第17話 ジョアンナさんの熱い接客
「神は我が王国に降り立った…!!」
この服飾店親子の言葉選びはよく似ていて予想が立てやすいのだが、今回は外した。店主のおっちゃんの上を行った。
ジョアンナは胸元を大きく開けた服を着て、今日もお色気全開の出で立ちだ。日傘を従者に持たせて日焼けを避けることにも余念がない。
「ちょっとギードあんた…! どこで攫ってきたのよこんな…!!」
「もうそれ散々言われてんだよ。もっと他のこと言ってくれよ」
「ねえあなた、うちのモデルにならない? 素敵な服を着放題よ。そのあと写実魔道具で山ほど
「いや勧誘しろとは言ってねえよ」
「…………」
なんとなく、嫌だが断りにくい、という表情をしているように見えるエリーがこちらを見上げてきた。俺としても目立つ行動はまずいだろうと思うので、悪いが断ることにした。
「ジョアンナ、せっかくだが目立つようなことはちょっと。こいつもあんまり気が進まねえみたいだし」
「うちの服、そこらの仕立ての比じゃないわよ? 美しさだけじゃなく着心地も計算して作ってあるし、なにより素材がいいんだから。大体のものが白雲綿で仕立ててあるから肌触りが抜群にいいの。あとカッティングにもこだわってる。型紙の時点で美しいから仕上がりが違うのよ。お針子も絶対適当な仕事なんてさせないから、常に品質は安定してるし、それから──」
「ジョアンナ、ストップストップ。あんまりガーッと言われるとこいつも混乱するから。今からお前んとこの店に行こうとしてたとこだからさ、そこで話そう」
これだけ喋ってまだ話し足りないのか、わかったと言いながらもジョアンナは道すがら、ひたすらエリーに話しかけていた。その勢いが怖いのか、さっきからなんだか俺の腕にすがるような格好になっている。なんだろう、女の人が怖いんだろうか。相手が男のときはぽかーんとしてるか、にこにこと大人しく微笑んでいるだけなのだが。
「口で言うより着てもらったほうが早いわよね。私、着てほしいものがいっぱいあるわ」
「王城で踊るときみたいな服はいらんぞ。普段着でいいんだよ」
「やだそんなもったいない。刺繍だの何だのでおもいっきり手の込んだやつを着てほしいわ」
「どうやって洗濯すんだよ。そこまでの家事技術はねーよ」
『あんた魔術師じゃないのさ!』と思いっきり睨まれた。視線で顔が焼けそうだ。そりゃ出来はするが、毎回魔力と神経を使って服を綺麗に洗浄する毎日というのはどうかと思う。普通に洗うのとは別の意味でめんどくさい。あと、動きにくいだろそんな服。
「あ、パパー! 前に言ってた千年にひとりの逸材ちゃんが来てくれたわよ!」
「なんだと!? あれっ髪切った!? 素晴らしいね、性別が曖昧な魅力があるね! 早速だけどこれはどうかな、ほらこれ、なかなか卸してもらえない刺繍作家のタイ。模様が美しいだろう? これにこのタキシードを合わせるとほら! もうここまでくると戦闘服だね。目を合わせたご令嬢方が即死するよ!」
「パパ、それも素敵だけど普段着が欲しいんだってよ。これはどう? カッティングが凝ってて珍しいでしょ。着るともっと立体的になってオシャレなの。ここはポケットになってて実用的でもあるのよ。オシャレは我慢なんて古い考えは一掃するべき! あなたがこれを着ればきっと問い合わせで通信魔道具が鳴りっぱなし! たちまちうちの在庫が空になるわね!」
今度は親子でああでもないこうでもないの提案合戦が始まった。エリーはジョアンナが見せてきたシャツがとても気になるようだ。遠慮がちだが視線は引き寄せられている。
もういいさ。好きなものを選ぶといい。品質が良い分ここの服は高い。しかも新品だし。俺の財布は寂しくなるが、一度泣かせてしまったのだ。贖罪の気持ちだ。
「……素敵ね。もうどう言ったらいいのかわからない。私の語彙力じゃ太刀打ちできない気がするわ。フッ、神を目の前にした民草風情などこんなものよね」
「まるで君のために誂えたようじゃないか。さすが一万年にひとりの逸材。全王国のモデルが裸足で逃げ出すレベル」
何々年にひとり、の単位がどんどん増えているが突っ込む気力はもうない。新しい服を着ながらちょっとはにかんでいるエリーはまあその、非常に、麗しかった。
それはそうとして靴もきつくなっていたので、そっちの方も買い換えた。出費は凄いが、いざというときのために貯めた金である。ここは節約できないところだ。でもまさか自分以外のために、こういう用途で使うとは思ってもみなかった。
──────
「ぼく、モデルの件、受けてみようかと思うんですけど」
「え!? どうした突然。嫌そうに見えたんだが違ったか」
「えっと、綺麗だったりオシャレなのはすっごく好きです。本当に。でもギードさん、ぼくが見つからないように気をつけてくれてるじゃないですか。危ない目に遭わないように。だからいけないかなって」
「そうか、察してくれてたのか。いや、その、一応他にも理由はあって……」
新しくて広いベッドの寝心地は最高だった。まだ新品の匂いがするが、エリーの蜜花の香りを微かに感じてうとうとと微睡んでいるとき、唐突にそう言われた。
俺はこいつに言ってなかったあのことを話した。そんなつもりは毛頭なかったが、無許可で行ってしまった生物召喚。それの発覚によって取り消されるであろう魔術師免許。免許はなくても修理屋はやっていけるが、脚が治ろうが治らまいが二度と王宮魔術師には戻れなくなると。
「戻りたいんですね、ギードさん」
「いや、戻りたいというか……、まあ、そうだな、戻りたい。あと金の問題な。一言でいうと儲かる。もっと楽な暮らしをさせてやれる……」
「ぼくが黙ってればバレないんじゃないですか? 治療院でも何も言われませんでしたよね」
「うん、まあ……そうだな。嘘をつき続けさせることになるから申し訳ないが」
「あと、その脚、治りますよね。ぼくとなら──」
「いいんだ。それはいい。頑張って稼ぐから。もう寝ろ、おやすみ。……こら、寝ろってエリー。ちょ、おい、こら! この馬鹿力!」
暗がりで見知らぬ少年が、覆い被さってきたように見えた。手首を思いっきり固定され、食べるように口づけられ、そのまま口の中を舐め回された。舌に酒を垂らさたような感覚と、寒気のような性感が一気に背中を駆け上がり、心臓が走り始める。変な声が出そうになる。そしてまるで口が閉じられない。入ってくるものを拒否できない。
こいつ、なんでこんなに上手いんだ。さすが年上。いや関心してる場合じゃなくて。
身体を勝手に走り抜ける快感に耐えていると、エリーが手の力を抜き少し離れてチュッと軽く口づけてきたあと、ベッドに潜り込んでいった。今のは何だと呆然としている間に、横からすよすよと気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。
え、マジか。寝るのかよお前、こんなにしといて……おい、わざとか? わざとなのか? ……いやいや、俺は何を期待している。自分の立場を忘れるな。しっかりしろ。正気に戻れ。捕縛されたくないんだろ。
結局うるさい心臓は長い間黙ってくれず、このまま眠れるわけがなかった。結局ベッドをそっと抜け出し、戻ってきた頃には大の字になって眠る寝相の悪いエリーによってベッドの大部分が占領されていた。なんで横切る体勢になってんだ。寝ながら回転するなんてことあるか?
買い換えた意味。ため息をつきながらそっとどかして眠った。散々な夜であった。
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