第14話 美味しいご飯の人

「アミ。お前、エリーが男だって知ってんのか」

「は? 嘘つくなよ。オレがその辺間違えるわけないじゃん。嘘つくならもっと上手くつけよ、アホらしい」


 ──やっぱりな。天使だの女神だの言うから絶対にそうだと思った。


「男だよ。がっかりするとは思うがな。ここに来たとき一緒に風呂に入っ──」

「は!? おま、お前なんてことしてんだこのやろう、変態!! ロリコン!!」


「待て待て! 話聞いてんのかよバカヤロー! 男だっつってんだろ!」

「嘘だ!! そうやってオレを諦めさせようとしてんだろ、絶対そうだ、そしてお前は小児性愛者だということが発覚した」


「だから男だってば!! そんな馬鹿な嘘つくわけないだろ!!」

「男でも可愛いじゃんか!! キスくらいしたんだろ!?  絶対してる!!」


「……してない」

「なんだよその間!! うわもう最悪、絶対危ない、今すぐオレが連れ帰っ──」


「ぼく男ですよー? 見ます?」


 ちくしょう、こいつが大声出すからエリーがさっさと戻ってきてしまったじゃないか。見ますってなんだ。何を見せるのだ。おいやめろ。だからやめろって。スカートをたくし上げるな。


「ちょっとギードさん、別にいいじゃないですかー。アミントレさんはわかんなかったんですよね? ぼく的には何でわかんないのかがわかんないけど」

「えっ、こいつの嘘とか冗談じゃなく? ……ほんとに??」

「残念だったなアミ。大丈夫、お前ならすぐに次が見つかる。ちょっとイケメンだし、いい店の跡取りだからそれなりの女の子がさ」


 アミは『お前にイケメンって言われても全然嬉しくない……』と呟いたあと、やっと大人しくなってくれた。エリーはまだ『見なくていいんです?』とか言うので無言で制した。いいんだよ。ダメージは充分入っている。


 しかし俺は肝心なことを言わなかった。望めば子供が作れるらしいということを。古代魔力の仕業なのかはわからんが、こいつは身体を変えられる。でも嘘は言ってない。実際今は男の子だからだ。今は。




 エリーの性別暴露デーが過ぎたあとは来る頻度が半減したものの、相変わらず何かしらの貢ぎ物を抱えてこいつが訪問すること自体はなくならなかった。今も妙に切ない顔をしてエリーを見つめ、同じ食卓についている。


『神は試練をお与えになったのだ……』とかブツブツと呟いたり『君は大人になったらどんなに美しい青年になるだろうね……』とか言いながら手をそっと握ろうとしたりする。やめろ。エリーが汚れる。


 エリーはエリーで『なんですかこの手ー』と言いながらぐいっと押しのけ、傷ついたような顔をするアミントレを見てきゃらきゃらと笑っている。なかなかの小悪魔ぶりである。アミントレが邪魔くさいのには変わりないが、それを見るとちょっと可哀想にもなってくる。


 一度はっきり言った。あいつはお前に気があるし、どうやら諦めきれていない。振るなら早く振ってやれと。しかしエリーは腕を組み、下を向いて考える仕草を始めた。


 えっまさか、あの貢ぎ物作戦に絆されたのかとヒヤッとしたが『うーんでも、美味しいご飯が…』と真剣な顔をして悩んでいた。こいつは飯のことしか考えていなかったのか。哀れなりアミントレ。


 だが、ホッとしたのも束の間だった。そのあと、ポツリとエリーが言ったのである。




「仲間のうちの先輩がですね……どの先輩だったか忘れたけど。一番自分にいい思いを、なるべく長くさせてくれる相手とつがいなさいって言ってたんです。そういう相手が現れたらー、時間をかけて、言ってることとやってることの齟齬がないか、両目を開けてよーく見て決めなさいって」


 目蓋を指でこじ開ける仕草をしながら、ハッキリとそう言ったのだ。




 前言撤回である。こいつはこいつで考えていた。しかもわりと真に迫る感じで。そりゃそうだ、後々食い詰めるかもしれない相手と一緒になろうなんて者は稀だ。余程の情がなければならない。人生は小説じゃない。死ぬまで続く現実なのだ。


 修理業は金にはなる。なるのだが、決して贅沢できるようなものじゃない。それに魔道具自体が進化して、それに俺がついて行けなければそこで終わりである。


 アミントレの家は代々続く金物屋。ひとつひとつはさほど高価ではないとしても、安売りなどはしていない。生活必需品であるからして必ず買う客がいるのに加えて、特にあいつの店のものは品質が良いとのことで有名だ。だから王都という商売の激戦地といえる場所で、代々続けていられるのだ。


 魔術師としてならどうなのか。俺自身が商品だ。とはいえ生身の人間であり、万能では決してないが。だがその万能に、限りなく近かったのがかつての俺だ。剣をふるい矢を放つ、それの全てに魔術を乗せて火力を高める。単騎で戦える分、初動が早い。小回りが利く。安心して任せられると、大いに評価されていた。


 脚を悪くしてしまった今は全盛期とは程遠い。古傷自体、大したことはない。しかし魔力回路が切れたとなると全身に影響がある。全力など出ないのが試さずともよくわかる。だから大きな出力が必要な他の職には就くことができなかった。


 全快すれば話は違う。特に戦闘特化の魔術師は、一代でかなりの額が手に入るのだ。王族直下の息苦しささえ我慢すれば、おそらくすぐに復帰できる。でもそのためには。




「まさかお前と俺の生活のために、寝てくれだなんて言えねーわ。お前に大した利益がない。せいぜいそれなりの贅沢ができるようになるってだけだ。俺は復帰できる、免許を剥奪されずに済む、あとは……手元に置いておける」


 そう声に出して言ってみたが、返事はない。すうすうと寝息が聞こえるだけ。今夜は月明かりが差していない。カーテンを閉めてしまうと真っ暗闇だ。自分の手の輪郭も曖昧な中で、罪悪感の輪郭だけがはっきり目に見えてきたような感覚を覚えた。


 手放したくない。でも手放したほうがいい。さすればいずれ損害を被る。でもそれは自分のせいなのだ。復帰したい。でもこの脚では。手っ取り早く治せる可能性は目の前に。でもこいつの意思は。人権は。


 誰かを大切にしたいと思ったことはある。あるのだが、ここまで真剣に考えたことはきっとなかった。


 エリーをここに呼んでしまったときから何一つ進展しない悩みをひとり抱えながら、額に両手を当て、ため息をひとつ零した。右脚が重い。またエリーが足を乗っけてやがるな。


 こいつは少々寝相が悪い。それにベッドが手狭になってきた。そろそろひとりで寝てもらうかな。また上手く眠れなくなるかもしれないが。誰がって、もちろん俺が。


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