第13話 お仕事の練習をしよう

「いいか、まず魔力計できちんと魔力が通っているのか見ることから。必ずこれを先にやる。あと魔力は基本的に目で見えねえから、この段階で通し過ぎると焼き切れたり、被覆が溶けたりするんだよ。当てる程度でいいからな。そう、そんな感じ」


 そろそろ仕事をやってみたい。エリーは自分からそう言った。熱いコテを使ったりするので正直やらせたくなかったが、このままここで暮らしていくなら自分も出来るようになりたい、と殊勝なことを言っていた。


 布巾を破ることはなくなり、なんなら『ギードさんのは濡らしすぎです。片面を濡らす程度で絞ったらいいんです。そしたら湿り気が丁度良くなる』などの薀蓄を垂れてくるくらいに。


 肩もみもやたら上手くなり、終わったあと俺の肩を擦りながら『下ばかり向きがちなんで、たまには上を向いて筋肉と筋を伸ばしましょう。首は特別大事だっていうのはぼくの国でもこの国でも共通して言われてますよ』などと毎回上から目線で注意を促してくる。


 ポリンの皮もお客さんに出せるくらい、綺麗に剥けるようになった。しかも『こっちは硝子兎。こっちは虎仔兎です。凄いでしょ?』とか言ってやたら凝った切り方をしたものをたまに出してくる。料理なんかも少しずつ出来るようになってきて、ついでに家の中もきちんと片付き、なんなら趣味が良くなった。


 他にも細々と働いているのでそれだけでも良かったが、前のように体調を崩すとどんどん仕事は滞る。ここは王都。魔道具を使って仕事を効率化していたり、簡易化している商店が多い。必然的に修理屋の仕事も多くなるのだ。


「これは置いて使う方の拡大鏡。手元が大きくよく見える」

「覗くところが二つあるんですね。あっ、ほんとだー、よく見えるー」


「立体で見なきゃいけないから。平面に

 何か書き込むときとかならひとつでいいことが多い。そんでここが割れてるとこ。こことここの違いをよーく見てみろ」

「単に細い線があるだけに見えるなあ。これ割れてるんですねー」


「この割れがあると魔力が通らず動かなくなる。この合金を当てて、コテを当てる。そしたら合金が溶けるから、乗せすぎないように……」

「おお、こんな感じかあ。これでいいんだ、なるほどー」


 細かい作業なのでかなり近寄って教えないとならない。最初はまたこいつが変な気を起こすんじゃないかと疑っていたが、エリーは仕事に関することだと集中してよく言うことを聞いた。疑って悪かった。それに力加減が問題なだけで、手先自体は器用なようだ。


 元々計算はできるし早い。これで手に職を付ければ引く手あまたになれるだろう。そもそも見た目が抜群にいいからそれを勘定に入れずとも、誰でも欲しがる。結婚できる。絶対玉の輿にも乗れるだろう。


 あれからしょっちゅうエリー目当てにアミントレが来るようになった。一緒に食べようと食事を届けにくることもある。俺の分もちゃんとある。そうしないとエリーからの印象が悪くなると考えたようだ。奴からすると俺は完全な邪魔者であり、単なるタダ飯食らいのはずだ。


「うーん、髪が邪魔だなー。そろそろ切っておこうかな」

「切るのか? なんかもったいないな。せっかく綺麗なのに」


「えっ、ほんとに? キレイ? 素敵?」

「あ、ああ、素敵だと思うよ…」


 パッと笑って脚をパタパタさせているエリーは椅子に座っているとき、頑張らなくても足が届くほどにすくすくと成長していた。前に着ていたワンピースも、明らかに脚が出すぎていたので買い替えた。


 あの洒落者のおっちゃんにも『成長が早すぎない!? 君は本当に天から落ちてきたのかい??』と言われていたので、人種が違うから、と返事をしておいた。嘘はなんにも言ってない。


 エリーにひとりでやってもらった練習用の古い回路基盤は、検分したが問題なかった。今日はここまででいいぞ、と声をかけた途端に呼び鈴の音がした。また奴だ。


「久しぶりだね私の天使ちゃん。また一段と綺麗になった。その服も素敵だね、きみにとっても良く似合ってる。でもねえ、服もきみに着られちゃ困るんだろうねえ、着る人が美しすぎて自分が霞んじゃうって言ってる」

「えっ!? 服の声が聞こえるんですか!? じゃあギードさんの服は何て言ってますかっ」


「残念、こんな頭ボサボサのオッサンに着られたくないって言ってるよ」

「お前と年変わんねえだろうがタコ。用件を言え。用件を」


 エリーは真面目に取ったらしく、自分のスカートを握って持ち上げまじまじと見つめていた。俺はその手を抑えてさり気なくやめさせた。脚が見える。そいつに見せるのはもっとダメだ。


 ほらな、やっぱり見ていた。俺が鋭い視線をやるとあからさまに避けてくる。お前が何かしら動くと奴は必ず見るんだよ。絶対気づいてないだろう。


「今日のは特別美味しいよ! 端っこだけど三宝牛と、各種野菜を挟んだパンね。こっちはデザート。ナッツソースのプディングだよ!」

「ほほー、サンポウギュウ」

「アミ、お前毎回よくやるよな。予算超えしてないか? 大丈夫なのかよ」


「大丈夫だよ、失礼な。お前んとこと違ってうちは儲かってっからさ」

「あっそ、そりゃ失礼しました」

「これは……! 油に甘みがある! そして噛めば噛むほど味わい深い肉汁が口いっぱいに広がってゆく!!」


「ほらな、こうやって毎回喜んでくれるから持ってき甲斐があるんだよ」

「ちゃんと包んで食べないと手ぇベタベタになんぞ、あーあ」

「わー、もったいない、もったいない」


 エリーは行儀悪く指を舐め始めた。早く濡れ布巾を用意せねば。目の前の飢えた獣が凝視している。王子様を模した微笑み顔を維持しているつもりだろうが俺にはわかる。やめろ。エリーが汚れる。


 そんな忙しない食事が終わったあとは毎回エリーがお茶を淹れてくれる。図書館の本で学んだというお茶淹れ技能はもはや俺より上をゆく。別にこいつにそんなことはしなくていいと言ったが、お礼として必要なのだと言い張られた。


「エリー、部屋からお菓子の缶を持ってこい。あのリボンの柄がついたやつ」

「えっ、何で知ってるんですかっ」


「お前、バレバレだから。思いっきりそのスカートの中に隠して持ってってただろ。あんなでかい缶を抱えてりゃ外から丸わかりだっての」

「ええー。はーい。ごめんなさーい」


「あとさ、あれ、なんだっけ、こないだ本棚から持ってったあの本。あれ持ってきてくれ」

「人種の図鑑ですかー? えー、どこにやったかなあ、ちょっと待っててくださいねー」


 俺は茶菓子を出したかったわけじゃないし、図鑑が見たかったわけでもない。甲斐甲斐しく餌を運んでくる鳥のようなこいつには、今日こそ真実を教えてやらねばと思ったのだ。純然たる親切心だ。こういうことは日が浅いうちに知ったほうがダメージは少ないからな。

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