第3話 魔力検査をしよう
エリーに着せたローブの前をしっかり留めてフードを被せ、さらにマフラーを首に巻いて半分ほど顔を隠す。『ギードさん、ちょっと暑いですよー』と文句を言われてしまったが、外はもっと寒いから、と言い聞かせた。誰に目をつけられるかわからないのだ。なるべく顔を晒したくない。
念のため、手首に巻く警報魔道具をつけてやった。怖いとか、変だなと思ったら触れて魔力を流すのだと教えたが、あまり意味はないかもしれない。この細い手首を拘束されたら触れられないし、危ないのがどういうことかもわかってない気がするからだ。
同僚や上司など、娘のことを過剰に心配する父親が多くいる理由がわかった。一定水準超えの魔力保持者としての拐かしの危険だけではない。ただ美しいから、可愛いからという理由で拐かされる危険のことも彼らは常に考えていたのだ。話半分に聞いてしまって悪かった。
治療院は近いので、行く道すがら教え込んだ。いいか、ひとりになってはいけない。もしひとりになってしまったとき、魔術師と一緒にいる、近くにいると必ず言え。もし俺の知り合いだと言って近寄ってくる奴は男でも女でも全員敵だと思え。危ないっていうのはそういうときだ。ちょっとでも変だと思ったらこれに触れて魔力を流せ。もし勘違いでも、間違えましたと言えばいい。
『はーい』『わかりましたー』と高く澄んだ声で返ってくる返事が心もとない。言っても言っても足りない気がする。本当にわかっているのか、まさか魔道具のように実験するわけにはいかないしと考えあぐねていたら、エリーが気になることを言った。
「ぼく、魔力を流すっていうのがよくわからないです。これかな? って記憶はあるんですが、今やれる自信はないですね」
「……それも含めて検査してもらおう。痛かったり辛かったりする検査じゃない。治療魔術師は内容を秘密にしてくれるから、何でも気になることは話してみたらいい」
……先に聞けて良かった。身につけさせた魔道具がまるで役に立たないことが発覚した。だとすると、押すだけで簡単に発動するタイプの魔道具に切り替えなければ。
あと部屋履きも買わないと。服の類はおばちゃんに任せるとして。また必要なものが増えてしまった。
──────
ここは王都のど真ん中である。土地の都合で少々手狭ではあるが、腕はしっかりしていると評判の治療院に到着した。『お父さんもどうぞー』と言われて診察室に入った。……お父さん。
「おお! いやあ、随分と可愛い子だねえ。あんたこんなお子さんいたっけ。どっかで拾ってきちゃったのかい」
いつもの年嵩の治療魔術師が、ちろりと上目遣いで俺を見てきた。この爺さんはひとつも笑わずこういうことを言うから冗談なのか本気なのか、毎度のことながら全く判断がつかない。
「……親戚の子です。預かってくれということで、こいつは置いていかれました」
「ふーん。見たところどこも問題はないねえ。身体はね。魔力回路は少し欠線しているようだがね。どこかにぶつけて、先に身体が回復したかね」
やはりそうだ。回路の欠線。移動の衝撃で多少は切れていたようだ。おそらくこのせいで部分的だが記憶が曖昧になっている。
「あと、魔力の使い方を忘れてしまったと言っています。一度検査をお願いできますか」
「そうか。それも欠線の影響かな。どれ、ここに手を差し込んでみなさい。大丈夫、噛みつきやしないよ」
びくびくしながら魔道具に手を入れるエリーを見て老いた魔術師は笑った。…笑ったところを初めて見たぞ。
計器の針をじっと見つめた魔術師は、助手たちに向けて片手を上げ退出を促したあと、遮音魔道具のスイッチに手を伸ばした。パチリという音が響く。聞かれたら困る内容か。なんだろう、大きな問題でなければいいが。
「君はね、魔力量はこのラインをギリギリ超えないくらいだ。魔術学園には入学しなくていいってことね。しかしここの針ね、これも同じくらいに振れている。世にも珍しい古代魔力だ。私はわりと長く生きてはいるけどね、それでも二度目だよ。これを持った人に出会ったのは。しかもこんなに沢山ね」
魔術師は顎に手をあてて感慨深そうにそう言った。驚いたのはこちらもだ。この古代魔力は、とおに廃れてしまったはず。先祖返りとしても稀だ。こいつは過去から来たのだろうか。過去のどこか、遠い国から。
しかし耳長、という人種は本当に聞いたことがない。過去に存在して、古代魔力だけならず、記録まで共に廃れてしまったのだろうか。
「さて。だからといって問題があるかといえばそうじゃない。ただ魔道具に魔力を流すときは入れすぎないよう気を付けること。圧が違うから負担になって回路が壊れる。それだけ気を付けなさい。欠線もこの程度なら普通に過ごしていれば、いずれ治るから心配ないよ」
「はい、ありがとうございましたー」
「それから魔力の流し方ね。それは後ろのお父さんに教えてもらいなさい。彼は魔術師だから、私でなくても教えられる。でしょ?」
また笑顔を消した魔術師にちろりと見られた。まあ教えられはするが。俺はお父さんじゃないってわかってんだろ、この狸ジジイ。
──────
「あの、ギードさんの脚は診てもらわなくていいんですか?」
「あー…、これはな、もう治らない。ずっと治療に通いはしたが、ある程度治ったらそこから先は回復しなかった」
よく気づいたものだ。俺は脚を少々ひきずっている。こうやって長く歩くと、僅かに痛んできてしまう。身体は回復しているのだ。しかし魔力回路が神経に障ってしまい、ないはずの痛みとして感じるらしい。
まだ王城で魔術師をやっていた頃、ある日の討伐で魔獣の角が突き刺さったのが原因だ。そう言うとエリーは声を出さずに『ひゃあっ』とでも言いたそうな顔をしたので、もうそんなに痛くはないから大丈夫なのだと宥めた。
ただやはり古傷なので、雨が来そうなときなんかには本当に痛みだすときがある。洗濯物を取り込むタイミングがわかって便利でもあるのだが。
「それはもう絶対……治らないんですか?」
「さっきの治療魔術師と、魔力の質があまり合わなかった。そう言われた。遠くまで足を伸ばしてみたこともある。それでも一度じゃダメだった。遠出するのが辛くてな、長時間は歩けねえから。いいんだ、城から出たかったしさ」
「そっかあ……、そうなんですね。それに魔力って、量がどうこうだけじゃなくって質も関係あるんだ」
「質はなるべく遠い方がいいそうだ。あまり近いと、魔力機構が多すぎだと判断するのか吐きたくなるような気持ち悪さを感じるし、欠線部分への刺激にはなりにくくて治りが悪い」
「似てなければいいんですね。じゃあぼくの魔力、ギードさんに合うかもしれませんね!」
「うーん……まあ、どうだろうな。お前は治療魔術師じゃないからな……ほら、あそこに寄るぞ。部屋履きを買わないと」
俺は話を逸らした。魔力の質の話をしてすぐに、そこに気づくと思わなかったからだ。使い方も忘れているのだ。こいつは何もできないだろうと思い込んで油断した。
治療というのは素人でも、ある程度は可能なのだ。単純に質が合えば合うほど、細かい制御はせずとも一定の効果は見込める。ただやり方に問題がある。治療の勉強をしていない分、原始的な方法を選ぶしかない。
……粘膜接触。端的に言えば、恋人同士がやるやつだ。
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