第27話

「うがっ!」


 全長三メートルはありそうな化け物が大きな手を振りかざす。

 飯島のしゃがめという助言のおかげで成大たちはその手に叩き払われることはなかったが、力自慢の服部でさえ壊せなかった透明の壁を余裕で破壊していた。


 ガラスの割れる音がして、成大たちはとっさに部屋の中のデスクの下に身を隠した。

 不幸中の幸いか、ここは天井がそう高くない。だから身長が三メートルはある化け物たちには移動がしづらいようで、自身が行った手で振り払う攻撃のせいで成大たちの姿を見失ってしまったようだ。


「や、やばいですよねこれ」

「絶対絶命、ですね」


 たまたま成大と同じデスクの下に隠れた平井はカタカタと体を震わせながら言葉を発する。

 ここは天井の高さ的に化け物が動きにくい環境だ。しかしあの化け物たちは一払いで強化ガラスを破壊する力を持つ。

 そんな化け物が、三体。

 エレベーターに逃げ込めればもしかしたら逃げられるかもしれない。だが、それまでに握りつぶされるのが目に見えていた。


「僕たち、最後の生存者ですよ」


 眉を下げた平井が見せたのはスマートウォッチだった。成大は余裕がなくてこまめにチェックしていなかったが、スマートウォッチには四という数字が表示されていた。

 いつの間にか残る生存者は四人、つまり成大と平井、飯島に石里だけになってしまっていたのだ。


「そんな」


 成大たちしか生きていない。それはつまり会場内の壁の異常を教えてくれた人も、ショッピングモールに逃げ込んでいた人たちも全員死んでしまったということになる。

 ショッピングモールは比較的安全な場所に思えた。だからこそ成大を含む多くの人が逃げ込んできていた。いや、逆に言うとたくさんの人が逃げ込んで集まっていたからこそ、一度でも化け物に襲われてしまえば多くの犠牲者が出てしまう。そう考えると急にプレイヤーの数が減ったのも納得だ。


「これは……」


 平井が足元に落ちていた書類の一部を拾い上げて中に目を通す。

 近くでは化け物が成大たちを探し回っている音が絶えず聞こえていた。


「……そ、んな。嘘、でしょ」

「どうかしましたか?」


 書類の内容に目を通した平井は愕然としていた。成大は平井から書類を受け取りなんて書いてあるのかを読んでみた。


「――ッ」


 その書類に書かれていた内容はあまりにも驚くものだった。

 成大は化け物の死角になる度にデスクの書類を取っては内容に目を通す。

 どれをどれだけ読んでも書いてあるのは最悪な内容ばかりだ。


「い、いやぁ!」


 成大が書類の内容に夢中になっていると通路を挟んだ向かい側の部屋から悲鳴が聞こえた。

 デスクから顔を覗かしてみてみると、そこには長い髪を引っ張られて大粒の涙をこぼす石里の姿があった。


「た、助けて! なんでも、なんでもするから! だから命だけは助けてぇ!」


 化け物に言葉は通じない。それはゲームマスターも言っていたことだ。しかし石里は化け物に必死で命乞いをしていた。

 もちろん当然のことのように、化け物は聞く耳を持たずにもう片方の手を石里に手を伸ばした。


 それを飯島が遠くから見ているのが見えた。

 石里の死はどうしようもないことだと見切りをつけたようだ。それもそうだ。今ここで助けに入っても、石里の元にたどり着く前に他の化け物にやられるのは目に見えている。石里を見殺しにしてでもデスクの下に隠れて、タイミングを見計らってエレベーターに向かってこの階から逃げ出すのが賢い判断だろう。しかし、


「ッ!」


 考えるよりもはやく、成大の体は動いていた。

 べつに石里を助けて恩を売ろうと思ったわけではない。石里を助けて惚れられたいと思ったわけではない。だが、見捨てておけなかった。

 今までなら当たり前に取れた見殺しという行為を、成大は取れなくなってしまっていた。

 成大は嬉々としてこちらに手を伸ばす化け物の攻撃を避けるとデスクの上に飛び乗り、石里の髪を引っ張っている化け物の喉に果物ナイフを突きつけた。

 鮮血を噴き出して化け物はぐるりと顔を成大の方へ向ける。


 ――やはり成大の予想通りこの化け物は他の化け物に比べて固かった。他の化け物なら首を掻き切れば倒れるのに、目の前の化け物は血を噴き出してもなお少し不機嫌そうに表情を歪めただけだ。

 石里を離した化け物の手が成大に伸びる――。

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