『娘の代わり』

名無しの報告者XXX ▋: ^ )

――本文

diary:**月**日(*)

あの日以来、妻からは笑顔が消え、食事もほとんど口にしていない。

部屋の中に籠っている時間が増え、どこか遠くを見つめている事が増えた。

二人で話す会話も少なくなっていた。


彼女の側にいながらも、私にはどうしたら良いかわからない。


diary:**月**日(*)

私はある思い切った決断に踏み切ることにした。私が学生時代に民俗学を研究していた頃に、研究室で見つけた古い文献に載っていた方法で、今度そこに書かれていたことを実際に試して見ようと思う。これでまた、妻の笑顔が戻るのならば、私はなんでも出来ることをしたい。


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[ページ欠落]


diary:**月**日(*)

私たち夫婦は彼女のことをさくらと名づけた。彼女のことをもう一人の娘だと思い大切に育てて行きたいと思う。


彼女の存在が少しでも妻の心の救済になってくれればと願っている。


diary:**月**日(*)

最近はつかまり立ちがうまくなり、少しずつ歩くこともできるようになった。まだ動きはぎこちないが、徐々に人に近づいている。


diary:**月**日(*)

さくらは最近では人の言葉を理解し、『父親』や『母親』など人の区別も理解できるようになってきたようだ。


diary:**月**日(*)

今日はさくらに、絵本を買ってあげた。どれが良いか分からなかったのでとりあえず、本屋にあったオススメの絵本を三冊ほど買ってみた。


diary:**月**日(*)

さくらは『カブトムシくんとクワガタくん』という絵本が好きなようで、その絵本を私に持ってきては繰り返し、読んで読んでというようにせがんでくる。一緒に絵本を読む楽しみができたと妻は言っていた。少しづつだが妻にも笑顔が戻ってきたように感じる。


diary:**月**日(*)

このところ、妻との会話も増え、一緒に買い物や食事に出かけられるようにもなってきた。


私のやったことが正しかったのかは分からないが、またこうして以前のように妻と会話をしたり、外へ出かけたりする事が出来るようになったことは大きな進展だろう。


diary:**月**日(*)

さくらが最近、ピアノを練習し始めた。


このピアノは咲恵の10歳の誕生日の日に買ったものだったが、今は誰も使わなくなってただ埃を被っているだけだった。このピアノを見るとどうしても咲恵との思い出が蘇ってきてししまう。私たちが前に進むためにも一度、このピアノを処分しようかと考えていた。


妻もさくらが使ってくれるようになって嬉しい。と喜んでいた。


diary:**月**日(*)

最近、ちょっとした仕草や所作が咲恵と似てき始めていることに、気味の悪さを感じている。

娘の真似事をしているだけだとは頭の中では分かっているのに、咲恵と姿が重なって見えて仕方がない。


diary:**月**日(*)

雪が降っていた。雪を見ると、咲恵が小さい頃、一緒に雪玉を作ったり雪だるまを作って遊んだ日を思い出す。


diary:**月**日(*)

さくらが家の外で遊んでいる子供達を見ていた。彼女もあの子供たちのように遊びたいのだろうか?


diary:**月**日(*)

それがどんなに、咲恵のような振る舞いをしたところで、それはただの真似事でしかない。

本当の咲恵はもうどこにもいないのだ。


diary:**月**日(*)

今日、妻が私に死にたいと言ってきた。私は必死に説得をしたが妻の意思は変わらなかった。


この家族ごっこにも限界が来たのかもしれない。


diary:**月**日(*)

こんなことをしても、消失は埋まらない、私も同じだった。

それでも、私たちは必死に考えないようにしていた。

でも、もうそれも終わりだ。妻が死ぬというのなら私も一緒に死のうと思っている。


diary:**月**日

恐らくこれは最後の記録になるだろう。


今夜、私たち二人は娘の元へ旅立とうと思っている。


――この文章は、一家心中のあったある住宅で発見された日記に書かれていたもので、その一部を抜粋したものである。


その一家親中があった一般住宅は██県 ███市 にあり、異変を感じた隣人によって通報がされた。警察が駆けつけるとリビングで40代の夫婦二人の遺体が発見された。二人の亡骸は静かに横たわっており、死因は練炭を使った一酸化炭素中毒による窒息死と見られている。そして、奇妙なのは、その夫婦の遺体のすぐ側に、人のような形に作られた"人形"が置かれていたことだった。人形の大きさは110㎝程度あり、藁人形のように幾つもの枝を組みわせて作られていた。人形は子供向けの衣類を着せられており、頭部には黒髪の長いカツラが被せてあったと言う。


後の調べで、この夫婦にはかつて、小学生になる娘がいたことがわかった。娘は、小学生から中学生に上がる途中で、交通事故に遭い死亡していた。


また、夫婦が住む住宅の一室からは、蘇生術や降霊術に関する書籍や、儀式に使用された可能性のあるロウソクやその他の道具、床に白いチョークで描かれた奇妙な円形の記号などが見つかった。


この夫婦はこの場所で降霊術のようなものを行い、死んだ娘の霊魂を呼び出し、あの木の人形を依代として魂を憑依させたとでも言うのだろうか?しかし、だとすれば日記を読む限り、人形の中に憑依しているものが本当に"娘"なのか疑問に思う箇所も多い。一体夫婦は何を人形に憑依させていたのか?


ユダヤ教の伝承などでは、土でできた人形、"ゴーレム(Golem)"なるものが存在する。ゴーレムとはヘブライ語で "形がないもの"、"未完成なもの "を意味し、胎児や蛹などを表すと言われている。通常は粘土や泥などから作られる事が多く、魔術を使って動く。ゴーレムはロボットのような存在に近く、作成した主人の命令に従って活動をする。この夫婦が作った木の人形が意志を持たないゴーレムのような存在であり、夫婦はそのゴーレムに娘の真似事をさせていたという可能性も考えられないだろうか。


とはいえ、夫婦の側にあったこの木の人形をいくら調べたところで、それはただの人の形に形取られた"木"でしかなく、それが動いていた証拠はどこにも存在しない。我々には現場に残さえていた一冊の日記しか確証を得るものがなく、この真相を知る術はどこにも残されていない。

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