第21話 面食いチャラ男
「あー! ジョアンナさんだ! お久しぶりでーす」
「久しぶり~~天使ちゅわん! うーん今日も可愛いわあん」
ジョアンナが訪ねてきた。エリーはパアッと全開の笑顔で喜び、小躍りしながら抱きしめ合っている。最初は警戒していたくせに、いつからこんなに仲良くなった。
「ところでエリーちゃん、次の広告はやってくれる気になった?」
「んー、ぼく今お外に出られないんですよー。なんか怖いおじいちゃんに追いかけられて空飛びましたから。すっごい速度で! ボーンってなって! 街がおもちゃみたいにちっちゃくなって、面白かったなあー」
天を仰いで目を輝かせるエリーを、ジョアンナが『何のこと?』という顔で見つめていた。それじゃ全然わからないだろ。説明が足りなさすぎる。
「ここいらで一番でかい地主んとこの従者のことだよ。あそこの息子がまだ未婚だろ。それで」
「なるほどね、もうわかったわ。広告を見て目をつけられたってとこでしょ。あの面食いチャラ男に」
ジョアンナはそう切り捨てたあと、ペラペラと息子の裏情報を話し始めた。あいつはあの劇場の女優と食事に行っていた、同時期にあの喫茶店の看板娘と街を歩いていた、個室茶屋から馬車に乗るところを見られていた、相手は貴族の奥様で。ジョアンナの情報網は広く、正確性がかなり高い。アミントレの言っていたことはどうやら本当だったようだ。
「暴力沙汰も起こしてるしね。武装勢力とまではいかない程度の悪い奴らとよく飲みに行ってるらしいわよ。金蔓扱いなのかも知れないし、気が合うのかも知れない。でもどっちにしろ、ろくでもないのは間違いないわ」
「ろくでなしですねー」
「そうよ。だから絶対関わっちゃダメ。私も友達と食事に出かけてお手洗いに立ったとき、壁に手を突かれて通路を塞がれたと思ったらあのチャラ男でね。お嬢さん彼氏いる? 凄いタイプ、今から二人で飲みに行こうって、まーしつこい。何百回、何千回もこういうことやってんのねって丸分かり」
「遊び人ですねー」
このあともジョアンナの暴露は続いた。立て板に水どころか、山頂から鉄砲水の勢いでしゃべり続けるジョアンナへのエリーの返しが『クズですねー』『死んでも直りませんねー』『子種撒き散らし野郎ですねー』と、どんどん過激になってゆく。
「ギード、あんた本当に気を付けなさいよ。あの広告の美女は誰だ、ってみんな気にしてるのよ。そんな話題の子を欲しいとあいつは必ず思ってる。どうせそういう奴だから」
「わかった。上手くやれるかわからんが、防壁魔術を張っておく。あとそれから押すだけタイプの防犯魔道具の準備と、それから──」
エリーはジョアンナが持ってきた茶菓子を手鞠鼠のように夢中でむしゃむしゃと頬張っていた。今俺たちはお前のために話してるんだぞ。呑気だな。
──────
数日後、午後に外の呼び鈴が鳴った。また荷物かと思って出たら、あの老紳士がそこにいた。なんでここがわかった、とゾッとしてすぐ閉めたが、声だけをかけ続けられた。
「ご無礼を承知でお訪ねしました。魔術師のギード・フィーリッツ様でお間違いないですね? 私、ウィンチカム邸の執事頭でございます。先日は大変失礼致しました」
「こちらとしては用はない。俺が怒る前に帰ってくれ」
「魔術師様、そう仰らずに。我が主の子息は、貴宅のお嬢様と一度話しがしたい。それだけなのです。どうか一度だけでもその機会を設けてはいただけないでしょうか。この通りです」
「あんたも大変だな、執事頭さん。あいつを探せと無茶振りされて、仕事を滞らせながらずっと探してたんだろ。だが面会は認めない。お前らに目をつけられてから危なくって外にも出してやれねえんだ。迷惑千万だ」
「お嬢様に危害は加えません。当然です。それは必ずお約束いたしますので、どうか一度だけでもお目通り願えませんでしょうか」
「しつけーな。わかってんだろ。俺らがなんで嫌がるのか。誰が評判のクソ悪い男なんかにこいつを会わせないとなんねえんだ。帰ってくれ、今すぐに」
押し問答はどれだけ続くかとピリピリしていたが、従者の教育だけはいいのかあまり長々とは居座らず、キリのいいところで帰って行った。しっかりドアに手土産をぶら下げて。
これをどうしようと考えていたら、そっと出てきたエリーがベリベリ開封してしまった。あーあ、明確な拒絶として手をつけず、そのまま送り返すのもいいかと思ってたのに。
「ほほー。蜜花茶と、スウェート牛のミルクを使ったお茶菓子のセットですよ。重いと思ったらやっぱり豪華。凄いですねえ。お金持ちー!」
「金だけはあるだろうな、土地転がしてんだから。いいよな金持ちは」
「お金持ち自体は嫌いじゃないですけどね。散々お世話になりましたから。でもぼくはやっぱり、身体張って戦う男のほうが好きですねー。剣で薙ぎ払うとか、弓矢でサッと仕留めるとか。ちょーかっこいい」
バッと思い出した。真っ赤に染まった空の下や、身じろぎも許されない暗闇の中。降りかかる石礫や木の枝であちこち傷を作りながら駆け、顔の真横を凄い速さで掠める何かに鳥肌を立たせ、目の端で
戦況を有利にすることだけ考えて、目的のためだけに突っ走り、時間と空間が凝縮されたようなあの緊張感。獲物より有利な状況になったと確信したときの高揚感。勝ったぞと声が上がったときの安堵感。興奮のせいでまだ疲れを感じぬ身体を動かし、戦利品を探しながら、仲間と交わす馬鹿話。
俺だって戦っていた。怪我さえなけりゃ今だって。そう口にして言いたい気持ちを必死で抑えた。今は、そことは遠く離れた場所に俺はいるのだ。過去の栄光で虚勢を張るなど愚の骨頂。かっこわるい。そんな風に思われたくない。
そうやって次から次へと湧き上がってくる悔しい思いを胸に留め、お茶缶を開けて鼻を近づけ、香りを楽しむエリーの姿をずっと黙って見つめていた。
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