第12話 エリーは面白い人が好き
舌をねっとり絡められ、口蓋をくすぐるように舐め回され、歯の裏側まで検分され。恐ろしいことに、押さえ込まれた両手が魔術でも使ったようにびくともしない。こいつ、自分の力の強さをここぞと利用してやがる。
抑えた片手を無理やり動かされ、あろうことか自分の太股に滑らせるように触らせてきた。しっとりすべすべした肌の感触を指が勝手に感知する。そして間近で匂い立つ、あの蜜花の甘い香り。やめてくれ、その見た目でそんなこと。
いやこいつ、ちょっと大きくなってる気がするぞ。前にこうされたときより目線がほんの少しだが、上になっている。じきにとは聞いていたが、髪の伸びる早さよりもずっと早いような。予想を超えた。急すぎる。
それになんだかキスされるたび、強い酒を一滴ずつ口に含まされているような感じがして、それに連動するようにして意識がぼんやり滲んでくる。なんだろう。結構経ったのに、熱をぶり返してしまったか。
「んんっ……! ぶは、ま、待て待て、なんか、熱が出てきた気がする。うつしたら悪いから、ちょっと一旦離れろ」
「ええー。違いますよー。それって興奮してるんですよぉー」
ニヤリと笑ったエリーが言った。大きくなっているとはいえ、まだ幼くあどけない顔にまるきり大人の表情を乗せたギャップが恐ろしい。それは匂い立つような色気に変わり、蜜花の香りと一緒に絡んで俺へとまとわりついてくる。
こいつはこういう表情のときだけ、ちゃんと男の顔に見えてくる。不思議なものだ。髪をといたり爪を削ったりしているときは可憐な少女に見えるのに。
目が据わっているからなのだろうか。それとは対照的に目を泳がせ続けている俺は、エリーからすると面白いらしい。ふっ、と小さく鼻先で笑み、俺の耳元にそっとみずみずしい唇を近づけ囁いてきた。
「どうすれば治るか、もう知ってるんでしょギードさん。……ねえ、いいじゃないですか。カーテンは閉まってますよ。だーれも見てませんよお」
「だ、誰が見てなくてもだな、俺が俺を許せないんだよ。自由にしていいとは言ったけどさ、頼むよマジで、からかわないでくれ!」
「やだなあ。からかってないですよ。ぼくがそうしたいんですよー。……ほらあ、いいでしょう。準備万端みたいだし」
「エリー、ほんとに、ほんとにやめてくれ。頼む。やめ……!!」
あろうことかエリーは俺の上でグッ、と腰を動かして、口には出さずに行動で閨を暗喩してきたのだ。それに激しく動揺したため顔なんぞ見られなくなって、思わず俯いてしまった先には大きく広げられたエリーの白い太ももが。
スカートの中には先ほど突っ込まされた手が硬直している。指先はしっとりとしたきめ細かい肌と若い弾力を感じ取っており、立派に触っているくせして声高に無罪を主張していた。股間で血を集めたモノが、その主張を台無しにしている最中だが。
見てはいけないとも思いながら釘付けになってしまうエリーの脚。その間には服装に似つかわしくない膨らみがある。そうだ、こいつは男なのだ。しかも年上の。
捕食者に捕まったときの不安と恐怖は確かにあるのに、そのくせ勝手に期待する身体というバラバラの感情に翻弄されつつも、以前の主人と仲間の話をやけに明るく語っていたこいつの姿を思い出した。
それは洗脳なんかじゃなく、本当のことではないのだろうか。俺ひとり勘違いして、可哀想だと決めつけていたのでは。
でもそれは、俺の願望じゃないとはっきり言い切れるだろうか。あらぬ期待を寄せて充血した下半身の有様を見破られ、じゃあ仕方ない、と思えるように自分で自分を仕向けているのでは。
魔道具はもう動かない。実際どうだったかなんて、もう二度と確かめられない。そもそも人の気持ちを読むなんて、雲を掴むような話である。
首筋をかぷりと食まれ、心臓と下半身にぞくりと痺れが走った瞬間、外の呼び鈴が空気を読まず明るく鳴った。……誰か知らんが助かった。
「……ちぇー。今出まーす」
「あ、待てエリー、お前は部屋に居ろ。俺が出る」
「えー、だってそれ……でしょ?」
エリーは視線を下げピッと指差し、扉の方へ向かってしまった。なんとも情けないことであるが、確かにすぐ対応はできない。エリーの方はどうなっているのか知らないが、便利だな。そのワンピース。
「はーい。あ、アミントレさんだ」
「お久しぶり! 私の天使ちゃん。あれ、ちょっと大きくなった? 成長が早いねえ。うーんなるほど、天使たるもの人間どもとは色々と違うわけだ。ますます美しくなったじゃないか、何度惚れ直せばいいんだろう!」
「何しに来たんだよ。帰れ帰れ」
「なんだコノヤロ、修理の依頼だよ! ……天使ちゃん、こんな独身男のところにいたら危ないよ。もしよかったら私のところにお引っ越しするのはどう? 毎日何をしてても良いし、美味しいご飯が出てくるし、おやつもあるし、ふっかふかのベッドでぐっすり眠れる毎日だよ!」
「えー、でもギードさんのご飯も美味しいですよー。昨日の辛いのはぜんっぜん食べられませんでしたけどー」
「お前、あんなん辛いうちに入らんぞ。ちょっと多めにスパイス効かせただけじゃねえか」
「入れすぎですよー。すっごい辛くて、お水飲んでもまだ辛いの取れなくてー! 舌がヒリヒリしましたよ!」
「あーわかったわかった、もう入れねーから。でもあのスパイス捨てるなよ、あれ結構高かったんだよ」
「ギードさんもクッキーの缶捨てないでくださいよー。鳥がいっぱい描いてあるやつ勝手に捨てたじゃないですか。あれ可愛いかったのにー」
「そんな大事なもんならその辺に適当に置いとくなよ。テーブルの上にしばらく置きっぱだったじゃねえか。拭くたびにいちいち邪魔になっ──」
「ねえちょっと、オレのこと無視しないでくれる!?」
『なに、自慢!?』『見せつけてるの!?』と嫉妬して文句をたれるアミントレをさらりと無視して故障内容だけを聞き出して、修理品をかっぱらってからとっととお引き取りいただいた。扉を閉める瞬間まで『エリーちゃん、オレの家は広くていいよ! お庭も広いし! 前向きに検討してね!』と騒ぎ続け、アピールに余念がなかった。
「アミントレさん、面白い人ですねー」
「なんだお前、ああいうのが好みかよ」
なんとなく、軽口を叩いたつもりだった。ついさっきのノリで。しかし帰ってきたエリーの返事は予想外のものだった。
「そうですね、面白い人は好きですねー」
エリーはパタパタと部屋履きを鳴らして台所へ向かっていった。最近は力加減と刃物をあつかう訓練として、ポリンの実を剥くことも取り入れている。ぎこちなく回しながら、皮が途切れないよう熱心に剥いている姿は手に汗握るものがある。
しかし、一日一個と決めている。なぜなら単純に飽きてしまい、食べ切れなくなるからだ。昨日は調子に乗られて五個は剥かれ、消費するのが大変だった。仕方なく小さく切ってもらい、甘露煮にしたのがまだ残って──じゃなくて。
俺はショックを受けていた。ややこしいが、そんな自分にまたショックを受けていたのである。
思っていたより心臓が痛い。いや、嫁に行きたいと言ったわけじゃないだろう。今すぐここを出ていくなんて一言も言ってない。しかし早く巣立ってほしいと俺は願っていたはずじゃないか。アミントレは馬鹿な奴だが、あいつなら無体を働いたりはしないだろう。そしてあいつは跡取り息子、うちより店の規模がでかいから経済的にも、いや、でも。
しばらく仕事にならなかった。さっき聞いたばかりの故障内容もなかなか思い出せなかった。『おやつですよー』とエリーが皿に出してくれたポリンの実は、昨日よりも随分綺麗に剥けていた。
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