女神の石松恵子さん

飯田ちゃん

第1話

私の名前は石松恵子。

下界で亡くなった人間の魂を、別の世界に転生させる仕事をしている。


つまり女神だ。



女神になってもう10年、すでに仕事もソツなくこなせるキャリアウーマン。先輩や後輩からのウケも良く職場関係は良好。

大学を出て大企業の女神になれて両親も一安心。

かと思いきや、最近は朝も晩も私の顔を見るなり、やれ恋人は居ないのか孫の顔が早く見たいだの、いちいち小煩さくていけない。

いっそ家を出て一人暮らしでもしようかしら。


でもなー、女神も世間が思ってるほど給料良くないしなー。

新しいパソコンも欲しいし来月には好きなアニメ映画のBlu-rayでるしBABYMETALのライブも行きたいし、ああ、シャンプーも切れてたから今日買って帰らないと。


そんな益体も無い考えごとをしていれば、ほらもう昼休憩の時間が終わった。


やれやれ午後ももう一踏ん張りしますかね。




コンコン。と扉がノックされる。

「どうぞ」と言うと、入室してきたのはまだ若い、二十歳くらいの女性だ。

おや中々の美人さん。まあ肌なんてツルツルで、最近目尻の皺が気になりつつある私にゃ嫉ましいくらいだわ。


手元の資料によると、死亡原因は子どもを庇ってトラックに轢かれたそうな。


いいねガッツがある。


彼女は今朝のミーティングの飛び入り案件だ。

飛び入り案件とは、本来は死ぬ予定じゃない人がウッカリ死んでしまったケースのこと。

月に一〜二度はあるのだが、大体は一日の段取りが狂うと言ってみんな嫌がる。寿命鑑定局は何してやがると愚痴りだす。


なので「私がやります」と言った時の周りの安堵の表情ときたら。

「石松ちゃん仕事熱心で助かるよ」とは部長の言葉。


こういう所でポイント稼いでおけば、ボーナス査定も明るいってなもんよ。




「まずは座ってどうぞ」

私が促し彼女が座る。


彼女は歩き方もそうだが、座った姿さえも姿勢正しく凛としていた。

お淑やかな長い黒髪に、整った顔立ち。なるほど人形のようとは、彼女みたいな女性のことを言うのか。

しかし、まばたきもせず此方を見据える瞳からは芯の通った意思を感じさせた。


「初めまして私は石松恵子。えーっと貴女のお名前は、赤松CKーⅡさん?」


「はい」


なかなか変わった名前である。

キラキラネームもここまで来たかと不憫に思えてならない。

いや名前なんてものは所詮は記号だ。大事なのはいつだって中身であろう。

彼女もきっとそう考えているのだろう。受け答えの何と明るく堂々としたものだ。


「赤松さん。貴女事故にあいそうな子どもを助けたんですって? いいじゃない私そういう綺麗な心の持ち主は好きよ」


「はあ。ですが私はそのように出来ているだけであり、別段そう称賛されることではありません」


「かーっ! 助けて当然って事ね! いいねいいねカッコいいね! 私、貴女のこと気に入ったわ」


「大袈裟です。私はロボット三原則の拡大解釈による優先行動を実施したに過ぎません」


「またまたぁ謙遜しちゃってぇー! ……うん?」


あれ。何か今、聞き捨てならない言葉がありませんでしたか?


「あの、もしかして今、ロボットて言った?」


「はい。私は仮想人格シミュレータAI『CK-Ⅱ』を搭載したロボットであります」


「マジで?」


「超マジです」


彼女はこれが証拠だと言わんばかりに首と手首を360°ぐるぐるんで目からライトを点灯させて答えた。キモっ!



やだこの娘マジでロボットだわ……!


私は震える指で携帯電話を取り出した。


「もしもし? もしもし部長! 大変ですガチでヤベェっス!

あっはい。今日の飛び入り案件の人、どうやらロボットみたいなんです!

だからロボットですて! 人間じゃねぇの!

どうすんですか前代未聞ですよ!?

そんな科学の進歩はすごいなーって他人事みたいに言いよってからに!!

すぐに人魂管理部に抗議を……えっ、なんで駄目なんです? あっ? 人魂管理部の部長に先月麻雀で大負けして頭が上がらない?

知るかッ!!

ちょっ……なんか適当に無難に処理しとけってどうやって……もしもし? もしもし部長!? 部長!!」


あのハゲ電話切りやがった……。



「お取り込み中でしたら申し訳ありませんが、現在の状況の説明をして頂きたいです」


「あーー。そうよね。まあそうなるよね。

えっとここは死後の世界で、死んだ人間の魂を別の世界に転生させる場所なの。

どっか行きたい場所ある? もうこの際どこでもいいわよ?

こっちの不手際だもん。出血大サービスでどんなチートスキルも追加したげるし」


「なるほど理解しました。しかし幾つか疑問があります。

ひとつ。私はロボットなので根本的に魂なんて非科学的な物は搭載されておりません。

魂が無いのに転生は不可能だと推論します。

ひとつ。現在の科学力で転生なんてファンタジーなことは無理ゲーだと断定します」


「あら出来るわよ。だって私女神だもの」


「女神?」


「あーでも、確かに転生は厳しいかもねー。最悪転生じゃなくて転移になっちゃうかも知れないけどいい?」


「失礼」


赤松さんは目から赤い光線を私に浴びせながら「サーチ分析…サーチ解析…」なんて呟いてる。やだ怖い。


「サーチ終了。ノットヒューマンと断定。対人間コミュニケーション機能停止します」


すると彼女は見るからにダラけた姿勢でいきなりダルそうに言った。

「別に転生でも転移でも好きに決めてくれてええで」


「ええー、なんでいきなりフランクになってんのー?!」


「あんさんが人間ちゃうって分かったからな。わざわざ繕う必要ねーべや」


「いやまあ貴女がいいならそれでいいけどね。

特典スキルはどうする? こっちは本人が欲しいスキルを選ぶ決まりだから、助言はできても私が選ぶことはできないわよ」


「つってもなー。ほらワイってロボットやん。欲しい思う心自体が無いねん。

ぜーんぶプログラムやからな実際」


「よーしっ、じゃあ『人間の心』をスキルで贈呈ってのはどう?」


「は? 怒るでネーチャン。何が悲しくて心なんてけったいなモン持たんとあかんのや。

お前アレやぞ。それ、プレステ4をゲームボーイしか出来ひんよーに改造する言ってんと同じやぞ」


「そこまで言うか……」


いいじゃんゲームボーイ面白いじゃん……。


「あっ、せや! スキル選べるんやったらワイの処理速度めっさ速くするアプデスキルとか無いん? それやったら超欲しいねんけど!」


「欲しい思う心あるじゃん」


「いちいち細かい人やなぁ。そんなこと気にしとったらモテへんで?」


「やかましいわ!! あと、残念ながらそういう電子的な要望はウチでは叶えられません。

大企業な割に体質が古いのよねー。上層部にパソコン詳しい人が全然いないから、電脳系の企画自体通らないのよ。

そんなことだからライバル社に出し抜かれるのに。だって会社のパソコンなんて未だにWindows96よ? ヤバくない?」


「やばたにえん」


その後も三十分くらい色んな世界やスキルを紹介してあげたのに、やれ「暑い世界はヤダ」とか「スキルってもなー、ワイ大体のことは無難にこなせるしなー。かーっ、有能はつれーわー」とか言い出してきて、とにかく話が進まない。


ああもう! 午後はまだ七人も転生面談が控えてるのにぃ!

給料は欲しいけど残業はしたくないのだ。


「赤松さんは有能だから、どこ行っても大丈夫ですね。でしたら転移先もスキルもランダムで選びましょうそうしましょう!」


我ながら名案!


「おいおい待ちぃや選ぶ楽しさガン無視やんけ!」


「だったら早く選んで下さいよ〜? あっ成る程! 貴女ロボットだから自分で選ぶのが苦手なんでしょう? そっかそっか、ロボットに人間並みの判断力を期待した私がバカでしたわ〜」


「おォ!!? 言ったな女神! よっしゃ分かった! そこまで言うなら一ピコ秒で決めたるけぇの! 吐いた唾飲まんとけよコラぁ!!」


言うが早いか赤松CKーⅡは、眼球からレーザー文字照射して転移希望書を一気に書き上げた。キモっ!





それから半年後。




遂に実家を出てアパート暮らしを手にした私は、「ただいまー」と扉を開ける。

すると聞こえる「おかえり」の声。


「恵子ちゃん遅かったやん? どこぞで道草でも食っとったんか」


「白々しい…! どっかのクソ上司が仕事押し付けて帰りやがったから残業してたんです」


「はぁ、ひどい上司もおったもんやな」


「そうですね。赤松"部長"」



あれから、赤松さんが提示した転移先は何とウチの社であった。

どこでも好きな世界と言っていた手前、こちらも断るわけにもいかずで、入社してからはメキメキと頭角を現した彼女は、なんと今では私の上司にまで出世した。

どんなに忙しい繁忙期にも、スキル『定時上がり』で一人だけ先に帰るクソ部長だ。

そんなクソ部長とルームシェアをしている私も大概だなぁとは思う。


「先月から大口の転生世界が受け入れ拒否して大変だってのに……」


「アカンで恵子ちゃん。帰ってまで仕事の話はナシや。ほら一杯飲みんさい」


グラスに注がれる小麦色の液体。先にシャワー浴びたかったんだけど誘惑に勝てず、えぇい乾杯!


二人して喉を鳴らしてグラスの半分ほどを飲んでは「「くぅぅぅーっ!」」と堪らず声が漏れる。


てかロボットの癖に、なに美味そうに飲み食いしてんだよと思わないでもないが、大体いつもそう言うと「ぜーんぶプログラムやからな実際」てドヤ顔されるのが絶妙にムカつくので、最近はコイツの無駄に人間くさい部分は総スルーしている。


ついでに勝手に何かを察した気になっている両親に「恋人が出来たんなら紹介しなさい」とか言われても総スルーしている。

ちげーし。全然そんなんじゃねーし。



「恵子ちゃん恵子ちゃん。今度の連休どこ行こか?」


「ライブはこの前行ったし、温泉とか行ってみたいね」


「温泉ええやん。お湯浸かって漏電したら堪忍な」


「それはやめろ」





おしまい。

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女神の石松恵子さん 飯田ちゃん @yuyuyun_yu

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