第20話
ごろりと寝返りを打って、体の痛さで目が覚めた。
「うっぐぅ」
硬い床で寝た体はガチガチに固まっている。成大は小さく声を漏らしながら肩を回した。
「今、何時だ?」
「八時だ」
「ああ……おはようございます」
成大が口にした疑問に対して背後から答えが返ってきて、成大は振り向いて挨拶した。そこには椅子に座って煙草をふかしている服部の姿があった。
「光川くんも目が覚めたか」
「ああ、飯島さんも起きてたんですね」
ボウリング場の奥の方から飯島が顔を出した。どうやらトイレに行っていたらしい。
「あと寝てるのは福田少年だけだ」
そう言われて成大が福田の方を見てみると、福田は椅子の上でぐぅぐぅと気の抜けた寝息を立てて気持ちよさそうに眠っていた。
「ったく、そろそろ起きなさいよねぇ。いびきがうるさいんだから」
とげとげとした声が聞こえて成大は声の方へ振り返る。
よくみるとカウンターの奥に石里がおり、コンパクトミラー片手に化粧直し中のようだ。
こんな状況でよくもそんな余裕があるなと成大は少し苦笑しながら腕を伸ばしたりしてストレッチをした。
体が固まったままだともし化け物と遭遇したときにとっさの行動に出られなくなると面倒だ。準備体操はじゅうぶんにした方がいいだろう。
「福田少年、そろそろ起きろ」
「んー……んがっ!」
最初は優しく声をかけていた飯島だったが、福田がなかなか起きないので鼻をつまむと、福田は息ができずに飛び起きた。
「んだよっ、はぁ、びっくりした」
福田は周囲をきょろきょろと見渡すと、状況を理解したようでため息をついた。
「あー、体いてぇ……」
福田が肩を動かすとぼきぼきと音が鳴る。
椅子だろうと床だろうと、どちらも寝心地は最悪だったようだ。
「お腹空きました、ね」
ぐぅ、と腹のむしを鳴らした平井が恥ずかしそうにつぶやく。
たしかに昨日は水しか口にしていない。そろそろなにかしら食事をとりたいところだ。
『グッッッッッッドモーニイングゥ、諸君!』
「⁉︎」
「きゃ!」
デスゲームという異常な空間にいながらもそれに順応し始めていた成大たちは、突然の大声に肩を振るわせた。
「なによ、またスマートウォッチが喋ってる!」
ゲームマスターの声に悲鳴をあげていた石里は不愉快そうにスマートウォッチを手で叩いた。
『おはよう、見てみて! 生存者の数! 結構いるくない?』
まるで友達に話しかけているかのようなノリでゲームマスターはプレイヤーの数を確認するように言った。
成大はスマートウォッチの数を確認する。
――九十八人。
序盤に減っていった速度に比べると思いの外、数字は減っていなかった。
『多いよね? 多いと思うよね? 僕は多いと思う! ってなわけでご飯の時間にしよう!』
「はぁ?」
こちらの話は聞こえていないのだろうが、あいも変わらず一人で言いたいことを言い続けるゲームマスターは、急になんの脈絡もないことを言い出した。
「なんで生存者が多いと飯の時間になんだよ」
成大と同じ疑問を服部が口にする。
『今からきみたちには移動してもらいます。場所は僕がデスゲームの開始を宣言した玄関……あの会場です。デスゲーム会場とでもなんでも好きなように呼んじゃっていいよ。で、そこできみたちには殺し合いをしてもらおうと思います!』
子供が学校で昨日の晩御飯のおかずは自分の好きなハンバーグだったとでもいう声色で、ゲームマスターは不穏な言葉を口にした。
「殺し合いって……」
「ただでさえよくわかんねぇ化け物の相手をさせられてるのに、プレイヤー同士の殺し合いをしろって……こっちは手駒が減って面倒なだけじゃねぇか」
服部が不満をあらわにしてカウンターを叩いた。カウンター上の空のペットボトルが振動で揺れる。
『時間は一時間後。それまでに会場にきてね? じゃあ、僕は朝食後のおやつの時間だから。バイバイ!』
「あのガキ、また一方的に言いたいことだけ言って切りやがった」
寝起きの福田が機嫌悪そうにスマートウォッチを睨む。そしてググッと引っ張ったりずらそうとするが、スマートウォッチは微動だにしない。
どういう原理か、それとも単純に腕のサイズにぴったりすぎるのか、スマートウォッチは腕から外れない。それは昨日のうちに確かめたのでわかっていたことだった。
「殺し合いねぇ……しかたがねぇ。やるしかないか」
やりたくないと言わんばかりの台詞をはく服部だが、その口角は上がっている。
やはり犯罪者は犯罪者。もしかしたら誰かを殺したくてしかたがなかったのかもしれない。おそらく服部は自分より弱い人間をいじめてストレスを発散させるタイプなのだろう。
「……む」
飯島は神妙な顔つきでなにか考えているようだった。あまり言葉を発さない。
「い、移動しましょう、か」
平井の言葉に頷く。
ゲームマスターは一時間後にはデスゲーム会場なる場所に来いと言っていた。
もし遅れたらどんな罰を負わされるかわからない。
平井と石里のスクールバッグに水の入ったペットボトルを詰め、ボウリング場を後にする。
ショッピングモールにいた人たちも恐る恐る会場への移動を開始しているようだ。
「すまないが先に行っていてくれ」
「え?」
飯島はそう言うと困惑する成大たちを置いて会場とは別の方角へ走っていった。
「チッ」
その後を福田が追う。成大も同じように追いかけた。
「飯島のおっさん、協調性がないよな」
「福田くんもね」
福田とともに飯島のあとを追いかけていたが姿が見当たらなくなってしまった。
「どこに行ったんだ?」
「たぶん……あそこかな」
飯島が向かった場所、成大はそこに心当たりがあった。あったからこそ飯島のあとを追いかけたのだ。
「ここ……は、店だな。昨日水ばら撒いたあたりの」
「この店の奥に怪我をして動けない人が二人いるんだ。多分飯島さんは二人を会場まで連れて行こうとしたんじゃないかなって思って」
「なるほどな。おっさんらしいといえばおっさんらしいな」
福田に説明をしながら成大は店の奥に入る。
するとそこには推測通り、飯島が立っていた。
「飯島さん。俺たちも二人を運ぶのを手伝いますよ……飯島さん?」
返事がない。飯島は成大の声に振り返ることもなく、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「おい、どうしたんだ、おっさん……ああ」
返事がない飯島に痺れを切らしたのか福田が飯島の肩を掴んで振り返らせる。そして状況を理解して黙り込んだ。
飯島の向こう側には昨日話した怪我をした二人が眠っていた。
成大はいやな予感がして二人の首に手を添えた。
「死んでいる」
飯島がぼそりと力なくつぶやいた。
成大の手から伝わる冷たさと、波打つことのない静かな脈が彼らの死を淡々と告げていた。
「怪我をして衰弱してたってところか」
「もしかしたら本人たちが気がついていなかっただけで、襲われたときに頭部を打って内出血を起こしていたのかもしれない」
「……行きましょう」
二人が死んでいるのならば、ここにもう用はない。
成大は人は簡単に死ぬことを今更思い出して、黙り込んでしまった飯島と福田とともに会場へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます