第21話
「おっはよう! はもう言ったね」
デスゲーム会場に着くと、そこは昨日見た殺風景な光景とは様変わりしていた。
遠くからでも見える前方の壁に設置された液晶モニターからは、熊の被り物を被ったゲームマスターの声が聞こえた。
「な、なんだこりゃあ」
一面灰色だった空間には木の箱やパーテーションがランダムな配置に置かれていて、まるで室内版のサバゲー会場のようだった。
「ここできみたちには殺し合いをしてもらうよ。ルールは簡単。プレイヤーは三対三のチームに別れてトーナメント式に殺し合いをしてもらうんだ。それで最後まで生き残ったチームにはご飯をご馳走しよう!」
「つまり飯を食いたきゃ他のプレイヤーを殺せってことか」
「正解です!」
スマートウォッチで話しているときとは違い、液晶モニター越しで話をするときはどうやらこちらの声が聞こえているらしい。
服部の言葉にゲームマスターは頷いた。
「こんな馬鹿げたことはもうやめにしないか?」
「三人のチームになって欲しいんだけど、どうする? 僕がチームを決めてもいいけど」
服部の言葉には返事をしたが、飯島の問いには返事せずにゲームマスターは話を続ける。
「こういう風に自由に決めていいよって言われると絶対一人くらいはひとりぼっちになったりするもんね。それはかわいそうだし、僕が決めてあげようか」
「どうしてこんなことをするんだ」
「今のプレイヤーの数は……うん、ちょうど三で割り切れる数になってる! ちょうどいいね、やっぱり僕って運がいい!」
「おい」
飯島の口から低い声が漏れた。
初めて聞いた声に成大たちはぴくりと肩を震わせた。
飯島は間違いなく怒っている。何度も話を無視されているからではない。こんな馬鹿げたゲームを開催しているゲームマスターに対して怒っているのだ。
「いい加減にしろよ」
「うっわー、おじさん目がこわーい。なんでそんなに怒ってるの? だってさ、きみたち人殺し《こういうの》得意でしょ?」
飯島の殺気で空気がピリつく。しかしゲームマスターはモニター越しでこの殺気に気がついていないのか、それとも気がついた上で気にしていないのかこてんと首を傾げた。被り物の熊の虚な目がゆらりと揺れる。
「……たしかに我々はみんな、なにかしらの理由があって人を殺した殺人鬼なのかもしれない。しかしそれが故意であるか事故であるか、動機によって話は変わってくる」
「それでも人を殺したという事実は変わらない」
飯島の言葉にゲームマスターはおふざけなしの真面目なトーンの声色でそう返した。
たしかに成大たちが人を殺した犯罪者であることに変わりはない。それが事故的なものでも、自身の快楽のために殺した故意的なものであっても。
それでもだからと言って、ここにいるプレイヤー全員が服部のように殺しに躊躇いがないわけではない。
多くの人は殺しを恐れ、殺されることを恐れて隠れていた。プレイヤー同士の殺し合いなどできる勇気など持ち合わせていないだろう。
「はー。なんできみたちってそう生意気なのかな?」
ゲームマスターは被り物を揺らしながら足を組むとため息をついた。
「で、なに? 僕を叱ったところでこのゲームが終わるって本気で思ってるの?」
肘置きに肘を置き、頬杖をついたゲームマスターはその冷めた無機質な瞳で液晶越しに飯島をジッと見つめた。
「……思いはしない。だからせめて、温情をくれ」
「おんじょう?」
飯島の言葉にゲームマスターは首を傾げる。ぐらりと被り物が揺れた。
「せめて、一回にしてくれないか」
「なにを?」
「このふざけたプレイヤー同士の殺し合いゲームをだ」
光のない瞳に見据えられてもなお、負けじと飯島はそう言ってゲームマスターを睨み返した。
「……まぁ、いいか。いいよ、じゃあ、きみのその生意気な目に免じて一回だけにしてあげる。そうしたら時間も巻けるし、チーム決めもしなくて済むし。その代わりルールをちょっと変更しよう」
「どうするつもりだ?」
「プレイヤー同士の殺し合いゲームを行うのは一回だけ。ということは合計で六人しかゲームに参加しないことになる。それはこちらとしては困るところだから……賭けにしよう。ほら、大人って賭けごととか好きなんでしょ? だからゲームに参加するプレイヤー六人以外のプレイヤーは、どちらのチームが勝つか予想する。それで予想が当たったら買ったチームと、そのチームに賭けたプレイヤーには食べ物を賞品として渡すよ。で、負けた方のチームに賭けたプレイヤーたちは死ね。言い出しっぺのきみが責任を持って殺して」
淡々と新しいルールを説明するゲームマスターの話を黙って聞いていた。しかし負けたチームに賭けたプレイヤーを飯島に殺させるなんて随分と酷い話だ。
「……いいだろう」
「はっ?」
想定外の飯島の言葉に思わず口から素っ頓狂な声が漏れる。福田も成大と同じように目を丸くして飯島を見つめていた。
「いや飯島のおっさん、なに言って」
「大丈夫だ」
真っ直ぐに前を見つめて飯島は自信たっぷりにそう言い放った。
「……そうかよ」
福田はおとなしく引き下がった。成大も今の飯島の顔をみてなにか策があるのだと気がついて口をつぐんだ。
「じゃあ、三人のチームを二つ作ろうか」
「俺が参加する」
「俺も」
「俺も参加します」
ゲームマスターの言葉にすかさず飯島たちは参加を表明した。
成大は飯島になにか策があることに気がついている。だからそれに協力しようと名乗りをあげた。
隣に立つ福田も同じ気持ちのようだ。
「じゃあきみたちで一チームね。もう一チームは……」
「ぼ、僕参加します」
「俺、も」
「俺も……やる」
成大たちのチームと戦う対戦相手に名乗りをあげたのは意外にも平井だった。そして残る二人はショッピングモールで見かけたどこかの店に隠れていた人たちだ。
「わー、チーム決めせずに済んでラッキー。じゃあ、次はみんなどっちのチームが勝つか予想してね!」
「お、俺はあの警官がいる方にかける!」
「俺も!」
「俺もあっちにかける!」
ゲームマスターの言葉にプレイヤーたちは一斉に飯島にベッドした。それもそうだろう。飯島には警察官というブランドと、拳銃を保持しているという優位さがある。
「えー、みんなが同じ方に賭けたら面白くないじゃん……まぁ、おじさんのチームが負けたらみんな一斉に死ぬと思うとそれはそれで面白いかも」
プレイヤー全員が飯島にベッドしたので不服そうな声を漏らしたゲームマスターだったが、そう言うとくすくすと笑ってプレイヤーたちが飯島に賭けることを許諾した。
「まぁ、少なくとも三人は絶対に死ぬってことだよね!」
嬉しそうに声を弾ませてゲームマスターは成大たち、人殺しゲームに参加するメンバーをサバゲーのような会場の中に招き入れた。
プレイヤーたちはそれを見守るように立ち見席のような場所で固唾を飲んで見学していた。
「じゃあ、ルールはさっき言った通り、どっちかのチームが全滅したらゲーム終了! 買ったチームとそのチームに賭けてたプレイヤーは食べ物が手に入るよ! 二チームとも、死ぬ準備はできた?」
「死ぬつもりは毛頭ない。いつでも始めてくれ」
「僕たちも大丈夫、です」
平井はちらりと飯島を見た。相変わらず自信がなさそうな表情ではあるが、平井も死ぬ気はないようだ。出会ったときのように怯えている様子はない。
「では、ここに人殺しゲームの開催を宣言します! 各チーム、この決められた敷地の中で存分に殺し合ってね! 障害物に隠れて奇襲するもよし、集団で行動して相手チームを一人ずつ仕留めていくのもよし! 好きに殺し合えばいい!」
モニター越しのゲームマスターは愉快そうにゲームの開始を宣言した。
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