第18話 広告のお仕事をしよう

「あれえ。また修理の依頼ですかあ」

「そうだよ。今日はこれで五件目だ。多分このままだらだらと増えてくる。もう暑くなってきたからな」


 蓄魔力、というのは魔力を溜められる機械のことだけを指すわけじゃない。そういう部品が魔道具の中にはしょっちゅう組み込まれている。


 単純に流れてくるだけの魔力を一旦留めて、いい案配に量や流れを整えてくれる部品がある。名前はそのまま、蓄魔力部品。その形から、俗称『酒ダル』と呼ばれている。


 魔道具を使用すると内側に熱がこもってくる。魔力とは読んで字の如くエネルギー。熱が自然と発生する。しかし外気温が高くなるとその熱が逃げにくくなる。となるとその酒ダルから、酒が漏れ出すように液漏れしてくることがある。暑い時期はそういう理由での故障が増えてしまうのだ。修理屋にとって繁忙期の到来である。


「……っていう理由でこれから仕事は忙しくなる。気張れよ」

「はーい。昼間は明るくて手元が見やすいけど、暑くて困りますよねー。夜は結構涼しいのにー」


 エリーはばたばたと胸元を仰いだ。目のやり場に困る。そういうのは駄目なんだと散々言った。しかし『家の中ならいいじゃないですかー。しぬー』と言って聞きやしない。


 またちょっと伸びた髪を髪留めで上げて、簡素なワンピースを着て机で作業をしているのだが、袖をまくり、スカート部分などは思い切りめくり上げて脚を晒している。脚を隠すための布の意味とは。


 冷風が出る魔道具はある。しかし値段がかなり高いのだ。それらは学園など国の施設になら設置されてはいるのだが、もちろんこんな小さな修理屋の家などには置けるはずもないものだ。贅沢品だ。


「設置しようかな…中古かなんかで…でもなあ、消費魔力が高いから自前で補うとしてもだな、腹が減って結局食費が…」

「どうしたんですかー、ぶつぶつと。ぼくの分はできましたよー」


「おお、ありがとな。上手くできてる。早くなったな」

「そうでしょう。えらい? すごい?」


「偉いし凄い。よくできました」




 そろそろあの時期でもある。結局エリーはモデルの仕事を引き受けた。以前作ったその広告が、街の数カ所に張り出されるのだ。当然反対したのだが、やる気になったエリーに強く押し切られてしまった。


『ギードさんは魔獣と戦えるんでしょ? ずっとそばに居てくれれば大丈夫じゃないですかー。それともなんですか、敵に負けちゃうかもって怖いんですかあ?』と煽られてムキになって許可してしまった。俺は別にビビッているわけじゃない。決してそんなことはない。


 あの服飾店の店頭だけならず、駅や街中にも飾られるらしいその広告。最新技術で大きく拡大し、店名と所在地を記載した写実紙しゃしん。この撮影は丸一日かけて行われた。


 付き添いするのも大変で、化粧品の匂いで鼻が利かなくなってしまった。もうほとんど何もしなくていいエリーの顔を更に美しく魅せるため、白鏡石のおしろいがどうとか、揺籃花の紅がどうとかいう呪文のような名の道具を使い、息をのむほどの美しさに仕上げられていた。


 エリーもここまで長丁場になるとは思ってはいなかったらしく、休憩のたびに『つかれたー』と言って寄りかかってきた。髪や化粧が崩れると叱られるため、家にいるときのように寛げないのも辛かったらしい。


『付き添いお疲れさまです旦那様』『お飲み物いかがですか旦那様』『こっちの服も可愛いでしょ旦那様』と、当たり前のように夫扱いしてくる撮影隊にいちいち動揺していたが、エリーは否定も肯定もせずにシレッとしていた。なんなら『まだ終わらないよー、旦那さまー』とノッていた。お前だけわざとだろ。


 エリーがこの仕事を請け負ったのは、綺麗な服を着て撮影されたかったわけじゃない。『お金稼いでお買い物したいから』だそうだ。確かに色々買い与えたが小遣いの類はやってない。ひとりで外には出せないからだ。しかしお使いなんかに出せる日は永久に来ない気がしている。




「そんでさ、エリーは何が欲しいんだ」

「えー、決まってますよー。冷風魔道具! これ一択!」


「それ今思いついただろ。そんなに暑いのは嫌か」

「前にいた国も暑いときは普通に暑かったですよー。でもよく冷える魔道具がありましたから。冷えすぎて温かいお茶とかよく淹れてたくらいです。でもそんな中で毛布を被ると気持ち良くお昼寝できるんですよ。だからあの快適さが再びほしーい」


 次の新作広告も請け負ってほしいとは望まれているのだが、エリーはあの撮影がよほど辛かったのか返事を保留にしたままだ。売上次第でモデル料は上がるという。その値上がりを待っている気がしないでもない。


「ところで旦那さまー、ジョアンナさんとは本当にもう別れたんですかー?」

「また旦那様ネタか。あいつとはもう別れてるよ、とっくに」


「えー本当かなあ。普通に会話してたじゃないですか。ジョアンナさんがその気になれば、よりを戻していいと思ってるんじゃないですかー」

「ないよ。ないない。あいつから付き合おうって言われたけどさ、俺じゃなくて単に王宮魔術師に興味があった節がある」


「えー、でもジョアンナさんお綺麗だから、ギードさんを選んだ理由が何かひとつでもあったでしょー?」

「んー…そうだなー。顔がわりと好みだって言ってた。昔はな」


「あーなるほどー。ジョアンナさんセンスいいからなー」


 ……今手元にあるのは通信魔道具。壁に設置する際に大元へ伸ばす太い魔力線が根元から切れている。多分ネズミに齧られたのであろう。半端に繋がった状態だった。ネズミもわざわざ魔力線なんか齧りに来なくていいものを。


 今何をやってたんだっけ。そうだ、この白の線は回路に繋いだ。赤の線は……どこだっけ、ここと、ここのどっちかだ。いや危ない。間違ったら欠線してえらいことになってしまう。このタイプの回路図を探して見直さないとならない。


 俺はエリーの様子が気になり、なるべく気づかれないよう気配を殺して振り返った。机に向かい、合金直しに集中している。会話が途中で止まったのが、不自然に思われなかっただろうか。


 俺は今どんな顔をしているだろう。回路図を見るために、エリーの真横に位置する本棚から探す必要がある。でもできない。参ったな。どうしよう。


 ……顔がいいと暗に言われて喜ばない男がいるもんか。俺は平静を取り戻すため、今しなくてもいい机の掃除に取りかかった。




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