第三章 殲滅
第25話
森の中を駆け抜け、背後から追っ手が来ていないことを確認しながら三度目となるデスゲーム会場にたどり着く。
初めて見たときは真っ白だった建物の壁は、まだら模様のように赤黒く染まっていた。
その周囲には誰かの遺体。そしてそれに集る汚い蝿たちがぶんぶんと耳障りな雑音を立てていた。
「中に入ってみよう」
福田の死にいまだ動揺している成大の手を引いて飯島は会場の中に入った。
会場の中は食料を賭けた人殺しゲームのときのままになっており、至るところに障害物が置かれている。
「おい、ミツ。いい加減立ち直れよ」
飯島は成大の手を離すと会場内を隅々と見回した。一人、会場の入り口で立ち尽くす成大に服部は背中を叩いてそう言った。
「べつに……へこんではないですけど」
「そうは見えねぇけどな」
成大が力なく首を横に振ると服部は肩をすくませて会場内を歩き始めた。その隣に涙ぐみながら髪を整えている石里もくっついている。
成大はかつて両親を殺した。事故的なものではなく、故意的に、殺そうと思って殺したのだ。
だから、誰が死のうが誰を見殺しにしようが今更なにも感じないと思っていた。
だというのに福田の死は成大の心に大きな傷を負わせた。成大は他人の死にショックを受けている自分がいることに驚いた。まさかこんな、誰かの死を悲しむ感情がまだ残っていたなんて思ってもいなかった。
自分にはなんの得にもならない水配りをしたり、他人の死を悲しんだり、このゲスゲームが始まってからの成大の様子はどこかおかしい。
いつもの冷血さが身を潜めて、なんてことのない、ただ一人の人間のような感情の動きをしていた。
「……いや」
ぶんぶん、と成大は首を横に振る。
自身の心境の進化には驚かされるが、今はそれどころではない。
なんのためにここまできたのか。それはここにゲームマスター側の情報が隠されていないかを探りにきたのだ。これでなんの成果もあげられなければ、それこそ福田の死は無駄になる。
成大は無駄なことは嫌いだ。うるさいのも、痛いのも。
成大は気持ちを切り替えるように努めて、飯島たちと同じように会場内を見て回る。
ショッピングモールで会場のおかしなところを教えてくれた男性は、壁に変に途切れた血の痕があったと言っていた。
成大は壁に注目しながら何百人もの人数がゆうに収まる広い会場内を散策する。
灰色の壁には赤黒い誰かの血がいくつもこびりついており凄惨な殺戮がこの場所で起きたことを静かに物語っていた。
「……あった」
成大は人殺しゲームに参加したにも関わらず、男性が言っていたような異変は見ていない。それはつまり、人殺しゲーム中に成大が行っていない場所に件の場所があるということだろう。そう推理した成大の読み通り、平井たちのチーム側の壁の一部が聞いた話の通り、不自然にこびりついたその血を途切らせていた。
「あったのか」
壁には血飛沫が飛んでいる。しかしそれは不自然な形で途切れており、それを成大が指でそっとなぞっていると飯島が駆け寄ってきた。
服部、平井たちも集まってくる。
「たしかに……変な血の痕はしてる、けど。これがなんだって言うの?」
成大の背後から覗き込むようにして壁の染みを見た石里が首を傾げる。
たしかに、血が途切れているからといってなにをあらわしているのだろうか。普通ならこういった痕になるのは大抵は物が置いてあっただけだと思うが、成大の記憶でも飯島の記憶でも、ここになにかが置かれていた記憶はない。
「物が置かれていた以外で血が途切れるのは……」
「誰かの死体がたまたまここにあって、それを人殺しゲームを開催するためにどかしたとかじゃねぇのか?」
「か、からくり屋敷になっている、とか?」
服部の言い分は理解できた。
元々ここに誰かの遺体があって、その遺体の上にまた新しく誰かの血が飛んだ。それをデスゲーム開催者側の人間が障害物を置くときに邪魔だと遺体をどかした結果、変な血飛沫の途切れ方をしてしまったのかもしれない。だがもし平井の言う、トンチキにも感じる可能性があるとするのならば――。
「押してみますか」
駄目は元々で血が途切れた部分の壁を押してみる。しかし、分厚い壁は当然のように動くことはなかった。
「からくり屋敷……って、なに言ってんだとは思うがもしそうだとしたらその先にあのガキがいる可能性もなくはねぇよな?」
服部は平井の可能性を否定こそはしないものの、納得しているわけでもない表情で周囲の壁を探り出した。
成大たちも周辺の壁をよく見てみる。染み付いた死の臭いに少し吐き気を催しながら、今度は壁ではなく床を弄ってみる。するとガコリと変な音を立てて床の一部がへこんでしまった。
「は?」
音を聞いて全員が顔をあげる。すると不自然に途切れた血飛沫のついた壁がガガッと音を立てて扉のように奥へと開いた。
「おいおい、マジかよ」
隠し扉が見つかったことに興奮を隠せない様子で服部はどこからか懐中電灯を取り出すと開いた扉の先の暗闇を照らす。
「これはマジでこの奥にあのクソガキがいるかもしれねぇってことじゃねぇか。いやぁ、それはいい。本当にいい。こんだけ良くしてもらったんだ、ちゃんと礼をしてやんねぇとな」
そう言って服部は指の関節をぼきぼきと音を立てていた。眉がぴくぴくしているあたり、相当お怒りらしい。
正直なところ、成大もあのゲームマスターには一発グーパンをお見舞いしたいと思っていたところだ。
「とりあえず中に入るが……いちおうここにも化け物がいるかもしれないから、おまえらも気をつけろよ」
「わかっている」
この先にゲームマスターがいるかどうかはわからないが、服部は嬉々として先陣をきった。その後ろを石里、平井と成大、飯島の順で並んで歩く。
コツコツと成大たちの足音が響く長くて暗い廊下には化け物の姿も人の姿も見受けられない。緩やかな傾斜になっていることだけが暗闇の中でも唯一わかったことだ。
「化け物の入ってこない安全な場所で自分は高みの見物とは、舐めた真似しやがって」
この先にゲームマスターがいる可能性はある。しかしそれはただの可能性でしかないのだが、服部はこの先にゲームマスターがいるものだと思い込んでいるらしい。
ゲームマスターについての不満を口にしてぶっ殺してやるとつぶやいた。
「……ん、こん先は明かりがあるみたいだな」
時間にしては数分くらいだろうか。なにもない緩やかな下り坂を歩いていると、道の先に明かりがあるのが見えた。
服部は懐中電灯を消し、明かりの下に出る。
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