第24話
「……ふむ、なるほど。不自然にきれた血飛沫。そこになにかが置いてあった……というわけではないか。あの会場は液晶モニター以外はなにもない空間だったのは間違いない」
「俺の記憶でも液晶モニター以外はなにもなかったはずです」
成大が初めてあの会場で目が覚めたとき、建物内にあったのはゲームマスターの映った大型の液晶モニター。それ以外は大きな扉があっただけで、なにか物が置かれていた記憶はない。
「と、なるとなんで血がそこできれてたか謎ってことだな?」
「ああ」
成大も人殺しゲームに参加していた。なので会場内の様子はよく見れた。成大たちが逃げたあとも殺戮が繰り広げられたであろう痛々しい血が至るところにこびりついていた。
しかし成大が見たその血は血溜まりのようになっていたり、一直線に飛び散っていたり、変な違和感を感じるような途切れ方はしていなかった。
「……行ってみるか」
「あの会場にですか?」
「ああ。こういうときの直感は大切だ。なにか引っかかることがあったなら調べておいた方がいいだろう」
警察官としての勘なのだろうか。飯島は会場に戻って会場内をくまなく調べると言い出し、石里は反対していたが石里以外が飯島の案に賛成してボウリング場を出た。
ひとりボウリング場に残ることも可能だった石里だったが、ひとりは心許ないらしく、結局成大たちについてくることにしたようだ。
成大たちは飯島、福田、服部、平井、石里の六人で行動を共にして会場へと向かう。
商業施設を出るとその光景の異常さに全員眉を顰めた。
「なんか……化け物の数が増えてねぇか?」
成大たちがデスゲーム会場を往復するのはこれで二度目だ。会場から逃げ出したときも合わせると三度目。
商業施設の外には昼食の時間と話し合いの時間をする前に出たばかりなのに、その時は数体しかいなかった化け物が数十体まで増えていた。
「増えた……のか、元々どこかに隠れていた化け物がこちらの方まで移動してきたのかわからないな」
飯島の言う通り、急に化け物の姿が多くなったのはなぜかわからない。しかし化け物が多いということは襲われる危険が増えたということだ。
「こ、こんなことならやっぱりボウリング場に残ってるべきだった……」
石里が後悔の言葉を口にする。
成大たちは六人。戦闘が苦手な平井と石里を除いても四人いる。なので化け物が一体や二体程度なら退治することは可能な計算だった。しかしこうも戦力の差があると戦うより逃げる選択を選んだ方がいいだろう。
「できるだけ身を潜めながら移動しよう。化け物の中には小柄なものもいるから気をつけてくれ」
「うう」
こちらの方が数が多いと、もし化け物に見つかって戦闘になっても勝機はじゅうぶんある。だが、化け物の方が数が多いこの状況では大勢で移動するのはむしろ見つかりやすくなって危険だと成大は考えた。
でもだからといって人手を分けて移動するのはもし戦闘になった際に勝機を下げることになる。
誰かを囮にすれば、囮以外の人間はおそらく確実に移動できる。しかし、そんなことをすれば囮役の命は確実にない。
きっと、デスゲームに参加するまえの成大ならあまり罪悪感を感じることなく、自分を守るためにと平気で誰かを囮にしていただろう。
我ながら人らしくなったものだと苦笑しながら、できるだけ体を丸めて身を潜め、化け物が移動したのに合わせて死角をついて移動する。
デスゲーム会場は森になった丘を登った先だ。
走れば数十分とかからない距離をジリジリと時間をかけて移動する。
――ぱきり。
順調に会場に近づけていたところで、枝かなにかが折れる音がした。
「ひっ! きゃあ!」
もう少しで会場に着くというのに甲高い悲鳴が聞こえた。この声は石里のものだ。
「きっ、まっま」
叫び声の方を向くと石里が猿型の化け物に襲われている。とっさに服部が化け物を木で殴り飛ばしたおかげで、石里は皮膚を少し裂かれただけで済んだ。しかし。
「悲鳴……あげちまったな」
近くには化け物が何体もいる。石里の悲鳴を聞きつけて集まってくるのは時間の問題だった。
「ああ、もう、クソッ! おまえら、先に行け!」
「なっ、なにを言っているんだ福田少年!」
「おまえらがいると足手まといだって言ってんだよ!」
さっそく化け物が成大たちの元へ駆けつける。その前に立ち、福田は成大たちに先に行くように促した。
たしかに今ここで福田を囮にすれば成大たちが逃げる時間くらいは作れるだろう。しかしそれは福田の死をあらわしていた。
「福田く」
「光川の兄貴、あとは任せたわ」
「ふくっ」
「光川くん!」
福田は自分の死を覚悟している。その上で成大たちに未来を託した。
それは理解できた。しかし、成大の足は動かなかった。ただ福田の背中を見て立ち尽くす成大の手を、飯島が無理矢理引っ張ってその場を逃げ出す。
成大の背後からは化け物の奇声と暴れ回る音、そして最後にぐちゃりという音が聞こえたかと思うと、途端になんの物音もしなくなった。
出会ってまだ少ししか経っていない成大を、福田は兄貴と呼んだ。きっと、彼は成大に懐いていたのだろう。
なぜこんな自分なんかに懐いてくれたかはわからない。わからないが――成大の頬には涙が伝った。
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