第16話 お買い物をしよう

「ギードさーん、これがいいー」

「いや何人で寝るんだよ。三人は軽いぞ。しかもうちの扉をくぐれるかわからんぞこれは」


「えー、じゃあこっちがいいー」

「その無駄に豪華なヘッドボードは何なんだよ。寝室だけ王様の部屋になるじゃねえか」


「えー。じゃあもうこれでいいー」

「あーもうそれにしよう。それでいいや。決定決定」


 奇しくも二人で使うことが再度決定したベッドの新調。こんなに高かったか、他の店で探すか、と少々悩んでいる間にエリーが次々とこれがいいあれがいい、と言うので反論している間に買うものが決定してしまっていた。


 大出費である。なんでも材料費が上がったとかで、前より一割ほど価格が上乗せされているらしい。『品質は変わらないけど昨今の状況がねえ』と店主が遠い目をしてぼやいていた。


 俺が仕事に使う魔力は手から出しゃいいわけだから実質タダだが、エリーのような特殊な魔力だとそう簡単にはいかない。精密な魔道具のために、蓄魔力機があった方がいいかもしれない。細かい道具もそろそろ新調しておかないと。うちの商売もこうやって、ひとつひとつに金はかかる。


 だが商品を生み出す側にとっての材料費というものは、常に頭を悩ませる原因のひとつだろう。原価が上がっているのに気づかずうっかりすれば損をするので、いちいち値札を貼り替えるのも大変だ、とまた店主が明後日の方向を見てぼやいていた。


 気持ちはわかるつもりだが、さっきからいちいち悲観的で鬱陶しいな。 買い物くらい楽しくさせろ。




「ふふふ、やった、可愛いベッド!」

「なんだお前、もうこれでいいとか適当言ってなかったか」


「いやだわあ、作戦ですよご主人様。最初に高いのを選んで、ダメならじゃあこれ、それでもダメならこれって感じにやっていくとー、あら不思議。ちょっと高くてもこれならいいかって気持ちになるもんなんですよー。ホホホホ」


 ──やられた。ハメられた。


 エリーが選んだ『ここが柵になってるのが可愛い』というベッドは確かに趣味が良いものだった。シンプルに見えるが猫足になっていたり、細部に小技が効いている。色が落ち着いているので、一見可愛らしくても寝室に置いてみると元からあったかのようにしっくりと馴染んでいた。


「さあて今日の予定はあと、ぼくの髪を切るだけですね。さあどうぞ! チョッキンと!」

「ちょ、俺!? 無理無理。切れないってこんなの!」


「えー? ハサミでバチンとやるだけですよー。あ、お外でやったほうがいいですよね?」

「いや理髪店に行こう。頼む。俺じゃ怖くて切れない」


『魔道具の配線を切るのと何が違うんですかー』と文句を言うエリーに帽子をかぶせ、理髪店へと急いだ。今日の前髪が決まらない、と鏡の前でひたすら気にしていじり続けたりするくせに、こうやって突然豪快というか、大胆なことをするこいつの行動基準はどこにある。全く読めない。


 理髪店に連れて行くと、いつも愛想のない店員が秒で態度を変えて紳士のように振る舞い出した。さっきの入店時、振り返ったときのダルそうな顔はどこへやった。誰だよお前は。


「お嬢さん、本当に切っちゃうの? いやあなんて美しい色だろう。天国の雲の色だ」

「天国行ったことあるんですか? ぼくはまだないですねー」


「あはは、たとえ話だよ。今日は整えるだけでいいのかな?」

「バッサリいっちゃってください。この辺で縛って、その上からザックリと。切った髪は持って帰ります。ではよろしく。さあどうぞ!」


 偽紳士の店員は『ええ!?』と言ったあと、散々エリーにいいのかと聞きまくり、終いには面倒臭そうな顔を返されていた。『ああもったいない、でも君に嫌われたくない!』と心の声を盛大に口にしながらやっと手を動かし始めた。遅い。もう十五分は経っている。


「うーん、ここまで切っちゃうと、可愛い感じに仕上げるのは難しいなあ。ちょっと男の子みたいになっちゃうけどいい?」

「え? ぼくは男ですが」


『は!? あっごめんね』と驚きながら店員はハサミを落としていた。バカヤロー、刃物だぞ。それに商売道具は大切に扱え。刃こぼれするぞ。




「……うん、キリッとしつつも可愛くなった。やっぱ綺麗な子は何しても綺麗だね。完成だよ!」

「いいじゃないですかお兄さん。また腕を上げましたね」


 お前初めてだろう、ここに来るの。さては『腕を上げた』を使いたかっただけだな。


 確かに店員の言う通り、そこには少女とも少年とも言い切れない甘い顔立ちの美人がいた。切りたてで毛先が整い、爽やかさが輪をかけて演出されている。


 なるほど、このために今日はパンツスタイルにしたわけだ。単にそんな気分なのかと思っていた。服飾店のおっちゃんが見たらなんて言うだろう。ショックを受けるかな。いや逆に盛り上がって、またあれこれ持ってくるだろうか。


「エリー、服をもう二着くらい増やしとくか。お前スカートばっかりだろ、持ってるの」

「えっ、大丈夫ですかギードさん。今日はちょっとお金の使いすぎなのではっ」


 ──なるほど、だから俺に切ってくれと。なんか情けなくなってきた。


「いいよそれくらい。着れなくなったら古着屋に売るし、必要なもんだから」

「いよっ王様! 宰相様! かっこいい!」


 よくわからないエリーのヨイショを受けながら、おっちゃんの服飾店へ向かった。帽子を被っていたとしても、エリーの美貌は魔力残滓を撒き散らしているんじゃないかと疑うくらい周囲にはバレバレだ。


 しかしかなり大きくなった。俺の肩の下あたりに頭の天辺がある。さすがに小脇に抱えて持っていけるサイズではなくなったので、前よりまだ安心感がある。しかし兵士なら余裕だろうから、全く油断はできないが。




「あらギード。久しぶりー。あんたがうろうろしてるのなんて珍し……キャ──!!」

「ウワ──!! なんですか──!!」

「うわ、うるさっ。何だよお前ら、落ち着けよ」


 従者を連れたジョアンナとバッタリ会った、と思ったら突然叫び声を上げられた。目から光線が出ているんじゃないかと思うくらいギラギラと輝かせている。


 なるほどな、あのおっちゃんの娘である。エリーを見て神は存在した、とかそういうことを思っているに違いない。両手で口を覆ってわなわなと震えながらもエリーを全身舐めまわすように見て、顔を紅潮させている。耳まで真っ赤だ。


 ジョアンナはしばらく喋れなさそうなので、とりあえず俺がエリーに彼女を紹介しようと顔を見た。……なぜかムスッとしている。何なんだ。お前は何を言い出すか予想がつかんが、そういうところも未だにわからん。

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