第11話 夏の日の夢
「あなたがトーマさんですか?」
スーパーで野菜を吟味してたら、知らない女の子に声をかけられた。
野菜を吟味してる姿なんて、知らない子でもまじまじと見られたくはない。
まだ何か言っているので、仕方なくカゴを戻し、外へと促した。
◆
「最近、ハルくんが知らない人の家に入り浸ってるって噂になってて」
「……?」
えーと、つまりこの子はハルの知り合いで……?だからなんだ?
「だから、あたしが力になってあげようかなって」
「………………ごめんね、話が見えなくて……わかりやすく教えてくれる?」
「あっ、あっ、ですよねっ!あたしったらいつもこうなんです夢中になると目の前しか見えないというかだからですねハルくんが変な大人と関わり合いになるくらいならあたしが友達になってあげようかなとか相談に乗ってあげようかなとか思って」
僕は、頭を抱えたかった。
同じ人間なのに、こうも話が噛み合わないとは。
僕が老いたから若い子と話が合わないというわけではないだろう。
「えー……っと、まず、君は誰?」
「あっ、あ、あたし、ツナミです、あの、あ、ハルくんとは同じ学校でですね」
「ストップ。それで、僕に声をかけた理由は?」
「う、あ、えっと、ハルくんを非行の道に誘うのはやめてください!」
「…………はい?」
まったく予想だにしない言葉に、カーディガンがずり落ちる。
カフェとはいえそう大きな声を出されては迷惑だろう。店員に軽く頭を下げた。
場違いに感じた寒さに、カフェオレを飲み込む。
確かにハルとは奇妙な関係ではあるけど、なんと説明したものか。
「……あの、僕はね」
「トーマさんて何者なんですかどうしてハルくんといるんですかどこでどうしてハルくんと知り合ったんですか答えちゃまずい理由でもあるんですか!?」
この子って反対側の信号が赤になったら横断歩道を渡っちゃうタイプだろうな。
あと数秒待てば自然と出る答えを問い詰めなきゃ気が済まないのか。
ツナミはまだ何かを止まることなく言っている。
キリキリ痛み始める胃をどうしようかと思っていると、ソファが急に沈んだ。
誰かが隣に座ったようだ。
「その人は習い事の先生」
「ハルくんっ!?」
「ハル……」
どうしてここがわかったんだ、とか色々言うべきことはあっただろう。
でも僕は、こんな状況に現れてくれたことにどうしようもなく安心してしまった。
「俺が友達を作らないのは誰も彼も自分勝手で頭が悪いから」
「ちょっとハル、言いすぎだろ」
「特にこうやって勝手な推測で俺の大切な人に危害を加える人は一番嫌いだな」
「あ、あたし、そんなつもりじゃ……」
「そんなつもりがなくたって人を傷つけることくらいあるだろ」
見てみろよトーマさんの顔色、と言われて指をさされる。
今日は気分だっていいのにそんなに悪いわけないだろ。
……だが、ツナミはそれで納得してしまい、僕だけが疎外感を感じていた。
「あの、ハルくん、なんの習い事してるの?トーマさん、何か教えてるようには見えなくって……」
「絵」
「……え、あ、そっか、絵か、ハルくん絵、描くんだね……あたしも、よ、よく描くから、そ、相談とかあったら、あの、乗るけど……」
「プロを前にしてよくそんなこと言えるな」
「プロ!?」
「あはは……元・だけどね……」
話題が怪しい方に逸れてきてしまった。
表情を隠すために飲もうとしたカフェオレは、ハルに取られてしまった。
「やめちゃったんですか?」
「うん、まあ……」
「あたしでよかったら相談に乗りますけど……どうしてやめちゃったんですか?」
「お前に関係ないだろ」
相談魔か。なにがあったらそう他人の相談に乗りたがるようになるんだ。
「う~ん……まあ、色々……?」
「誤解が解けたならもういいだろ、行こうトーマさん」
「あのっ!上手く行ってないなら、綺麗なものをみたり、好きだったものに関わって見たり、やったりやらなかったり、おいしいものを食べたり、えっと、あ、あと…」
たまに、自分の感情を離れたところから見ているような気になる。
だから今、僕は自分の胸に生まれたものすごく冷たいものを自覚した。
「ツナミさん」
「は、はいっ!あ、あ、あたし、お役に立てましたか!?」
「あのね、他人が思いつくようなことなんてずっと前に、もうやってる」
「!!」
「行こ、トーマさん」
ツナミの分も払い、店を後にする。
いい雰囲気のカフェだったけど、もう行かないだろうな。
もったいないことをした。
◆
「ごめんねトーマさん、俺のせいで迷惑かけて」
「ハルのせいじゃないだろ?」
「俺が友達作らないせいだった」
強情なやつだ。
ああいう子は誰が何と言おうが自分の思うようにやるんだから、ハルが何か言ったところでやめようとはしなかっただろうに。
「……悪いと思ってるならひとつ、頼みをきいてくれるか?」
「いつでも聞くのに」
「買い物しそびれたから荷物持ちしてくれ」
ハルの顔がぱっと明るくなる。
少しだけ遠回りをして、違うスーパーへ。
ハルも合わせて好きなだけ野菜を吟味し、カゴに放り込む。
ハル用のジュースに、常備用のお菓子。
アイスクリームは多めに買っておこう。
「よーしアイスが溶ける前に帰りましょう!」
「なんでそんなに走れるんだ……!」
◆
迂闊だった。
やっぱり人間は思ったように動いてはくれないな。
メッセージに返信し、どうしたものか考え込む。
トーマさんといる時間は減らしたくないし、かといって今回のようなことが今後起こらないとも言い難い。
俺はトーマさんの言う通りまだこどもで、人を動かすほどの権力もない。
「ハル、アイス溶けるぞ」
冷蔵庫の整理をしながらそういうトーマさんに、俺は聞いてみた。
「ねえトーマさん、学校での友達って、作った方がいいのかな」
トーマさんに決めてもらおう。
トーマさんが決めてくれたことなら、俺は納得するし、後悔しない。
「まだ今日のこと気にしてるのか?」
トーマさんは冷蔵庫の扉を閉め、レジ袋を丁寧に畳んでいる。
いいな、こういうの。よくわかんないけど、いいな。
「べつに、無理して作らなくていいんじゃないか」
「だよね!」
じゃあ今まで通りでいいや。
自分でも頬が緩むのがわかる。
俺はトーマさんによって生まれ、トーマさんのために生きている。
一番大事なことをわかっている以上、雑事に構っている暇はない。
「あーあ、早く大人になりたいな」
「はは、その発言がもうこどもなんだよな」
トーマさんが殺された時、俺はもっとずっとこどもで。
”それ”が始まった頃、俺はさらにこどもだったんだ。
もし、俺の方が年上だったなら。年齢が逆だったなら。
だからせめて、トーマさんが生きられる楽園を作る。
「あと2年だよ、トーマさん」
「18になったからってすぐおとなになれるわけじゃないさ」
トーマさんが微笑ましいものでも見るように笑っている。笑ってくれている。
トーマさんが笑ってくれるなら、俺はいくらでもそうなろう。
「法律では大人になるんですよ!」
「ふふ、わかった、わかったから」
あと2年で『楽園』は完成するんだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます