第4話 服飾店に行こう

「いらっしゃ……あれえ、ギードくん久しぶり。その子どこの子? こんにちは、ちょっとお顔見せてもらっていい?」

「顔なんか見なくていいだろ。こいつの部屋履きがないから買いにきたんだよ」


「だって顔がわからないとイメージがわかないじゃないか。……うわお!! 美人だねえ!!」


 まだ会って二日目。エリーの好みがわからないので、知り合いがいる商店にやってきた。石造りの立派な路面店であるこの店に来れば、身につけるものは大抵なんでも手に入る。


 しかしこの店主、少々洒落者すぎるきらいがある。何でも一度に手に入るからといって、連れて来なければ良かったか。でも本人の好みがあるだろうしなあ。俺のセンスじゃ心もとない。


「百年に一人の逸材だよ……!! 神は存在した……!! お嬢さん、これはどうだい。ほんのり透けた袖が君の白いお肌を引き立ててよりいっそう美しく映えるよ!」

「わあー、刺繍が綺麗」

「ドレスじゃねえか。舞踏会に行く予定はねーよ」


「じゃあこれはどうだい。藍色の生地の上にまるで夜空を閉じ込めたかのような銀糸の刺繍。裾を翻すたびに星たちが瞬くよ!」

「これもきれーい」

「だからそれもドレスじゃねえか。部屋履きが欲しいんだよ」


『この天使に普段などない常に非日常なのだ美しいものはより美しくするのが我々愚民共にできるただひとつの使命なのだ』などと息継ぎもせずまくし立てるおっちゃんを放置して、もう部屋履きじゃなくてもいいから好きなものを選べとエリーに促した。


 エリーはしばらく迷ったあと、『じゃあこれにします』と手に取ったのは少し刺繍の入ったシックなワンピースだった。今着ているようなものが好みなのか、と聞いたらきょとんとしたあと、ぷるぷると頭を振った。


「いつもこういう形のものを着せてもらってたので。ズボンとかは履いたことがないんですよね」


 なるほど、いつも当然とばかりに女装をさせられていたと。俺はかつての見知らぬ主人の首を絞め落としたくなった。


 じゃあこれはどうだ、とシンプルなシャツとパンツを選んでやった。横で『男装もそれはそれで倒錯的なものを感じて素晴らしいねお嬢さんの魅力をあえてその服に押し込めるのはゾクゾクするよ』とおっちゃんがやかましいが。


 他にも部屋着として豪勢なフリフリつきのものを持ってきたり、汚すのもためらわれる豪華な刺繍と装飾石つきの部屋履きをもってきたりでいちいち断るのに忙しかったが、空気を読んだエリーが『もっと飾りが少ないほうが、寛ぎやすくていいかもしれないですね』と言ってくれたおかげでなんとか普段使えそうなものを買うことができた。ちょっと高いが。


「ああもったいない。ジョアンナがいたらまた違う見立てでお嬢さんを装うことができたのに。あの子はいま隣町の店へ応援に行ってるんだよねえ」

「あんま余計なこと言わないでくれよおっちゃん。こいつの噂を立てられちゃ困る。こっちはたちの悪い輩が近寄ってこねえかピリピリしてんだ」


「そうか。君の心配もわかるつもりだよ。でもこのお嬢さんはね、どんなボロを着たって目立つ。君は魔術師なんだからそこんとこしっかり頼むよ。あーあ、うちのジョアンナと結婚してこの子を養子に取るとかしてさあ、そしたらもっともっとうちの服を着せてあげられるのにさあ」

「もうとっくに別れたっての。それに今は王宮お抱えじゃねえし」


『別にお城に勤めてなくたっていいのにー』とごねるおっちゃんを無視して店を出た。美しいもの好きもいい加減にしてほしい。


 しかし目立つところに飾られた豪華なドレスや扇子をエリーはじっと見つめている。本当はああいうものに興味があるのかもしれない。一着くらい買ってやってもいいのだが、でもなあ。先に普段着を買ったほうがいいしなあ。




 ──────




「あのう、ギードさんは結婚される予定だったんですか?」

「あー……まあ、最初はな。でもジョアンナはモテるからな、結局違う魔術師に取られて終わりになった」


「ギードさん、素敵な人なのに。もったいないですねー」

「はは、ありがとな。優しいなお前は」


 翠の目が俺を見上げ、じっと視線を注いできた。頭をポンポンと軽く叩き、フードをもっと深く被らせた。ここは人が多い。顔を隠しているはずなのに、時々だが誰かしらの視線を感じるからだ。家に着くまで気が抜けない。


 商店街から少し外れた場所に家はある。屋敷とは到底言えないくらいの大きさだが、商売のために場所を優先した。貯金で一括購入したときは、まさか他人が住むことになるなんて露ほども思わなかった。


 部屋履きは買った。流れで買った当面の衣類も。防寒着もある。他に何が必要だ。食料品はおばちゃんの店に配達を頼んであるから問題ないとして、あとは日用品か。髪の手入れに使うものが要るかもしれない。昨日髪を乾かしていたとき、所々毛先が絡みひっかかるところがいくつかあって難儀した。


 髪といえば、結ぶものが何もない。しまった、おっちゃんの店で買うべきだった。とりあえず適当な紐でいいか。いや待て、荷造り用の紐くらいしか置いてないぞ。ダメだそんなの。可哀想すぎる。


 そう黙って一人考えていると、エリーのミルク色の髪が視界の端に入ってきた。買ったものの検分をしている。熱心に刺繍を眺めたり、さわり心地を確認したりと忙しそうにしている。


「エリー、俺は仕事をする。好きに過ごしていいからな。何か飲むか?」

「ありがとうございます。いただきます」


 よく見ると頬が火照って桃色になり、額に汗をかいている。しまった、そうか。こいつは出かけるときに暑いと言っていた。何か飲んだりすることもなく行って帰ってきただけだから、喉が乾いているのだ。


「すまん、気がつかなかった。冷たいもののほうがいいか」

「はい。なんでもいいです。嫌いなものはありません」


 発光しているような顔でにこにこ微笑むエリーを見て俺は情けなくなった。こいつは自分でああしたい、こうしたいと言える立場ではなかったのだ。言わないのが常識だから、もしこのまま放置すれば具合が悪くなるまで我慢してしまうのだろう。


「……ごめんな、俺は気が利かなくて」

「いいえ? 気を遣ってくださって嬉しいです。あとこの服も。ありがとうございます!」


 自分なんかに。そう言っているように聞こえて、益々情けなく思い、切ない思いが胸いっぱいに広がった。



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