第9話 首輪を外そう
「……こりゃ難しいな。継ぎ目がない。拡大鏡でじっくり見ていかないとダメだ。ただ座ってるだけなのはお前も暇だろ。何か本でも取ってこい」
長年使い込まれて擦り傷が多いからというのも理由のひとつだが、エリーの首輪は元から継ぎ目が出ない作りになっていた。お飾りの意味もあるからかもしれない。髪留めで上げたミルク色の髪から落ちる後れ毛を除けつつ見てみたが、肉眼ではどこの表面もつるりとして見える。
エリーがいた国は、この国より魔道具の性能が格段に高いと推察される。音や光などの通知や大体の位置情報を飛ばす警報魔道具、魔力を検知して音を鳴らす防犯魔道具などの単純なものはすでにある。しかしここまで小型なもので、成長を止めるという肉体干渉魔術を施せる魔道具など聞いたこともない。まるで小説の世界である。
「でもな……つけ方はもっと原始的な方法になるはず……素材の弾性は少ねえから、左右か一点からくっつける形でつけて……、こら。足をぷらぷらさせない」
「あっ、そうだった。はぁーい」
エリーが椅子に座りながらよくやる癖をやめさせ、やっと安定した手元の拡大鏡を覗き込んだ。まさか呪いの類ではあるまいなと不安になりながらも、小さな傷のひとつひとつをさらうように見てゆくと、やはりあった。しかしこの中はどうなっているのか、皆目見当もつかない。
開けてみたい。しかし回路がどうなっているかは全くわからない。開けたり壊そうとすると途端に爆発したりはしないだろうか。設計図などは手に入らないし、エリーのいた国の情報なども、エリーにしかわからない。駄目で元々だと思って一応聞いてみた。
「爆発? あはは、しませんよー。だってそんなことしたら、みんな怖がってつけたがらなくなるでしょー!」
「あ、そ、そうか。そりゃそうだ。でもこれは簡単につけ外しできないようだし、そんな作りにしている理由があるだろ? なんか知ってるか?」
「うーん、お風呂のときも外さないからでしょうか。そのたびに外してたら、僅かな時間でも少しずつ成長しちゃうし」
「そもそもそこだよ、なんのために成長を止める? 二百年以上も寿命があるのに。若い時代が短いのか?」
「えっとそれは……愛玩用だからですね。若くて綺麗なほうが買ってもらいやすいから。髪質も良いままだし。首になにかつけるのが嫌だって言ってた子が、百九十歳くらいになってからつけ始めてましたよ。やっぱ早くからつけてる子はお肌も髪も質が違うわ、とか言って。その子の顔は思い出せませんが」
「へえ……お肌ねえ……」
なんだろう、なんか調子が狂う。俺の奴隷のイメージとエリーの語る奴隷のイメージには齟齬があるというか、乖離しているというか。
しかし当人から見た奴隷生活である。これが我らの当たり前で幸せなのだという価値観と共に暮らしていれば、そうかそうなのだと心から思うようにもなるだろう。奴隷として洗脳されている可能性がまだ残っている。商品に反抗されないように。商売がやりやすいように。そう思わされている可能性が。
継ぎ目がある箇所にインクで目印をつけてから、魔力を使って検分してみることにした。もし外したときに危ないことになる代物であれば、怪しい魔力溜まりがあるはずだ。多分、単純に流すのは危険と見た。なるべく刺激を与えてはならない。だから外から目を凝らして見ていくしかない。何十分かかるだろう。終わるまで俺の体力が保つだろうか。
「エリー、そのままじっとしててくれ。十五分以内に終わらせる。ブレるとやり直しになる。頼むぞ」
「はいっ」
俺はエリーの首筋と、そこにつけられた首輪に触れながら、じっと目を凝らして魔力の流れを見ていった。こういうのはほとんどセンスだ。呪文を唱えればいいってもんじゃない。量がそこそこないともちろん駄目だが、制御が上手くないとどうにもならない。
鮮明に見えた、とは到底言えない程度だがそれなりに見えた魔力の様子から、怪しい魔力溜まりはないということが判明した。気を抜いた瞬間、ドッと疲れが襲ってきた。魔力はまだ残っているが、駄目だ、疲れた。今はもう何もしたくない。
「エリー、俺は一旦昼寝する。昨日貰ったお菓子が戸棚にあるから食べていいぞ。でもあんまり食べ過ぎるなよ、夕飯が入らなくなる」
「わかってますよー。ぼくはお兄さんですからね!」
「……一時間経ったら起こしてくれ」
──なにがお兄さんだ。こないだクッキー缶をひとりで空にして夕飯を食べられなくなったくせに。
そうくっちゃべる余裕もなく、部屋履きを適当に脱いでベッドにぼすりと倒れ込んだ。ずっと上げていた腕の疲れを今更じんわり感じながらも蜜花の香りがすることに気づいた瞬間、あっさりと眠りに落ちた。
──────
「…………? エリー…………ん、……あ、ちょっ……ちょい、ちょい待て!!」
「なんですか。大きい声。こうしてもいいって言ったじゃないですか」
昼寝から目を醒ますと、とっくにエリーが口づけていた。スカートの裾を俺の上に広げ、身体が太股で挟まれていて微妙に身動きが取れない状態である。
しかも舌などを入れられていたようで、口の中に何かある、という感覚で気がついたのだ。誰がそこまでしていいと言った。肝心の魔力の使い方を忘れてるくせして。
「む……ちょ、待て待て、待てって、もういいだろ。どいてくれ」
「全然起きなかったですねえ。よっぽど疲れてるんですよー」
「そうだよ、疲れて寝てたんだからゆっくりさせてくれよ。ねむ……、今何時だ」
「一時間経ったから起こしたんですよーん」
──なんという起こし方をする。
やられた、という気持ちでいっぱいになっている俺を知らんぷりしてエリーは鏡の前へそそくさと行き、気に入ったらしい髪留めを外して櫛を入れてまた留めなおしていた。後ろが少々ほつれているが。それもオシャレのひとつなのか、鏡を覗いて満足そうに微笑んでいた。
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