異世界カフェ ヴィエランジェ【4】

 自分が机に突っ伏していることに気付いた。どうやら眠ってしまったみたいだ。

 身体を起こすと、心配そうな表情のサリアちゃんが目に入った。隣にはニヤニヤしているマグちゃんもいる。


 よだれが垂れてるのかと不安になり口元を拭ったけれど、杞憂に終わった。良かった、僕のよだれなんてどこにも需要ないし。


 それにしても僕は、いつの間に寝てしまったんだ……? オムライスを食べたような……食べてないような。口の中に慣れない味が広がっている。


「良かった。ごめんねヒトヨシ。平気? 痛くない?」

「大丈夫ですよサリア。ポーション無理やり流し込みましたし。寧ろそっちの方が危なかったというか。まあ、男の子ですからね」


 何があったのか分からないけれど、僕は男の子なので大丈夫だ。危なかったらしくても許してしまう、懐の広い僕である。マグちゃんが見せている企んだ笑顔も今は気にならない。


「無様な姿を見れたのでサキュ……悪魔冥利に尽きると言いますか。しかし反省はする予定です。サリアがしわしわになってしまいますから」

「ミリィさんが居ないからって調子に乗りすぎ。あんまし怒らせないでよ」


「ヒトヨシさんにはご迷惑をおかけしたお詫びとして、特別に魔法を見せてさし上げます。サリアが」

「やだよ。ダメって言われてるし。ここマナが不安定でやり辛いから」


「またまたぁ。魔法の扱いが上手なのは年増も認めるくらいですから、楽勝でしょう。ほら見てください、子供心を輝かせるヒトヨシさんを」


 二人の会話を黙って聞いていた僕は、内心とてもワクワクしていた。本物と相違ない姿形に仕立てるメイク技術がある以上、魔法のクオリティも相当高いはずだ。

 ドラゴンとか召喚してくれないかな。


「としマスターに何か言われても、友達同士の会話に入ってくるなと言ってやれば納得しますよ。万が一怒ったら、適当におだててほらを吹きましょう。大人になると褒められる機会が減りますから、バカみたいに喜ぶでしょう。つまり問題なし。友達同士お喋りする感覚で見せてあげればいいんです。ヒトヨシさん、私たち友達ですよね?」


 平然と言い放ったマグちゃん。この店は、独自の設定を基に客も巻き込んで芝居をする場所、という認識が僕にはある。


 冒険者になりきってヴィエランジェが作る世界観に浸って楽しむのだ。あくまで商売なので、店員と客の一線を超えるのは良くないけれど、ある程度は乗っかる方が正しく楽しめると思う。


「もちろん、僕達は友達だ。ミリィさんが怒ったら、僕も一緒に叱られる覚悟はあるよ」

「よっ! 男前騎士団! 要はバレなきゃいいんです。友達同士で秘密を共有、ワクワクしますよね」

「…………ふーん。仕方ないな。そこまで言うなら、いいよ。仕方ないね、二人は」


 なにやら小刻みに身体を揺らしながら、サリアちゃんは不承不承と折れてくれた。こほん、と前置いて僕を真っすぐ見る。


「私が得意なのは妖精魔法。でもここで使ったらヒトヨシが死んじゃうかもしれないからやめとくね。簡単なやつなら、こういうのとか」


 バチッと弾ける音が耳に刺さり、瞬き程度のほんの一瞬、視界が白んだ。


 テーブルの中央へ伸ばされたサリアちゃんの右手に、光の球、みたいなのが浮かんでいる。


「マナを固めただけの初歩的な魔法だけど、当たるとちょっと痛い。さっきヒトヨシに……なんでもない。慣れるとこんなのもできるよ」


 続いて左手も伸びてくる。そっちは空手だ。


 何をするんだろう、という疑問を制するように、右手の球体が形を変えた。細い線が伸びて左手へと移っていく様は、毛糸玉が解けるみたいだ。先端の着地点を起点として球体ではない何かへ結びあがっていく。


 瞬く間に形を成したのは、両耳をぴんと伸ばしている点から察するにウサギのようだ。驚くことに、その光のウサギは軽快に跳ねて、サリアちゃんの右手へ着地した。


「凄いなこれ! どういう技術? ARとかそういったやつ? でも僕、特別な機械とか使ってないしな――ってごめん、忘れて」


 興奮してついARとか言ってしまった。


 生き物のような挙動をするウサギちゃん、凄い。専門的な技術に明るくない僕には、仕組みが全く分からない。


 けれど、これだけの技術があるならもっとパフォーマンスとして使っていった方が良いって事は分かる。本当に異世界へ来たと思えるレベルの高さだし、この店が賑わうきっかけに出来そうだ。


「もっと見たいな! ドラゴンとか作れない? 複雑なのって難しいかな」

「できるよ。そういうの得意だし。ほんと仕方ないんだからヒトヨシは」


 僅かに上ずった声のサリアちゃんは、言い切った通りにドラゴンを作ってみせた。巨大な両翼に無骨な鉤爪、荒々しい牙。彩色前のフィギュアみたいな状態だけど、十分にカッコいいし強そうだ。バルログに頼んだら完璧に色付けしてくれるだろう。


 とにかく僕の知識じゃ想像もつかない技術を見せつけられ、バイトの募集をしてないか聞きたくてたまらなくなっていると、マグちゃんが揚々と語り始めた。


「流石サリア。魔法だけでなくヒトヨシさんの扱いまで上手いとは。あまりに可愛い反応をされるので私も興が乗りました。先程ARと仰いましたね? 私自慢のARをとくとご覧ください」


 言ってマグちゃんは自分が着ているメイド服のスカートの内側へ左手を突っ込んだ。下から。凄くえっちだ。


 そう思ったのも束の間、出てきた左手には黒く物々しい鉄の塊が握られていた。


「Sturmgewehr44、アサルトライフルの原型と言われている銃です」

「そのARじゃなくて! 世界観壊すのやめてくれ!」


「もちろんこれは、こちらの世界へ来てから知りました。サバゲーという娯楽に熱中しまして。そこから趣味は銃火器集めです」


 こつこつ築き上げてきたファンタジーな雰囲気をぶっ壊す悪魔っ子メイドである。スマホを出したりきっかけを作った僕が言えたことじゃないけれど。


「魔法を見せてくれると思ったのに思いっきり武器自慢って」


「いえいえ一応魔法ですよ。種族柄あちこち飛び回るので、空間繋いだりとか得意なんです。別にスカートの中である必要はありませんけど、悪くないでしょう? ヒトヨシさんも入ってみますか。秘蔵のコレクションをお見せしますよ」


「遠慮しておくよ。僕は履いた下着よりチェストに入った下着の方が……じゃなくて。確かにスカートから銃が出てきたのは凄かったけど、ファンタジー空間で出すのはやめた方がいいよ」


 《しょんぼりです》と口にしながらスカートの中へ銃を戻すマグちゃん。唇を尖らせている姿を見て、僕は少し心苦しくなった。楽しませようとしてくれたのに、そっけない物言いだったかな。友達、という与えられた言葉に甘えて距離感を誤ってしまったと反省する。


 綻びを繕うべく、話題をマグちゃんの趣味であるサバゲーへ定めることにした。


「マグちゃんはどうしてサバゲーを始めたの? やった事ないから気にはなるんだけど、ハードルが高いっていうかさ」


「おやおや興味ビンビンですか。私がサバゲーを始めたのは、銃に惹かれたからです」


「銃に惹かれる、か。かっこいいから分かるなあ。ショップで見て惚れた、とかそんな所?」


「む、いただけませんね。乙女の秘密を先読みするのはハレンチですよ。気にしませんけど。仰る通り、運命的な出会いを果たしました。アキバさいこー。トリガーハッピー」


 饒舌な語り口は跳ねるようで、好きな事を楽しそうに語る姿を、可愛いなと思った。サリアちゃんと比べて手数の多いマグちゃんは、機関銃の如く言葉を撃ち出していく。


「ハードルが高い、でしたよね。気持ちは良く分かります。しかし私の場合は、元々マスターに対抗する武器を探していたんですよ。魔法が一切効かないのでどうしたものかと思いましたが、こちらにしか無い武器ならいけるんじゃないかと目論みまして。サバゲーで修行中というわけです。これで私がナンバーワン。つまりですね、魔女打倒という志は不可能に近かったので、その他は問題とも思いませんでした」


「えぇ……ミリィさんに恨みでもあるの?」


「そういうわけではありません。私はただ、最強と呼ばれる女が私に屈服する姿を見てみたいだけです」


 随分と歪んだ動機だった。


 達成した瞬間を夢想しているのか、マグちゃんの表情はご満悦といった感じだ。どうやらノーマルに属さない嗜好を持っているらしい。隠すことなく初対面の相手に晒せるのは、素直に凄いと思う。この子となら、仲を深めた先で、大きな声では話せないフェチとかについて語り合える気がした。


 ややあって束の間の魔法披露はお開きとなり、僕もそろそろ出ようと帰り支度を始めていた。

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