第四話 長男の召喚方法

 休日だというのに、公園には誰一人佇んでいなかった。おそらく、ここ二、三日前に魔獣が暴れた事件の影響だろう。パトロール中の騎士がすぐに駆けつけて討伐したので、大事には至らなかったそうだが、住人、特に親子連れはしばらく警戒体制だ。


「送信っ、と」


 ゾウのすべり台の天辺に立って、アイスケはスマホの画面を凝視していた。

 メッセージの送り先は、長男のベリー。内容は『七草公園ななくさこうえんで巨乳の美女発見! あれはGカップあるな! フハハハハ!』と馬鹿げた呟き。


「気持ちわりぃほど一瞬で既読ついたし。まぁさすがの女好きでも仕事中だろうからすぐには」


「Gカップうううううううううううう!」


「すぐに来たし!」 


 旋風つむじかぜの如く勢いで走り来た男。


 黒髪に、黒いボディスーツの上から鎧を装着し、腰に携える漆黒の剣。いかにも悪魔らしいダークな雰囲気を纏うが、肩にかけた四つのダイヤマークの白い腕章は、正真正銘騎士の証であり、赤い腰小旗は突撃部隊のチームカラー。


 彼こそが、魔界の第一王子でありながら騎士団に所属する世間のお騒がせ者、黒野 ベリー。黒野家の長男だ。


「あの……仕事は?」


「え。仕事と美女で、仕事を選ぶバカがいるんですか?」


「バカはお前だ!」


 ベリーはきょとんとした顔で目を見開いている。彼の瞳は、オッドアイだ。左目は真紅色だが、右目は白く螺旋模様が広がっている。詳しいことは知らないが、魔界でも希少な魔眼まがんらしい。と言っても、アイスケはその力を目に見たことはないし、彼自身もよく分かっていないとか。


「ところでGカップの美女は? どこです?」


  ベリーは本気で仕事を捨ててきたようで、いやらしい笑みでキョロキョロと隈なく公園を見渡す。


「いねーよ」


「は?」


「美女なんていねーよ! そんなことより聞きたいことが……」


「アイスケェッ!!」


「うわビックリしたぁ!!」


 急に怒鳴り始めたので、すべり台からずり落ちそうになった。


「嘘はついちゃダメだって、あれほど教えてきたでしょう!! 嘘つきの子は、正しい大人になれませんよ!!」


「いや仕事ほっぽり出して美女選んだ大人に言われても説得力ないから!!」


「お兄ちゃんはこのメッセを見て、会議中にわざわざ早退してきたんですよ!? すべてはGカップを揉むために!」


「こんな騎士様やだ!!」


「末の弟が水虫で悶え苦しんでるって、仮病まで使って!」


「おいさっそくテメェがはた迷惑な嘘ついてんじゃねーか!! もっとマシな仮病はなかったのか!? っていうか弟の水虫で早退できるとか騎士団ゆるくね!?」


「優しい先輩が許可してくださったんですよ。わざわざお薬までくださって、弟さんお大事にって。ほら」


「スグに治る! 水虫バイバイ」という文字がプリントされたチューブを突きつけられた。


「嫌だあああああああ!! 噂になってあだ名が水虫になったらどうしよ──────!!」


 エロガキ、ゲスロリ、ドケチヒーロー、までは適当に聞き流していたが、水虫だけは嫌だ。甘酸っぱい中学生の青春が、自分だけ水虫というレッテルを貼られて終わってしまう。


「ところで、何でこんなメッセ送ってきたんです? そんなに足がかゆかったんですか? はははっ、恥ずかしがらなくてもお兄ちゃんがお薬塗ってあげますよ~」


「ありがとお兄ちゃん~ってちがああああああう! だから水虫じゃねえし!! 妄想を現実に上書きすんな!! これだっ! これっ!!」


 アイスケはリュックから封の開いた請求書を取り出し、紙を大きく広げて負けじと突き出した。

 証拠は全部こちらが握っている。

 形勢逆転。ここからは自分が兄を教育しなくては!


「まずベリー兄ちゃんの借金! キャバクラで二百万! ガールズバーで三十万! どんだけ遊んだら一ヶ月でこんなに飛ぶんだよ!?」


「休日はほぼ毎日通っていました。シャンパンタワーを頼みました。バニーガール専門店にも行きました」


「正直すぎて怖い!」


「でもどの子にもフラれました……」


「バカなの!?」


「下心丸見えでキモいって………」


「それは分かる」


 はぁああ、とベリーは盛大なため息をついた。


「モテたい………」


 ベンチの上にへたり込んでは力なく呟いている。ベリーは女好きで交友関係も広いが、いつも女性からは友達止まりで終わってしまう哀れな男だ。


 だが、一家の中では非常に家族思いで、面倒見もよく、みんな面倒くさがってやらない家事を文句一つ零さずこなしている。家にいる時は、栄養満点でとても美味しい手料理も作ってくれる。弟や妹にとって母親的存在だ。


 だからアイスケはそんなしょぼくれた兄を見ると、ちょっぴり同情心を煽られる。が、ここで折れたら負けだ。まだ罪状は残っている。心を鬼にして、アイスケはもう一枚、紙を広げた。額こそ二十万で他の請求額と比べたら可愛いものかもしれないが、その内容は、痴漢による示談金である。ヒーローを名乗る者として恥ずかしく、許しがたい行為だ。


「被害者ヅラしてねーで、こっちの被害者に対して反省してんのか? しかも財閥のご令嬢だぞ? 何でこんなことを」


「違うんです! それは冤罪なんです!」


 ベリーは跳ねるような勢いで立ち上がった。

 眉を寄せて、とても真剣な表情をしている。


「冤罪? どういうこと?」


「あれは、本部の休憩室で起きた悲しい事件でした……」




『そのあと、すっごいビンタされたんですよ! ひどくないですか!?』


『ぎゃはははははは!! そりゃぶたれるわお前! ひっひっひっあー腹痛はらいてぇ!』


 会議を終えた休憩時間、ベリーは同じ部隊の隊長とにぎやかに雑談していた。


『でも向こうから誘ってきたんですよ! やれるもんならやってみてよって!』


『いや、マジでやるとは思わねーだろ。つかお前今度の合コンでも特技それ言うのか? またドン引かれんぞ』


『だって本当に得意なんですもん! おっぱいビンゴ!』


 コンコン、とノックのあとに、一人の女性が入ってきた。絵に描いたようなお淑やかな雰囲気の美人で、背も高くスタイルもいい。


 ナイスタイミング! と立ち上がったベリーに、あーあ、と隊長はニヒルな笑み。


『そこの素敵なお嬢さん!』


『はい?』


『計ってもいいですか!?』


『は、はぁ……』


 ぽかん、としながらも曖昧に返事をした女性に、ベリーはありがとうございます! と近づいて、


 もにょっ、と女性の胸を鷲づかみにした。


『これは………この僕の手には収まりきれないこのボリュームは………ふんふん………間違いありません! Fカップブフゥッ!!』


『きゃあああああっ!! 変態!!』


 休憩室に乾いた音と、女性の悲鳴が響き渡った。




「ということだったんです……」


「いや、冤罪どころか常習犯じゃねーか!!」


「合意の上ですよ! ちゃんと聞きましたもん! 計ってもいいですか? って」


「初対面でおっぱい素手で計るやつがどこにいるかよ!? どんな変態チックな挨拶だよ!? 分かるわけねーだろ!!」


「だとしても! 僕はおっぱいビンゴをしただけです!」


「おっぱいビンゴで何でも許されたら警察いらんわ! あ~……その女性ひとが運悪くご令嬢だったわけかぁ」


 変態兄貴のサル並みの性欲と不運が重なって、このいたましい事件が起きたわけだ。兄のセクハラは今に始まったことじゃない。むしろ町中のネタにされていて、身内としては恥ずかしいこと極まりない。また学校でもからかわれることだろう。


 しかし、そんな高貴な女性に不埒な真似をしておいて、二十万で解決するとはまだ不幸中の幸いだったかもしれない。


 アイスケはびしっと指を向ける。


「いいか、兄ちゃん! 今回はこの程度の示談で済んだかもしれないけど、ファミリーズの名が大いにに汚れちまったんだぞ! ヒーローを名乗る者として、そして一家の長男としてもっと責任感を」


「そこの綺麗なお姉さーん! 一緒にお茶でもしませんかぁ?」


「おい聞けよ!! めっちゃいいこと言ってたのに!!」


 話の途中で、ベリーは金髪の派手やかな女性の方へと疾駆した。


「What?」


「外国人さんでしたかぁ! オ〜〜〜! ユーアービューティーホー! ベリーキュート!」


「HAHAHAHAHA!」


「HAHAHAHAHA!」


 アメリカンな笑いを飛ばして、ベリーと女性は腕を組んで公園から去って行った。

 虚ろな目をした弟を残して。


「長男、とは……?」


 哀れな少年の頬を優しく撫でるように、そよ風が吹いていた。

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