異世界カフェ ヴィエランジェ【3】
「これは僕のコレクション用スリーブにするとして。冷めない内にいただくよ」
僕がカメラマンとして腕を上げたらまた撮影会をしよう、という結論に至り雑談へ戻った。マグちゃんはもう一人の客であるドワーフおじさんと遊び始めたので、僕の相手はサリアちゃん一人だ。
食事を見られるのは恥ずかしいけれど、放置というわけにもいかない。
口を付けていなかったオムライスの前で「いただきます」と言ったら「召し上がれ」と返って来た。流暢に。サリアちゃんの声とは違った気がするけれど、そんなはずはないのでスプーンを入れた。
見た目はありふれた、チキンライスを卵が包んでいるスタンダードなオムライスだ。モンスターと言うからにはビジュアル的な面白さがあると思ってた。800円もしたのに……、と落胆しながら口に運ぶ。
「うわっ」
と、サリアちゃんの不快そうな声が聞こえて、舌上へ着地する前に手が止まった。
「説明を要求する! 変な物でも入れたんじゃないよね!」
「入れてないよ。作ったのがマグだから思わず声が出ただけ」
「ほんとかな……サリアちゃんちょっと変だからなあ」
「は?」
うっかり口を滑らせてしまった。
ドスの効いた声を出したサリアちゃんは、不機嫌そうに僕を見ている。視線が絡み合って一息分くらい置いた後、僕の手からスプーンが引っ手繰られた。
「普通だから。何も無かったら謝ってよ」
「そりゃ謝るけど、何かあっても謝るけどさ」
僕が言い終えるよりも先にサリアちゃんはオムライスを口へ入れた。
客の注文した料理を食べるとか、いよいよ接客向いてない気がするぞ。もしかして客足が鈍いのって、競合のイベント日だからとか関係無く、純粋に評判が悪いんじゃないかと心配になった。
件の問題児は、しっかり噛んで飲み込むと自慢げに笑んだ。
「ほら。なんともないでしょ。ヒトヨシ、びびりすぎだよ。ふふん」
「全部一口でいったらぁ!」
今度は僕がスプーンを引っ手繰る。皿を持ち上げ、水を飲む感覚でオムライスを掻きこんだ。
目を皿にしたサリアちゃんの姿が想像できたので、完食と同時に勝ち名乗りさながらの言葉を送る。
「ごちそうさま。おかわりしようかな、僕は昔ガキ大将だったんだ」
「なにそれ。モンスターの名前?」
「ヘビじゃなくて。子供の――」
ドクン、と跳ね上がった心臓に言葉を遮られた。身体が熱い。
全身を巡る血液が外へ出ようと暴れている。頭がぼんやりして呼吸が荒くなっていく。
僕は無意識の内に立ち上がっていた。じっとしていられない。
「サリアちゃん……サリアちゃん」
「な、なにさ。どうしたのヒトヨシ、目が怖いよ」
「可愛いよサリアちゃん。まるでホログラフィックレアだ」
彩度の高い無二の青を閉じ込めた瞳。ビスクドールを思わせる端正な顔立ち。瑞々しい真っ白な肌。突き抜けた可愛さを表すかの如く尖った耳。
触れてみたい。思いっきり抱きしめて、耳元に顔を埋めて呼吸がしたい。満足がいくまで匂いを嗅ぎたい。耳裏を重点的に探検してみたい。
耳の裏には理想と現実が同居している。手入れをしていれば匂いは気にならないし、万が一怠っていたらイメージとは程遠い匂いがするはずだ。嗅いでみなければ分からない。この時点では、理想的な至上の香りと、イメージを崩しかねない匂いの両方が存在している。
万が一、サリアちゃんが手入れを怠っていたとして。嗅いだら顔を顰めてしまうような匂いを放つ女の子、しかも美少女なんて、そんなの最高だ。
欲求が際限なく湧き出てくる。
このままじゃまずい、初日で出禁とか笑い話にもならない――けれど、もうどうでもいいや。
全く自分を制御できなくなった僕はサリアちゃんに抱き着こうとした。
「マグ! やっぱり何かしたでしょ!」
「ハア……ハア……サリアちゃん。僕がキミのスリーブになるよ」
「~~~~っ! あーもう!」
声を荒げたサリアちゃんが僕に向かって右手を伸ばした。手の平に見える眩い白い球体が――僕の視界を漂白する。
額へ鋭い衝撃が走り、あっという間に目の前が真っ暗になった。
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