいた。
しかしまだ安心できない。ウィンチカム家の者が数日置きに説得しに来やがるのだ。居座るわけでもなく、家の中や庭などに、勝手に侵入してくるわけじゃないから衛兵を呼ぶほどではない。相手もその辺をわかっていて、程度を考えて訪問していると見える。
しかし本当にしつこいな。これはあれだ、手に入らなければ入らないほど燃え上がる男心。なんて迷惑な奴なんだ。やや女性の人口が少ないこの国で、贅沢にもその貴重な女性を食い散らかしてる野郎のくせに。
エリーは男だが、それを知っても平気な顔して口説いてきそうだ。面食い馬鹿ならやりかねない。面倒な奴に見つかってしまったものである。
だが良いこともある。今日は午後から一時休業。エリーが稼いだ金で買った、お待ちかねのアレが来るのだ。
──────
「よいしょー! お待たせ! なあお兄さん、ほんとに設置の方は大丈夫か?」
「修理屋だから余裕。重かったろ、ありがとう」
出張ついでに通帳の記帳をしに行くと、そこそこの金が振り込まれていた。新人だが専属で、他の競合とは仕事をしない、という契約だったエリーのモデル料が入金されていたのだ。
競合禁止にした分の数字がでかかったようで、思っていたより多かった。撮影は大変だったがよくやったな、と誉めながら通帳を見せると『やったー! これで冷風魔道具を買いましょう!!』とノリノリになってしまった。
最新型というわけではないが、新品である。新しいものであればあるほど、消費魔力量は少なくなる。そしてよく冷える。長持ちする。小一時間ほどで設置が終わり、動かしてみるとすぐに涼しい風を吹き出してくれた。なるほど、学園にあった古いものより威力がある。
「最高……最高ですねギードさん……。もう離れられない……離さないよ冷風ちゃん……」
「ちょっと休憩にするか。顔にベタベタと色々塗られて、沢山撮影されるのに耐えた甲斐があったな、エリー」
ソファーに寝そべってごろごろしているエリーにお茶を出してやり、郵便物を検分しているとジョアンナからの手紙が混じっていた。エリー宛てである。
「なになに、あっ、もう冬物の撮影をやりたいそうです。まだ暑いのに。季節を先取りするんですね」
「そりゃ撮影してから印刷に回したり、色々とやるだろうからな。どうするエリー、受けるか」
「受けましょう。ぼく、次は温風魔道具が欲しいんです。薪代がなくなるし、煙突のお掃除の手間が省けるでしょ?」
こいつは新しいもの好きだな。まあ俺も欲しいけど。結局厄介な相手に見つかってはしまったが、撮影自体は外をうろつくわけじゃないし、撮影隊という多くの人の目があるから安全ではある。いくら魔術師とはいえ、街中をひとりで護衛にあたるのは脚のこともあり少々不安があるのだ。
「エリー、寒いんじゃないのか。ちょっと弱くするか」
「ダメダメ。この状態で毛布を被ってもいいですし、日に当たるのも最高なんです。そして熱いお茶。しみるー」
エリーは冷風をガンガン浴びて身体を冷やしながら熱い茶を飲むという矛盾極まりない楽しみ方で寛いでいる。贅沢だな。しかし結局このあと『さむい』と言いながら冷風魔道具の威力を落とし、長く寝転がっているなと思ったら昼寝に入り、起きたあとはおやつをもりもりと食べて仕事をしていた。こいつはほんとに自由だな。
──────
「さすが十万年にひとりの逸材。また最高を更新してしまった。秒速で最高が増えてゆくよ。天文学的数字になるのも時間だけの問題だ」
「女装も美しかったけど男装も素敵ね。これは確実に釣書が殺到して郵便受けが爆発するわ。私のこのブレスレットを賭けてもいい」
長い長い撮影時間の始まりである。また夕暮揚羽の眉墨やら、投光蛍の紅やらを塗ったくられ、前回とは趣の違う化粧を施されたエリーが写実魔道具の
エリーが男だとどこかで気づいたらしいジョアンナは『そのすらりと伸びた手足を生かして、秋冬は男性モノでいきましょう!!』と鼻息荒く提案してきた。
目の前には盛装をしたエリーが堂々と立っている。公式の場に出られる装いから、普段着までを何枚も撮影してゆく予定らしい。
尖った耳にいくつもつけたカフやイヤリングたちが、エリーの動きに追従してキラキラと光っている。見ただけで質の良さがわかる趣味のいいタキシードは、明かりに照らされしっとりとした織地を艶めかせている。普通は装飾過多と見なされるような装いでも、エリーがやると自然だった。まるで絵から当たり前の顔をして抜け出してきたような。
「体重は後ろに乗せて! 指に力入れない、軽く曲げる、そうそれ! 上手ー! かっこいい! 髪かき上げてみて、うわーイケメン! そこ深く座って脚組んでみて、あれだあれ、あいつを殺せって手下かなんかに指示する感じの目線ちょうだい、それそれー! はいもう死んだ!! 十人くらい死んだ!!」
エリーを勝手に殺し屋にするな。こいつは武装勢力の親玉じゃない。でも確かに強面共の中にこいつがゆったり座って微笑んでいたら一番ヤバい奴には見える。従わないといけない雰囲気は出ている。そして親分にガチ恋した手下共が殺し合いを始める未来まで見える。ないはずの物語が鮮明に見えてくる。
危うい美少年に化けたエリーは前回よりずっと動きが滑らかだった。何かに取り憑かれたように喋る
前回の広告の評判が良かったので、給料は上がったらしい。だからかエリーも前々日から気合いを入れて、普段大してやりもしない肌の手入れなんかをしていた。海鳴草の化粧水とかいうやつを白雲綿に染み込ませ、べたべたと顔に貼り付けて幽霊のようになっていた。
いつもは避ける野菜も率先して食べていた。野菜を食べるのはいいことだが、それは仕事じゃなくても心がけてほしい。最初に嫌いなものはありません、なんて言ってはいたが、本当はわりと苦手らしい。
しかし休憩を挟むたびに『つかれたー』と愚痴を言って寄りかかりにくるところは何も変わってなかったが。
「でも今回は簡単でしたー。周りに怖い人たちがいっぱいいても、一人ずつ首をへし折ればいいんだって想像すれば自信が漲ってきます」
「まあお前ならできるだろうけど。死にゆく者の最後の一言くらいは聞いてやれよ」
「それ知ってますよ 辞世の句!」
「そりゃ詩のひとつだけどな。そんなの詠める教養のある奴はそんな死に方しない気もする」
エリーは殺し屋の顔から一転して、ころころと笑い転げていた。今思えば、それを実行しなかったエリーの判断は賢明だった。強者の余裕なんだろうか。それを身体を張って証明したのはあいつだった。エヴェラルド・ウィンチカム。面食いチャラ男と揶揄されていた大地主の息子である。
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