第19話
「た、頼む。俺たちにも水をくれ」
一瞬で空になったペットボトルを見てもう一度水を汲みに行こうと立ち上がったところで声をかけられ、声のした方に顔を向ける。
それは服屋の奥から聞こえてきた。成大は飯島とともに数本水の入ったペットボトルを持って店の中に入ると、そこに座り込む若い男性と五十代くらいの男性が二人いた。
「水を、頼む!」
「どうぞ」
必死な剣幕で懇願してくる若い男性に成大は水を渡した。飯島は隣にいたおとなしい男性にペットボトルを手渡す。
「ああ、ありがとうございます。実は逃げてる途中で化け物に襲われてしまい、それで右足を骨折してしまって動くに動けなくなってしまって……もう、どうしたものかと」
「俺なりの正義をまっとうしたまでだ。気にするな」
水の入ったペットボトルを受け取った男性はうっすらと涙を浮かべながら何度も感謝の言葉を口にした。
飯島が気にするなと言ってもなお、礼を言い続けている。
「このまま女房にも会えずに死んでしまうかと……」
「おっさん、わるい考えはよそうぜ」
どうやら若い男性と五十代の男性は元から顔見知りというわけではないらしい。しかし互いを慰め合っている。
「怪我をされてるんですね、お二人とも」
五十代の男性は自分の口で骨折したことを成大たちに告げた。座っている体制も足を庇っているように見えるので嘘を言っているわけではないだろう。そして若い男性の方も怪我をしている。目に見えてどこか流血しているわけではないが、水を取りにこずにわざわざ成大たちを呼んだこと自体が若い男性も身動きを取れなくなっていることを証明していた。
「あ、ああ。実はもう、足の感覚がねぇ」
成大に尋ねられて若い男性は気まずそうにしながら頷いた。
すっと裾をめくり上げて見せてくれた足は変色していて、おそらく化け物に握りつぶされでもしたのだろう。
「怪我して動けないときにこのおっさんが助けてくれて……でもおっさんも怪我しちまって。だから二人でここに隠れてたんだ」
「ならば、このペットボトルもここに置いておこう」
そう言って飯島はペットボトルを数本男性たちの前に差し出した。
「いいのか?」
「ああ。空のペットボトルさえあればいくらでも水は汲みにいけるからな」
「ありがとうございます。なんと礼を言ったらいいか」
「あなたたちは気にしなくてかまわない。俺は好きなように行動しているだけだからな。むしろ、このふざけたゲームを終わらせることができなくて申し訳ない」
礼を言う男性に、飯島はむしろ頭を下げた。警察として、ゲームマスターの悪趣味な遊びを止められなくて罪悪感を感じているのだろう。
本当に、つくづく良い人だ。
俺なりの正義。飯島が男性に言った言葉を思い出しながら、成大はまた飯島たちとともに映画館に向かう。
そして空になったペットボトルに水を注ぐ。
正義とはなんなのだろうか。人に優しくするのが正義。法律やルールを順次するのが正義。かつてどこかで正義は一つではないと聞いたことがあった気がする。
飯島にとっては自分の手に届く範囲にいる人を救うのが正義なのだろうか。
では成大にとっての正義とはなんだろうか。そんなこと、考えたことすらなかった。
ペットボトルに水を注ぎ、またショッピングモールに行って水を配ると成大たちはボウリング場に戻る。
コンコンと扉を叩けば中からなんだと服部の声が聞こえ、飯島が名乗るとバリケードを動かす音が聞こえて扉が開いた。
「誰も欠けてねぇな。もやしくらいは死んだかと思ってたぜ」
成大たちをボウリング場内に招き入れた服部は平井の顔を見ると鼻で笑った。
「運よく化け物に遭遇しなかったんだ」
「へぇ、それは幸運だな。満足そうな顔をしてるし、人助けってやつも成功したみたいだな」
「ヘトヘトになったけどな」
服部の言葉に福田はつんと冷めた声で言葉を返してボウリングする場所の椅子に腰掛けた。
「てかなんか汗臭いな、ここ」
椅子に深々と腰掛けた福田はすんと匂いを嗅いでそう呟いた。
たしかに福田の言う通りボウリング場は少し汗臭い。なにか酸っぱいような臭いがする。が、成大はなんとなく臭いの元に察しがついたので触れておくのはやめておいた。
「ここは窓がないから暗いな」
「でももう夜の十時だぞ」
ボウリング場に窓はない。そのせいで臭いがこもっているのもあるだろう。
飯島がはいた言葉に服部は腕時計を見て答えた。
左手に腕時計をつけて右手にスマートウォッチをつけている様は少しおかしく感じたが、口にすると服部は絶対に機嫌を悪くするだろうと思い、成大は考えるだけで留めた。
「まぁ、さっき窓から見えた風景的にそれくらいにはなってますよね」
先程のショッピングモールは窓、というよりガラス張りになっている箇所がいくつもあった。だから窓がないボウリング場よりは時間の経過がわかりやすい。
「ともかく俺は疲れたから寝るぜ」
扉にバリケードを貼り直した服部はそう言うとカウンターの奥に進んだ。
「あれは? あの石里とかいう女は?」
「真里亜ならもう寝てらぁ」
「ふーん」
尋ねておきながら、福田は興味なさそうに連なった椅子に寝転がった。福田はあそこで眠るようだ。
「俺たちも休むか。ここなら少しは気を許しても大丈夫そうだしな」
「そうですね」
飯島の言葉に頷き、成大は床に落ちていたゴミを払うと床に寝そべった。飯島と平井も同じように床で眠るようだ。
「福田少年、光川くん、平井くん。今日は俺のわがままに付き合ってくれてありがとう」
「ん」
「いえ」
「役に立てたかは不安ですが……そう言っていただけると嬉しいです」
飯島の言葉に各々の返事を返すが、福田は顔を背けているのでどんな表情をしているかわからない。しかし平井と同じように優しい顔をしているに違いないだろう。
なんだか、不思議だ。
暴力でしか物事を解決できなかった自分が人の役に立とうとしたという事実に、成大は不思議な、それでいて妙な満足感を得て瞼を下ろした。
デスゲーム開始から長く感じた一日が終わった。
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