ヘルヘイム、出発
「王~……そろそろ起きてよ~……」
「あー……」
身体を揺するガルムに起こされ、やる気のない返事をする。
特に眠いわけではない。ただ行動を起こすのがどうしようもなく億劫なだけだ。
「もー、昨日の夜から変だよ」
「ごめんごめん。起きるから」
「うん、そうして! ニヴルが朝ごはん作ってくれてて、あとは王が来るだけだよ!」
軽やかな足取りで部屋を開け放ったガルムは、そのままとてとてと食堂に向かった。
昨夜、紅華ことリンファとの情報交換の末、聖教国の天女に占星術での協力を仰ぐという案が浮上した。確かに現実的かつ確実ではあるのだ。
ただ、聖教国の天女には会いたくない。これは個人的な好き嫌いも多分に含まれることではある。でも、ただそれだけだったら我慢はできる。
しかし実情はそうではない。天女は……俺が異世界人であることを知っている。「占星術で占った」という防ぎようがない方法でそれを看破された過去があるんだ。
そしてこれは、俺の唯一と言っていい弱み。
異世界人であることをヘルヘイムの面々に知られてしまったら、俺はたぶんあいつらと一緒にいられない。
俺の問題ではなく、あいつらが俺の周りを離れるだろう。
フーちゃんは例外中の例外だ。あの子は俺の為じゃなく、自分自身が俺と一緒にいたいと思ってくれている。俺の役に立ちたい、ではなく、俺といると楽しいからと言う理由で。だから俺も正体を話すことが出来た。
だが他の奴らは違う。
俺のために生きたいとか、俺の役に立ちたいとか、俺が必要だとか。そんな重めの感情を持った奴らばっかりだ。
だからこそ、知られてしまえばあいつらは俺の傍を離れることを選んでしまうだろう。
天女はそんな俺の弱みを知っている。頭もキレる。
交渉は俺が絶対的に不利。利害の一致は望めるだろうが、立場的には俺が下に位置することになる。
最悪使い潰されて終わり、なんてこともあるかもしれない。
長い間を生きる天女は、ヘルヘイムの有用性もしっかり理解しているだろうしな。
「……他の方法……あー、思いつかねー」
闇雲に悪魔を追い続けるだけではいつになってら核心に辿り着けるかは不透明。
だが最適解を選ぼうとすればそれ以上のリスクが降りかかる。
まったくもって不甲斐ない。
個人的な確執で真実から遠ざかろうなんて。
「ここは……」
一人で考えても埒は開かないだろう。
重い腰を上げベッドから降り、顔を洗う。
無理やりに口角を上げ、いつもと同じ軽薄な笑みを取り繕った。
食堂に行けば、エプロン姿でルンルンに朝食の準備をするニヴルと、まだ眠そうな小竜状態のニドと、その身体を拭いてあげているフーちゃん。食卓の準備をせっせとしているガルムに、窓を開けキセルをふかしているグルバ。
「おはようございます屍王。ちょうど出来上がりますよ」
「遅かったのう、若にしては」
「ほらぁ、ニドちゃん。ヘルくん起きてきたよ」
「む~……竜は朝弱いのだ~……」
「王っ、はいお手拭き! 座って~!」
平和そのものだ。
打倒悪魔王を掲げていた時にもこういう光景は何度も見たが、やはり手放すのは惜しい俺の理想そのもの。
だめだ、完全に弱気になっている。
こいつらにもしも俺の秘密が漏れたら、この光景は失われてしまう。
天女に近づいて、いたずらにそのリスクを増やすか?
それとも遅々としようとも、安全に、平穏に偽ヘルヘイムに近づくか……。
ああ、考えるまでもない。
「おはよ、みんな。今日はゆっくり次の目的地を考えようか。どこがいいかなー……いっそのことフォルテム帝国に行くとか——」
「屍王、そのことについて少し」
「ん? どしたんニヴル」
「実は、屍徒としての私の下に情報が。——聖教国の司祭騎士と呼ばれる者について」
聖教国。
ピンポイントでバッドタイミングな名前に一瞬肩が跳ねた。
平然を装いながら先を促すと、ニヴルは食事を並べながら淡々と事実を述べ続ける。
「司祭騎士の情報は聖教国にとっても重要なもの。よって、私の情報網にもその正体は秘匿されていました。しかしちょうど先日、何者かによってそれが漏らされました。——その正体はヘルヘイムの騎士、『黒鉄』のジェノム様である可能性が高い、と」
ああ、先手を打たれた。
そんな情報を漏らせるものは、天女本人を置いて他にいない。
誘っているのだ。アイツは。
俺が帰ってきてることを知り、ジェノムを自身の下に置いて。
ジェノムを無視して旅を続けるか?
いや、そんな選択は断固として無しだ。
アイツも、ヘルヘイムを大切に思うものの一人。
そんなヤツを捨て置くのは不義理が過ぎる。
「……行こっか、聖教国。ジェノムを迎えに行こう」
どうやら、腹をくくって立ち向かうしかないみたいだ。
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