第26話

「うわぁ」


 暗がりに慣れた目が、眩しさで思わず細くなる。そしてまたその明るさに目が慣れたとき、目を開くとそこには一面白い壁と白い床、そして透明のガラスかなにかでできた部屋を区切る壁のようなものがいくつも広がっていた。


「目がチカチカするほど白いわね」


 石里が瞬きをしながらため息をついた。

 成大たちがいるのはどうやら通路にあたる場所らしい。透明の壁越しに見える部屋の中はどこかの会社のオフィスのように、デスクや椅子が置かれており、デスクの上にはパソコンや書類の束らしきものが置いたままにされていた。


「開きは……しないみたいだな」


 部屋に入るにはカードキーかなにかが必要なようだ。

 飯島が開けようとした部屋の扉の隣にはカードキーを触れさせる電子機器が備え付けられていた。


「こんなもん、壊しちまえばいいだろ」


 そう言って服部は森の中で拾ってきた太い木で透明の扉を叩いた。しかしドンッという大きな音を立てただけで、壁は割れるところか傷ひとつついていないようだった。


「防弾ガラスの類いだろうか……」


 飯島はそっと扉を撫でて観察していたみたいだが、機械もなにも持っていない成大たちには扉を無理矢理開けることは不可能だということしか理解できなかった。


「とりあえず奥に進んでみるしかないか……」


 扉を開けることを諦めた成大たちはまだまだ続く謎の施設の先に進んでみる。

 しかし随分と広く感じた施設内はどこも扉が閉まっており、行き止まりにまできてしまった。


「おいおい、化け物も人も誰もいねぇじゃねぇか」

「ねぇ、これってエレベーターじゃない?」


 不満気に壁を蹴る服部に、石里が少し大きな声を出した。

 先程から声や物音を立てているのに化け物が集まってこないあたり、本当にこの辺に化け物はいないのだろう。


「エレベーター?」


 石里が指さした先にあったのは透明の壁に囲まれた四角い箱だ。言われてみればエレベーターに見えなくもない。

 見つけたものの怖がって近寄らない石里の代わりに飯島が透明の箱に近づく。するとシュンといって四角い箱の扉が開いた。


「……入ってみるか?」


 ここは、というよりもこの島全体がゲームマスターのものだ。罠である可能性は拭いきれない。

 飯島は全員の顔を見回したが、誰も反対しなかった。成大たちは五人で少しぎゅうぎゅうになりながらエレベーター内に乗り込む。

 扉の隣には階数のボタンが付いていて、どうやら地下三階まであるようだ。ここは施設の中でも玄関でしかない、地上一階の位置付けの場所らしい。


 何階に行くべきか相談して、話し合いの結果一階ずつ見て回ろうということになって、飯島は地下一階のボタンを押した。するとエレベーターは普通に動いた。どうやら先程までの扉とは違い、起動にカードキーなどは必要としないようだ。そして階の明かりがついているということと、エレベーターが動くことからこの施設は電気が通っていることがわかる。

 スルスルと滑るようにエレベーターは地下へと降り、チンと心地のいい音を鳴らして動きを止める。どうやら地下一階に着いたらしい。


「さっきとおんなじ……」


 地下一階の内装を見た石里の口からため息が漏れる。

 エレベーターを使って降りてきた地下一階は先程の階と同様に透明張りの壁で仕切られた部屋がいくつもあるが、そのどれもが鍵が必要なようで開かない。

 なんとか外から中の書類の内容を読み取ろうとするが、字が小さくて読めなかった。


「他にはなにもないな」


 地下一階内を一周してきた飯島は首を横に振るとエレベーターに乗り込んだ。成大たちも乗り込む。そして今度は地下二階へと向かった。


「ここは……」

「おんなじじゃない」


 地下二階も先程までと同様で、ガラス張りの部屋が続いていた。そしてそのどれもが鍵がかかっており開かない。


「あれ? なんか奥に鉄の扉がありますよ?」


 平井が指さした先には白と透明の空間には似つかわしくない銀色の鉄の扉があった。

 扉の雰囲気はデスゲーム会場にあった鉄の扉と似ている。


「ここなら開くかぁ?」


 せっかく隠し扉を見つけたのにゲームマスターの姿がなかなか見つからなくてイライラが溜まっている様子の服部は鉄の扉を蹴り飛ばした。

 しかし成大たちの予想通り、開くことはなかった。


「チッ、しゃあねぇ。次が最後か……地下三階にあのクソガキがいればいいけどな」


 ため息をついて服部は成大たちの方に振り向いた。途端、ビーと甲高い音が鳴って服部の背後にある鉄の扉が開いた。


「あ?」


 そして服部が振り返る前に、扉の奥から化け物が姿を現してべちゃり、と体格のいい服部の体を簡単に押しつぶした。


「い、いやぁぁぁぁ!」


 突然のことに石里が悲鳴をあげる。

 その声を聞きつけたように、鉄の扉の奥からは追加で二体もの化け物が姿を現した。そして成大たちの姿を見つけるとにたりと笑って元気よく走り出した。

 成大はすぐに危険を察しとり、華麗に避けた。しかし平井は急に目の前に現れた化け物に腰を抜かしてしまったらしく、その場から動かない。

 化け物の手が平井に伸びたとき、パンッと乾いた銃声が地下二階にこだました。


「悪いがこれで残りの弾は一発になった!」


 飯島が化け物の手を撃ったおかげで隙が生まれ、平井は慌てて膝をガタガタ揺らしながらその場を離れた。


「うう?」

「効いて……ない、のか?」


 飯島に手を撃たれた化け物は自身の手のひらを見つめて不思議そうに首を傾げている。その手から少量の血らしき赤い体液が溢れ出しているが、痛がっている様子はない。


「こいつら……たぶん、今までの化け物とは別格の固さです」


 今までの化け物であれば殴られればよろめき、撃たれればしばらくの間は動かなくなっていた。しかしこの化け物はこれくらいではなんともなさそうな顔をしていた。

 試しに成大が服部の持っていた木の棒を投げつけてみるが化け物はぽりぽりと木の棒の当たった頭を掻くだけでダメージを受けているようには見えない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る